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女性運転手 結城 5

「たまには、店長のところにも顔を出さないとね。このショップは稼ぎ頭だから、営業的にもプッシュするからがんばってください。」
「ありがとうございます。ショップマスターは今日は遅番なので、専務がいらしたと伝えておきます。」
「よろしく伝えてください。ところで、結城くんは売場は初めてだろう。どうですか?」
いつも会釈するばかりだった。挨拶して、がんばってるねって声を書けられるだけで嬉しかった。イケメンの専務が、わたしの名前を覚えていてくれたなんて。
「あの・・まだなにもわからないんです。先輩にご迷惑かけないようにがんばります。」
声が震えてたかもしれない。ちゃんと話さなきゃって思うだけあがってしまう。
「いつもエレベーターホールで挨拶してくれた、あの爽やかさでがんばればいいと思うよ。もっと肩の力を抜いてごらん。」
こんなに優しい声だったかしら、専務って。
「はい、ありがとうございます。」
「それじゃ、行くね。今日も一日がんばってください。」
「はい。ありがとうございました。」「ありがとうございました。」
先輩と並んで、店長室のある7階に向かう山崎専務に頭を下げた。

「専務がもう少し若かったら、ばっちりタイプなんだけどなぁ。」
今日入荷したばかりのカットソーをたたみながら、先輩がぽつりと言う。
「えっ、タイプって。」
「山崎一族の出身で次のうちの社長候補でしょう。優しいし、センスがいいし、イケメンで独身でお金持ち。背も高いし。40代前半だっていったかなぁ。さすがに恋愛対象にはならないしね。」
まぁ、良く出てくるなぁと思うくらい山崎専務のことをいろいろと並べ立てる。
えっ・・・独身。
「それって、玉の輿狙いですか?先輩。」
「だからぁ、年が離れすぎてるからだめだけど、結構憧れてる独身の先輩社員って多いのよ、山崎専務。百貨店部にファンクラブもあるんだから。」
「え・えぇっ・・・」
「結城さんからみたら、ただのおじさんかもねぇ。今年21だっけ?」
「そうです。」
「20歳以上年上だもんね。ん・・・世代の差をかんじるなぁ。」
今年26歳だっていう先輩が、愚痴る。
「あんまり先輩たちの前で、専務のことおじさんとか言っちゃだめだよ。怒られちゃうからね。」
「気をつけます。」
おじさんなんて思わない。本社ですれ違うときも、山崎専務だけはいつもドキドキしてた。挨拶の声がうわずったら恥ずかしいっていつも思ってた。
売場に移りなさいって言われて、ちょっとだけ躊躇ったのはもう専務の姿を見れないかもしれなかったから。偶然かもしれないけど、こんな風に店舗に来る事もあるんだ。
名前も憶えていてくれたし、沢山話せたし・・・・独身だってことも初めてわかった。左手の薬指に指輪をしてないけど、いまは結婚してる男の人でもそういう人は多いし。

わたしみたいな女の子のことなんて本気になってくれないだろうけど、好きになっても・・・いいよね。





「しばらくはそうして売場で頑張ってたんですよ、結城くんは。」
カラン・・・ 山崎さんのグラスも空いたようです。わたくしもゆっくり溶け出した氷で丸くなったボウモアを、とろとろと舌の上で楽しんでいました。
「次はなにに致しましょうか?」
話し込んでいるわたくしたちに遠慮をしてでしょうか。カウンターの少し離れたところに居たマスターがわたくしのグラスが空いたのを合図にでもしたように近づいてらっしゃいました。
「祥子さんは何にしますか?」
まだしばらくお話は続きそうです。
結城さんという女性のことは、わたくしの興味を引き続けていたのです。
「なにか、おすすめはありますか?」
「そうですね。テキーラはお召し上がりになりますか?ゆっくりお楽しみいただくのなら、よろしければカサノブレ レポサードが手に入りましたのでお出しいたしますが。」
コバルトブルーの手作りの味がある美しいボトルをカウンターに置かれたのです。
「口切りですか?」
山崎さんもこのお酒ははじめてなのでしょうか。まだ一度も開けられてはいないボトルの丸い蓋に興味をそそられたようでした。
「はい、昨日手に入れたばかりなんです。宮崎産のアップルマンゴーがご用意できますから、ご一緒に召し上がられてはいかがですか。」
「美味しそうですね。僕はそれで。祥子さんはどうしますか?」
「わたくしも山崎さんと同じものを。」
承知いたしました、マスターはソムリエナイフでボトルの蓋を開けると2つのショットグラスに薄く色づいたテキーラを注いだのです。




「専務、申し訳ありません。実は人選が遅れておりまして、後任の運転手がまだ決まっておりません。」
秘書課長がそう言って私のデスクに来たのは一昨日のことだった。
常務以上の取締役には、専用の社用車と専任の運転手がつく。運転手は秘書課の所属だった。
私の社用車を運転してくれていたのは、子供時代から気心の知れた父の元部下だというドライバーだっ。その彼もあと二ヶ月で定年する。落ち着いた運転技術が信頼できたし、口も堅い、老練なタイプの運転手だった。
「佐藤さんはいつから有休消化にはいる予定なんですか?」
「はい、来月の20日からと言ってましたが、後任が決まってないならぎりぎりまで出勤するとは言ってくれています。」
「そうですか。佐藤さんはずっと頑張ってくれましたから、できれば有休くらいきちんと消化させてあげたいですね。」
「私もそうは思っているのですが。」
「心当たりがないわけじゃ、ないんだけどね。」
「専務にお心当たりがあるのですか。誰でしょうか。」
「百貨店部の結城くんという入社2年目の女性なんだ。」
「結城さんですか。」
秘書課長はまったくわからないらしい。まぁ、社員が5000人からいれば無理はないだろう。
「入社2年目というと、24歳ですか? そんな若い女性に勤まりますか?」
「いや、22かな。この間、百貨店部の懇親会でゴルフ場まで運転してもらったんだが、なかなかの腕だったよ。真面目そうだし、口も堅そうだしね。」
「はぁ。専務がよろしいのでしたら、人事部長に話してみますが。」
「打診してみてもらえないか。だめなら、また別の人を探さないといけないけどね。」
「はい、わかりました。失礼いたします。」
コメント
以前、スコットランドご出身の指揮者の方に案内されてアイラ島のボウモアの蒸留所見学に行きました。スモーキーな独特の香りが癖になりますね。一時期廃れたウイスキーも楽しむ方が増えて良い事です。タリスカーのダブルマチュアード(シェエリー樽で二段熟成)みたいにもっとスモーキーかグレンリベットの花の香りが好き。祥子さんもいける口?!昨夜はホテル泊まり、バーでだいぶ過ごしてしまいました。
結城さんはお若いのに紆余曲折おありだったのですね。

2006/07/16 21:59| URL | るり  [Edit]
るり様
わたくしもシェリー樽仕込みのシングルモルトが大好きです。
マッカランの25年はお約束のように頂戴しています。
置いてないバーには行かない・・・くらい(笑)。
あとはもうレアになりましたが、ローズバンクも好きですね。
スモーキーなモルトで、葉巻をご一緒に頂戴するのも、美味しいです。

結城さんの物語お楽しみいただけてるようでほっといたしました。
いろいろあって・・・あの初雪の彼女になってるんです。
明日、2話アップして終了の予定です。
どうか最後までお楽しみください。

2006/07/17 00:27| URL | 祥子  [Edit]
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