ジューン・ブライド 19
「あら、思ったより早く着いたのね。」わたくしは森本さんに見られない様に、一筋の涙の痕を手の甲で拭うと軽く倒していたリクライニングを起こしたのです。
シートに凭れて瞳を閉じていても、わたくしは眠ってはいませんでした。
森本さんが音を押さえてかけてくれたクライズラー&カンパニーのレッドルームから流れる心地よい音色を、OLD LANDMARKから白鳥の湖まで全て聞いていたのです。
二人きりの車にいながら、トモくんとの最期の夜を不自然じゃなく思い出すために・・・彼の言葉に甘えていただけでした。
森本さんは何かを気づいていたのかもしれません。
さりげない彼の優しさに対する礼儀として、いま森本さんの声で目覚めたばかりのように・・・振る舞いました。
「大丈夫?ちゃんと起きてる」
「森本さんの運転が優しいから、うとうとしちゃったわ。」
「ちょっと歩くけど、平気かなぁ」
「ええ、せっかく連れて来て頂いたのだから長谷寺の紫陽花を見たいわ。」
「ん、それじゃぁ行きますか。」
森本さんはカメラを手に車を降りました。
運転席のドアの前でわたくしを待って、紫陽花の景色を求めて想像よりも広い長谷寺へと歩き出したのです。
「どうしたの、祥子さん」
トモくんはわたくしを抱き起こすと、先ほどまでの荒々しさが嘘のように・・・唇で涙の痕を拭ってくれたのです。
わたくしの涙を見たのは、トモくんにとっては初めての出来事でした。
年上の大人の女。そのイメージに一番相応しくない<涙>を見せるようなことはいままで一度もいたしませんでした。
トモくんの瞳の中から、嫉妬に高ぶっていた感情がゆっくりと醒めてゆくのが眼に見えるようでした。
「トモくんには、誰よりも知られたくなかったわ。だから、身体のことを言い訳にして逢えないってメールしたのよ。」
彼の腕の中で、わたくしは静かに語りかけました。
「食事だけでもしたいって、トモくんが言ってくれた時うれしかったわ。はじめて普通の恋人になれたみたいな気がして」
そう、夜の住宅街の交差点やホテル街のある繁華街ではなくて、老舗のおでんやさんで彼と待ち合わせることについ数時間前まで心躍らせていたのです。
「お正月にご挨拶に行ってきたの?彼女のご両親のところに」
「うん」
「お許しをいただいたんでしょう。よかったわね。」
「うん」
「おめでとう」
わたくしをその腕に抱き起こしたまま、トモくんは言葉少なに肯定の言葉だけを繰り返していました。
「あのね、トモくん。もうあなたに逢えないって言ったのは、あなたが結婚するからなの。」
「でも・・・」
「お願い聞いて。わたくしも、以前に結婚していたことがあるわ。」
16年間・・・貞淑な妻で、浮気など考えない真面目な夫だったけれど・・・
「愛している夫に、他に女性がいることがどんなに切なくて、辛い事か、誰よりもわかっているわ。そして、疑心暗鬼になった奥様といる男性が、決して幸せになれないことも、ね。」
後手に縛られた腕は、痺れた様に痛んだままでした。
不安定な姿勢を安定させようとほんの少し身じろぎしたわたくしを、トモくんはなにも言わずに、左腕に力を加えて背を支えてくれました。
「トモくんに幸せになってほしいの、わかって頂戴。」
彼の力強い腕が、わたくしを抱きしめたのです。
「きっとわからないよ。いままでだって気づかれてないんだ。」
「いままでとは、恋人だった時とは違うわ。24時間・・・一緒に暮らすのよ。すぐに気づくわ。」
そう、何年も結婚生活を重ね心の離れた夫婦でさえ、女の勘はあなどれないものです。
ましてや、心が夫にしか向いていない新妻には隠し通せるわけがありません。
-
うんうんY(>_<、)Y
さやかも、やだ。ぜったい、やだ。
SMは浮気じゃないって人もいるけど
やっぱり、やだ。
ぜーったい、ぜーったい、やだ!
2006/07/02 14:17| URL | さやか [Edit] -
祥子様
祥子さんの気持ちが伝わってきる言葉ですね。
上海に戻りました。
2006/07/02 16:00| URL | yamatan [Edit] -
こんにちは、祥子さん。
風と共にやって来た驟雨もいっとき。いまは青空が覗いています。
男はいつも浮気願望を持っています。(断言していいのかな。違うっておっしゃる男性の方には、お詫びします。私は・・・とすべきかも)
「奥様に悪いから。」女性の逃げ口上かと思っていました。
祥子さんも、さやかさんも同じとは・・・彼女は逃げ口上ではなかったのですね。
冷え切っていても分かると・・・しかし、分かってもご自由に、となったらどうでしょうか。女性はそうはなれないものでしょうか。
トモくんがどうするかと思ったのかとの問いかけ。残念なことですが、トモくんの若さは遠いものです。
私がトモくんの立場だったら、中年の嫉妬を・・・祥子さんをヒロインにして綴ることをお許しいただければ、どこかで、祥子さんにだけ、ひっそりとストーリーの形でお伝えしたいと思います。
2006/07/02 17:40| URL | masterblue [Edit] -
クライズラー&カンパニーということは「葉加瀬太郎」のヴァイオリンですね…洒落てる。
都度反省はしますが、懲りないのが男という生き物(笑)かな…胸に手を当てながら考えてます。
2006/07/02 18:16| URL | eromania [Edit] -
お久しぶりです。
女性はほんのちょっとの変化にも気づきますので
隠し通す事は無理でしょうね・・・
女性の勘の良さには脱帽してしまいます。
一緒にいるとなおさらですが・・・
2006/07/02 22:47| URL | よしちょ [Edit] -
紫陽花が大好きなので、
情景を思い浮かべながら拝読しております。
もしよろしければ、
祥子さんのブログを私のところで
リンクさせていだだいてもよろしいでしょうか?
ご連絡をお待ちしております。
2006/07/03 00:44| URL | アールグレー [Edit] -
晴れの月曜日。ですが湿度が高くてちょっと歩くだけでも汗ばみます。
昨日の雷といい・・・そろそろ夏ですね。
さやか様
そうですよね。どんな言い訳をされてもいやですよね。
だって、気持ちがなかったら肌なんて晒せないですもの。
yamatan様
出張おつかれさまでした。おかえりなさい。
今回の出張先のこともyamatan様のブログにあるのでしょうか。
あとで伺わせていただきます。
masterblue様
そうです。逃げ口上なんかじゃないんです。
そして次のご質問への答えは、今日アップしたお話の中にございますわ。
それを乗り越えても愛せる・・・と仰るときは
男性も、男性の家庭も無傷のままではいられなくなるでしょうね。
大切な家庭を危険に晒してまで愛せますか?
と、意地悪な質問でごめんなさい。
masterblue様がもう一つのストーリーを紡いでくださるなら
ぜひ読ませていただきたいと思います。
お忙しいとはおもいますが、お時間のある時にでも。
宜しくお願いします。
eromania様
そうです♪ クライズラー&カンパニー。
ちょっと古いですが、わたくしも大好きです。
いまのクラシック・リメイク人気の先駆者ですよね。
よしちょ様
女性の勘が鋭いのは、大脳生理学でも証明されていることだそうです。
男性が気づかないちょっとしたことにも・・・・気がついちゃいます。
なんて、ね。
アールグレー様
喜んでいただけてうれしいです。
リンクの件宜しくお願いいたします。
2006/07/03 12:25| URL | 祥子 [Edit]
トラックバックURL
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| BLOG TOP |