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朝の眩しさ

ちりりり・・・ん・・
江戸風鈴のガラスの澄んだ音が響く朝
カーテンから差し込む陽射しはひどく強い

「まだ・・・こんな時間 でも起きなきゃ」
時計は5時20分を差している
いつもならもう一度シルクのタオルケットに包まってしまう時間
でも今朝はちょっと特別
朝顔市の最終日だったから

ゆうべは眠れなかった
熱帯夜のせいだけではないと思う
忙しすぎる仕事、なかなか逢えなくなった彼
考えてもしかたのないことが頭の中でステップを踏みいつまでも立ち去らなかった

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例年よりも10日遅れで始まった朝顔市は最終日ということもありもう活気に満ちていた
鴬谷の駅からホテル街をかすめるように少し歩くだけで、すぐに威勢の良いかけ声が聞こえる
「五色だよ!五色!ブルーに紫にピンクに白!それに団十郎!」
「ブルーマリン!宿根朝顔だよ!来年も再来年もこの鉢のままで咲くよ!」
「桔梗咲き!上品だろ!こんなに大きな行灯づくりはウチだけだよ!」
「日本の伝統工芸の竹づくりの支柱だよ!朝顔にプラスチックはないだろ!」
祭り半纏にはちまきのご主人は、もうエビスビールの缶を手にしてる
髪を結い上げたお嬢さんたちの足許の足袋も眩しい

言問通りの一方にひな壇の花台を設置した狭い通りは、朝の7時というのに人の声と人いきれに満ちていた
ここに来たかった理由のひとつはこの狂躁だった
自分の心の迷路に入り込まずに済む・・・何も考えたくなくなる狂躁に包まれたかったのだ
狂躁に包まれてまで迷路から抜け出せないなら、それはもう<終える>潮時を迎えている
それを確認したかったから

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もうひとつの目的は<朝顔の写真>だった
ずっと仕事でしか使っていなかったデジカメ
今年はこのカメラで綺麗なものだけを撮ろうと決めていた
春の桜からいくつもの花を撮り、夏になって最初に撮りたくなったのが朝顔だった
ところが他の花と違って近くの庭園や植物園で見せているという情報は見つけられなかった
朝顔のきれいな早朝から開園する植物園などなかったから

都内 朝顔 写真・・・とGoogleで検索してヒットしたのがこの朝顔市だったのだ

ボディバッグから出した一眼レフをONにして立ち並ぶ店を覗く
客引きをしようとする売り子さん
常連の店が決まっていてしきりと花を吟味するお客さん
車で来ているのだろうか 両手に5鉢も下げたまま新たな花を探すご夫婦
朝顔を買うでもないわたしが花の並ぶ棚に近づくのは至難の技だった

もうひとつシャッターを押す事を躊躇させたのは、店頭に並ぶ花の無惨さだった
まずまともな姿で咲いている花は少なかった
行灯仕立ての鉢は数多くのつぼみをつけ、勢いの良いつるが支柱をとりまいてはいたけれど・・・

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「この先の2つめの角を右にまがって少し歩いた右手のお寺に行ってみてはいかがですか?」
鬼子母神の境内に飾られた朝顔の鉢の前でカメラを手にしていたわたしに話しかけて来たのは、祭り半纏を白のポロの上に羽織った男性だった
一瞬、わたしに?と思ったのは確かだった
「写真を撮られているんですよね」
不思議そうな顔をして振り返ったわたしを真直ぐにみてその方は言葉を重ねた
「はい でもなかなかきれいなお花がなくて」
「そうなんですよね。商売ものなのでどうしても店頭に並ぶまでに花を傷めてしまうんです。その先にあるお寺は、ある店が朝顔の控え室に使っている場所なんですよ。写真を撮るならそこの花の方がいいはずです。」
会長~~ お願いします~ 境内の反対側から掛けられた若い衆の声に片手を上げて応える・・・彼はいったいどういう人なんだろうか

「ありがとうございます 行ってみます。あの、でも なぜ?わたしは写真を撮っているだけですのに」
「朝顔は寿命の短い花なんです。それでも精いっぱいきれいに咲いてくれる。それをゆっくりと愛でて、きれいだと言ってやらないと可哀想だと思うんですよ。一番綺麗に咲いた姿を残してくれるなんていいなと思ったからです。」
会長~~ 
「それじゃ失礼します」
ありがとう・・ わたしの声は祭り半纏の大きな背中に届いただろうか

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そこはほんとうに小さなお寺だった
境内の参道を除いた全ての場所に所狭しと朝顔の鉢が並べてある
どの花も朝の清冽な陽射しを浴びてのびのびと今朝の花を開いていた

カメラを取り出したわたしに留守番のおじさんはなにも言わなかった

ひとつひとつあでやかに開いた朝顔をファインダーに収めてゆく
そこには、宿根朝顔も、五色咲きも、桔梗朝顔もなかった
ただシンプルな単色の朝顔が、絞りや白縁をとりまぜてのびのびと花を咲かせていたのだ

『朝顔の寿命は短いから』カシャ・・・
『短い寿命でもきれいに咲いてくれる』カシャ・・・
『精いっぱい咲いた花をきれいだと言ってやらないと可哀想』カシャ・・・
カシャ・・・ 最後シャッターを切ったあとに頬をつたったのは汗だったろうか、それとも

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まだ終わりにはできない
でも、気持ちは強く持とう
どんなに短い命でも芽生えた花<恋>はこんなにも美しいのだから
その気持ちをせめて自分だけでもきれいだと愛でてあげよう
そして終わりを迎える時にはこの手できちんと摘んであげよう
それが・・・わたしなら・・・全て・・・・



コメント
お暑うございます
祥子様の綺麗な写真にうっとりです。
花はそれぞれに美しいものです。
寿命が短いと更に際立とうとするのでしょうか。
その一瞬に「命短し恋せよ乙女」でしょうか(*^_^*)

強い気持ち・・・頭の中の堂々巡りは治まりそうですか?

2008/07/26 20:10| URL | 桜草  [Edit]
きれいですね
 祥子様
 朝顔、綺麗ですね。
 考えてみれば、ウン10年前最初に覚えた花の名前が朝顔だったような気がします。
 そして、小学校の夏休みの宿題に、朝顔を育てて、その成長記録を提出するようにという課題があったような気もします。
 そして、この時期はまだそんなに暑くなくて、8月になって始めて暑くなっていったような気もします。
 もちろん、記憶というのはいつも美化されるので、昔もこの時期は暑くてしようがなかったのかもしれませんが……。
 でも、祥子様の朝顔の写真で涼しさと季節感をいっぱいに感じさせていただいております。
 祥子様のブログは再開されてからフォトシリーズなどを含めて、少し変わってきたように思います。
 勿論、前の濃厚なお話も大好きだったのですが、今のさらりとした、季節感たっぷりのお話も素敵です。
 結局、祥子様のなさることなら何でも好き、ということになってしまうのかもしれませんが……。
 私も祥子様ほどではないのですが、少し花の写真をデジカメで撮っています。
 私の場合は自然の中の山野草が多いのですが、今回祥子様の朝顔の写真を見て、このような園芸品種も捨てたものではないなという感想を持ちました。
 考えてみれば花の栽培のプロたちが技術を凝らして、鑑賞に堪える花を作り出しているのだから当たり前といえば当たり前ですが。
 私も、食わず嫌いは止めて、朝顔やランや菊などの趣向を凝らした花にも手を出そうかなと、今回思いました。
 祥子様のお話は7月末の暑い夏の一服の清涼剤でした。

2008/07/26 21:15| URL | オーバーチュア  [Edit]
例年、6月最終土日のお富士様の植木市に始まり、7月6・7・8が入谷の朝顔、9・10が浅草寺のほうずき市と決まっています。これが下町の夏ごよみ!
いつもなら、夏の入口の清々しい頃。今年は、ずれてしまい、朝顔市が連休になってしまいました。
お陰で、私は行かれずじまい。
朝顔の行灯が無い夏の玄関は、久しぶりです。それに、毎年替えて頂く、可愛い朝顔のお守りさん…新しく出来なかったのも、気持ちが悪くて…。
朝顔市で売られる、団十郎の海老茶色の花、好きなんです。

一人花を見て、様々思う。そんな時間も必要ですよね…。

朝の花
今は大輪の蓮も、見事です。
涼しい内にお散歩はいかがですか?

2008/07/27 08:17| URL | るり  [Edit]
気持ちは強く、です♪

幼い記憶でしかありませんが、朝顔の花はその
役割を終えた後、しっかりした種を残します。

向日葵といい、夏の花はしたたかです。
ただし、恋の花はしなやかに咲かせてこそ♪


2008/07/27 18:45| URL | dreamcat  [Edit]
涼しげな朝顔の姿
結構な暑気払いとなりました。

気持ちは穏やかに。
とらわれず、こだわらず、かたよらず。
言うは安し、何時になったらこの境地にたどりつくのか・・・・・

2008/07/28 02:01| URL | かずみ  [Edit]
皆様ありがとうございます
暑中お見舞いのかわりになりましたでしょうか? 今回のストーリー。
旬とは10日間のことだそうですが、花の見頃だけは本当にうっかりするとこの<旬>を逃してしまいそうになります。

桜草様
朝顔はなかなか一同に見る事のできない花の一つだものですから、こんな風に鑑賞すると楽しさも一入です。
気持ちの堂々巡りは、きっとこれからもあるような気がします。
それも致し方のない事と思って受け入れるしかないのでしょう。

オーバーチュア様
そうですか、山野草を撮ってらっしゃるのですか。
ぜひ一度拝見したいです。
同じ身近な花でも、今回のような鉢物はなかなか撮影が難しかったです。
とくに難物だったのがあの行灯仕立ての支柱。
奥の花にピントを合わせたくても、ふっと前の支柱にあってしまったり、花を横切るように映ってしまったり。
紫陽花の時のようにはさすがになかなか上手くは行きませんでした。
子供のころの記憶のような、ひと鉢に何輪も開く花のイメージで撮影に行ったのですが、実際にはひと鉢に一花・二花・・・。
そのなんとはなしの儚さと、朝顔市ならではのちょっとしたにぎやかさをお伝えできればいいなと思ってお写真を選ばせていただきました♪

るり様
朝顔のお守り、とてもかわいいものでした。
この日はこの後も別のところを回ったので、朝顔もお守りも手に入れずじまいでした。
るり様は本当にきちんと歳時記を踏まえて楽しんでらっしゃるなと、いつもブログを楽しみに拝見しております。
うっかりすると過ぎてしまう日常をちょっとだけ楽しむこつ、なのかもしれませんね。

蓮は、今年は夜に見に行く事になりそうです。
でも咲いているのかしら??(笑)

dreamcat様
実ることのできる想いならこんなには苦しまないだろうな・・・と思うのです。
実らないからこそ、実らないことを承知で自らを納得させるなにかを求めるからこそ、切なくなってしまうのかもしれません。

強い気持ちとは、覚悟を揺るがせない事。
引き際を間違えないように自らを律することだと、感じた朝でした。

かずみ様
>暑気払い
そういっていただけて嬉しいです。

とらわれず、こだわらず、かたよらず・・・
そう言えるのは本気にならないうちだけ、のような気がします。
想えば想うほど、囚われ・拘泥り・偏ることになってしまうのは、わたくしの人間が出来ていないからでしょうか?

2008/07/28 19:33| URL | 祥子  [Edit]
一日花
こちらでは、すっかりご無沙汰してしまいました。
ここのところ、ずっと花の話なので、楽しく拝見させていただいていました。
一日の命・・・一日花には宿命的なのかもしれません。
朝顔に限らず、一日花は数多くあります。
オシロイバナ、ムラサキツユクサ、マツヨイグサの仲間たち・・・などなど。
その中でも、究極の一日花で、私がもっとも好きな花の一つがカラスウリです。
あの、赤い実のカラスウリの花・・・夜暗くなってから花を開きます。そして夜明けと共に、命を終わって行くのです。
まるで、平安朝の通い婚のように、主様を待って、神秘的な花を、真っ暗な中で広げています。
かって写した写真がありますので、ご覧下さい。
http://www1.c3-net.ne.jp/noba_hana/page134.html
HPが重くなりすぎて、ブログに引越し中ですが、この写真は旧のHPの方に残ってしまっています。そのうちに、ブログのほうへ移すつもりです。
何か、こちらの思い入ればかりになってしまい申し訳ありません。

2008/07/29 20:44| URL | やまゆり  [Edit]
色鮮やかな花、人々の華やいだ活気・・・
そうしたものと裏腹に、どことなく憂愁が漂う。
複雑な味わいのあるお話になりましたね。

>朝顔は寿命の短い花なんです。
>それでも精いっぱいきれいに咲いてくれる。
>それをゆっくりと愛でて、きれいだと言ってやらないと可哀想だと思うんですよ。

人の命も、かくてこそ。

2008/07/29 21:20| URL | 柏木  [Edit]
ありがとうございます
やまゆり様
ほんとうにお久しぶりです。
いつも綺麗なお花の写真、堪能させていただいております。
からすうりは、本当に綺麗ですね。
闇に広がるレースのような白い花。そしてくっきりと朱の果実が妖しい存在感を漂わせて・・・ひとをひきつけて止まない植物のひとつです。
それと、おしろいばなも一日花だったんですね。
最近では街中で滅多に見かけなくなってしまいましたが、あの花も一株の中に一つとして同じ柄がないほどにバリエーションにとんだ花色を楽しませてくれて、子供のころの大好きな花の一つでした。
写真の腕はなかなかやまゆり様には追いつきませんが、どうかご容赦いただいて(笑)これからもお越しいただけたら嬉しいです。

柏木様
「孤独ってひとりの時のことじゃないんだよね」
こんな台詞をどこかの小説で読んだ事があります。
人ごみの中にいるからこそ、ゆるがないはずの関係の二人だからこそ・・・感じる孤独。
雑踏の中だからゆっくり考え事ができる、みたいな時間を描けたらと思ったのがこのお話のはじまりでした。

柏木様には最近こちらにコメントをいただけなくて(でも、しっかりメールでは感想を頂戴しているのですけれど)今回もいただけないままかと、ドキドキしておりました。
ぜひ、これからもこちらにお越しくださいませ。
柏木様のお名前がないと寂しいです♪

2008/07/30 13:07| URL | 祥子  [Edit]
花と朝日の色にふと…
昔の話を二つほど、思い出していました。
ひとつは皆も体感したであろう小学生時代の事。
あの頃から朝苦手だったんだよなー(笑)

もう一つは…花ではなく霧のなかを
眠れずの身でぶらぶら歩いたっけかな‥‥と。
纏わりつく空気がやけに…

えぇ、記憶に焼きついてるのは多分(省略

2008/07/31 00:56| URL | HAIREI  [Edit]
今朝はいかがでしたか?
HAIREI様
そうでしたか 小学生のころから朝は苦手でしたのね。(笑)
いまも続いているのでしょうか?ラジオ体操って。
毎日判子をもらいにいった、あの朝の空気の爽やかさが懐かしいです。

もう一つの記憶の景色からは無事生還なさいましたか?
あの霧の向こうにいるはずの方にはお逢いになれましたか?

2008/08/02 11:56| URL | 祥子  [Edit]
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2008/08/02 14:55| |   [Edit]
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