北の国では
昨日まではこの街らしくない梅雨空だったという今朝も町は晴れていたのに
山の中腹には濃い霧が立ち込めていた
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「出来れば静かなラベンダー畑が見たいけど無理かしら」
いつも控え目なあの女性のリクエストだからこそ
ぜひ応えてあげたくなった
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そもそもは新しいホテルの竣工式があったからというのが
この街に来た理由だった
「7月の中旬はラベンダーのハイシーズンですから
よろしければどなたかとご一緒にいかがですか?」
ホテルの支配人の一言でこの女性を連れてくることを決めた
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「人のいないラベンダー畑は早朝しかないですね」
予約をしたタクシーのドライバーはそう言った
「何時にスタートすればいい?」
「午前4時ですね」
なので、昨夜はあの女性とはキスしか交わしていない
ラベンダーの香りのシーツはだから一層悩ましかった
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「霧がなければもっと良かったですね」
「ううん こんな景色きっと二度と見ることができないもの」
俺の隣でこの女性は静かに首を横に振る
「霧に包まれて香りを纏っているようだわ」
白い肩にラベンダーの薄いストールを見た気がする
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揺れる花穂
飛び交う虫たち
密やかなここだけの交歓
肩を引き寄せたくなったが
それ以上を我慢する自信が今はない
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「ショップは開いて・・・いるわけがないわね
ごめんなさい」
「いいえ 気に入ったのなら
後でまた来ましょう」
思い出以上のものを欲しがったことがないこの女性に
何をプレゼントしようか・・・今から楽しみになった
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