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春色の空

「えっ、こんなに寒いの?」
オペラピンクのピーコートで部屋を出たわたくしは、思わずまだ暖房の効いた部屋の中へと引き返してしまいました。
たしかに天気予報は最高気温は8度だと告げていました。
でも、高い天井寄りの飾り窓から見える優しい空の色は、もっと暖かい外気をイメージさせたのです。
コートの下は黒のベロアのワンピースでした。ボートネック風に開いたラウンドカラーとプリンセスラインのシンプルなデザイン。でも、起毛素材の暖かさがこの季節にぴったりの一枚です。
春らしい明るい色のキュートなコートを脱いで、わたくしはリバーシブル仕立ての軽いミンクを手にしたのです。
優しくて、女性らしくて、でも、媚びないこと。
昼のデートの装いのルールに合わせてミンクのコートをバックスキンの側を表にして羽織ってみました。

午前10時の待ち合わせ。
バレンタインの翌日に彼から来たメールにあったのは、今日のデートの約束でした。

お付き合いを始めた頃に、彼の週に一度の定休日が平日から日曜日に変わりわたしたちの逢瀬は夜に限定されておりました。
「お泊まりは無理でも、いつか一緒にお出かけがしてみたいわ。」
彼に抱きしめられ満ち足りたベッドの上で、そんな言葉をつぶやいたのは半年以上前のことでした。

美味しいチョコレートありがとう。
昨夜はあのチョコのせいかな、祥子の顔がちらついて寝不足になったよ(笑)。
ホワイト・デーには早いけど、今度の土曜日時間がとれないか?
東京駅の八重洲中央改札口に午前10時に待ち合わせよう。


どこへ行くかも、なにをするつもりなのかもそのメールには書かれていませんでした。でも、はじめてのお昼のデートがうれしくて「わかりました」とだけ返信したのです。
待ち合わせまでもうあまり時間がありません。
わたくしは足早に駅へと向かいました。

「行くよ。」
彼から手渡された切符を手に、言われるままに新幹線ホームへと向かいました。
ホームを導かれるままに進行方向へ。驚いたように見つめるわたくしに彼は悪戯っぽく「ちょっとだけの贅沢だよ。」と微笑むのです。
滑り込んで来た車両にそのまま押し込まれて、ひかり407号の二人掛けの席に腰を落ち着けたのです。
「どこへいくの?」
「内緒♪」
「切符は熱海までになってるけど。」
「し~っ♪」
土曜日の午前中の新幹線。なのにその車両にはビジネスマン風の方達しかおりません。
ふたりの話が周りに聞こえてしまいそうで、わたくしは彼の静止のままに黙り込むしかありませんでした。
膝に掛けたコートの下で、待ちかねたように彼の手がわたくしの右手を握りしめます。
「無理して休みを取らせた?」
「ふふふ ちょっとだけね。」
「ごめん。どうしても祥子と行きたくなってね。」
「どこに?」
「内緒だって言っただろう。ちょっと寝かせてくれ。祥子のせいで寝不足なんだ。」
熱海までの40分ほどの間、彼の肩に預けた頭の耳元に囁くように交された会話はこれだけでした。
いつしか彼は本当に軽い寝息を立てていたからです。

熱海からは踊子号に乗り換えて・・・
たどり着いたのは河津駅でした。
駅前は河津桜祭りのポスターや看板がにぎやかに飾られていました。
彼は躊躇なく駅前ロータリーのタクシーに乗り込みます。
「もしかして、河津桜を見せてくれるの?」
「内緒。運転手さん、近くて申し訳ないんですが、飯田さんの家に行ってもらえますか?」
ここまで来ても教えてくれません。それに飯田さんって誰?
「わかりました。」
運転手さんもその一言で車を走らせるのです。
駅前から続く桜並木は、二分咲きの風情です。わたしたちの車とは逆方向になるその路に多くの観光客が流れてゆくのが見えました。
???な顔をしているわたくしを余所に、人なつこい運転手さんは彼に話しかけはじめました。
「お客さん、詳しいですね。」
「いや、それほどでもないけどね。」
なんのこと??
「今年は雪のせいで遅れてるんですよ。飯田さん家のがやっぱり一番早いからね。」
桜じゃないの?? 
「そうですか。」
「ほら、着いたよ。」

「わぁ~」
車から降りたそこには、1本の大きな桜の樹。
バレンタインの今なのに・・・もう5分咲きほどになっていました。
飯田さんちの桜

「祥子は桜が好きだって言ってたろう。今年一番最初の桜を一緒に見たくてね。でも、雪のせいで盛りはまだみたいだね。」
タクシーから降りた彼がわたくしの手を握りしめてそう話し始めました。
「満開じゃなくてもきれい。うれしいわ。」
「この木はね、河津桜の原木だって言われてるんだよ。一番古くて大きいんだろうね。いつも一番最初に満開になる。」
「前にも来た事があるの?」
誰と?っていう言葉は・・・とっさに飲み込みました。
「前の仕事を辞めて、いまの仕事に就く間少し遊んでたことがあって、その時にここの桜を見たんだ。びっくりした。最初はね、花には疎かったからへんな梅の花だなくらいにしか思ってなかったんだ。」
「梅と間違えたの?」
「ははは、恥ずかしながらね。で、ここでこうして見上げてたら、地元の人に今年最初の桜は綺麗だろうって声を掛けられてびっくりした。で、調べて、仕事で迷いが出るとこうしてこの桜に会いに来るんだ。」
わたくしに語りかけているのに彼の眼はじっと5分咲きのその桜を見つめていたのです。

「お仕事、大変?」
「いや、ちょっとね。」
あまり二人の時間を取る事もできない理由は・・・
絡めた指をわたくしは少し強く握り返したのです。
「ありがとう。いつも祥子にはわがままばかり言っている気がする。」
「ううん、そんなこと。それに戦う男の人にはそういう相手が必要なものよ。」
「ははは そうだね。」
風が・・・たった一本の河津桜の枝を揺らします。
「いつか、満開の桜を見に来ような。」
「ええ。」
「さ、旨い伊豆の魚でも食べに行くか。」
「他の桜は見なくていいの?桜祭りで、沢山の花を見られるんでしょう?」
「いいんだよ。俺にはこの桜があればいい。祥子と一緒だよ。」

飯田さんちの桜満開


5分咲きの桜の向こうに透けて見える春色の空が、ほんのり色づいたように見えました。 コメント
祥子さん、こんにちは。
やっぱり、戻ってくれたのですね。
よかった。

数年前に今の季節に河津に行きました。
その時も、寒さで開花が遅れ川沿いの桜はほんのちらほら。それでも、この原木は沢山の花をつけていました。

近くの神社に樹齢千年の楠木もありました。
温室で沢山の種類のカーネーションもみましたよ。オペラピンクという品種があったことを覚えています。

河津桜は遅れていましたが、その分爪木崎の水仙がまだ沢山咲いていました。

お魚食べてこのまま帰るのじゃないですよね。

2008/02/16 17:30| URL | masterblue  [Edit]
春を前に本格復帰なのでしょうか。うれしい便りですねえ。

こちらは数年ぶりの大雪です。外は真っ白ですが、桜に春の息吹を感じます。

masterblueさんと同じ意見♪

さあ帰ろうか…じゃないですよね。

2008/02/16 19:51| URL | dreamcat  [Edit]
河津桜
一度出掛けてみたいと思っている河津桜。
河津桜が満開になる頃はいつも仕事が多忙の時期で出掛ける事も出来ません。
祥子様の物語の中でその原木を拝見出来るなんて感激です。
今年は寒さで桜の開花も遅れるでしょうか・・・・。


2008/02/16 21:19| URL | 桜草  [Edit]
祥子様の復帰‥‥
春の到来よりも嬉しいお話ですな♪

『俺にはこの桜があればいい』
う~ん、なんていい台詞なんだ(*´_ゝ`)
さらりと言ってみたいもんだ…

2008/02/17 00:59| URL | HAIREI  [Edit]
ルート
祥子様と実際にご一緒しているみたいな錯角に・・・。^^
>ひかり407号
臨場感が欲しくって調べてみましたが。
東京駅 10:06発
熱海駅 10:43着
スーパービュー踊り子3号
熱海駅 10:56発
河津駅 11:57着
お目にされたのは、昼下がりの桜だったのですね。
興ざめコメントでしたら、ごめんなさい。


2008/02/17 11:45| URL | 柏木  [Edit]
本当は先週末、家族で行くはずでしたが
河津桜の毎日の観察日記と見比べながらも
余りのお天気の悪さに、今井浜のホテルをキャンセルしたのでした。
この原木は、お祭りで盛りの場所のもの達よりは早く静かに花開くそうですね。
結局なかなか行けずじまいです。
今年は週末にかかる主人の出張が無いので
お花畑も温泉も…去年の様な遠出はできなくて残念しきりです。


2008/02/17 17:06| URL | るり  [Edit]
お久しぶりです!
 さやかも相変わらず、こけつまろびつ走ってます!
今年の春は花が満開だといいなぁ。
そんな気分で、冬を耐えています。
きっと、素敵な春が来る事を信じて。
また、お会いしましょうね♪

2008/02/20 18:31| URL | さやか  [Edit]
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