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女性運転手 結城 4

「せめて、わたしに直に文句でも付けてくれたら良かったんだけど、とにかくわたしの前ではみんな結城さんには優しいのよ。でも、いなくなると随分な意地悪をしているらしいわ。」
目の前の白ワインを一気に明けた。
「仕事を任せた最初のころは、ただの緊張と責任感からいっぱいいっぱいになっていただけだと思う。でも、いまは違う。結城さんもああいうコだから、わたしにも言ってこないのよ。精一杯耐えて、なんとか認めてもらおうと努力してる。でも、あのコを見るとそろそろ限界かもって気がするわ。わたしのやり方が間違っていたのかもしれない。」
「そんなに、自分を責めることはない。こう言うときはチーフが間に入ったってこじれるだけだからね。」
感情に走った女性を理詰めで追いつめても、そのしわ寄せが余計に弱いものへ響くだけだ。
「来シーズン、結城くんが欠けてもなんとかなるか?」
「正直、手放すのは惜しいわ。でも、このままだと辞めるって言い出しそうな気がする。専務、どこか転属先に心当たりがありますか?」
「販売だがね、ショップで一人他社に引き抜かれて手薄になっている店がある。そこなら、1週間以内なら押し込めるだろう。君のブランドのショップだ。販売の現場を勉強してもらうという名目で、どうだろう。」
「ありがとうございます。早速明日話してみます。」
苦労人らしいチーフ・デザイナーの表情が和む。
幾多の女性同士のバトルを勝ち抜いて来た彼女だからこそ、心を痛めていたのだろう。
「百貨店部長に明日朝一で指示しておくから、午前中に連絡が行くと思う。よろしく頼みます。」





「そんなふうに、新入社員の自分を気に留めてくれるトップがいるって、結城さんは幸せですわね。」
「いえ、本当は全員にそう気配りできればいいんですけどね。たまたま、担当している部門のそれも技術系の新人だったから記憶に残っていただけです。いまは、デザイナー志望は多いですが、最初からパタンナーを志望してくる子は少ないですからね。」
目の前のグラスのウイスキーは半分ほどに減っていました。
「少し、いかがですか?」
マスターが差し出したのは、フィッシュ&チップスでした。ディルの入ったタルタルソースまで添えられていたのです。
「ありがとうございます。」
「このお時間ですから、お食事はまだでしょう。身体のためにもぜひ召し上がってください。ドーバー・ソールといきたいところですが、舌平目のフライです。」
二人の手元には、フォークとおしぼりと・・・それからチェイサーを用意してくださいました。
「海の香りのお酒に、フィッシュ&チップス。美味しそうですね。」
山崎さんはさっそく揚げたてのフライに手を出されたのです。
「はふ・はふ・・ん、いい塩味です。祥子さんもいかがですか?」
「ええ、いただきます。」 
どうぞ、ごゆっくり マスターの言葉と同時にわたくしの口の中には磯の香りが広がりました。
「ふふ、おいしい。」
「祥子さんは本当に美味しそうに召し上がりますね。お酒もお料理も、祥子さんに味わってもらえるなら本望でしょう。」
「いやですわ、山崎さん。まるでわたくしがくいしんぼうみたいじゃないですか。」
ははは、失敬 ソフトな声はわたくしの気持ちをほんわりと暖かくしてくださるのです。
結城さんも・・・同じだったのかしら。




チーフ・デザイナーからショップへの転属を言われた時は、ちょっとショックだった。

でも、針の筵みたいな毎日を思うと、おなじくらいほっとしたのも事実。
せっかく身につけたCADを生かせないのは残念だけど、所詮ここに居ても快くCADを触らせてはもらえないんだから、それなら一緒だと思ったから。
よく考えたら<売場>のことなんて、あまり意識したことがなかった。学校でもパターンを引く事にしか興味がなかったし。どちらかといえば、パターンを引くのって、エンジンのレストアみたいな感覚で楽しめたからだけど。
「これも勉強だと思って、がんばってね。あなたとはまた一緒に仕事がしたいわ。」
はじめて転属の話を聞かされて3日目。そう言って握手をしてくださったデザイナーに挨拶をして、午後から売場に顔を出した。

あんまり、婦人服を買いに行った事もなかったから、ショップの中のいろんなことや、百貨店の入退店のルールや、5大用語とか、シフトとか・・・もう頭はごちゃごちゃ。
明日からは開店前の9:30から6:00までの早出をしてね、と穏やかな雰囲気のショップマスターから言われて、明日からこれが制服だからと店頭にある洋服から一揃いをわたされたり。(もう一セットは本社に申請して手に入れるから、しばらくはこれでねと、マスターは言ってくれた。)
ゆっくりとショップにいらして商品を見るお客様に、いらっしゃいませ、と声をかけるだけでどきどきした。
峠を100キロで下って来てもぜんぜん平気なのに・・・。

翌日の開店時間。ショップのスタッフは通路に出て入店されるお客様全てに、いらっしゃいませ と挨拶をすることになっていると朝になって言われた。
先輩の隣で、慣れないブランドのスーツを着て頭を下げるわたしの頭の上から聞き覚えのある声がした。
「がんばってるね。なかなか様になってるじゃないか。」
「専務、おはようございます。珍しいですね、こんなお時間に。」
「おはようございます。」
先輩は明るく答えている。わたしも慌てて挨拶をした。
コメント
「仕事ができる」

男なら一目置かざるをえないところを女性同士だと、
そういう配慮をしないっていうのはよく分かるねえ。
何せeromaniaの部下ってみんな女性だもん。だから
こそ女性は上司を肩書きで見ないのが潔いけれどね。

結城さんも同じって何が同じなんだろう(笑)。

2006/07/16 17:11| URL | eromania  [Edit]
eromania様

そうですね・・・仕事の場を奪われるということに
危機感を抱くのでしょうか。
技術職の女性ならではなのか、他の女性でもそうなのかは
eromania様の方がお詳しいかもしれません。

何が同じかは・・・どうぞご推察くださいませ♪

2006/07/16 19:17| URL | 祥子  [Edit]
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