外伝2/レンジローバーの帰り道 14
「ああ。でもますます解らないな。なんで彼女を手放したりしたんだ、前の旦那は。」「協議離婚のようです。祥子さんが全ての手続きをして夫婦で住んでいた家を出た様です。いまだに元の夫は独身です。理由はわかりませんが、彼女が三行半を突きつけたというところでしょう。」
「だよな。バカな男だ。俺なら絶対なにがあっても祥子さんを手放すようなことはしないがな。」
「まあ、夫婦はいろいろですよ。そうでしょう、石塚さん。」
離婚経験のある美貴が、同じ経験を持つ石塚さんに含みのある一言を掛ける。
きっと本当にこれ以上は調べられなかったのだろう。それに、この話を続ければ・・あとは憶測だけしか残らない。
「子供はいるのか?」
「いませんよ。子供のない夫婦だったようです。」
美貴が即答し、そして苦笑いをするように付け加えた。
「子供がいたら、年末年始のこの時期に何日も僕たちと過ごしてくれるわけがないじゃないですか。石塚さんじゃないんですから。」
「たしかに。」
「うちは仕方ないだろ。日本に居ないんだから。別に父親の役割を放棄してるわけじゃないしな。」
リアシートから助手席の石塚さんの横顔しか見えないが、自分の子供のことをつつかれた時だけは一瞬彼も苦い顔をした。耕市くんといったっけ・・・石塚さんのお子さんは。いまはいくつぐらいになったんだろう。
しかし・・・
「それで、あの知識っていうことは百貨店時代によほど徹底的に売場で教育をされたか、よほど生まれがいいか・・・しか考えられないな。」
頭の中に浮かんだ言葉がそのまま口をついて出てしまった。
そう、百貨店の売場は実は普通の人が思っている以上に専門特化している。特定の売場を社員として担当する以上、門前の小僧とはいえ、その気になれば相当の知識を持つことができるのだ。
「売場にはとうとう出なかったようだよ。祥子さんの経歴を見ると。入社してからデザイン開発部門一筋だったようだ。」
「っていうことは?」
「いえ、実家もごく普通のどこにでもあるサラリーマン家庭です。ですが。」
美貴が一旦言葉を切る。
「祥子さんの母方の祖母の実家が爵位持ちだったようですね。戦前まではなかなかの羽振りだったそうです。」
「ほう、世が世ならお姫様か。」
「そのようです。」
「なるほど、ね。」
3人は示し合わせたように頷いてしまう。
そう言われて納得できるだけのものを、あの祥子さんという女性は持っているのだ。
たとえ遡ってのこととはいえ、家柄がそこまでしっかりしていれば山崎の家にも何も言わせない。祥子さんを妻にするのに・・・問題は何もない。
えっ え~~~~。おひぃさまぁ??爵位って少女マンガの中だけのことじゃないの?それにデザイナー??あたしの通っていた専門でもデザイナー志望者は山の様に居たけど成功するなんてほんの一握り・・宝くじくらいなものなのに。フリーで専務やこの方達とお付き合いできるような生活をしてるなんて信じられない。
娼婦なのかと思ったのに・・・だからあんないやらしいこと平気でさせるのかと思ったのに・・・なに、それ~~~。
外伝2/レンジローバーの帰り道 15
関越道はあの事故渋滞以外は順調だった。「そろそろ最後のPAですが、休憩なさらなくてよろしいですか?」
話に夢中になっている間にもう川越だ。
「いいだろう?」
石塚さんの言葉に私と美貴は頷いた。
「結城くん、君が休みたいなら三芳に停まろうか?」
彼女は上里で食事をしている。それにずっと運転をしているのだ、さすがに疲れているだろう。トイレ休憩がしたいなら、させてあげたい。
「いえ、私は大丈夫です。このままホテルに向かっていいですか?」
「そうしましょう。この車はホテルの駐車場に置いておけばいいですから、ご褒美に美味しいお酒をごちそうしてあげますよ。」
「ほんとですか。ありがとうございます。」
「こらこら、美貴。結城くんはお酒が弱いんだからほどほどにしてくれよ。」
「ああ、お目付役が煩いな。だからナンパされても彼氏ができないんだよな、結城くん。」
「ちがいます。」
石塚さんが私をからかう台詞に結城くんはしどもどしてる。
一見はまだ20代そこそこに見えるが、今年は25になるはずだ。ほんとうに、そろそろ恋人でも作って美貴のところの島田さんじゃないが一皮むけてもらわないと、な。
結城くんはほんとうに素直ないいコだ。彼女にぴったりの、優しい責任感のある青年と出逢えるといいと思う。
「石塚さん。あんまり結城くんをからかうと、もう石塚さんの居る時には彼女を貸しませんよ。」
「からかってるつもりはないんだけどな。結城くんの腕は確かだし、なかなかいい運転手だよ。俺は気に入ってるんだ。そうだ、せっかくだから彼氏ができるまで、俺と付き合ってみるか?」
「こまります。」
ルームミラーの中の彼女は真っ赤になっていた。
周囲に車の量も増えている、そろそろ大泉JCTだ。首都高もまだそれほど渋滞はないらしい。タワーホテルに向かうために、結城くんは車を左車線に移動させている。
「石塚さん。結城くんに手を出すのは許しません。彼女にはもっと相応しい相手がいるんですから。」
「申し訳ありません。」
蚊の鳴くような声で、結城くんが謝罪を口にする。
「ははは・・・ 立て続けに2度も振られちゃ、惨敗だな。」
「当たり前です。」
わはははは・・・・ 再び起こった爆笑に、今度はルームミラーの中の結城くんの目元も赤らみながら笑っていた。
「愛されてるね、結城くんは。」
美貴の言葉に、彼女は小さく「はい。」と答えた。
雪の別荘からの帰り道。
祥子さんとの時間を思えば味気ないはずだったが、なかなか楽しい時間になった。
夕食の中華も美味しくいただけるだろう。
これで、結城くんへの罪滅ぼしになったろうか・・・明日から、また気持ちよく一緒に働くためにもしこりは遺したくなかった。
ホテルから自宅までは、僕のタクシーで一緒に送ってあげよう。それくらい、しなくちゃな。
石塚様は、あたしを困らせるようなことばかり言う。専務の前で社交辞令でも他の男の人に<好き>とか<付き合う>なんてこと言いたくない。だってあたしが好きなのは、専務だけなんだから。
美貴様が「愛されてるね。」って言ってくださった。
それがほんのちょっとでも・・・本当なら、うれしい。本当にならないかなぁ。