灰紬のひと
竹の生い茂るこの石塀はどこまで続いているのかしら散り敷く銀杏の鮮やかな黄色の葉が
まるで無邪気なペルシャ猫のように足許にまとい付く
メールの説明通りならあとわずかのはず
いつもなら必ず宿まで迎えに来てくれるはずの方達が
わたくしを呼び出すのも珍しいこと
あと少し・・・
「失礼します。おひとりですか?」
向かいからいらした男性は着物姿だった
「いいえ、待ち合わせをしておりますの」
「お時間があればお茶でもいかがですか?」
悪びれた風も媚びた風もない
こんなに様になる着物の着こなし
どこの誰にでもできるものではないはず
「申し訳ありません」
「貴女の様な方を一人で歩かせて
声を掛けるなという方が無理だ」
「ご冗談を ふふふ」
こういう時手首に時計がないことを悔やむ
時間がないという合図に使えるのに
「失礼させていただきます」
「いや・・・」
目の前の男性の手が懐に入ったところで
わたくしの肩に手が置かれた
「遅かったですね どうされました?」
「お待たせしてごめんなさい」
石塚さんの目が着物の男性を捉える
「私の連れがなにか失礼でもいたしましたか?」
「いや、あまりに素敵な方だったので
お声を掛けてしまいました。
お急ぎのようでしたので、
自己紹介だけでもと思いまして。
初瀬ともうします」
差し出されたのは
上質の和紙に墨の際立った何の肩書きもない名刺
「わたくしプライベートなので名刺もなくて」
「また、どこかでお逢いするでしょう。
その時まで憶えていていただければうれしいです」
わたくしともう一度視線を絡ませ
石塚さんに黙礼をして
来た時と同じように男性はすっと立ち去った
「やっぱり迎えに行けばよかった」
石塚さんの肩に置かれた手が熱い
「なんでもありませんわ」
「なんでもないことはない
祥子さんを目の前で攫われるところだった」
「もう、考え過ぎです」
腕にまわされた手は
わたくしから一瞬でも離れないと言っているよう
「まさか、ご存知の方ですの?
先ほどの着物の方」
「いいえ」
「だったら・・・」
「今夜は、いや東京に戻るまで一緒です」
「あら、でも・・・」
「ひとりになんて出来ない」
「わたくしが初対面の方についてゆくと思って?」
「思わない」
そうおっしゃったままふっつりと黙り込んだ
穏やかな午後
しんとした空気
届けられた友禅のしっとりとした着心地が
またこの街に来たことを教えてくれる
でもこの街が
いつまでわたくしの
お忍びの街でいてくれるのか・・・
少し不安になった
- どこでしょうねぇ
-
お忍びの街、どこなんでしょう。
上手に着物を着こなす男性が現れ、竹林があり、土塀がめぐらされ‥‥‥なんて、推理小説みたいに考える私の悪い癖。
<でもこの街が
いつまでわたくしの
お忍びの街でいてくれるのか・・・
少し不安になった>
素敵な室内楽の小品の、最後に残るバイオリンのデミネンドのような余韻なんでしょう。
詮索するのは野暮でしょう…‥‥‥ね。
2014/11/03 20:33| URL | masterblue [Edit] - masterblue様
-
どうぞ探してご覧になってください
きっとその街のどこかで
わたくしと逢えるにちがいありません♪
2014/11/05 09:10| URL | 加納 祥子 [Edit] - おぼろに
-
天使突抜通りを抜ければ‥‥‥?
2014/11/05 12:58| URL | masterblue [Edit] -
清潔な文章の中に、溢れる官能感。
どうしたらこんな文章が書けるのだろう・・・。
この後、石塚さんにされてしまう祥子さん・・・。
少しばかりの嫉妬を覚えます・・・。
2014/11/06 12:56| URL | 和巳 [Edit] - 和巳様
-
過分なお言葉恐れ入ります
石塚さんに連れて行かれた先には
珍しく後のお三方もおいでになりました
だから、石塚さんとだけ
ではなかったのですけれど(笑)
2014/11/07 08:44| URL | 加納 祥子 [Edit] -
和巳です。
すみません。ちゃんと”方達”とありましたね。
「灰紬のひと」
初瀬さん、相当なやり手と見ました。
是非、続編が読みたいです♪
2014/11/08 16:08| URL | 和巳 [Edit] - 和巳様
-
いえいえ、恐れ入ります。
着物の男性の初瀬様は、
いずれ登場なさるかもしれませんね。
どのような男性にするか、楽しみです♪
2014/11/08 20:54| URL | 加納 祥子 [Edit]
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