黒衣の情人 3
あの夜の再会は本当に偶然の贈り物でした。夏のさなかに、石塚さんが招待してくださった竹上グループの東京湾クルージング。100名近いパーティ会場のワインカウンターでわたくしたちは再会したのです。
わたくしにとってはジャズとワインがお好きな黒衣のS男性・・・でしかなかったこの方が、とても有名な設計事務所を支える花形の一級建築士であると知らされた夜でもありました。
いつもでしたらご一緒にいらっしゃる若い素敵な男性の方達が、ただの友人などではなく彼を師とも慕う部下の方だということもそのときに初めて知りました。
今夜の長谷川さんは、サンローランのものらしい黒のピークドラペルのスーツをお召しでした。インナーは黒のタートルネックのセーター。足元はブーツで、隣の椅子に掛けられていたコートはバーバリーのブラック・トレンチです。
この時期なので革のジャケットでいらっしゃるかと思っていたわたくしの想像は、いい意味で裏切られました。
オーセンティックな装いは、長谷川さんにとても似合っていたのです。
今夜・・・メールはいただいたものの本当に彼がいらしているかどうか、わたくし自身は半信半疑でした。
夏のあの日、お逢いして大してお話しする間もなく石塚さんに別室へと誘われ、パーティが終わるまで戻ってこなかったことがなにを意味しているかということぐらい、この方はご存知だと思っていたからです。
わたくしを手にいれるためなら、他の女は全て切る。
そうおっしゃった方が、あからさまに眼の前でパーティの主宰者の1人だとはいえ・・・他の男性にさらわれてゆく様を見て、なおもわたくしに執着するとは思えなかったからです。
もし、いらしてなかったらジャズだけを楽しんで帰ればいい。
メールを送っただけでいらっしゃらない・・・という、罪のないこの方の仕返しくらいは甘んじて受けようとさえ思っていたのです。
それでも、長谷川さんはいらっしゃいました。
きっと1曲目がはじまった・・・そのときから。
パチ・パチパチパチ・・・・
「これでFirstセッションを終了いたします。Secondセッションまで約30分ほどの休憩を頂戴します。どうぞゆっくりとお食事・ご歓談をお楽しみください。」
司会の沢田さんの声と同時に、照明が明るくなってゆきました。
「忙しかったんじゃないのか?」
カラ・ン・・・ ワインサーバーからボトルを取り上げると、クロスで水滴を拭き取りわたくしのグラスに注いでくださるのです。
「ごめんなさい。打ち合わせがひとつ増えてしまって。」
「ははは、こんな祥子さんと一緒にいられるなら仕事の1つや二つ余計に発注したくもなるな。」
チン・・ ご自分のグラスにも蜂蜜色の液体を注ぐと今日はじめてグラスを交わしたのです。演奏中、不用意にそういうことをなさらないのが、この方らしい好ましいところでした。
「お世辞がお上手ね。」
冷やされたワインは火照りはじめた喉を心地良く冷やしてゆきます。
「世辞なんか言わないさ。な、支配人。」
「ええ。よろしければこちらは厨房からです。」
シルバーのトレイから支配人が差し出したのは白い大きな四角いお皿でした。
骨つきハムのキューブカット・2種類のチーズ・ガーリックトースト・ドライフルーツ・2種類のオリーブ・・・そしてお野菜がきれいに盛りつけられておりました。
「加納様にお越しいただいて、厨房もサービスも喜んでおります。どうぞごゆっくりなさってください。」
2枚の取り皿とフォークとペーパーナフキンもテーブルに並べられました。
「ほら、祥子さんだからだよ。僕だけじゃ、こんな皿は出て来ないね。」
「ご容赦ください。長谷川様。」
腰の低い支配人は、一礼をして他の席のオーダーを聞きに行かれました。
この方は、わたくしと長谷川さんのはじめての情事を襖ごしに全て聞いていらした方です。
わたくしたちの秘密の関係をご存知の数少ない方だったのです。
「オリーブはどっちがいい?」
長谷川さんが取り皿を手にされていました。
「グリーンのほうをください。」
程よく熟したブリーチーズと、オリーブとガーリックトーストを乗せたお皿をわたくしに差し出してくれます。
「ありがとうございます。ごめんなさい、わたくしがしないといけないのに。」
「いいさ。今夜来てくれたからね、その些細なお礼の気持ちだよ。」
ご自身はハムとブラックオリーブを取り分けて、さっそくワインとのマリアージュを楽しんでいらっしゃいます。
- NoTitle
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おはようございます。やはり朝から雨ですね。
コニーデ型の山を登ったことがありますか。
富士山もそうですが、裾野は緑の森とその間の草花。勾配もそれ程ではなく、とっても穏やかな様相です。
でも、あるところから、荒々しい溶岩が剥き出しの急斜面になり・・・
まだ、裾野の静かな歩みですね。
2007/01/06 09:41| URL | masterblue [Edit] - masterblue様
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せっかくの三連休ですのに、雨ですね。
穏やかな三が日のかわりなのかと、つい思ってしまいますわ。
富士山・・・おっしゃる通りですね。
ついつい穏やかさに上ってしまうのですが、急峻に気づいた時にはもう後戻りできなくなってしまう。
・・・いけませんわね。
わたくしのところはそんなに怖くはありませんわ。
きっと。
2007/01/06 11:09| URL | 祥子 [Edit] - NoTitle
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新年のご挨拶ありがとうございます
たまに寄せていただいておりますが、文書表現がすごくお上手だと感心しています。
こちらこそ、よろしくお願いいたします。
2007/01/06 11:10| URL | kei [Edit] - kei様
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コメントありがとうございます。
毎日欠かさずアップされているkei様のブログには、わたくしとても敬服しております。
事実は小説より奇なり・・・ですね。
今年もよろしくお願い申し上げます。
2007/01/06 11:18| URL | 祥子 [Edit] - NoTitle
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新連載スタートされたんですね!
今日は生憎の雨ですが、口語調のしっとりとした雰囲気と相まって、それはそれで楽しめるのだなと思いました。(寒さばっかりはいかんともしがたいのですがw)
さて、作中の祥子さんやいかに、がすごい楽しみです!!
2007/01/06 12:30| URL | ケイ [Edit] - コメントありがとうございます
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清楚な感じなのにエッチなんですね~ また読みに来ますね。
どこまで妄想なのか現実なのか分からなくなってしまいますよ(^o^)/
2007/01/06 16:04| URL | Y [Edit] - NoTitle
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何をどんな風に食べるのだろう…。
これが物語のメインデッシュをゆっくり味わうための
前菜なのかな。
いつも粋でお洒落で美味しい。
2007/01/06 17:09| URL | eromania [Edit] - 雨はまだ激しいままです
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ケイ様
雨の日に<淑やかな彩>が似合うなんて、はじめて言っていただきました。
しっとりと、お茶をいただきながら・・・楽しんでいただけるとうれしいです。
でも、ベッドに逆戻りしてしまったりしないでくださいね♪
Y様
はじめまして、ようこそいらっしゃいました。
お写真など全くないブログですが・・・よろしければぜひ楽しんでいって下さいませ。
妄想とリアルの境目は・・・ふふふ、ご想像にお任せします。
eromania様
前菜・・・この物語のメインディッシュは、他の物語よりも少し辛口かもしれません。
刺激的なディナーを楽しみになさってください。
2007/01/06 17:46| URL | 祥子 [Edit] - コメントが素敵
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新連載もわくわくしながら、読ませていただいておりますが、皆さんとのコメントの中に垣間見える祥子さんの人となりが、とても眩しく思えます。
辛口のディナーを期待(妄想)しております。
2007/01/07 00:09| URL | missjenny [Edit] - NoTitle
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雨は上がり、光る月が見えますが、風が出てきました。明日は寒くなるのでしょうか?
私、長谷川さんはなんとなく怖いのです。
スタイリッシュな容貌、そして厳しい心底のSでいらっしゃる。
祥子さんはどんな風に、彼にお料理されてしまうのでしょう…。
2007/01/07 01:31| URL | るり [Edit] - 関東は穏やかなようですが
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せっかくの三連休、とても不安定な天候になってしまったようですね。
明日の成人式、できれば穏やかにと願ってしまいます。
missjenny様
多分ですが・・・いままでの中でもとても辛口になっているように思えます。
お口に合えばいいのですが。
それとコメントはmissjenny様をはじめ皆様が作ってくださるもの。
他のブログの方からも、こちらのコメントはいいですねと最近良く言われる様になりました。
本当にありがとうございます。
これからもお気軽にこうして言葉を残していってくださいませ。
るり様
一見、剃刀のような鋭さのある方です。
お仕事でもそうなのでしょう。
眼光鋭い方なのですが、お眼鏡に叶えば限りなく優しくしてくださいます。
夏にこの方に再会したことが、今度の逢瀬にも影を落としそうです。
これからの展開をお楽しみになさってください。
2007/01/07 07:53| URL | 祥子 [Edit]
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