銀幕の向こう側 9
「おいで。」わたくしは、答えることも出来ないでおりました。
上半身をむき出しにした男性を見ることも、でも視線を落として膝の上の房鞭を見ることもできずに・・・視線を窓外の夜景へと不自然に彷徨わせていたのです。
でもその視界には、ガラスに映る室内の様子が・・・容赦なく入り込んでおりましたが・・・。
男性は動かないわたくしの眼鏡をやさしく取り上げ、ワインクーラーの隣に置きました。そして、無言で膝の上の鞭を一旦ソファーに下ろすと、シルクのスカーフを手にわたくしを立たせたのです。
男性は窓枠に腰を下ろすと、両手を頭の上に組んだのです。
「そのスカーフで私の手を縛ってくれ。しっかりと、抜けないように。」
こくりと頷くと、わたくしは手の中のオレンジのシルクスカーフを取り上げました。綺麗にたたみ、厚みを出して・・・縛った痕が男性の腕に残らない様にしてから、男性にしてはすんなりと細いその両腕を括ったのです。
わたくしは・・・そう、いまではなんの抵抗もなく・・・男性の誘いを受け入れていたのです。何かが、欲しかったのです。わたくしの中にわだかまっているものを、壊し・無にするだけの・・・何かを。
目の前の男性の嗜好のことは、わかりませんでした。ただ、両腕の自由をわたくしに奪わせ、わたくしに向かって無防備な白い背中を差し出してくれているのです。
いままで一度も経験した事のないサディスティックな衝動が、わたくしを覆ってゆきました。
壁際のソファーに置かれた房鞭を・・・手にしたのです。
パァシィ・・ はじめてわたくしがベッドに向かって振り下ろした鞭は、情けない音しか立てませんでした。
「もっと、腕全体を使って振り下ろすんだ。」
わたくしに背を向けていた男性は、一度も振り返りはしないのに的確な指示を下さるのです。
彼の目は、お台場の夜景を臨む窓ガラスに映り込んだわたくしの姿を見ていました。
パァァン・・ 二打目は、ほんの少しだけ重い音に変わりました。
「そうだ。さぁいつまでもベッドを打っていてもしかたがない。そこに立って私を打ってごらん。さぁ!」
わたくしは、少し離れすぎているのではないかと思いましたが、男性の指示した場所から黒くしなやかな房鞭を男性の背中に打ち下ろしたのです。
パァシッ・・・ うっ 鞭の音と男性のうめき声が、シャンソンの流れる室内に同時に響きました。
「もっと、力を込めるんだ。」
大きく振りかぶった腕を、真っすぐに打ち下ろします。
パァン・・・ んくっ 男性の白い背が撓ります。
「そう、もっとスピードをつけて。」
わたくしは引き上げた腕を、一気に振り下ろしました。
パン・・・ あぅっ 背中に赤い痕が走ります。
「大丈夫ですか?」
「それでいいんだ。さぁ、続けて」
男性に走りよろうとしたわたくしを制すると、そのまま先を促します。
わたくしはもう一度、鞭を振るったのです。
パン・・・ っく 男性の噛み殺した呻きがシャンソンに紛れる事なくわたくしの耳に届きます。
先ほどと同じところにもう一筋の赤い痕が重なりました。
「上手だよ。もう一度」
同じ場所を何度も打たれた後の痛みのことを・・・わたくしはとても良くわかっておりました。だから、少しでも衝撃を分散させたいと思ったのです。
パァゥン・・・
コントロールを誤ったわたくしの鞭は、男性のスラックスに包まれた腰に当たってしまいました。
- まさか
-
祥子さんが鞭を持たれるとは思いませんでした。
今後が楽しみです。
2006/08/30 19:21| URL | アールグレー [Edit] - アールグレー様
-
わたくしも、打たれることがあっても打つことになるとは・・・。
そして、鞭がこんなに扱いにくいものだとは思ってもおりませんでした。
2006/08/30 19:27| URL | 祥子 [Edit] -
こういう展開になるのですか。
意外でした。
MとSは表裏一体をなすもの、酸とアルカリの関係のようなものだと聞いたことがあります。
水素イオンが多ければ酸性に、水酸イオンが多ければアルカリ性に、同じならば、中性。
誰でも、Sの要素とMの要素を持っています。どちらが強く出るかの違い。それもいつも固定したものではないのでしょう。
祥子さんがサディスティックな衝動に突き動かされたのは、自然のことのようです。
2006/08/30 21:15| URL | masterblue [Edit] -
みなさん驚かれてますね…同感です。
さすがは祥子さん。いい方に期待が裏切られました。
素敵な男性に慰められるなんて展開を予想していた
eromaniaは甘いですね。
2006/08/30 22:37| URL | eromania [Edit] - 驚かせてしまって・・・
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申し訳ございません。
こんな展開は、わたくしにとっても意外だったのです。
でも、なによりも意外だったのは、真面目に優しそうに見えた紳士のバッグにごく当たり前のものの様に房鞭やスカーフが(他のものがあるのかはわかりませんが)入っていたことでした。
masterblue様
<表裏一体>。きっとそうなのだと思います。
本質的かどうかは別にして、表面に出る部分を変えてゆくことは出来てしまいます。
でもそれはまず衝動であるだけ。
いまのわたくしがサディスティックかどうかは・・・わたくし自身にもわかっていないのです。
masterblue様のバッグの中も、こうなのですか?
eromania様
そう言って頂けて・・ほっといたしました。
<こんなのは祥子じゃない>とお叱りを受けたらどうしようかと思っておりました。
eromania様でしたら、どう慰めてくださったのでしょうか?
2006/08/31 06:31| URL | 祥子 [Edit]
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