蛍火 15
「よかったです。祥子さんは記憶にあった以上に最上の味でした。満足したはずなのに、もう・・・また口にしたくなるほどね。」「やぁん・・・」
背後から寄り添っていらした田口さんの触れるだけの軽い口づけにさえ、わたくしの身体もまた・・・反応していたのです。
「だめ・・・人が来るわ。」
先ほど田口さんは、ホテルの方にタオルを届ける様に依頼したはずです。いつその方がくるか・・・わからないのです。
「見せつけてやりましょう、ここの人間に。この極上の味のこの女性は、私のお客様だって、ね。」
身に着けたばかりのフレアスカートに押し付けられた彼の腰は、また・・・まるで20代の男性のように・・・硬度を蘇らせはじめておりました。
「もう、田口さんたら。」
わたくしはくるりと田口さんに向き直ると、お髭に囲まれた唇に濃厚なディープ・キスを差し上げたのです。
フレンチの最後の・・・あまぁいデザートのようなキスを。
「それ以上おっしゃったら、わたくし田口さんのお店に伺えなくなってしまいますわ。」
唇を離すと田口さんの手を逃れて、髪の乱れを撫で付けました。
本当に、いつホテルの方が戻ってらっしゃるかわからないのです。
わたくしの姿は、ほんの少し前のご一緒にお食事をした姿に戻っておりました。
「そんなつれないことを言わないでください。お許しが無い限りは、今度こそ紳士的に振る舞いますから。」
足許に置かれたままの田口さんのコットンジャケットは雨を吸い込んで・・・重く・シワになっていました。
「ごめんなさい。ジャケット貸していただいてしまって。」
衿を掴んで一振りすると、袖たたみにして腕に掛けてしまわれたのです。今夜はもうシャツスタイルでお帰りになるしかないかもしれません。
「いえ、祥子さんの香りの染み込んだジャケットですからね。しばらくこれであなたのことを思い出させてください。」
わざと鼻先で香りを確かめる田口さんは思わせぶりな上目遣いで・・・身動きできなくなっていた先ほどのわたくしを思い出させるのです。
「そんな意地悪をおっしゃるなら、やはり美貴さん達とご一緒の時だけしか伺わない事にいたします。」
踏み石に揃えられたパンプスに足を通して、お待ちになっている田口さんに寄り添いました。
「できれば、ぜひお一人でお越しください。」
おどけた風に礼をする田口さんの頭には、グランシェフのコック帽が見えたような気がいたしました。
「さぁホテルに戻りましょう。さすがに、気が利くな。置いて行った傘は1本きりだ。祥子さん、どうぞ。」
わたくしは小雨の降る庭園の道を、田口さんと腕を組みながら一つの傘でホテルまで戻ったのでした。
祥子からの手紙ー13
こんにちわ。祥子です。
この夏は梅雨が長引いておりますね。
日本の梅雨らしいひっそりとした雨ではありますが
反面、スコールの様な雨も増えて・・・
なんだか、風情が欠けてきているように思えてなりません。
蛍の舞う夜は、思わぬ方とご一緒の時間を過ごすことになってしまいました。
あのあと、田口さんはわたくしを自宅までタクシーで送ってから
ご自分もそのタクシーでお帰りになりました。
「このスーツで電車っていうわけにはいかないからね」 そう仰って。
そして「今度はぜひ私の店でお逢いしましょう」
そうも言い残していかれました。
嵐のような激しさと深い感性をお持ちの方。
またいつかシェフと顧客としてではなく
一人の男と女として、ご一緒することが・・・あるのでしょうか。
穏やかな休日の午後。もう蛍のいないあの庭に行ってみようと思います。
夏の緑滴る・・・あのお庭に。
-
こんばんは。
驟雨と共に、雷光と共に駆け抜けた激しいひと時、堪能させていただきました。
祥子さんは、また一つ階段を上がったようですね。
暑い日差しの下、蒸しかえるような緑に包まれた情事の跡、いかがでしたか。
2006/08/20 19:23| URL | masterblue [Edit] -
masterblue様
恐れ入ります。
masterblue様のお眼鏡に叶って幸いです。
漆黒の闇と雷と・・・停電。
自然の悪戯と、田口様の淫ら心に翻弄された
一夜でごさいました。
これがmasterblue様がおっしゃるように
昼日中のことでしたら・・・
あん・・だめ、もっと恥ずかしかったことでしょう。
明日からは<Profile of Syouko>をお届けいたします。
わたくしの日常を・・・お楽しみくださいませ。
2006/08/20 19:49| URL | 祥子 [Edit] -
お疲れ様でした、祥子さん。
淫ら心を持ちながらも紳士的な態度の田口さん。
男としてのお手本ですね。先日のえっちになっちゃた
eromaniaはきっと彼の姿に憧れて焦ったのでしょうね
きっと。
2006/08/20 21:47| URL | eromania [Edit] -
はじめまして、祥子様。
つい最近拝見する様になった者です。
「オペラピンク・・」、「唐紅」、「初雪」、「蛍火」と読まさせて頂きましたが、祥子様を一言で言えば、こ惑的(変換するスキルがありません。)で魅力的な女性だと思いました。これからも、こ惑的な祥子様を楽しみにしております。
2006/08/20 21:48| URL | tako [Edit] -
<蛍火>最後まで楽しんでいただけましたか?
暑い日が続きますが・・・この夜のレストランから出てきたお庭はちょうどこんな蒸し暑さだったのですね。
eromania様
素敵な紳士のeromania様に憧れているなんて言っていただいて、田口さんは少し照れくさそうに笑っていましたよ。
節度を持っているからこそ、よりセクシー。
そんな大人の男性は素敵だと思います♪
tako様
はじめまして。ようこそお越しくださいました。
美貴さん・山崎さん・石塚さんの3紳士との日々を描いたシリーズをお読みいただいたのですね。
長編もありましたのに・・・ありがとうございます。
こんな風に読んでいただけて、とてもうれしいです♪
よろしければ、ぜひ「閑話休題 7」もご覧になってみてください。「初雪」に登場した山崎さんの専属運転手・結城さんのお話になります。
過分なお褒めのお言葉をいただいて、恐れ入ります。
これからも、わたくしの一夜の物語をお楽しみいただければ幸いです。
よろしくお願い申し上げます。
2006/08/21 07:10| URL | 祥子 [Edit]
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