巡る春
「待って下さい」わたくしに向かってまっすぐに向かってきたのは
着物姿がしっくりと似合うすっとした背筋の伸びた方。
白装束の袴姿の男性でした。
「あの・・・わたくしですか?」
この姿、多分この宮の宮司の方でしょう。
そんなお知り合いはおりませんでした。
「はい お忘れですか?」
朗々と響く声は祝詞に相応しいものでした。
「申し訳ありません。どこかでお会いしておりますか?」
「銀杏の黄葉が散り敷く路で名刺を差し上げました」
「あっ 初瀬さん」
「名前は憶えていてくれたのですね」
「失礼いたしました。
あの時の紬の着物姿とは随分印象が違ったもので」
「ははははは 無理もないです」
「わたくしのことはなぜお判りになりました?」
「忘れられなかったから」
「うそ・・・」
「今日の散り椿の友禅も素敵です。
あなたの着物の後ろ姿と黒髪が忘れられなかった。
それは本当です。逢えてよかった」
「今日はお一人ですか?」
あの時は、東京の4人の男性との待ち合わせの途中でした。
「ええ一人です こちらのお花を楽しませていただこうと思って」
どちらからともなく、曲水の庭を歩き出していました。
平日のあたたかな陽射しの中
この街とは思えないほど観光客の少ないこの神宮。
「先日はお名前をうかがい損ねてしまいました。
教えていただけますか?」
そうでした。
声を掛けられてまもなく石塚さんがいらして
お名刺だけを受取ってすれ違っただけの関係でした。
「加納祥子ともうします。その節は失礼いたしました」
「祥子さんですね。改めまして、初瀬です。
こちらの宮司をしております。宜しくお願いします」
流れにかかる橋の上で、二人の視線が絡んでゆく。
「失礼ですが 祥子さんはこの街の方ではありませんね」
「ええ 観光客の一人ですわ」
「いやいや ここに居る事自体とても観光客とは思えない。
着物の着こなし、立ち居振る舞い。
声を掛けて言葉を聞いて
はじめてこの街の方でないのだと気づきました」
「ふふふ そんなこと」
「でも絶対にまた祥子さんとはこの街で出逢えると思っていた」
「なぜ?」
「さぁ故の無い確信としか言いようがありません。
私のただの願望だったのかも」
茶室として立てられた瀟洒な平屋の軒先で
枝垂の花を見つめるわたくしの耳元にふいに熱い息がかかっった。
「仕事中なのにあなたが欲しくてたまらない」
「えっ」
初瀬さんの長い腕が、背中の雪見障子をふいに開きました。
「衣川さん、今日はここの予約はどうなっている?」
ファイルを手に控え室から現れた女性は朱い袴の巫女姿でした。
「今日は4時に桐崎先生のお教室があるだけです」
「それではこれから3時間ほど使わせてもらっても構わないかな」
「はい お客様ですか? あっ失礼いたしました」
大きな初瀬さんに隠れていたわたくしを認めて
巫女姿の女性は改めて居住まいを正し礼をなさった。
「ここは私がするから、
衣川さんは本殿で来週の祭事の準備を手伝っていてくれないか」
「はい承知いたしました」
手元の書類だけを取り纏めて、彼女は立ち上がった。
「さぁ、こちらに」
引き上げられた雪見障子の向こうには
薄く色をのせた繊細な花びらの連なりが美しく映えています。
炉を切った畳の正客の席にわたくしを座らせると
初瀬さんはゆったりと控え室から茶室の中で立ち働いていました。
「どうして?」
ふいに目の前の花の景色を雪見障子で覆われて
はじめて初瀬さんの言葉が本気だったと気づいたのです。
「祥子さんの声は聞きたいが今日は押し殺してください。
庭を通る人たちに聞こえてしまうから」
「ぁっんんん・・・あっっくん・・・」
神官の装いの男性に唇を奪われ首筋を貪られる。
「だ・・めぇぇ・・・・」
「4ヶ月も待ったのです。
想いを遂げさせていただきます。
それとも私ではだめですか?」
初瀬さんの瞳が
わたくしのまなざしをまっすぐに捉えるのです。
「だめじゃ・・・ないです」
わたくしは再会して1時間たらずの男性の白装束の胸に
羞恥を浮かべた顔を埋めるしかありませんでした。
- 散り逝きて
-
こんばんは。
また新しい男性に散らされてしまったようですね。あるいは、散った椿が余りにも美しかったからでしょうか。
それとも枝垂れの散った花びらのように、花筏となってこれから流れてゆくのでしょうか。
長編にまとまるのを、一日千秋の思いで待っています。でも、お忙しそうですね。
あれ、どの祥子さんへのコメなのか‥‥‥??
2015/04/18 22:50| URL | masterblue [Edit] - masterblue様
-
秋に出逢った時から予感はあったのですが
まさかこんな展開になるとは
わたくしもびっくりでした
masterblue様の花筏様との物語も終わられたのですね
切ない最後
わたくしと初瀬様のように
再び出逢えますように♪
2015/04/19 08:41| URL | 加納 祥子 [Edit] - 再会
-
ご心配いただき有難うございます。
初めての男性目線の一人称での物語、私には女の方の気持ちがわからなくなってしまいました。
願わくば(終わり)でなく(つづく)としたかったのですが。
お忙しい中ご返事いただき有難うございました。
2015/04/19 11:33| URL | masterblue [Edit] -
ちょっとごぶさたになりましたが・・・
遊びに来てみたら、どっきり。。
> 庭を通る人たちに(声を)聞かれてしまうから
> 首すじを貪られる・・・
まさに、禁忌の空間 ですね。
登場人物に名前を付けるのは苦手なのですが、「初瀬さん」「衣川さん」、古風でしっとりと落ち着いた雰囲気がありますね。
とても気に入りました♪
赤い袴がさりげなく窺える画像もいいですね。
ご自身でお撮りになる機会を持たれたのでしょうか。
2015/04/21 06:32| URL | 柏木 [Edit] - 柏木様
-
ふふふ♪
そういえば、そのようなシチュエーションですわね。
陽の燦々と降り注ぐ京都の庭でのことですが。
お写真はいつものm.ookiさんからいただいたものです。
硝子に移り込んだ桜と
巫女さんの朱の袴が素敵だったので
このお話を書いてみました。
2015/04/25 14:06| URL | 加納 祥子 [Edit]
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