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過ぎし日の残り香 1

陽差しも少し秋めいてきた金曜日の昼下がり。
打ち合わせが一段落したころに、以前お勤めをしていた会社の上司からお電話をいただきました。
「久しぶりだな 元気にしているのか?」 
上司だったころと変わらない明るい第一声です。
「ご無沙汰いたしております。珍しいですね、わたくしにお電話なんて」 
華やかな女性の多い職場でとかくの噂がある上司でしたが、それも仕方がないと思わせる・・・トラッドを着こなすダンディな姿を思い出しました。
「祥子君が連絡をしてこないからだろう。飯でもどうだ」 
ここで、いつですか?とお聞きすると機嫌が悪くなることを元部下のわたくしは十分に知っておりました。
言い出すと聞かない方なのです。そしてこう仰るときは<今晩>な時なのです。
「部長相変わらずでらっしゃいますね。ふふ どちらに伺えばよろしいのですか?」 
そう答えたわたくしに上司が指定したのは、転職された会社が新たに出店するレストランでした。
 
今日はファッション系のクライアントとの打ち合わせがあったので、黒のシルクを何枚も重ねたエレガントなワンピース姿でした。
動くと透けるスカートや上半身に合わせて、インナーはシンプルだけれど上質な黒の薔薇柄のレースのセットを合わせています。柔らかなシルエットを出す為に一重仕立てにした繊細なレースでしたので・・・ブラとTバックのパンティ・ガーターストッキングの上に同じ素材のスリップを重ねました。
お洒落な方だからきっとフレンチかイタリアンのお店だわ。
わたくしは今夜の姿が元の上司を落胆させることはないと思い、少しだけほっといたしました。
 
元の上司は以前勤めていた会社には珍しく正しく女性の能力を把握する方でした。
『女性は40歳からだよ 祥子君』 
そういって仕事で落ち込むわたくしをよく元気づけてくださったものです。
役職定年でいまの会社に転職なさってそろそろ2年。ご恩のある方に随分ご無沙汰をしてしまったものだと反省しながら、日暮れの早くなった街を、一流店の並ぶ一角に出来た新しいお店へと急いだのです。
 
指定された待ち合わせ場所は、そのレストランの前でした。
まだお約束の時間まで5分以上あるのに上司はもう待ちくたびれた顔をなさって・・・そこに待ってらっしゃいました。
お店は意外なことにチャイニーズレストランだったのです。
改めて挨拶をさせていただこうとするわたしを制して、「まずは食事をしよう」とお店にはいってゆきます。
エントランスで支配人を呼び広い店内の中で用意されていたお席は、もっとも奥まったところにある個室でした。
ホテルのシングルルームほどの広さの部屋はレイアウトの関係か窓はなく、代わりに見事な敦煌を描いた有名画家の画が飾ってありました。
さほど大きくない四角のテーブルに黒漆に螺鈿の椅子が4脚、ジャガード織のテーブルクロス、プリントではなくゴブラン織の壁紙、清朝のものらしき壷に生けられたどうだん躑躅と竜胆まで、繊細で緻密なしつらえがなされていました。
「お話はお近くのほうがよろしいでしょう」 
黒い瞳が印象的な女性の支配人は、複製画を楽しめる様にと向かい合わせでなくわたくしの左側の席を上司にすすめました。
 
「まだ暑い季節だからビールでいいだろう」 
わたくしの返事を待つこともなく・・・以前と変わらずにオーダーなさいます。
「祥子君は好き嫌いがないから美味しいものを頼みます」 
「かしこまりました」 
元の上司の言葉に一つだけ頷いて支配人は部屋を出てゆきました。
「お待たせいたしました」
間もなく上司が頼んだビールが届き、わたくしはようやく不沙汰を詫びる挨拶をさせていただけたのです。
 
「今日は珍しいものがありますから、楽しみになさってください」 
支配人が凛とした声で言ったように、初秋を思わせる美しいお料理がまいります。
「元気にしてるようだね、仕事は上手くいっているのかい」 
伊勢海老のおつくり、ふかひれのスープ 
「ええ、部長に鍛えていただいたおかげです」  
北京鴨、スッポンのえんがわを煮込んだもの 
「僕もねやっと新規店舗をオープンできてやっと面目が立ったよ」 
冬瓜の貝柱詰め 
「素敵なお店ですものね インテリアは部長の趣味でらっしゃいますか?」 
お魚を蒸したもの 
「祥子君にも最初は随分手伝ってもらったな。ずっと礼もしてなかったから気になっていたんだ」 
黄ニラ入りの伊麺 
「部長には可愛がっていただきましたから、そのくらいの恩返しはさせてください」

お酒の杯もお料理とともに重なってゆきました。
わたくしの元の上司は決してお酒がお強くはないのです。数杯のビールを楽しまれただけでもう目元を赤くされていました。
「そういえば祥子くんの仕事はあちこちで人気があるみたいだね」 
「おかげさまです」
「この人はね、ぼくの自慢の部下なんだよ。なかなかでね、手放すのが惜しかったんだ」  
上司にお茶を注ぐ支配人に微笑みかけながらそう言うのです。
「事業部長はほんとうにお厳しくて・・・こんな風に女性を褒めるのをはじめて聞きました。私共の社のものが知ったらうらやましがりますわ」
支配人は手早く空いた器を片付けながらわたくしにも気軽に話しかけてくれるのです。
「料理長自慢の点心です。お茶もこちらにご用意しましたからごゆっくりなさってください。御用の節はそのベルでお呼びください」 
支配人はサイドボードの金のハンドベルを指し、会釈してフロアへと戻られました。
「素敵な女性ですね。部長のいまのお気に入りの方なのですか?」 
わたくしの元上司は気に入った女性を職場でも自分の側近くに置き、仕事を任せることが多いのです。だからといって・・・必ずもプライベートのお相手になるとは限りませんけれども。
そんなことを思い出していると・・・
「クライアントからは、仕事以外の依頼も多いんだろう」 
ジャスミンティのカップごしに意味ありげにわたくしを見てそんなことを言い出しました。
「わたくしは部長のような方とはお仕事はいたしませんから ふふふ」 
また、部長のお戯れがはじまったわ・・・そう思っただけでした。
あのころからお酒を召されるとそういう事を仰る方でしたから。
「存じてます。部下だった時代から部長がいろいろな女性たちをお誘いになってらしたことくらい、おもてになられましたものね」 
過去の数々の艶聞を持ち出して差し上げると元の上司が男性としてお喜びになることも、いつものことでした。
「本当は祥子君が欲しかったんだけれど、部下だったんだから仕方ないじゃないか。我慢してたんだよ」 
「僕は確かにいろんな女性を抱いたけど、いつも祥子君を思っていったからな。時にはいくときに君の名を呼んでしまってね、何人もの女性に振られたんだよ」 
とんでもないことをあけすけに仰るのです。
「ご冗談が過ぎますわ。わたくしがお仕事関係のお相手とはお付き合いしないことは部長も良くご存知でしょう」 
わたくしと元上司との関係にはありえなかったセクシュアルな匂いが、わたくしをすこし戸惑わせたのです。
 
「見かけだけでバカな女もいやだしね。もう同じ会社の上下関係もないし、君も離婚したし遠慮はいらないと思ってね」 
テーブルの下で元上司の手がシルクのスカートごしにひざの上に置かれます。
「どうだい、君の最後の男にしてくれないか」 
わたくしの太ももの感触を確かめる様にゆっくりとのぼってくるんです。 
「なにを仰っているんですか、奥様に怒られますわ」 
元上司の手を軽くつかみ、それ以上触れることをとがめるようにわたくしの脚から引き離しました。
「相変わらずランジェリーまでおしゃれなんだね。祥子くんは」 
「えっ・・・」 
元上司の言葉に不意をつかれたわたくしは、左手を握り返されて・・・彼の手とともにそのまま自らの太ももに戻されてしまったんです。
「ほら この留め具。ガーターベルトだろう、祥子君。部下だったころから愛用していたようじゃないか。こういうところがそそるんだよ」 
わたくしの手にわざとスカートごしに留め具を触らせてから元上司は握っていた手を離しました。
「わたくしがどんなランジェリーをつけているかなんて、ご存知ないくせに」
 
ふふ 含み笑いをした元上司はついと立ち上がりました。
入り口近くのコートハンガーに掛けたジャケットの内ポケットから封筒を取り出すとわたくしの椅子の後に歩みよりました。
「知っているさ」 
デザートに進みジャスミンティーののるテーブルに広げられたのは・・・元の会社の役員応接室に徹夜明けで寝込んでいるわたくしの写真でした。

過ぎし日の残り香 2

「なんですか。この写真は・・・」 
撮られた覚えのない数十枚の写真にわたくしの声は思わず震えてしまいました。
「なんだ、祥子君は覚えていないのか。さみしいな」 
先ほどまで太ももをなであげていた元上司の手が、わたくしの肩に置かれました。
「徹夜で仕事をした早朝にきみに役員応接で仮眠をすすめただろう、そのときのものだよ」 
そこには30代前半のときのわたくしが写っていました。
ただ・・・胸元は開けられて、レースのブラに透けている乳首までが写っていました。 
フレアスカートの裾はウエストまで持ち上げられて・・・
ガーターベルトとTバックパンティの間の太ももや淡く透けるかげりまで。
さらにはうつぶせた白いお尻にわずかにTバックのレースが横切るはしたない姿も。
全身・アップ・接写と何枚も写されていました。
軽く開いたわたくしの唇のアップまでがその中にあったのです。
「いやぁ・・・」 
ここがレストランの個室であることも忘れて声を上げてしまいました。
 
「あの時の写真だよ。もっと大胆に撮りたかったんだが、祥子君が起きてしまいそうだったからな」 
あの日ほんの2時間ほど熟睡して目覚めたわたくしは、うつぶせになった身体の下の大胆に乱れたスカートの裾に一人赤面したことを思い出していました。
「貞淑な人妻で不倫をしているわけでもなく、仕事一途な君が・・・ね」 
驚くわたくしの隙をついて、シルクのワンピースの肩の手をゆっくりとバストの頂きに移すのです。
「真面目で優秀なだけの祥子くんが、普段からあんなランジェリーを付けていると知って この写真をとったあと僕は・・・役員専用トイレでね・・・ひとりでなぐさめなければならなかったよ」
「いやっ・・・」 
右手でわたくしの顎を引き上げ後から身をかぶせるようにして元上司はわたくしの唇を奪いました。
「1度じゃおさまらなくて・・・朝から2度も射精したんだよ。祥子君」 
ディープキスの合間・・わずかに唇を外すようにして、過ぎし日の劣情を語るのです。
「んんぅぐっ・・・あぁん」 
舌を舌でしごきあげ、口蓋を舐め上げて、唾液をわたくしに注ぎ込むまるでセックスのようなキスです。
「一時期は夫以外の男ができたのかと、嫉妬で狂いそうだったさ。こんな大胆なランジェリーをつけている祥子君を想像してね」 
胸元にさがってきた左手がシルクのワンピースとレースのランジェリー越しにも堅く立ち上がっているのがわかる乳首を・・・ひねりつぶすように愛撫するのです。
「こんなところで・・・だめ・です・・人が来ます・・ぁぁん」 
元上司のがっしりとした腕で漆塗りの椅子に肩先から押さえ込まれて、わたくしは身を捩ることもできませんでした。
「ごらん 祥子君の無邪気な寝姿」 
とりわけはしたない一枚を取り上げてわたくしの目の前に差し出すのです。
「いやぁ・・・」 
顔をそむけるだけしかわたくしにはできません。
「こんなに無邪気写真なのに、僕は何度もこの写真でね。ふふ 楽しませてもらったよ。今夜きみを呼び出すと決めてからも我慢できなくて、ゆうべもね・・・写真のきみはいつまでも素敵だよ」 
椅子の背に立ったままでワンピースの胸元をまさぐりわたくしの耳元で囁くのです。
「お戯れもいい加減になさってください」 
尊敬していた元上司に写真とはいえ劣情をぶつけられていたことを知って、わたくしはおののきました。
「そのいつまでも生意気なところもそそるよ」 
「あふっ・・ん・・」 
そう言ってはもう一度強引にわたくしの唇を奪うのです。
「いまの祥子君の方が・・・熟していて美味しそうだな。ああこの胸だよ この胸を好きな様に嬲りたくてな」 
両手で透けるシルクとランジェリーごと両の乳房を握りつぶすかのように揉み込み、耳を甘噛みされました。 
「あうっ・・・」
「こんな感触だったのか。ふっ 想像以上だよ、祥子君」
「やめて・・くだ・さ・・い 人を呼びます」 
元上司の職場であるレストランの個室ではしたない写真を広げられ、身体を嬲られる羞恥に・・・わたくしの理性を飲み込もうとする快感は、あと少しのところで押しとどめられたままでした。
 
「きみならわかっているだろう。支配人は気が利くからね 今夜は僕が呼ぶまではここにはこないさ」 
元上司の両手は少し力を弱め、手に余る柔らかな乳房の感触を楽しむようなタッチに変わりました。
「前にも祥子くんには愛人にしたいなら年間1200万円用意できるかと言って体よく断られたけれどね、諦めきれないんだよ」 
襟元のワンピースと共のシルクのリボンタイをほどこうとするのです。
「部長はわたくしの気質を良くご存知なはずです。奥様がいらっしゃる方にはそれ相応のことをしていただかなければ愛人なんぞにはなれません」 
元上司の手を押さえて、わたくしは首だけをひねるようにして上司の目をきっと見返してお答えしました。
「ほう 祥子君を1200万円で独占できるなら安いものだ。まあ、正確に言えば独占にはならないがね」 
手の動きを拒まれた元上司は改めてわたくしの前に座ると、とんでもないこをと言い出すのです。
「あまりに僕が祥子君のことを素晴らしいというものだからいまの会社の役員たちが興味を持ってね、一度逢わせろとうるさいんだよ」
「うちの役員はみな美食家だからな、この写真を見せれば・・・」 
なんて破廉恥なことを・・・わたくしは尊敬していた上司に言われなければならないのでしょう。
 
わたくしは目の前にちらばる写真をかきあつめて、バッグを持って立ち上がったのです。
「今日はごちそうさまでした。部長 お仕事のお話でしたらいくらでもうかがいます。ただ、もうこんな写真やお話を持ち出されるなら、この先お逢いする事もないでしょう。失礼します」 
これ以上聞くことはないと元の上司に背を向け、ドアに手を掛け個室を出てゆきました。
 
「諦めないからな 祥子君」 
上司の声が閉まりかけるとびらから流れてきました。
 
信頼していた元の上司に裏切られ・穢されていたショックは隠せませんでした。
でも知らないうちに写されていた写真や、年齢を重ねた男性だけが持つ巧みな愛撫に身体の芯に火をつけられて・・・その夜・・・わたくしは年若いセックスフレンドにメールをしてしまいました。



祥子からの手紙-3
こんばんわ 祥子です。
 
個室を出て、驚いた顔をしている支配人に
「急用ができまして、ごちそうさま」となにくわぬ顔をして挨拶するのがわたくしには精一杯でした。
 
口紅すらひかないわたくしですからあの場から立ち去れましたが
普通の女性でしたらあの場を離れることも難しかったでしょう。
 
「英雄色を好む」タイプの方だとは部下のころから思っておりましたが
まさかあのような想いを隠されていたとは・・・気づいておりませんでした。
 
しばらくは、わたくしは元上司からの電話に出る事はないでしょう。
 
今夜の疼きは年若いお気に入りの彼と・・・メールの返事が楽しみです。