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桜陰 6

「こうして、仕舞っておきます。それに触れればわかってしまうことですから・・・。仰る通りにいたしますわ。ね、おねがい。」
わたくしはブラを取り上げるとカップを重ねる様にしてたたみ、桜の花のバッグの底に潜ませたのです。
「ふふ しかたないな。次に逆らったら、人前でそのバッグからブラを取り出してみせるからね。見た人は祥子が、自分からはしたない露出をしてみせている厭らしい女だと思うだろうからね。」
あぁ こんなことまで責めの口実にされてしまうのね。
「はやく着替えなさい。待っているよ。」
そう言って内側がガラス張りになったドアを閉めると、高梨さんは店内に戻っていかれました。

わたくしは試着をしていたナイトウェアを脱ぎ、店頭に展示されていた時のようにハンガーに戻します。
ガーメント・トレイに先ほどのバッグと並べて置かれたままのスリップを身に纏いました。
ぴったりとフィットするオーガンジーのスリップが包む・・・柔らかな乳房を出来るだけランジェリーを着けているのと同じ様に整えます。
裾と胸元にはアクセントに桜をイメージしたリバーレースがあしらわれていました。きちんとコートを着込めばその下がスリップだけとは気づかれないでしょう。今年流行の透ける素材を重ねたスカートを身に付けていると思わせる事もできるはずです。
ブースの外からカウンターの女性に、わたくしの衣服を一緒に包んでくれ と、言う高梨さんの声が微かに聞こえます。
慇懃な返答も・・・
わたくしはシングル打ち合わせのスプリングコートを釦を全て止めて着込み、バッグの中に入れて来たエルメスの芍薬柄のスカーフでウエストをマークしたのです。
 
「ありがとう」「お預かり致します」
バックストラップパンプスを履きながら、わたくしは商品を受け取ってくださるスタッフの女性に・・・まるで何事もないかのように声をかけます。
でも、心の中は・・・淫媚な緊張を強いられていたのです。
このコートの下の知られてはならないいまの姿に・・・。
もう、お会計も済まされたのでしょう。高梨さんは店内に置かれた応接セットでゆったりとVogueをご覧になっていました。
「あなたのお写真が載っているの?」
「いや、この号は少しだけだな。」
流石に専門店です。取り寄せられた仏語のVogueはほとんどがランジェリーの特集だったのです。
「こんなコレクションもあるのね。」
オートクチュールのメゾンにも劣らない美しいモデルが着こなすランジェリーのショー。わたくしは座面の低い深々としたソファーに腰を下ろす事も出来ず、高梨さんの隣に立ち雑誌を覗き込んだのです。
「ああ 僕は専門外だけどね。」
おもむろに視線を上げた高梨さんは、左手をわたくしの腰にまわすと・・・ランジェリーとスプリングコートだけに包まれたヒップをむぐぅと掴んだのです。彼の指示通りの姿になったわたくしに、満足そうな微笑みを向けました。
「・・ぁん」
だめです・・・唇を噛み締め眼でどんなに訴えても、緊張感で敏感さが増した肌を刺激されてわたくしの身体は・・・意志とは逆の反応を示してしまっていたのです。
「珍しいな、祥子さんがTバックじゃないなんて。」
それでも、ショップのスタッフには聞こえない様に声を顰めて恥ずかしい言葉を口になさるのです。そのまま手は腰の丸みに沿って撫で上げられてゆきました。
「もう・・おいたはだめです。」
仲の良い大人の恋人同士のような戯れ合いに、何も知らない人たちには聞こえるように、敢えて羞恥よりも淫媚な雰囲気を言葉に乗せて反論をしてみせたのです。
 
「お待たせいたしました」
ソファーまで、少し大きめのショッピングバッグを両手に捧げて来たスタッフの声がいたしました。
「ああ ありがとう。」
スプリングコートの腰から手を離し、高梨さんが立ち上がります。
「ありがとうございます。」
わたくしはスタッフの手からショッピングバッグを受け取り・・・高梨さんに微笑みかけます。
「嬉しいわ、こんなに素敵なナイトウェア。ありがとうございます」
「3ヶ月淋しい想いをさせたお詫びだよ。気に入ってくれてよかった。」
久しぶりに再会した恋人同士・・・そう思わせる言葉をわざとスタッフに聞かせる様に口にしながら・・・高梨さんはショップの出口までわたくしをエスコートするのです。
「ありがとうございました。どうぞ、またお揃いでお越し下さいませ。」
ほんのかすかな好奇心さえも感じさせる事無く、にこやかに会釈をするスタッフに見送られ・・・わたくしたちはショップをあとにしたのです。
 
「これは僕が持つよ。」
高梨さんはわたくしの手からショッピングバックを取り上げたのです。彼が持つと大きめな紙袋も・・・ごく普通のお買い物のように見えます。長めのハンドルをわたくしの側でない方の肩に掛け、空いた腕を・・・当然のように腕を組む形に差し出したのです。
すこしだけためらい・・・そして、心を決めた様にわたくしは、彼の腕に緊張でこわばった手を預けました。

桜陰 7

羞恥を掻き立てるショップでの時間を過ごしても、春の日は、まだふんわりと麗らかでした。
ショップの2つ向こうの通りへと、高梨さんはゆっくりと歩いて行きます。
「全身桜色の祥子さんは、この景色にびったりですよ。」
通りの先に覗く桜並木を背景にわたくしを見やり、高梨さんの眼は一瞬だけフォトグラファーとしての輝きを帯びたのです。
「いやだわ・・・からかったりしちゃ。」
照れた笑みを浮かべたわたくしの頬も、桜色に染まってしまいそうです。
毎日、ここを通られているはずなのに、高梨さんはまるでこの風景を記憶に留めなくてはならないとでも言う様に、わたくしを先に歩かせ少し後をゆっくりと付いていらしたのです。
わたくしは時折気まぐれに吹く、花散らしの風が気になっておりました。
太ももの合わせ目のあたりまでしか釦のない、スプリングコートの裾が・・・ひらひらと舞うからです。
薄く透けるオーガンジーを重ねた桜色のスリップは裾のレースもガーターストッキングの留め具のある太ももも、そうと知ってご覧になる方にはわかってしまうほどの儚さでした。
仕方なしに桜のジャガードのハンドバックを両手で持ち、太ももの上に自然とコートを押さえる様にして歩いてゆきました。
 
「祥子」
右後から高梨さんの声が聞こえました。
「はい?」 
ゆっくりと振り向いたわたくしに向かって気まぐれな春の風が吹き付けたのです。
「あぁっ・・・」 
バッグを片手に持ち替えたその瞬間に・・・コートの左裾が大きく風に煽られたのです。それだけでなく・・・重みのないスリップの裾までもが・・・ストッキングの上端近くまで・・・
「きゃぁぁっ・・」 
慌ててバッグを持っていない左手でコートの裾を押さえます。自然に流していた黒のロングヘアまでが風に煽られて舞うのです。
 
高梨さんの手には、NikonのCoolpixS1がありました。
「ははは、いい写真が撮れたよ。」
吹きすぎた風にようやく落ち着いたコートの裾をバッグで押さえ、空いている左手で髪を押さえるわたくしに、高梨さんはゆっくりと近づいていらっしゃいました。
「もう、カメラなんてお持ちだったんですか?」
「ああ、これね。まぁ玩具みたいなものだけどね。」
確かに普段高梨さんがお仕事で使われているカメラに比べれば玩具かもしれません。
でも、高梨さんの手の中に隠れてしまうほどにコンパクトなデジタルカメラはニッコールレンズを搭載した高性能機種だったのです。

わたくしは、風音でシャッター音に気づかなくてほっとしておりました。
気付いていたなら・・・きっと怪訝さ非難を露にした表情を浮かべてしまったでしょう。
お正月のあの3日間。
わたくしの淫らな姿を次々とデジタルカメラに納められた、あの時の羞恥とショック。いまもあの4人の男性が、手元で時折はご覧になっているかと思うだけで、新たな恥ずかしさを感じずにはいられない・・・写真の想い出につながるからでした。

「今日はお写真を撮りたかったんですか?」
「いや、そうじゃないよ。ただあんまり綺麗だったからね。ごらん。」
高梨さんは手の中のカメラの液晶ファインダーに、先ほどの写真を開くのです。
風に舞う桜の花びらの中に・・・無邪気な表情で振り向くわたくしの笑顔と・・・大きく軽やかに翻るコートの裾と・・レースが・・・まるで花びらを集めた様にわたくしを彩っておりました。
「これが・・・わたくし?」
「ああ、此花咲耶姫もかくや・・だな」 
「もう、恥ずかしいわ。こんなに年齢の行った女神もありませんでしょう?」
「ははは、でもそうでもないんだよ。日本の八百万の神々はね、年齢なんてものは超越した存在だからね。年ふりて益々妖艶な神が舞い降りたかのようだよ。」
「まるでわたくしは妖怪みたいね」
わははは、そうだな・・・豪快に笑う高梨さんはとても楽しそうです。
「こうしてカメラに閉じ込めておかないと、祥子は薄情でメールも寄越さないからな。休日にまで写真に振り回されるのはこりごりだが、いいだろう、こんな写真くらい僕の手元に残してくれても。」
いつのまにかわたくしたちは、緩い上り坂の桜並木にたどりついたのです。

桜陰 8

坂の一番下に立ち、行く先を見上げるわたくしの視線からは・・・満開の桜は青い空を薄桃色に染めているようでした。
「ここがこんなに綺麗な季節に来たのは初めてだわ。いつも青葉のころばかりしか通ったことがなくて。」
都心の並木道です。上野のように花の下に屯しての花見をする人たちはおりません。
ゆっくりとそぞろ歩くか・・・通り沿いのカフェの窓からゆっくりと外の景色を楽しんでいらっしゃる方達がほとんどでした。

「そうか、誘って正解だったかな。」
「ええ、ありがとうございます。うれしいわ。」
「それじゃ、コートの前の釦を全て外してごらん。」
「えっ・・・ここでですか?」
坂の入り口の大きな桜の樹の下にわたくしたちはおりました。建物と樹のわずかな死角に桜を背に立っていたのです。
「この坂を登ったところが僕の部屋だ。そこまででいい。コートは羽織ったままでいいから、釦を全て外して登っておいで。」
コートの下は、スリップとガーターベルトと・・・パンティだけなのです。
釦を止めたコートの裾から覗くスリップだけならなんとでも言い訳は出来たでしょう。
でも・・・上まで全て開けてしまえば・・・Gカップの胸元は鴇色の乳首をはっきりと透かせて・・たゆ・ゆ・・と一足ごとに揺れてしまうのです。
ガーターベルトはストッキングの終わるラインもストッキングを吊る留め具さえも、パンティはわたくしの茂みの在処すら・・・透かしてしまうのに・・・。
「おねがい。そんなはしたないこと出来ないわ。」
「ん・・くぅ・・」 
首を振るわたくしの頤を捕まえると、高梨さんは乱暴に唇を重ねたのです。
満開の桜の下・・・ごつごつとした桜の樹皮に背を押され・・・荒々しく奪われる久しぶりの唇は春の日差しの下でアブノーマルな背徳感をわたくしに与えるのです。
「美味しいよ 祥子。」
「ゃぁ・・こんなところで」
「そうだな。ちょっと気が変わった。祥子に選ばせてあげよう。」
高梨さんの指はわたくしの右の耳朶へと動いてゆきます。
「ここからコートの釦を全て外して僕と離れてレジデンス棟まで上がってゆくか、それとも桜の樹3本に一度今みたいにキスをしてくれるか、どちらがいい?」
品なく飲酒をする人たちがいるわけではありません。でも・・・だからといって人目がないというわけではないのです。
大人の、それもきっと目立つであろう大柄な男女が、並木を3本数えるごとにディープキスを・・・まるでセックスそのもののようなキスを交わすなんて。
「もちろん、キス1回ごとに1つずつ釦を外させてもらうよ。レジデンスに着いたら16階の僕の部屋までエレベーターの中はコートを取り上げる。」
彼の小指がわたくしの耳穴を意味ありげにまぁるく撫でるのです。
「コートの釦を全て外してゆくなら、レジデンス棟の中でコートを取り上げるのは勘弁してあげよう。さぁ、どちらを選ぶ?」
わたくしは、本当に困ってしまったのです。
どちらも・・・どちらを選んでも、わたくしは羞恥にまみれさせられてしまう行為だったからです。

「ん? 祥子、どっちがいいんだい?」
耳に掛かるロングヘアを掻き上げると耳朶に唇を這わせるのです。
「ん・・やぁ・・・」
カメラをポケットにしまい込んだ右手は、薄いスプリングコートの上からわたくしの乳房の先端を探り当て・・・くりくりと・・・嬲りはじめるのです。
「ぁん・・だめ・・・」
「早く決めるんだ、祥子。」
「・・・んん・・キス・・」
どちらかと言われて・・わたくしはキスを選ぶよりありませんでした。
あきらかにランジェリーにしか見えないインナーを晒しながら、はるか先にあるレジデント棟まで多くの方の視線に耐えて歩くなんて、とても出来なかったからです。

「いいコだ、祥子。じゃぁ行こうか」
わたくしの右手を取り高梨さんが歩き始めました。でも、ゆっくりと、風にそよぐ桜の一輪一輪を愛でるように歩いてゆきます。
何気ない風でいなくてはならないのに、わたくしは彼に仕掛けられた艶戯に、すでに頬をかすかに紅潮させていたのです。
どきどきとする鼓動を押さえるように、ことさらに高梨さんの腕に縋りました。

「同じ染井吉野でも環境が違うと少しずつ花つきも違うものだね。」
同じ時期に植栽されたはずの並木の3本目は、となりの樹よりも数段太い幹を持ちたわわに花を咲かせておりました。
「最初の桜だよ。」
車道に背を向ける様にわたくしの背を桜に押し付けると・・・右手でわたくしの髪を払いのけて・・・首筋に・・キスをはじめたのです。
「・・やぁ キ・ス・ぅ・・」
桜の前は画廊でした。ひっそりと静まり返った店内には人影はなく、桜を描いた油彩が数点壁に飾られていました。
「キスだろう。唇にするとはひと言も言ってない。」
首筋の薄い皮膚は、ベッドで与えられるような唇からの快楽を、わたくしの意志を裏切って・・・ダイレクトに身芯にまで届けるのです。
「・・・はぅ」
たしかにこれもキスです。でも・・昼間の路上で・・こんなこと。
「はしたない声を出すんじゃない。」
耳朶を甘噛みしながら、漏れてしまうわたくしの声を・・・言葉で制するのです。
「・ん・・ぁは・・」
唇を噛みしめて声を殺すわたくしの切ない表情が・・・高梨さんのがっしりとした後ろ姿とともに画廊のショーケースに映り込みます。
「眼を閉じるな」
高梨さんの大きな背に抱きしめられたわたくしの顔が・・・はらはらと花びらが舞う中に見えているのです。時折車道を車が横ぎり、向こうの歩道を歩く人が見える度・・・わたくしは身体を堅くするしかありませんでした。
「もう・・ゆるして」
わたくしたちに気づいたカップルの囁き交わす姿が見えた時、身を捩って高梨さんから逃れようとしたのです。
「しかたないな。」
首筋から顔を上げると高梨さんはご自身の手でわたくしのコートの第一釦を外して・・・身体を離したのです。

桜陰 9

「久しぶりの祥子の肌は相変わらずいい香りだ。仄かな薔薇の香りがする。」
わたくしの肩を軽く抱く様にしてゆっくりと歩きはじめました。はずされたコートの釦の下の肌に少し冷たい空気が触れてゆきます。
「しらない・・・いじわる・・」
高梨さんの肌へのキスの快感が、わたくしを最初から羞恥の淵へ突き落としたのです。
「そうして拗ねている祥子も可愛いよ。そそられるね。その肌をもって桜色に染めるまで・・・辱めたくなる。」
耳元に口を寄せて囁く高梨さんとわたくしを見れば、大人なのに人目を気にすることもない熱烈に愛し合う、そんなカップルに見えたに違いありません。
「しないで・・・もう・・」
わたくしは瞳を潤ませて・・・高梨さんを見上げると・・・弱々しくお願いをしたのです。

10代の方達の様に路上で抱き合ったり、キスをしたり・・・そんなことはわたくしの美意識にはありません。たとえ誘われても、二人きりになれる場所までいなして・・・ようやく許すものなのです。それを、こんな公道の真ん中でなんて・・・。
次の桜にたどり着くのを少しでも遅らせたくて、気もそぞろなのに立ち並ぶショップのウィンドウを覗こうと・・・彼の腕を引くのです。
でも、いずれ3本目の桜はやってくるのです。

「さ、3本目だよ」
立ち止まった高梨さんは、その場でわたくしを引き寄せると・・・性急に唇を重ねました。
「ん・・ん・・くぅ」
3本目の桜はオープンカフェの大窓のすぐ側でした。天気のよい今日は、咲き誇る桜を楽しめる開け放たれた窓の側に2組のカップルがお茶を楽しんでいたのです。
でも、わたくしはその姿に気づく間も与えられなかったのです。
先ほどとは逆に、カフェに背を向けて・・・車道に向かうように高梨さんに抱かれていたからです。
 
覆いかぶされる彼の顔の下で、わたくしは顔をあおのけて唇と舌の洗礼を受けていました。
「ん・・ぁ・・・」
ちゅ・・ぷ・・ 絡まり合う舌と舌・・交わされる唾液の淫らな音までもが、わたくしの背後にあるお店の中にまで聞こえてしまいそうな・・・キスです。わたくしが最初に恐れていた、セックスの一部としてベッドで与えられるようなディープキスなのです。
「・・・く・・んぁ」
なのに、高梨さんの手は背中を腰に向かって這い回ることさえしないのです。愛しい宝物を抱きしめ、どうしても我慢が出来なかったとでも言う様に強く・きつく、わたくしの背をに腕を回したままでした。

わたくしの背では、カフェの二組のカップルがほどなくこちらに気づいたようでした。
大人の2組のカップルはそれぞれに小声で囁き交わすと、一組は二人の世界に戻ってゆき・・・もう一組は固唾を飲んでわたくしたちの様子を見つめておりました。
最初は互いテーブルの上に置かれていた手がいつの間にか重ねられ・・・女性の身体は男性の肩へと・・・すこしづつしなだれかかっていたのです。
「・・ぁ・・は・・ぁぁ・・」
じゅ・・ちゅ・・ぅ・・ 舌を繰り出させられ高梨さんの唇で吸い上げられる・・・あまりに恥ずかしい行為に・・・彼に抱かれたわたくしの身体から、ふと力が抜けてしまったのです。
くずおれそうになる身体を高梨さんの腕が支え続け、でも唇を離してはくださらないのです。
「も・・ぉ・・・ぁぁ・・ん」
高梨さんの舌がまるで自分のものだと印を付けるかの様に・・口腔の全ての粘膜を舐り・・・撫でるのです。
ガタっ・・タっ・・・ 背後の2つの椅子が鳴る音に、わたくしは身を堅くしました。見えない背中が人のいる場所だったと初めてわかって・・・蕩けかけていた理性を取り戻しました。
「・・だ・め・・ぇ・・」
唇の間から漏れる声に、濃厚なキスはストップされました。
と、同時に高梨さんは立ち止まったときと同じ唐突さでその場を離れるように・・わたくしの背を押したのです。忘れずに反対の手でコートの第二釦を外しながら。
 
「祥子のキスは甘いね。美味しかったよ。」
「ぃゃ・・・」
キスを解かれて歩き出す時に・・・わたくしの背後にあったのがカフェだったことをはじめて知ったのです。
それも、あの時に視界を横切ったカップルだけじゃない・・・席を立った二人もいたわけですから、それに他にも・・・それだけの人たちの目前で・・・あんなキスを。
「あの二人は、きっとこんな時間からホテルだな」
わたくしにあんなキスをしながらも、周囲をも見ていたらしい高梨さんが可笑しげに告げるのです。
「僕たちのキスに当てられて、男の手が最後は彼女のスカートに潜り込みそうになっていたからな」
わたくしたちを窺っていた二人は、キスに夢中のはずのこちらに見られているとは思ってもいなかったのでしょう。
「もう そんなことになっているなら、もっと早くやめてくださればいいのに」
「この美味しい唇を離すわけがないだろう。いまでもキスしたままで歩きたいくらいだ。」
ははは 冗談ではないよ、と笑う高梨さんの眼には確かに欲望が滲んでいました。

桜陰 10

「あと釦は3つだね。桜は何本かな」
「あんな風になさったら・・・だめ・・で・す」
「あんな風?」
「人のいるところで・・・あんなキス」
わたくしは思い出しただけで身内を走る快感に頬を染めながら答えたのです。
「選んだのは祥子だよ。もう一つの方を選んでいたら、きっともう僕の部屋に着いていたのにね。」
たしかにそうかも知れません。ただ、コートの釦を全て外して・・・歩くだけ、それも早足でもよかったわけですから。
「でも・・・」
「いいけどね、ぼくは。祥子の白い胸元を眺めながらこの道を歩いてゆけるんだから。」
「だめ・・っ」
第二釦まで開けられたコートの胸元を空いている左手で押さえたのです。
「だめだよ。手を離しなさい。スリップのレースがまるでドレスみたいできれいだよ。祥子、もっとお仕置きをされたいのか。」
高梨さんの口から出た<お仕置き>という言葉に・・・わたくしは仕方なく押さえていた手を・・・離したのです。
 
「そろそろ次の樹だね」
その桜はオフィスビルの入り口にありました。
休日の今日、そのビルの入り口は内側にブラインドが下ろされ・・・少し入り組んだファサードは外からの人目を少しだけ遮るような構造になっていたのです。
「ここだね」
わたくしの手を引くとファサードの中に引き入れました。
高梨さんは第三釦を外すなり、コートの胸元をはだけると・・・スリップのレースの上からわたくしの乳房の先端を含んだのです。
「だめ・・・ぁぁあ・・」
サインボード替わりの黒い大理石の壁は、丁度高梨さんの身長くらいの高さでした。わたくしたちを隠しながらも、開いた上部からは、伸びた桜の枝から花びらが・・・はらはらと舞い込みます。
 
「キスをしてるだけだよ。」
再び顔を伏せられた時には、堅くそそり立った鴇色の昂りからは、驚きと共に与えられた最初の刺激の倍以上の淫楽が流れ込んできたのです。
「や・・ぁ・・・」
コートを開かれた左の肩先が冷たい大理石の壁面に触れます。なのにその冷たささえ・・・この快感から逃れる助けにはなりません。
「こんなキスを強請っている姿を見られたいのかい、祥子。」
押し殺せない声を・・・あざ笑う様に高梨さんの声が胸元から響きます。
「ん・・・ぁ・・ぁぁ・・ねだって・・なんか・・なぁ・いぃぃ」
手の甲を唇に押し当てても・・敏感なGカップの乳房とその先端に加えられる刺激は・・・わたくしの声を淫らに震わせるだけでした。
「祥子が自分で選んだから僕が付き合ってるだけだろう。だからこうしてキスしてるんだ。祥子がねだっているのと同じだろう?」
まだコートに覆われている右の乳首を指先で嬲りながら・・・言葉でまでわたくしを追いつめます。
「やぁ・・ぁぁ・ちが・う・・」
高梨さんが課したお仕置きです。決してわたくしがねだったわけではないのです。抗がいの声も・・・高梨さんの乳首へのキスが羞恥と快楽に染めてゆきます。
「何を言ってる。キスしてもらいやすいように自分でわざわざ外したんだろう、このブラ。」
わたくしのバッグの中に手を入れて・・・桜色のオーガンジーのブラを引き出すのです。
「ぁぁぁ・・・だめっ・・」 
高梨さんの唾液が繊細なオーガンジーを濡らしてゆきます。4月の外気に冷たくなる範囲は大きく立ち上がった鴇色の先端を中心に次第に広がってゆくのです。
「ゃ・・ぁ・・」
言葉嬲りの間に冷やされてますます堅くしこり立つ先端を、高梨さんの熱い唇と舌がまた覆い・・ねぶるのです。
左右交互に繰り返される熱と冷たさは、この行為が屋外で行なわれているのだと・・・快楽の合間にわたくしに思い知らせました。