2ntブログ

うたかたの夢 1

ああ、蝉時雨が聞こえる。
わたくしは夢の中でそう思っていました。
 
 
背後のホテルのライトアップされた庭からまだ虫の音は遠く続いていました。
わたくしの隣には背の高い女友達が歩いています。
あの・・・ひと月ほど前のジャズライブの帰り道だったのです
 
「祥子さんたら、一緒にお庭に行った男性と随分仲よくなったみたいね」 
好奇心を隠しきれない顔で女友達が質問をはじめました。 
「ずっと帰ってこないんだもの心配しちゃったわ」 
支配人に送り出されてホテルを出るまで、彼女なりにあからさまな質問は避けていたようなのです。
「ごめんなさい、わたくしからお誘いしたのに一人にして」 
お庭とお茶室で起きた破廉恥なことを考えると、そう答えるしかありませんでした。
「いいのよ あの男性のお友達ともいろいろ話出来たし。よかったわ」 
彼女はうれしそうに続けました。 
「それにサックスプレーヤーの彼ともセッションの間の時間に一緒にお食事しながらお話しできちゃたし」
「よかったじゃない。彼のファンだものね、あなた」 
恒例となったジャズライブのメインプレイヤーであるサックス奏者を、彼女はとても気にいっていました。
「ん そう思えば二人で居るよりも有意義だったかも」
「そうかもしれないわね ふふふ」 
茶目っ気たっぷりに彼女にそう言われても、わたくしは気が気ではありませんでした。
「で、二人でどこに行ってたのよ 白状なさい」 
女友達の楽しかった話を聞く事でそれたと思っていた話題に、やはり戻されてしまったのです。
「ファーストセッションはねお庭に池があったでしょう。あの橋をわたった上の築山の竹の向こうに風通しのいいベンチがあるの。ラウンジの窓のちょうど向こう側だから演奏も良く聞こえて、だからそこのベンチでね」 
誤摩化しきれなくなって、わたくしは彼といた場所だけを話すことにしました。
「ふうん」 
「セカンドセッションは支配人がお茶室でどうですか?声をかけてくださって。あまり音は聞こえなかったけれど、お茶室の中庭に向かった濡れ縁でお庭を見ながらワインをいただいてたのよ」
女友達にそう説明しながら、本当にあった事を思い出して・・・思わず身体が潤んでくるのをとめることができませんでした。
 
地下鉄の駅への階段を降りて改札を通りホームへ向かいます。
駅からの上昇気流がわたくしのスカートの裾を乱し・・・むきだしになっている肌を舐めて、パンティをつけていない事を思い出させるのです。
上りエスカレーターではなく、下りエスカレーターであることで・・・わたくしは少しほっとしておりました。
金曜日の夜の都心の地下鉄ホームは比較的混み合っていました。
女友達とは帰る方向が逆なのです。
わたくしは紺のタイトスカートにピンクのノースリーブのカットソーにGジャンという少しカジュアルなスタイルをしていました。
インナーは紺地にカットソーと同じピンク色の花を刺繍したレースをつかったブラとスリップ、ガータータイプのオープンクロッチのストッキング。さきほどのホテルのお茶室で、わたくしは揃いのレースのパンティを男性に持ち去られたままでした。
たった1枚の薄物がないだけなのに・・・。
その心細さ・恥ずかしさを顔に出す訳にもいかなくて・・・せめて、もう少し彼女と共にいてほしいと思っておりました。
23時を回った遅い時間とはいえ定刻通りに電車はまいります。
「それじゃ月曜日ね」
「良い週末を」 
夫が待っている女友達は明るく手を振って電車に乗り込みました。
手を振り返して走り行く明かりを見送ると、わたくしは反対側のホームで一人電車を待ちました。
 
ホームを埋めていたひとのほとんどは、彼女が乗った方向だったようです。 
電車が去るとわたくしの周りにはわずかに数人の男性だけが残っていました。
地下鉄のホームはほとんど無風です。 
ホテルの化粧室で帰りがけに確認したように、毅然とした態度を保ってさえいれば外見では決してわからないという自信はありました。
構内に電車が来ると言うアナウンスがあると同時に、数人の男性がわたくしが待っているのと同じ場所に並びはじめました。
わたくしが降りる駅だけでなく、改札口に向かう階段が近くにある車両なのです。だからみなさんこちらに並ばれるのね、そう思っていました。
電車がまいります。
ホームに入ってくるときの風に、タイトなので・・・翻るはずもないスカートの裾を、思わず押えてしまったのです。

さほど混雑もしていない電車にわたくしは乗り込みました。
 
先頭車両のとても便利な場所の車両のはずですのに、まだ2、3の空席が残っていました。
いつもならお酒にも酔っておりますし、そういったお席に座らせていただくのです。
ですが、今日の少し短めのタイトスカートだったのと・・・パンティを着けていないままで・・・向かい側に男性のいらっしゃる椅子に座る勇気はありませんでした。
わたくしは車両の一番端の連結部にちかい場所に立つと、白ワインでほろ酔いになった気怠い身体を手すりに持たせかけました。
わたくしの前は空席でした。
どなたもいらっしゃらないままか、せめて座られるのが女性だったらいいなと思っていました。
ドアが閉まる間もなく、わたくしの隣にはおなじ駅から乗り込んできた男性がふたり、前の空席とわたくしの隣のつり革につかまって話はじめたのです。
 
お二人は重そうなバッグを持ってらしたサラリーマン風の男性でした。
暑い時期でしたからお一人はジャケットを脱がれたクールビズスタイルで、もうお一人は麻の紺のスーツ姿でした。
ホームで待っていらしたときから・・・わたくしの背後から聞こえていたお声でした。
お仕事のことらしき男性二人の会話を意識の外に閉め出して、わたくしは持っていた文庫本の小説に目を落としました。
 
次の駅でまた何人かの方が乗ってこられました。
わたくしの後にも数人の男性が立たれました。
皆さんスーツスタイルなのです。
こんな時間でもお仕事帰りなのね、そう思って動き出した暗い車窓から改めて本に目を落としたとたん・・・わたくしの腰にあたたかい人の手の感触を感じたのです。 コメント
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