夢のかよひ路 48
「セルシオにお迎えした時から、祥子さんからは・・・まだ燻り続けているフェロモンが溢れ出していて僕は目眩がしそうでした。」望月さんの手が、わたくしの髪を解きはじめました。
「祥子さんの髪から立ち上る潮の匂いが石塚様の残り香のようで、苦しかったんです。」
はら・・っ ストレートの黒髪が、肩から湯の表面へ闇を切り取ったように広がってゆきました。
「リアシートに腰掛けて一生懸命前を見ている祥子さんの瞳は濡れたままで、僕が話しかけてもちっとも焦点を結ばない様子で・・・そしてとうとう返事をしなくなった。」
「それは・・」
「祥子さんにあんな表情をさせるほど、石塚様はどんなに激しく愛したんだろうと思っただけで、気が狂いそうになりました。」
望月さんの右手が、わたくしの左の乳房に優しく被せられました。
「石塚様が大好きなこの髪に今夜はどんな風に触れたんだろう。僕と二人きりになって悠哉と呼んでくださっても消えない艶が、石塚様によってもたらされたものだと思ったとき、どんなことをしてもそれ以上のことを・・・祥子さんのことをめちゃくちゃにしたくなってしまいました。」
彼の左手がわたくしの腕を・・・胸の上に掛かっていた縄の軌跡を滑ってゆきます。
「痛くありませんでしたか?」
「大丈夫よ。」
わたくしは、今夜の望月さんの変貌に得心がいってようやく優しく答えることが出来たのです。
「もう、いいの?気は済んだの?」
「はい。」
「あのね・・・」
「祥子さん、もういいんです。」
わたくしのこめかみに、少しちくちくとお髭の感触のする顎を押し当てて望月さんはそうおっしゃいました。石塚さんとのことは、聞きたくないということなのでしょう。
「ううん、違うの。」
わたくしを抱きしめていた望月さんの腕が少し緩みました。
「悠哉さんが迎えにきてくださったでしょう。」
「ええ。」
「渋滞でとろとろと進む車の中でわたくしが考えていたのは、あなたとはじめて二人で過ごした日のことだったのよ。」
「えっ。」
「雪の別荘で過ごした帰り、今日みたいに悠哉さんのお部屋にわたくしを連れてってくださったでしょう。それで、あなたのベッドで何度も何度も愛してくださったでしょう。」
「はい。あの日はどうしても祥子さんを独り占めしたくて。独り占めした祥子さんをあの方達の誰よりも感じさせたかったんです。4人の男性に3日間責められ続けてくたくたになっているのを解っていても、止めることができなかった。」
「うれしかったわ。セルシオのリアシートで、わたくしを夢見心地にしてくれていたのは・・・誰でもないあなただったのよ。」
「祥子さん・・・」
「ん・・ぁ・・・」
檜の香りの浴槽の中でわたくしの上半身だけを膝の間で振り向かせると、激しく唇を貪ったのです。そして・・・彼の右手はふとももの狭間へ、左手は感じやすい左の乳房をつよく揉みしだきはじめました。
夢のかよひ路 47
洗い場で身体を流した彼は、浴槽へ歩み寄る時にはもうタオルを外しておりました。記憶にあるベッドで見上げた彼の身体よりも、この半年の間に望月さんは一層逞しくなっていたのです。
「ご一緒してもいいですか?」
「ええ」
わたくしは腰を半分ずらしました。彼が隣に並べるように・・・。
なのに・・・
「こちらにいらしてください。」
広く開いた闇に向かって湯船に浸かった望月さんは、わたくしの手を引いてご自身の脚の間にすっぽりと抱きかかえたのです。
180cmを越える身長の彼の手脚は長く、お湯から出ているわたくしの肩を冷やさぬようにその腕をゆったりと添わせるのでした。
「祥子さん。」
「あん・・」
はむ・・・ 望月さんの唇がわたくしの右の耳を甘噛みしたのです。
「怒ってますか?」
「ん・・・ちょっと。」
本当は、怒ってなどおりませんでした。
今夜は彼にわたくしの全てを委ねたのです。望月さんがわたくしをどう扱おうと、それは彼の心のままだったのですから。
ここに来るまで、わたくしは羞恥に晒され続け・快感に溺れるほどに浸され続けてはおりました。
が、一度も・・・心に沿わないような苦痛を与えられることはありませんでした。いたずらにわたくしの姿を他者に晒すこともなく、ずっと望月さんお1人で堪能されていただけなのですから。
それでも・・・潮を吹くまで責め立てられるとは思ってもいませんでした。
どんなに縄で乱れさせられていたとはいえ、外出のための着物を纏ったままで、望月さんの目の前で・・・。
望月さんが玩具をわたくしに示された時から・・・恐れていたことではありました。でも、実際にそれがわたくしの身体に起きたのは、仲畑さんと過ごしたあの時一度きりだったからです。
それを・・・今夜、素敵な年下の男性の目の前で再現してしまったのです。わたくしはあまりに恥ずかしすぎるこの現象の全ての後始末までさせてしまった彼に・・・もう、怒った風を装うしかありませんでした。
「だって、二人きりのときにはわたくしを括らないっておっしゃったのに。」
「ははは・・・そうでしたね。」
湯で温められた望月さんの大きな手が、わたくしの頬を包みました。
「石塚様に心を奪われている祥子さんにやきもちを妬いてたんです。」
「石塚さんに?」
「そう。」
わたくしには、望月さんが何をおっしゃっているのかが解りませんでした。
確かに今夜、わたくしは石塚さんに客船の特別室専用デッキで・・・東京湾大華火大会の間中・・・ガーターストッキングだけの姿で愛されてまいりました。それも偶然同じパーティでお逢いした長谷川さんの存在に、石塚さんがいつになく煽り立てたせいだったのです。
穏やかだったとはいえ、船上の不安定な場所で責められ、深く、その場で頽れてしまいそうなほどに感じさせられて・・逝きました。
それでも、望月さんの姿をゲストハウスの駐車場で見かけた時から、わたくしはずっと彼とのことしか考えてはいなかったのですから。
「竹上建設の会長と社長にお逢いになりましたか?」
望月さんは、優しく問いかけます。
「ええ、パーティで紹介していただいたわ。」
「やっぱり。きっと、あのお二人も祥子さんのことを気に入られたことでしょう。」
「ふふ、社交辞令にそんなふうにおっしゃってはくださったけれどどうかしらね。望月さんも、ご存知なの?石塚さんのお父様とお兄様。」
「はい。美貴と一緒にお逢いしました。そうでしたか・・・やはり石塚さんは本気なのですね。それならお父様の会社の催しだと言っても、祥子さんと二人きりになるための場所を確保することなんてそう難しくはなかったはずです。」
はむ・・・ 望月さんはもう一度、今度は耳朶を甘噛みしました。
夢のかよひ路 46
灯りの中では・・・太ももの狭間の茂みも両胸の鴇色の先端も透かしてしまう・・・ガーゼと絽で作られた特製の長襦袢だけがわたくしに残されたのです。「さぁ、先にお風呂場へ行ってください。」
望月さんはわたくしの足下に跪いて下駄を片方ずつ脱がせると、足を・・・自らが吹いた潮でぬれそぼった足の裏を車のシートに敷いていたタオルの端で拭ってくださったのです。
「すぐに、僕も行きます。先に暖まっていてください。」
わたくしは、小走りに浴室へと向かいました。
本当は、望月さんに『ありがとう』と言わなくてはならないのに・・・その時のわたくしには・・・言えませんでした。
指示された廊下の突き当たりにある磨りガラスの引き戸を開けると、そこは脱衣所になっておりました。わたくしは、上半分が鏡になった脱衣場で自分の顔を見て・・・どれほど望月さんにこのドライブで責め立てられたのかを実感いたしました。
真夏であるにもかかわらず、わたくしの肌は白く透き通るほどになっておりました。眼の下にはうっすらと青い陰が落ちて・・・今夜わたくしを襲った淫楽の深さを物語っていたのです。
品川のマンションを出る時には、可愛く結い上げられていた髪は、リボンがほどけかかり幾筋も髪はほつれておりました。このまま、お湯に浸かる訳にはまいりません。
縛られ続けて少し怠さの残る腕を上げ、まず髪をほどきました。止められていたピンを抜き、飾られていたリボンを引くと手櫛で整えてあらためて髪を三つ編みにいたしました。そして、その髪が湯に浸ることのないようにもう一度2本のピンで髪を上に止めたのです。
続いて長襦袢の腰に巻き付いた伊達締めを解きました。
望月さんは、やがてここにいらっしゃるでしょう。
その彼に乱れたままのわたくしを見せたくありません。
それに、彼はわたくしが共に入浴することを許した数少ない男性の1人なのです。ご一緒するのなら、出来るだけ彼が来る前に身体を清めてから・・・お迎えしようと思いました。
簡単に脱いだ襦袢をたたみました。腰元がひどく汚れていなかったことだけがわたくしをほっとさせたのです。乱れ箱に身に着けていれたものを入れると、用意されていた肌触りの良いタオルを手に浴室に向かいました。
引き戸の向こうは、半露天の檜風呂になっておりました。浴槽の高さに巡らされた壁は上部が開いておりました。
庇を兼ねた斜めの屋根の向こうからは、掛け流しの温泉の湯の音よりも大きな海の音が聞こえます。
入ってすぐの右手の壁際に用意されていた2つの洗い場で、わたくしは身体を・・・それもはしたなく潮を吹いて汚してしまった下半身を流しました。
幾度も繰り返す掛け湯は、床板の檜の間を抜けてゆきます。二重構造になった床は、その下に防水加工された下水道が用意されているのでしょう。
「ぁつっ・・・」
ずっと玩具と縄に嬲られ続けていた下半身は、少し熱い湯温にも反応してしまいます。
腕にも腰にも・・・軽くですが縄痕がまだ残っておりました。
敏感な身体の様子はわたくしにこのままボディソープを使うことを躊躇わせたのです。
湯を含ませた柔らかいタオルで優しく身体を拭っていったのです。
手を差し入れた浴槽の湯は、少し温めになっていました。
掛け流しとはいえ、この季節です。自然に温くなるわけもなく・・・きっと望月さんが調節してくださっているのでしょう。
深夜なのです。近くには家らしきものが見当たらないとは言え、身体を入れるにつれ流れ落ちる湯の音が後ろめたくもありました。
自らの立てる湯音が収まった頃、改めて樹々の緑の向こうに広がる黒々とした闇から聞こえる波の音がわたくしの心を奪いました。
早朝に向かう前の、真夏とはいえ少しだけひんやりとした風が流れる海の音。
浴槽のへりに頭を持たせかけて、わたくしは潮騒に聞き入っていたのです。
ガラ・ガラ・・・
「祥子さん、湯加減はいかがですか?」
望月さんは、タオルを腰に巻いていらっしゃいました。
「気持ちいいのね、ここ。」
「気に入ってくれましたか。」
「ええ、とっても。」
夢のかよひ路 45
「ああ、い・や・・・」もしかしたら着物も、そしてこの桐の下駄も駄目にしてしまったかもしれません。玄関には、男の方達がフェロモンだとおっしゃるわたくしの匂いが、生けられた山百合の香りにも負けないほどに漂っていたのですから。
もうあのローターの終わることのない振動は止められておりました。
「1人で立てますか?ここで縄を解いてしまいましょう。」
「いやぁっ」
わたくしは、涙の浮かんだ瞳を上げて首を横に振ったのです。
もうこれ以上は・・・。なのに望月さんはここまでわたくしを追いつめて、玄関先でなお・・・辱めようというのでしょうか。
「大丈夫です。もうお仕置きは終わりです。そんなに辛かったですか。」
わたくしを腕の中から解き放ち、1人で立たせると後ろ向きにして胸縄からほどきはじめたのです。
「温泉の掛け流しの音が聞こえますよね。上がって右に行った突き当たりが湯殿になっています。ここで解いてさしあげますから長襦袢姿で、先に行って入っていてください。」
しゅる・・しゅる・・と赤い縄はまるで意志をもっているかのように解けてゆきました。わたくしの腕は自由になりました。長時間の緊縛と緊張に、ほんの少し両手が痺れているようです。
「もう少しだけこちらにいらしてください。」
望月さんは、わたくしを濡れていない玄関の中央まで進ませたのです。そして・・・
「これを持っていてください。」
彼が差し出したのはずっと帯に挟んであった玩具のコントローラーでした。
わたくしを幾度も絶頂に追いやったその装置を委ねると、望月さんは後ろに回ってほおずきの柄の半幅帯を解いたのです。帯はわたくしの足下に蛇のように落ちてゆきました。望月さんは帯を器用に手繰ってまとめてゆきます。
「こちらを向いてください。」
わたくしは、望月さんが背後にいるうちに左手で簡単に胸元だけを掻き合わせておきました。右手も本当は襟元へと向かわせたかったのです。でも、預けられたコントローラーのコードが入り込んでいる、合わせられた着物の裾から遠くへは手を上げる勇気が出ませんでした。
伊達締めに手を掛けようとしていた望月さんは、中途半端な場所に留まったままのわたくしの手に気がついたようでした。
「失礼いたします。」
不意にわたくしの前に膝をつくと、着物の前裾をくつろげたのです。
「いやっ・・ぁぅっ」
わたくしの抗いの声にも、彼は動きを止めませんでした。着物の裾を伊達締めに挟んで止めると、わたくしの股縄から卵形の玩具を取り出したのです。
「これで、もう大丈夫ですよ。祥子さん。」
コントローラーごと玩具をわたくしの手から受け取って、先ほどの帯の隣に並べます。
望月さんの手は股縄を解きにかかっていました。
縄止めしたところは腰骨に丸く掛けられた縄を少し引くようにして、やがて・・しゅる・しゅる・・・と括ったときの何分の一かの時間で解いてゆきます。
「あぁっ・・・」
声を出してはいけない、と思っていました。それでも、ぐっしょりと潮と愛液で濡れた縄と結び目が、真珠から花びら・・そして姫菊から引き離されてゆく瞬間に、はしたない声が漏れてしまいます。
「この縄は、僕の宝物ですね。」
ねっとりと・・半濁した粘液をまとわりつかせた縄瘤を望月さんは見つめて呟いたのです。
「だめ・・そんなもの・・だめです。」
「この結び目はもう2度と解けないでしょう。この縄は祥子さん専用です。あの方達にはあなたの蜜をまぶしたランジェリーを差し上げているのでしょう。ですから、これは僕にください。」
望月さんの目は真剣でした。と同時にわたくしは気付いたのです。
わたくしの恥ずかしい痕跡の残ったランジェリーをお三方の手元にお渡ししたのは、いずれも望月さんのいらっしゃらない時のことでした。なのにご存知だということは、あからさまではないにしてもあの3人の方達の間で何度か話題に出た・・・ということなのでしょう。
わたくしは、もう望月さんの願いを退けることなんてできませんでした。
俯いて胸元を押さえて小さく首を横に振るしか・・出来なかったのです。
その間も望月さんはてきぱきとわたくしの着物を・・・伊達締めを解き、腰紐を解いて・・・脱がせてゆきました。
夢のかよひ路 44
引き戸を開けただけなのに、そこはもうひんやりとしておりました。「お願い、裾だけでも下ろして・・・」
クラシックな鉄のフレームでつくられた照明が、玄関を明るく照らしておりました。
両腕を胸縄と共に括られ股縄をされて着物のすそを大きく絡げられた姿は、非常に日常的な場で一層わたくしの羞恥を誘ったのです。
「仕方ありませんね。」
玄関の扉に鍵を掛け手に持っていた荷物を上がりがまちに置いた望月さんは、わたくしに向き直ったのです。
胸縄に挟んで止めていた裾を素早く下ろして綺麗に整えてくださいました。
でも・・・
「これと、引き換えですよ。」
わたくしの眼の前に出したのは、真新しいブルーと金の単三電池だったのです。
「いゃぁ・・・」
括られたままわたくしは後ずさっておりました。あの、信じられない振動を真珠に与えるオキシライド電池。修善寺の山の中で交換された電池は、持ちうる電力をすでにほとんど使い果たしてしまったのです。
「逃げられません。祥子さん、わかっているでしょう。」
ガタッ・・・ シンプルな作りの下駄箱にわたくしは背中をぶつけてしまったのです。
「ゆるして・・・」
「だめです。」
わたくしを追いつめると、ずっと差し込んだままだったコントローラーのダイヤルをOFFにすることなしに・・望月さんは電池を交換しはじめたのです。
「こんなに長時間動かし続けたら、玩具の方が壊れそうですね。」
「あ・ぁあぁぁぁ・・・」
カチっと2つめの電池が嵌った途端に、わたくしの真珠はまた極限の振動に嬲られはじめたのです。
「そんなに、いいですか?祥子さん。」
「やぁぁ・・」
ここがどこなのか・・・全く解らない家の玄関先で、わたくしは玩具のもたらす終わりのない快楽にあっけなく翻弄されてしまいました。
先ほどまで入っていた電池で、もう終わりだと思っていたのです。
車が止められて、この家の中に導かれて・・・着物の裾を下ろされて・・・もうお仕置きの続きをされるとは思ってもいなかったのです。
一度、安堵し緩んだ緊張は、わたくしを淫楽の底に一気に投げ込みました。
「あぁぁ・・ん・・ゆう・や・・・ゆるして・ぇぇ」
「魅力的です。感じている祥子さんはとても。それに、ここも。」
玄関先で・・・望月さんは縄の間から縊りだされた左の乳房の先端をねぶるのです。ちゅぅぅぅっと吸い上げ・・・右の乳房は彼の大きな手が同時に握りつぶすのです。
「あぁぁぁ・・・いっちゃうぅぅぅ・・・」
しゃぁっ・・・・ わたくしは、潮を吹いてしまったのです。今度は望月さんの手で・・・彼の腕の中で・・・
真っ白に霞む意識の中、わたくしは望月さんの胸に頽れてゆきました。
「祥子さん、大丈夫ですか?」
わたくしは、玄関に立つ望月さんの腕のなかにおりました。
快感に意識を遠のかせていたのはほんの一瞬のことだったのでしょう。
「あっ・・、やぁっ」
俯いたわたくしの視線の先には、濡れて深々と色の変わった黒曜石だけが見えたのです。
「ごめんな・さ・い・・・みちゃ・や・・」
「うれしい。潮を吹いてくれたのですね、僕と居て。はじめてですね、本当にうれしいです。」
