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桜陰 1

from 高梨
祥子さん お元気ですか
コレクションシーズンが終わって日本に戻って来ました。
祥子さんが好きだという桜を
いま部屋から眺めつつメールしてます。
どうですか。
この週末一緒に桜を楽しみませんか?


from 祥子
高梨様 おかえりなさいませ。
長い間お疲れさまでした。
久しぶりの日本で、桜に迎えられて
ほっとなさっているのではありませんか?
わたくしがお邪魔してもよろしいのでしょうか。
土曜日の午後2時ごろ。
雨が降っていなければ高梨様のお近くの
桜の庭園に伺うことにいたしますわ。
 
 
from 高梨
わかった。
あなたが来るまで桜でも見て
のんびりと待っているよ。
P.S.まだ外は寒いから、風邪を引く前に出来れば来てくれ。



ひんやりとした日が続いた3月。
なのにたった数日の暖かな空気が、例年よりも早く桜を開花させたようでした。
儚く切ない初恋の想い出に重なるからなのでしょうか。
わたくしは桜の季節にはほんの少し切ない想いにとらわれて、気持ちが不安定になってしまうのです。染井吉野から八重桜・しだれ桜が終わるまでの約一ヶ月の間は、そう・・・夢とうつつを行き来しているような・・・そんな心持ちになってしまうのが常でした。

桜の蕾が綻びはじめたその日、思わぬ方からのメールが届きました。
フォトグラファーの高梨さんでした。
年末に第九を聴きに行ったコンサートホールで再会し、その後の数日を彼の部屋でご一緒に過ごして以来です。
年が明けたらNYだと、あの時もお別れのシャンパンを空けながらそうおっしゃっていました。その後は、ミラノ・パリそして東京。
「SSコレクションならともかく、AWの時は寒くて敵わないよ。」
防寒機能の高いアウトドアウェアをご愛用なさっている方なのに、とわたくしが申しますと・・・寒いものは寒いのさ、そんな風に笑っていらっしゃったのです。
ファッションカメラマンとしてのお仕事を終えて、漸くお戻りになったのでしょう。
はじめてお逢いした美術館にも、わたくしはしばらく伺っておりませんでした。
高梨さんとご一緒してもいいし、お逢いしたあと立ち寄ってもいいわね・・・そんな風に思って、わたくしは土曜の午後にお約束をしたのでした。
 
その日はほんのりと日差しがあたたかく、薄紅の花びらがくっきりと青い空に浮かぶ麗らかな春の午後になりました。
珍しく前日までにお仕事が一段落したのです。
仕事を意識することのない少しカジュアルなスタイルで、自宅から待ち合わせの場所に向かいました。
襟元がVに開いたシルクニットのセーターとブラックデニムのフレアスカートの上に桜色のスプリングコートを羽織ました。足元はミドルヒールのバックストラップパンプスを、バッグは桜をジャガードで織り出した素材を使ったトートを組み合わせたのです。
インナーは桜色のオーガンジーが幾重にも重ねられたハーフカップブラと揃いのスリップとパンティ。同じ素材のガーターベルトにナチュラルストッキングを選びました。

年末の数日間・・・濃厚な二人きりの時間を過ごしたせいでしょうか。
高梨さんの何気ないお誘いからは、セクシュアルなニュアンスがあまりに感じられなかったのです。かえって親友を久しぶりにお茶に誘うような気軽ささえが漂っているようでした。
わたくしは、ふんわりと咲く桜を高梨さんと楽しむ為だけの気軽な装いを選んでいたのです。

桜陰 2

わたくしが桜の庭園に着いたのはメールでお約束していたお時間の10分前でした。
瀟酒なしだれ桜が見事なそのお庭は、そこに至るまでの通りでさえも幾本もの桜が配され、わたくしを迎え入れてくれました。
繰り返し目に入る薄紅色の花に、わたくしはそれだけで・・・桜酔いをしてしまったようです。噎せるような桜の香りに取り込まれて、もう逃げ場がないような・・・そのまま囚われてしまうことが最上の幸せなのだと囁かれているような・・・不思議な心地になっていたのです。
桜には、実は<匂い>などほとんどありません。
ごく一部に駿河台匂や有明のように香りを持つ品種もあるようですが、この庭園には見当たらないようでした。なのに爛漫と咲き誇るその艶やかな姿は、まるで圧倒的な香りを放っているかのような錯覚さえ覚えさせたのです。

高梨さんの姿を庭園を見渡すことの出来るカフェのオープンテラスに見つけた時には・・・わたくしは既に花に惑わされた後だったのです。
 
「お待たせしましたか?」
「おっ・・・ああ 祥子さん 久しぶり。」
テーブルにはブラックコーヒーを置いて、小説でしょうか、少し厚めの文庫本を膝に読みふけっていらしたようでした。わたくしに気づくと本を閉じて・・・目が優しく微笑まれるのです。
「お変わりないようですね」
最後にお逢いした時と変わらないお髭を蓄えた高梨さんの穏やかな風貌に、わたくしはほっといたしました。
「ま、座ってください。」
わたくしが椅子を引くと、サービスの男性が膝掛けを手にオーダーを取りにいらっしゃいました。
「ありがとう。この方と同じものをお願いします。」
日差しは暖かくても、空気の芯にはまだピンと張りつめた冷たいものが漂っておりました。
場の雰囲気を壊さないシックなタータンチェックの膝掛けを広げ、海外でのお仕事を終えていらした高梨さんと日本の桜の見事さを話すうちにコーヒーがサーブされたのです。
 
「祥子さんは時間には正確なんだね。ほら。」
高梨さんの腕に飾り気も無く巻かれているGショックは<14:02>と数字の羅列を刻んでいました。
「ここに着いたのは2時前だったんだろう。」
「かもしれませんね。」 
お約束が出来ている限り、わたくしはお相手が遅れていらしても時間の都合がつく限りはお待ちすることにしてます。
だからといって、待たされるのが好きなわけではないのです。自らが不快に思うことは、他の方にはしない・・・その為に、どれほどアバウトなお約束であっても、約束したお時間にはその場に居る様に心がけていました。
「女性の5分の遅刻は当たり前だとずっと思っていたからね。ちょっとびっくりしたよ。」
「ふふふ 高梨さんは、女性が遅刻しても優しく待って差し上げるのね。」
「ああ そうだな。10分まではご愛嬌だと思っているしね。ヨーロッパのご夫人方もたいがいそんなものさ。」
わたくしがこの庭園に足を踏み入れたころからこちらにいらしたのなら、もう冷たくなりかけているに違いないコーヒーに手を伸ばします。
「約束は違えませんわ。」
「その言葉、この前も聞いた。祥子さんが約束を守る女性だっていうのは今日良くわかったよ。よく考えたら、待ち合わせをするのは初めてだったね。」
そう言われればそうでした。一度目も、二度目も・・・ほとんど偶然同じ場所に居合わせただけの関係だったのですから。

桜陰 3

「日本に戻られてもう随分になるのですか?」
「帰国したっていう言葉の意味ならそうだね。」
「ん?」
「戻って間もなく東京コレクションがあったから、自分の時間が持てる様になってからというなら、まだ3日も経ってないよ。」
3日前、わたくしに久方ぶりのメールをいただいた日です。
「そうだったんですか。」
「相変わらず祥子さんは僕に連絡してくれないからね。」
少し拗ねたようなおっしゃり様です。
「そんなこと、お忙しいと思っていたからですわ。それに、いつこちらに戻られるかもわかりませんし。ご迷惑になってはいけないと思ったものですから。」
「言い訳だね。 僕と話したいと思わなかった?」
「・・・時折は」

年が改まってから・・・高梨さんのことは思い出しておりました。
わたくしが、4人の男性から年越しに受けた仕打ちは、もとに戻ろうとする経過でさえもわたくしのことを酷く苛みました。このような事・・・とても口に出来ることではありません。秘して・・・独りで耐えるしかなかったからです。
万が一この仕打ちのことを知っても、単なる事実としてなんということなく受け止めることが出来る男性は、わたくしが知る中でもそうはいらっしゃらないと思えました。
あの4人以外の方に・・・そう考えた時浮かんだのは高梨さんの顔だったのです。
堪え難いとさえ思われる責めが24時間つづく日々に、わたくしは高梨さんの救いの手を幾度となく求めそうになってしまいました。
日本にいらっしゃらない方。
電話でもメールでも、少し話しをさせていただくだけで、翳りを失ったはしたない身体のことを忘れさせて下さる方。
わたくしからの連絡を待ってらっしゃる・・・方。
でも結局わたくしは、電話もメールもできませんでした。
どんなに秘密にしておきたいと思っても、きっとこの方ならわたくしの変化を気づいてしまいそうだったからです。
 
「素っ気ない言い方だね。」
「ふふふ そんな風におっしゃっても、決してわたくしの側に居て下さることなんてできないのに。」
「そういう問題じゃないさ。10年前とは時代が違うんだ。たとえ地球の反対側にいてもなんということなくメールのやり取りは出来るんだ。僕を求めているならそのくらいしてもバチは当たらないだろう。」
偶然に出逢った第九のコンサートホールから3日間。
高梨さんの部屋で過ごす間、幾度となく言われ続けていたのです、『どんな些細なことでも良いからメールをしておいで。電話でもいい。旅の空の1人のベッドで楽しみにしているからね。』
「ごめんなさい。ご連絡をしないで。でも、いつものように過ごしてこられたのでしょう。NYでもミラノでも、パリでもロンドンでも。」
その土地々々に馴染みの女性が居ると、あの日も寝物語に聴かせてくださっていたのです。
「いや。今回は真面目に過ごしていたんだ。」
「・・・うそ」
「嘘なんか吐かないさ。祥子さんの面影を浮かべながら他の女を抱くのがどんなに虚しいかは、前回のコレクションで身にしみてるからね。たまに女と過ごしたのは、まぁ別れ話をした時だけだね。」
もう何年もお独りのままで、コレクションカメラマンとして世界を旅しているこの方が・・・いったい何人の女性と別れ話をなさっていらしたのでしょう。
「もう、ご冗談ばかり。」
もしおっしゃっていることが本当なら・・・とわたくしは一瞬本気にしてしまいました。でも、そんなことある訳がありません。子供のように無邪気に信じたわたくし自身を笑う様に、そうお答えしたのです。
 
「冗談じゃないんだよ。祥子さん。」
ゆったりともたれかかる様に腰掛けていた姿勢をすっと・・・戻されます。
「僕に淋しい想いをさせたお仕置きをしなくちゃね。」
「えっ・・・お仕置き?」
高梨さんのひと言が・・・麗らかな桜の午後の彩りを一転させたのです。
「ああ お仕置きだよ。まずはこれからだ。」
高梨さんが差し出されたのは、綺麗な桜色の・・・大型犬用の首輪でした。
「これからあなたのお部屋へ?」
ここは春の日差しが降り注ぐ桜の庭園を望むカフェのテラス席です。
それぞれのテーブルが離れているとはいえ・・・まさかここで<お仕置き>をはじめるとは思えませんでした。
「いや、今日は祥子さんと桜を見る約束だからね。部屋には行かない。さ、ここで着けなさい。」
「・・・だめ」
周囲に人がいないとはいえ、眼前の庭園からこのテーブルはすぐに見つけられるのです。
「自分ではできないのかい?」
犬の首輪・・・そのものの意味する内容を知っている人なら・・・一目でわたくしのプライベートな秘密を知られてしまうアクセサリー。
「パリのフォーブル・サントノーレで見つけた。あまりに優しく儚い薄紅があの時の祥子さんのうなじを思い出させてね、思わず買ってしまった。」
わたくしが逆らえなくなる深くて甘い声が・・・まるで桜の香りのようにわたくしを酔わせるのです。
「着けなさい。」
「・・・ぃやぁ」
二人きりの夜の帳の下なら素直に従っていたかもしれません。でも、今は・・・ここは・・・。
「祥子」
ふるふるとわたくしは弱々しく首を横に振り続けたのです。

桜陰 4

「仕方ないね。僕が着けてあげよう。そのかわり、もう一つお仕置きが加わるからね。」
そうおっしゃると高梨さんは、小振りなバックルを大きな手で外されたのです。
桜色の首輪は・・猿臂を伸ばした彼の手でわたくしの首に巻き付けられてしまいました。
「ぁぁ・・ゆるして・・・」
「だめだよ。僕に連絡をしてこなかった罰だ。今日は僕のパリ土産を身に付けてこの午後を一緒に過ごすんだ。」 
美しい桜色に染められた細身の革は、上品な色合いのゴールドのバックルとリードを繋ぐ金具のところに小さな鈴が一つだけ着いておりました。いやいやと・・・首を振るわたくしの動きにつれて鈴はり・りん・・とあえかな音を奏でるのです。
 
「ふふ 似合うね。思った通りだ。祥子の白い肌にはぴったり合う。」
先ほどまで本を読んでいた時と同じ様にシートにもたれかかり、眼を細めてわたくしをご覧になりました。
「・・・はずかしいわ」
襟がV字に開いた黒のシルクニットは、桜色のスプリングコートに全て覆われていました。黒のロングヘアを背景に、首もとの白い肌と桜色とゴールドが優しい妖しさを奏でているのでしょう。
ほっそりと作られた上質な首輪は軽く・・・そして肌への感触も柔らかく・・・一見すると単なるアバンギャルドなアクセサリーのようにも見えました。

「これもあるんだけどね」
じゃ・・ら・・ 高梨さんがエディ・バウワーのジャケットのポケットからつかみ出したのは、桜色の革の引き手のついたゴールドの鎖のリードでした。
「だめ・・・」
まさかリードを着けて鎖を引いて歩こうなんておっしゃるつもりは・・・
「わかっているよ。これは、後のお楽しみさ」
リードを見て青ざめたわたくしの表情がわかったのでしょう。
でも、こんなリードはペット用としてトレンドではないのです。とすれば、もしかして・・・。
「痛いのか?」
首輪の縁に指を這わせていたわたくしに、高梨さんが少し心配そうに声を掛けてくださいました。
「いいえ そんなことは。あまりに滑らかなのでつい・・・」
辱める為のアクセサリーにうっとりと触れ続けているわたくしを、見とがめられた様に思えて思わず眼を伏せてしまいました。
「これは人間用だから痛くはないと聞いたんだがな」
「人間用?」
「ああ フォーブル・サントノーレにひっそりとあるその手の専門店で見つけたものだ。」
わたくしはてっきり、あの通りにあるペットショップで通りすがりに見つけられたものなのだとばかり思っていたのです。パリにあるボンデージのそれもひっそりと上顧客だけを待つ専門店・・・高梨さんはわざわざそこを訪れて・・わたくしのためにこれを求めてくださったのです。
「この前の時、あの首輪の痕があまりに可愛そうだったからね。」
この方と数日を過ごした間、わたくしの首には赤い大型犬の首輪が着けられておりました。大型犬用として用意されたその首輪は、お別れする時には・・・わたくしの白い喉にくっきりと赤い痕を2本刻んでいたのです。
「祥子用に探して来たんだよ。」
「・・・ありがとう・・ござい・ま・す」
わたくしは恥辱を与える道具に対する行為なのに・・・思わず御礼の言葉を口にしてしまいました。

パリ。ずっとご連絡もしないまま3月の初旬ごろにいらした場所のはずなのに、まだわたくしを思っていて下さったことが嬉しかったのです。
「随分と素直だな。」
高梨さんは目の前のカップの冷たいコーヒーを飲み干しました。
「本当だったんですね。」
わたくしからの連絡を待っていた事・・・そして少なくともわたくしのことを考えていて下さった事は。
「嘘なんか吐かないさ。」
ほんの短い言葉なのに・・・深く響く高梨さんの声。
彼を見つめてこくん・・と一つ頷くわたくしに、首輪の鈴がり・・りん・・と音色を添えるのです。
 
「さ ここの桜は飽きたから、桜並木でも散歩しようか。」
「はい」
日が翳りはじめたテラス席はほんの少し寒くなってきていたのです。
「コートの下に何を着てきたんだ? 見せてごらん」
「これですわ」
わたくしはコーヒーの最後の一口をいただくと、膝掛けを畳み・・・コートの釦を外して、黒でまとめたニットとデニムスカートの装いをお見せしたのです。
「そうか。じゃぁ、散歩の前に一軒買い物に付き合ってくれ。」
伝票を掴むと先に立って、ショップの並ぶ建物の中へと歩いて行かれたのです。

桜陰 5

春物のあでやかな色の商品が並ぶショーウィンドウを眺めながら、高梨さんがわたくしを連れていったのはインポート・ランジェリーの専門店でした。
「こちら?」
「あぁ 買うのはランジェリーじゃないけどね」
この方がランジェリーを・・・お買いになるのかしら?
いらっしゃいませ・・声を掛けてくださるスタッフを片手を上げて制すると、高梨さんが向かわれたのはナイトウェアのコーナーでした。
 
まるでドレスと間違えそうな・・・美しいオーガンジーやレースやトリコットのフルレングスのナイトウェア。
「いつ見ても、こちらの商品はきれいね」
「祥子さんは普段はこんな感じだろう」
高梨さんが手にされたのは、シルクトリコットのシンプルなノースリーブのナイトウェアでした。
「ふふふ、良くお判りね」
「この肌は夜な夜なシルクと男の手で磨かれてるんだな、ははは」
「もう いやな人」
わたくしが、艶話に近い会話に照れ笑いを返すころ、彼の手がハンガーに吊るされているものから一つの商品を選び出しました。
「これでサイズは大丈夫かな?」
ストレッチサテンにストレッチレースがふんだんに使われたフルレングスの桜色のネグリジェとガウンのセットでした。まるで花嫁が初夜に身に纏うような・・・ナイトウェアでした。
「ええ 多分」
付いているタグはいつもわたくしが選ぶサイズだったのです。
「試着させてもらおう。」
お願いします と高梨さんはショップのスタッフに声を掛けました。
「試着しなくても・・・大丈夫よ」 
わたくしは小声で高梨さんに伝えました。
「いや、似合うかどうか確認したいね。着てみてくれ。」 
「お客様 こちらのブースをご利用ください」
案内された試着室はスペースをゆったり取った場所でした。
有無を言わせぬ高梨さんの視線に押されて、わたくしはバックストラップのパンプスを脱ぐと、試着室に入ったのです。
「お着替えが済まれましたら、お声がけくださいませ。」
慇懃に頭を下げたスタッフと共に高梨さんも試着室から出てゆきました。
 
わたくしは、ガーターストッキングとパンティだけの姿になり・・・ネグリジェを身に付けました。優しい色合いなのに・・・胸から腰までのラインだけをくっきりと浮かび上がらせる・・・インポートならではのセクシーなつくりです。
そして、ふんわりと優しいセットのガウンをまとうと・・・ブースの外に向かって声を掛けたのです。
「失礼いたします。 あら、お客様にぴったりですね。とてもお似合いです。」
スタッフが試着室のドアを開けるとわたくしを見て、予想通り・・・と言った風な声を上げます。
「身長もおありですから、この丈を充分に着こなしていただけますわ。」
165cmの身長は、フルレングスのナイトウェアを辛うじて着こなすことが許される高さでした。日本人の女性の平均身長でこのナイトウェアを身に着けると、裾をひきずってしまい諦める方も多いのですよと・・・スタッフは付け加えます。
しなやかに身体を包むナイトウェアのラインに、この手のものとしては華奢だとはいえ・・・革の首輪の存在の異質さが際立っていました。スタッフの女性は気づいていないはずはないのに・・・こういった高級店ならではのお行儀の良さで見ないふりをなさっているのでしょう。
「どれ」
スタッフに声を掛けて高梨さんが試着室を覗き込みます。
ドア一枚の空間から、スタッフは一歩下がりました。
「おお、本当に似合うな。悩ましいラインで悩殺されそうだよ。」
「いやだわ。はずかしい・・・。」
フォトグラファーの高梨さんの眼に、わたくしの姿はどう映っているのでしょうか。
「これをもらうよ。」
スタッフが控える後を振り向いて高梨さんはそう告げます。
ありがとうございます・・・スタッフが答える明るい声と、他のお客様に声を掛けられて試着室から離れてゆく靴音が聞こえたのです。
 
「祥子」
試着室のドアを大柄な身体で塞ぐ様に立つと、高梨さんはわたくしを<しょうこ>と呼んだのです。
「・・・はい」
鏡越しに視線を交わしていた彼に向き直ります。
「着て来た服を僕に渡すんだ。」
「えっ・・・」
「コートとスリップは着ていいよ。後のものは商品と一緒に包んでもらうから。」
「だめ・・そんなこと。」
ここは試着室です。すぐ外には、お店のスタッフと他のお客様がいらっしゃるのです。声を顰めるしかありません。
「祥子 さっき僕にそれを着けさせたお仕置きだよ。これ以上抗うならパンティもスリップも取り上げる。その方がいいのか?」
「だめ・・」
「黒の服だからどうかなと思ったが、祥子のことだからきっと今日は桜色のランジェリーを着けていると思った。予想通りだよ。さぁ、渡してさっさと着替えなさい。」
ショップの中に2つしかない試着室をいつまでも占領しているわけにはいきません。
わたくしは諦めて、シルクニットとブラックデニムのスカートを高梨さんの手に渡しました。
「それも寄越しなさい。」
彼の視線は桜色のハーフカップブラに注がれています。
「おねがいです。勝手に着けたりしないから・・・これを包んでもらうのだけは許して。」
ここはランジェリーショップなのです。商品としてこちらのものに劣るものではなくても、ランジェリーの一つであるブラを一緒にとは言えません。
ましてあの女性スタッフは・・ニットとスカートを一緒に包んでくれと渡された時点で・・・二人がしていることに気づいてしまうでしょう。
桜色の首輪を無視したのと同じ慇懃さでわたくしに起きていることを無視して二人を送り出す彼女に、このGカップの乳房までもがあらわにされていることを・・・知られたくなかったのです。