密やかに・・・春
窓から見える日差しだけ暖かな日にふたりで通り過ぎようとした庭園
視界を横切る艶やかな彩に
ふと目を奪われた
「ちょっと待っていただける?」
「どうしましたか」
決して視力が優れているわけではない
こんな時戸惑ってしまう
一緒にいるこの男性の心は
一刻も早くこの先にある場所へ向かいたいと
焦れているのでしょうに
「こちらのお庭に河津桜はありますか?」
「ええ、確かまだ若い樹が一本
どうしてそんなことを?」
「先ほどあの艶やかな桜色が視界を横切って
どこにあるのかしら・・・」
「こちらですよ」
すべすべとした優しい掌がわたくしの指を掴む
ほんの少し戻った左側にある小道へと
足早に先に歩を進める
ほんのわずかひらけた場所にその樹はあった
先ほど通ったあの道からだと
一瞬垣間見えるのが精一杯なはずのアングルに
「ここでしたのね
ありがとう 山崎さんぁぁっ・・・」
優しすぎる熱い唇がわたくしを奪う
背中に回された腕がきつくこの身を抱きしめる
「これ以上は待てません
ここで僕に抱かれますか? 祥子さん」
「あん・・・おねが・・い 許して」
黒髪の下の首筋からもう唇は離れてはくれない
「そんなつもりじゃなかったの
ご存知でしょう わたくしがお花が好きなこと」
「僕があなたに魅入られていることも
わかっているはずです」
「おねがい・・・」
「ああ 本当にこのまま冬の道の駅のように
高速道路のサービスエリアでのように
あなたをここで奪いたくなってきた」
「ゆるして・・・」
「もうまっすぐ部屋に向かうと約束できますか?」
「あん・・・約束します おねがい」
「わかりました これからの時間
祥子さんは僕のものだ」
すべすべとした掌でわたくしの右手首を掴むと
無言で来た道を歩き出す
<もう逃がさない>
優しすぎるこの方の背中がそう語っている
わたくしの首筋には
河津桜よりも赤い印が開花を待つ桜の蕾のように
いくつも残されていた
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桃花の午後
芳しい炭の香りとシュンシュンと沸き立つ鉄瓶
格子窓越しの景色は春の彩り
それなのにまだ少し寒いそんな日
「河豚のヒレ酒が旨そうだな」
大きな背中がポツリと呟く
「いいですよ 祥子さんを待たずに
せっかくですから酔いつぶれてください
望月 用意して差し上げろ」
冷静な声がいつもの様に
笑いを含んで言い放つ
「確かに今夜のために手に入れた日本酒なら
ヒレ酒にぴったりですね
河豚の一夜干しもありますよね 望月君」
柔らかく響く声が控えめに煽り立てる
「危ないあぶない 用意しなくていいぞ
なんのためにここに居るのか
わからなくなるじゃないか
女雛と男雛の前で
酔いつぶれる
衛士になる気はないからな」
いつもながらの渋い着物姿の男性たちは
今や遅しとたった一人のお雛様を待って居る
その角を曲がる草履の音に
胸を躍らせながら
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