降るがごとくの花の香に
待ち合わせは酔うほどの薫りがこもった藤の花の下でした。
『遅くはならないと思うから。一つ目の太鼓橋を渡ったところの
弁天堂の前でまっていて。』
藤の花でつくられた祭壇のような弁天堂。
普段なら誰も足を止めないこの場所も
今日は俄カメラマンで溢れ返っていました。
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「待たせたかな」
山門側を眼で探していたわたくしは
背後からの声にびくっとして振り返ってしまいました。
「なんて顔してるの」
「だって こんな方から来るとは思ってなかったんだもの」
「ちょっと早かったから先にお参りしてた。
思ったより時間がかかって、気が気じゃなかった。」
「一緒にお参りできない願い事でもあったのかしら?」
「いや、想い合う男女が一緒に参ると神様がヤキモチを妬いて別れ
させると言うからね。それは嫌だなと。はははは」
「わたくしも後でお参りしたいわ。お待たせしちゃうけどいい?」
「神様に見つからないように、こっそりと見守っていて上げるよ」
「こっそりね」
わたくしはこっそりと隣に立つ彼の指に小指を絡めました。
そこここでシャッターを押される沢山のカメラに映らないように。
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「この時期は忙しいんでしょう。」
「今年は連休もとぎれとぎれだから、いつもほどじゃないよ。」
小指だけ絡めた指はいまは五指とも・・・
「祥子は今年は大丈夫なの?」
去年も一昨年も。わたくしには5月の連休はありませんでした。
去年の今頃は、まだ彼はわたしのいいお友達のひとりでしかなかったのに
うん・・・と眼を見つめて小さくうなづいて・・・
「この薫り、好きなの。お気に入りの日本酒の口に含んだときと一緒。」
問いかけの答えではない言の葉を口にしたのです。
「ははは、藤の精が聞いたら喜ぶな。」
「どうして喜ぶの?」
「藤の花は酒をやると一層色が綺麗になるそうだ。切り花にしたときは
日本酒に挿しておくと花の持ちがいいそうだ。」
「ほんとう?」
「店に花を生けてくれる先生がそんな話をしていたことがあるんだ。
聞いたときは冗談だろうと思ったが、
こうしてここに居るとなるほどと思うよ。」
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「そうね。本当に酔ってしまいそう。」
「耳たぶが赤く染まっているよ。」
花房を見上げたわたくしの耳元に口づけるように彼がそっと・・・
だ・め・・・・
前後に沢山の人、あちこちに沢山のカメラ。
わたくしは声に出さず唇だけでこれ以上酔わせないで と
伝えるしかありませんでした。
「お行儀が悪いと祥子に嫌われるな。いいコにしていよう。」
「もう・・・」
藤棚に沿って巡る回遊路を人に押されるようにそぞろ歩くふたりに、
お行儀の悪いことなど出来る訳もありません。
それなのに・・・してほしい・・・と思う はしたないわたくしも居て・・
「きれいだよ。ほら、まるで祥子の・・・」
真珠みたいだ そう動く彼の唇に、真っ赤にほほを染めたわたくしに
気づいた方がどなたも居ない事を祈るしかありませんでした。
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「あっ・・・」 大粒の雨が落ち始めました。
観光客もそれぞれに傘を広げてカメラをしまいはじめています。
急ぎ足で帰る人の流れに逆らって社務所へと抜け出した二人は
いつのまにかふたりだけ取り残されたようでした。
「予報通りだったね。傘は持ってる?」
「ええ 折りたたみだけど。」
「良かった。まだ今頃の雨だと風邪ひくからね。」
コートごしにわたくしを抱く腕の暖かさに人目も忘れて・・・
「祥子・・・」
ん・・・んぁ・・
重ねられた唇は腕よりも熱く・・・
「だ・め・・・」
薄く開いた眼に映った藤の枝に
絡み合う二人の肢体を見せつけられたような気がして
かすかにあらがっていた腕の力を・・・そっと抜いたのです。
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フォト・ストーリー・シリーズ第二弾(どこまで続くかは・・・(笑))
本当に雨が降り出す前のお写真なので空の色が優れないですが
かえって香りが地表にこもって、花の色が濃く見えた様な気がします。
もう白藤は終わりかけていたのが残念でしたが
こんなに見事の藤は久しぶりでした。
あっ、写真の未熟さは・・・ご容赦くださいませね。
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