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蛍火 5

「牛リブロースのローストです。」
わたくしたちの前にメインディッシュが運ばれてきました。サービス・チーフは簡単にお料理の説明をすると、グラスにワインを満たしてゆきます。
「美味しそうですね。」
柔らかそうな霜降りのお肉と洋山葵のソースが、見事なコントラストを描いています。新鮮なグリーンサラダも届けられました。
「いただきましょう。」
田口さんは早速にナイフを手にとられたのです。
 
「先ほどシェフはお魚が得意だっておっしゃいましたけれど、お肉もお上手だわ。火の通し具合が絶品ですね。」
香ばしさとジューシーなお肉の味の共存は、あくまで<お魚の方が得意>なだけであることを、あきらかに示していたのです。
舌の上で牛特有の甘みを広げながら・・・蕩けてゆくローストされた牛肉の味は・・・官能的でさえありました。

「これは私見ですけれど、嗜好というのは一定の方向性を持つようですね。」
わたくしの心の中に芽生えた一言を、瞬時に読み取ったかのように・・・田口さんの視線に牡としての熱が宿りはじめていました。
「味の嗜好が極めて似ているということは、女性の好みが似ていることも多いのですよ。両方とも五感を駆使するものですから、当然といえば当然ですね、祥子さん。」
艶っぽいというわけではないはずなのに、田口さんの視線はわたくしの身体の芯を騒がせるのです。
「もう。田口さんたらそんなお話ばっかり。」
わたくしは彼に・・・こんな場だからこそなのですが・・・セクシャルな香りを漂わせる言葉を諌めるように、軽く眉をしかめさえしてみせたのです。
「私の作る料理に感じたのと同じテイストを、ここのシェフの皿に感じてらっしゃるのだとしたら、それは祥子さんが彼好みの女性だということなんですよ。」
逸らしたはずの話題に・・・わたくしは自ら田口さんを引き寄せてしまったようです。
「もう、またそのお話ですの。」
「デザートになればやってくるでしょう。私と一緒の祥子さんを見て、シェフが悔しそうな表情をするのが見物です。」
調理人の先輩として・・・いえ、男の先輩としてのシェフの優越感がそこには滲み出ていました。
「ふふふ、わたくしでは役不足だと思いますわ。」
田口さんは、一流ホテルのグランシェフなのです。
今日はわたくしと同席しているから、こうして気をつかってくださっているのでしょう。
いままでも女優さんやタレントさんなど、本当に素敵な女性とも数多く出逢われているはずですから。

「私は、味覚には忠実な男です。見事な味は自分自身の手で再現できるまで決して忘れる事なんて出来ません。同じ様に、一度お逢いした見事な女性のことも、再びお逢いしてこの手に抱きしめるまで、ずっと忘れることなんて出来ないものなんですよ。」
なんという告白なのでしょうか。
こんな風に・・・仰られたのはもしかしたら高梨さん以来かもしれません。
わたくしは、息を飲んでいるだけで、なんとお答えすべきなのか咄嗟には思いつくことなど出来ませんでした。
「いまも、そのパールを手で奪って祥子さんの手首を真珠の連なりで縛り上げたいと考えているんです。」
わたくしから眼を離すことなく、田口さんは手にした赤ワインのグラスを空けてゆきます。
「私の店ならば、私の作るメインディッシュと引き換えにその黒いトップスを取り上げるのに・・・と、妄想しています。」
そんな・・・お食事をしている席でこの方はそんなことを考えてらっしゃるなんて。
わたくしは思わず、カトラリーの動きを止めてしまいました。
「申し訳ありません。美貴様の想い人でもある祥子さんに、いまお話ししたような事が出来る訳はありません。私の戯れ言だと、忘れてください。」
 
年末のお席の石塚さんとは違って、田口さんはわたくしに指一本触れているわけではないのです。
なのにこの方は、一緒にお食事をしてお話をするだけで・・・ストッキングを破る以上の・・・エロティックなシチュエーションにわたくしを投げ入れたのです。 コメント
祥子さん、今晩は。
蛍火になってから初めてのコメントになってしまいましたね。

俗っぽい言い方で、「女を料理する」という言い方があります。もちろんシェフの料理とは異なりますが、女体の味わい方は、料理と同じではないかと思います。

田口さんも言っているように、五感で味わう。まさにそうでしょう。
目で、鼻で、触覚で、唇で、舌で・・・そして最後は・・・

今回の祥子さんのお味はどうでしょうか。楽しみです。

2006/08/12 21:41| URL | masterblue  [Edit]
masterblue様
そうでしたか・・・蛍火でコメントをいただくのがはじめてとは、意外でした。
桜陰はお好きだったmasterblue様ですが、蛍火はあまりお気に召さなかったのでしょうか。
お時間ができましたら、じっくりとぜひ味わってみてくださいませ。

実は、masterblue様がお書きくださっている<シフォンな手触り>。
本日新作の第4話をアップされているようです。
こちらにコメントをくださっている桜草様も登場しているお話です。リンクから、ぜひおいでになってください♪

2006/08/13 03:26| URL | 祥子  [Edit]
いえ、いえ「お気に召さない」ということではないのです。
<シフォンな手触り>で、祥子さんと桜草さんのお相手で忙しかったものですから。

アップ情報、有難うございました。沢山の祥子さんファンにご訪問頂けたら嬉しいですね。

2006/08/13 10:17| URL | masterblue  [Edit]
masterblue様
新しい<シフォンンな手触り>の物語は、それほどmasterblue様がご苦労されたとは思えないほどに、軽妙な大人のコメディに仕上がっておりましたわ。

<シフォン>にもお越しになるお客様に、<淑やか>の祥子とどちらの祥子がお好みなのか、ちょっと質問したくなってしまいますね♪

2006/08/13 18:52| URL | 祥子  [Edit]
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