眩しいほど暑い日
連絡はいつもの様に唐突にやってきた『皐月の下旬 京都でお会いできませんか?』と
風は爽やかだけれどあまりに高い気温のお昼時
お約束の場所に赴いた
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今は<青紅葉>と言い習わすらしい
瑞々しい緑の紅葉には羽の様な種が
いくつも折り重なる様に実っていた
日傘なしでは歩けない様な気温なのに
「こちらでお待ちください」
と言われた座敷は爽やかな風と
季節柄まだ優しい陰が快適な空間を創り出していた
宛名のない白い洋封筒でお誘いくださる方々なら
いつもの町家でもよろしいのに
思うまもなく男性の声が背中から聞こえた
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「お待たせしましたか?」
「そんなことはありませんわ
とてもいいお庭ですね」
「最近手を入れた様ですね」
「三筋の滝から流れる小川が涼しげね」
「もう少しこちらでゆっくりなさいますか?」
いつも自信に溢れた涼しげな声の美貴さんの
いつも通りの冷静な口調でつぶやく様に口にした一言が
この場所が今日の目的地ではないことを教えてくれた
「こちらでしたら、またお伺いすることもできますわ
何か予定がおありなのでしょう?」
「予定という訳ではないのですが・・・」
「構いませんわ 参りましょう」
「どうぞ、こちらです」
窓外の飛び石伝いに
木陰の奥にひっそりとある洋館に導かれた
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「こちらです」
階段を巡る様に上がった先には
アールグレイの香りが広がるティールームが
設えられていた
「あら」
二人きりの踊り場で
本当ならここにいらっしゃるはずの
もう一人の男性の気配を探して振り向いた先には
緑けぶる古い硝子窓が
眩しいほどの日差しをたたえていた
「先ほどのお座敷でお抹茶でもと思いましたが
せっかくの洋館ですから」
「ありがとうございます」
ゴブラン織りの椅子と彫刻が美しいテーブルで
まるで目の前で入れたての様な紅茶を口にした
「美味しいわ」
「白いブラウスとフレアスカートの貴女を見るのは
初めてだ 新鮮ですね」
「あまりに暑くなりそうだったものですから
似合っておりませんか?」
「良く似合っています
このまま抱きしめてしまいたくなるくらいに」
わたくしはゆっくりと微笑みかけた
この紅茶を用意してくださった方が
待たれている場所にたどり着くまで
この方はそんな風にはなさらないことがわかっていたから
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「ああ 我慢ができない
だめですか?」
わたくしの左手は男性の右手に掴み取られていた
「参りましょう どちらですか?」
先ほど上がってきた階段を降りてゆく
「明日のこの時間まで
この洋館を貸し切りました
これから地下室にお連れします」
螺旋階段を見下ろす
先ほど入ってきた扉はすでに閉じられ
緑を反射した窓の明かりだけが
階段室を一方向から照らしていた
「ここで?」
「ええ どれだけ声を上げても平気だそうです」
「おねがい」
「なんでしょうか」
わたくしたちはすでに地下への最後の階段に
足を踏み出していた
「ひどく・・・しないで」
「もちろんです ひどいことなどしません
なあ望月」
そこにはひっそりと微笑む
もう一人の男性が待ち受けていた
閉じ込めて
空は高く青く晴れていた目の前を歩くあの人の姿が
ふっと揺らいで
霞んでしまいそうになる
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香りだけが後からすがりつく
藤の精の様に
今朝までこの腕の中にあった
白く嫋やかで柔らかな身体は
あれほど確かに私を受け止めて
打ち震えていたのに
陽の光の下に解き放った途端
するりと消えていって
しまうのではないかと
不安を掻き立てる
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香りなぞいらない
花と水に囲まれた回廊に
閉じ込めてしまおうか
広い敷地の片隅にある
茶室に閉じ込めてしまおうか
誰の目にも
月にも太陽にも星にも
触れさせない様に
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心の声が聴こえたはずはないのに
振り向いたあの女性の眼は
「お気が済む様になされば」
と語っていた
また昂ってゆくのを止められなくなる
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