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SnowWhite 16

「もう入れて上げたら?寒いのに。」
「いや、食事が終わってからだ。そうじゃないと、こいつは僕たちの食べているものをなんでも欲しがる。」
脚を拭き終わった白雪の頭をぽんぽんと愛おしそうに高梨さんがたたきます。
「そう、でも彼だけお外じゃ可哀想だわ。」
「白雪も夕食の時間だからな。それに、犬小屋の中は一応ヒーターが入ってはいるんだよ。」
「なら少しはいいかしらね。」
わん・・・ 真っ白でくるんと丸まった尻尾をぶんぶんと振る白雪を見ると、彼なりの幸せな時間があるのだと思えてきました。
高梨さんはベランダの端にある小さな物置小屋から、白雪専用のドッグフードを取り出して彼の餌皿に入れています。
わたくしは、水割りにつかうピッチャーに新鮮なお水を汲んで高梨さんに渡しました。
わふ・・ふっ・・・
早速、白雪は彼のダイニングスペースでお食事を始めたようです。
長いピンク色の舌で、美味しそうに水を飲んでおりました。
「わたくしたちのお夕食の支度は出来てるんですよ。あんまり遅くなると可愛そうですから、頂きましょう。」
「ああ、そうしよう。ちょっと待っててくれ。」
高梨さんは、着てらしたコートをその場で脱ぐと大きくパンパンと白雪の毛をはらってからご自分の靴を持って中に入られたのです。

「部屋の中まで旨そうな匂いがするよ。」
「ふふ・・・ありがとうございます。」
「風呂は食事の後でいいかな。」
「ええ。ん・・・・ん・・ぁ・・だ・・め・・」
高梨さんのコートを受け取ったわたくしを、コートごと抱きしめてキスを奪うのです。
まるでわたくしが前菜だというかのように・・・水を美味しそうに飲み干す白雪のように・・・わたくしの唇を舌を唾液を・・貪るのです。
「祥子には、こんな堅い素材の服は似合わないな。」
彼の手はわたくしのブラックデニムのスカートに覆われた腰を這っておりました。ヒップの山を掴み止めるように握るのです。
「あ・ん・・・・・」
「もうそろそろ風呂も入り頃だろう。せっかく祥子をとなりに置いて食事をするんだ。もっと君に似合う姿で楽しませてくれないか。」
こちらに伺ってからいままで、お食事の準備に気を取られてずっと同じ姿でいたのです。高原の駅に、木造の田舎のお家に似合うカジュアルなスタイルでしたが・・・たしかに高梨さんのおっしゃる通りかもしれません。
「そんなにいろいろ持って来てはいないんです。あとは部屋着くらい・・ん・・・ぁ・・。」
高梨さんの両手はわたくしの身体をがっしりと抱きとめていました。そして、言葉が終わる前にまた・・・唇を重ねるのです。
「ああ、それでいい。あんまり薄着だと食欲よりも別のものを刺激されてしまいそうだがね。」
「ぁ・・ん・・ん・・・」
ちゅ・・・
「料理も疲れたろう。少し汗を流して暖まってくるといい。」

SnowWhite 15

「今夜はどうやって・・・あっ、ごめん。」
トゥルルルル・トゥルルルル・トゥルルルル・・
カメラを置いた高梨さんはテーブルの上にある携帯電話を取り上げました。
「高梨です。 ありがとうございます。これから迎えにいきます。あぁ、もう暗くなってきましたから、車で。はい、お手数をお掛けしました。」
「ブリーダーさん?」
「ああ、ちょっと迎えに行ってくるよ。白雪が帰りたがって鳴いているらしい。あの家にいるとご機嫌なんだがな、今夜は珍しいことだ。」
「それじゃ、いってらしてくださいな。お戻りになったらお夕食でいいですか?」
「楽しみにしているよ。」
携帯電話とさきほどの栗きんとんの包みだけを手に、コートを羽織られます。
料理の途中、わたくしは台所から離れる事ができませんでした。
「ごめんなさい、ここでお見送りで。」
「ははは、行ってくるよ。」
たん・・ばたん・・・ 扉のしまる音のあと、パジェロのオールティーレンのタイヤが地面をくじる音がいたしました。
あと30分ほどでしょうか。
とりあえず、今夜の夕餉の支度を急ぐ事にいたしました。


じゃっ・・・・きぃっ・・・ わん・わん・・・わ・わん・・・
タイヤの音、サイドブレーキを引いた音に続いて白雪の鳴き声がしました。
テーブルの上には丁度お鍋とおつまみの用意が出来たところです。
わん・わん・・わん・・・
カラカラ・・・・ 
白雪の声がベランダのあたりでしたと同時にガラス戸がほんの少し、引き開けられたのです。
「祥子さん、悪い。風呂場からぞうきんを取って来てくれないか。」
高梨さんがベランダから顔を覗かせます。
「はい。どれでもいいのかしら。」
「ああ、濡れたのがいいな。」
「ちょっと待ってくださいね。」
キッチンからすぐの扉を開けて、出てすぐ右手にある浴室にかけてあるぞうきんを2枚取りました。2枚とも冬の乾燥する季節です、カラカラに乾いておりました。
わたくしはそのままキッチンに取って返し、シンクの暖かな湯でぞうきんを絞ったのです。
「お待たせしました。」
もう一度ガラス戸を開けたベランダでは、白雪が高梨さんにまるで甘える様にじゃれていました。
「ああ、ありがとう。ほら白雪、足を拭くぞ。」
あぅぅ~ん 白雪はまるでお手をするように高梨さんの前に座ると右前脚を出すのです。高梨さんはその足先をぞうきんで拭いてゆきます。
「きれいにしてきたばかりなのに。」
丁度ブリーダーさんからグルーミングを受けてきた白雪は、初対面のときよりも数段男前になっていました。
真っ白で柔らかな毛は室内から洩れる明かりに光沢さえ感じるほどでした。冬毛に生え変わるために根元に残っていた夏毛の名残は全て梳られて、ほんの少しですがスマートになったみたいです。
「流石にこの時期は、眠る時は家に入れてやらないと可哀想だからね。いまも車からまっすぐベランダに上げたんだが、ほら、土が付いている。」
「ふふふ、もこもこですもの仕方ないわね、白雪。素敵になったわね。」
わん♪・・・
言葉がわかるかの様に、白雪が答えます。

SnowWhite 14

「お口に合うといいんですけれど。」
「そう伝えておくよ。」
「あっ、そうでした。今夜なんですがお鍋にしようと思うんです。締めは年越し蕎麦を召し上がっていただくつもりなんですが、お鍋はたらちりと鴨鍋とどちらがよろしいですか?」
お料理のはじめに、土鍋には昆布出汁を取る準備をしてありました。
他のお料理用の出汁は、別の大きな寸胴鍋で昆布と鰹の合わせ出汁を2本分やはり最初に取っておきました。贅沢な作り方ですが、お料理の基本です。短時間に数種類の献立を作る為には、このやり方が一番効率的なのです。
「ほう、どちらもうまそうだな。鴨鍋の出汁で最後蕎麦をたぐるのも悪くないが・・・たらちりもいいな。」
「白子を買っておいていただいているので、新鮮なうちに召し上がっていただいたらいいかと思って。七輪で焼いてとも思ったのですが、お鍋のほうが美味しそうでしょう。」
「ん、それはいい。」
「よかったわ。それで準備させていただきますね。お蕎麦はざるにいたしますから、後でべつに召し上がってくださいな。」

わたくしは、足元から泥付きの長ねぎを数本取り上げました。
深谷ねぎの系統でしょうか、太くてしっかりと身の入った緑の部分も柔らかな長ねぎです。足元に段ボール箱を利用して作っておいたゴミ箱の上で長ねぎの一番上の皮を1枚だけ剥いてゆきます。
泥を纏った1枚をはいだ下には輝くばかりの白い肌が表れます。
台所から包丁を取って、逆さ剥きにした皮の根元を切り落としました。
「野菜は足りているかな?」
「ええ、充分です。これってほとんどこの土地のものなのでしょう。」
「そうだよ。」
シンクの水で長ねぎを洗います。冷たい水ですが・・・お湯で洗うとなんとなく野菜の香りが飛んでしまうような気がして、必ず水を使うのはわたくしの思い込みかもしれません。
サクッ・サクッ・サクッ・・・・ちり鍋用に、長ねぎを斜め削ぎ切りにしてゆきます。
「ほら。香りが良くて、とっても精があって。いいお野菜ばかり。」
「遠くの名産より、近くの採れたてのほうが旨いと信じてるんでね。」
「ふふふ、正解ね。」

まな板を洗って、小鍋にお湯を沸かすと今度は食用菊のパックを取り出しました。
「これも今夜のおかずかな。」
「ええ。高梨さんは良く召し上がるの?」
「いや、実は裏の家からの貰い物だったんだ。昨日いただいたが、どうしていいかわからないからそのままにしておいた。」
カメラを構えてシャッターを押しながら、高梨さんの質問は続きます。
単焦点レンズで・・・同じ室内ですからあまり離れることもなく・・次々と切られるシャッター音を、わたくしは次第に意識しなくなっておりました。
「ふふふ、かきのもとの作り方なんてあまり知られていませんものね。」
「かきのもと?」
「ええ、この食用菊のことです。新潟の方の呼び方なのかしら。母がそう言っていたので、なんのこだわりもなくずっとそう呼んでいました。」
花の首から摘まれている菊のはなびらをきれいに顎から外してゆきます。ざるの中にはあっという間に、山のような薄紫の花弁がつみかさなってゆきました。
「どうやって食べるものなんだ?」
「そうですね、たとえばお醤油でといた生卵に付けて召し上がる方もいらっしゃいますよ。」