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夢のかよひ路 3

「そろそろまいりましょうか。」
朝食のテーブルを片付け終えた望月さんが、暖炉の前のソファーで三人の方達とお話しをしていたわたくしの背後から声をかけてくださいました。
「多分軽井沢までは凍っていると思う。気を付けていってくれ。」
「はい」
別荘の主の石塚さんは幾度か冬にいらした経験からでしょう、そんなふうに望月さんにアドバイスをしていました。
「暖かくしていってくださいね。日差しはあるけれどこんな日は冷えますから。」
「ありがとうございます。」
玄関に用意されていたのは柔らかな革がふくらはぎをぴったりと覆う黒のロングブーツでした。ファスナーを引き上げたわたくしの肩に、山崎さんがヌートリアのショートコートを掛けてくださいます。
ドアを開けた玄関先のうっすらと雪に覆われた石畳を、滑らない様にと望月さんは手をかしてくださいました。
みなさんそろって・・・わたくしに対してはとても過保護なのです。大丈夫ですからと言っても、手を貸すことを止めはしないでしょう。
「よろしく頼む。」
「はい、畏まりました。」
美貴さんの声に頼もしく答えると同時にわたくしの手をほんの少しですが力を入れて握りしめたのです。
安心してください、大丈夫ですから・・・とでも言う様に。

まだ結城さんの運転するレンジローバーは別荘には来ておりませんでした。
この別荘に最初に着いた時に車を止めてくださったテラス側ではなくて、玄関の正面に黒のセルシオは暖気を済ませて停まっていたのです。
「寒いから、お部屋にいらしてくださいな。」
コートも羽織らずにシャツとセーターといったリビングでお話をしていたままの出で立ちで、3人の男性はお見送りにいらしていたのです。
「やぁ、大丈夫だよ。今朝は日差しがあたたかいからね。」
ご自身の微笑みが明るい太陽のような石塚さんは、一足先にセルシオにたどりつくと、わたくしの為にリアドアを開けてくださいました。
「ありがとうございます。」
革のリアシートに腰を下ろしたわたくしを確かめてから、望月さんは運転席に向かいます。
せっかく暖かくしてくださっている車内でしたが、お部屋に戻らない三人の方達のためにわたくしはパワーウインドウを下げたのです。
「また、東京でお逢いしましょう。」
「楽しみにしてますよ、いつでもあの店にいらしてください。」
「今度は僕がお誘いしますからね。」
口々に3人がおっしゃるしばしの別れの言葉と握手に、思いがけなくこの方達と過ごすことの出来た年末・年始の数日間のことを、あらためて嬉しく思い出していたのです。
「まいります。」
運転席から望月さんの声がいたしました。ルームミラーでわたくしにそろそろ・・・という視線を送ってらっしゃいます。
「それでは、失礼します。」
キッ・・ サイドブレーキを戻すと同時に柔らかく踏み込まれたアクセルを合図に、わたくしは開いた窓からひらひらと手を振って、雪の別荘と3人の男性にお別れをしたのでした。

「ごめんなさい、せっかく車の中を暖めておいてくださったのに。寒くなっちゃったわね。」
パワーウインドウを上げて、わたくしは羽織っていたコートを脱ぎました。
車内の空気は寒いというほどではなかったのですが、ニット越しに触れる肌には少し冷たかったのです。
石塚さんがおっしゃったように道は凍結しておりました。セルシオの車重がかかるたびパシっ・・・と軽く氷が割れる音がいたします。
「お気になさらないでください。コートが暑い様でしたらそちらにご用意したストールをお使いください。」
望月さんは慎重に・確実に運転をこなしながら、鏡の中のわたくしに答えてくれました。
「ありがとう。遠慮なく使わせていただきます。運転は大変でしょう。わたくしは大丈夫ですから気を遣わないでくださいな。」
「恐れ入ります。」
わたくしから見える望月さんの肩がふっと和やかにリラックスしたことがわかったのです。
望月さんは低く掛かっていたフルートを中心としたクラシックのインスツル・メンタルのボリュームをほんの少しだけ上げて、運転に集中しはじめたようでした。
コメント
今宵が・・・
中秋のようなのですが・・・東京は残念なことに雨模様です。
今夜はテンプレートの月を見上げて秋の夜をお楽しみくださいませ。
名月をお楽しみいただきましたら・・・久方ぶりに薔薇のテンプレートに戻そうかと思います。

2006/10/06 14:02| URL | 祥子  [Edit]
本当に嵐のような吹き降りですね。
お月見どころか、時雨にもなりません。

「夢のかよひ路」といえば「すみの江の~」が思い出されますが・・・

「初雪」の帰路からのスタートですね。
あの帰り道、望月さんとどうだったのか、やきもきした方が多かったのではないでしょうか。
全て白状されますか。
な~んにも無かった訳ではないでしょうね。
替われるものなら、私が運転したかった。

2006/10/06 15:43| URL | masterblue  [Edit]
masterblue様
今宵の雨は本当に風とともに激しくて・・・傘を持って行かれない様にするのがやっとです。

夢のかよひ路と聞いて、そちらを思い出されましたか。
流石に風流でいらっしゃいますこと。
あの帰り道のお話は、なんとなくずっとお話しそびれておりました。
このお話と、あともう一つのお話を語り終えますと・・・<初雪>シリーズは終わりなのですが、もう一つのお話は物語になりますかどうか。
気になる帰り道を、どうぞご一緒に♪

2006/10/06 19:38| URL | 祥子  [Edit]
祥子様
桜草の住む街は雨も上がり晴れてきました。
でもまだお月様が見えません。
空気が澄んでいるせいか街の灯りはとっても綺麗です。

どなたかと乾杯♪しながら月をめでたいものです。
その後は・・・・ふふふ。内緒です。


2006/10/06 20:26| URL | 桜草  [Edit]
コメントを読んで物語の展開に気がついた。
ダメだ!読み込み方が足りないな。

こっちは雲が晴れて月を愛でています。


2006/10/06 22:05| URL | eromania  [Edit]
ステキ♪
 喜びを分かち合うだけでなく
優しい気持ちや思いやりを遣り取りできる
そんな柔らかな時間に囲まれて
毎日を送ることが出来るよう・・・・
背筋を伸ばして、微笑を交わして
また新しい物語のスタート。
若い望月さんのお話を楽しませていただきます。

2006/10/06 23:56| URL | さやか  [Edit]
雨は上がったようですが・・・
東京はまだ曇り空。
この連休は運動会などを予定されているお子様も多いとか・・・ぜひすっきりと晴れて欲しいですね。

桜草様
この雲の向こう・・・お月様は常と変わらぬ光でわたくしたちを見守ってくださっていたのでしょう。
これから先冴えた光を見せてくれるお月様を見ながらのブランデーが美味しい季節がやってまいりましたね。

eromania様
お話の流れがわかりづらかったですか?
申し訳ございません。
初雪の帰り道のことですから、いまのお話は1月3日の出来事です。
と、いうことで・・・いずれまた8月13日にも戻ってまいります。
いましばらく、想い出の中の出来事にお付き合いくださいませ。

さやか様
>背筋を伸ばして、微笑を交わして
望月さんとご一緒にいると、そんな風にしていたくなります。
さやか様のお好きな美貴さんは、二人の会話の中に時々しか出てまいりませんが・・・お許しくださいね(笑)。
ぜひぜひ、他の男性との間とはちょっと違う望月さんとの時間に浸りにいらしてくださいませ。

2006/10/07 08:03| URL | 祥子  [Edit]
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