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夜の帳が降りたあとの美術館いらしたことがありますか?最近は都内にも、ようやくそんな素敵な場所ができました。
わたくしのお気に入りの空間のひとつです。
遅い時間はお客様も少なくて、思うがままに好きな作品を堪能できるので・・・そう数ヶ月に一度はつい足を向けてしまうのです。
秋の長雨がつづいたあの夜もそうでした。
あの日は朝から霧のような雨が切れ間なく降っておりました。
傘をさすほどではないのに、数分歩くとしっとりと濡れてしまう・・・そんな雨でした。
一日をオフィスで過ごしたその日はゴールドのネックレスだけをアクセントに、細かいプリーツだけで構成されたベージュのワンピースを纏っておりました。
ランジェリーはアクセサリーに合わせて、ゴールドを思わせるサテンのセットを選びました。
シンプルなデザインのブラとパンティ。
それに少し長めの・・・まるでそれすらもミニマムドレスのようなスリップ。
ガーターベルトも同じ素材のシンプルなものでした。
雨を少し肌寒く感じたので、出がけにロング丈のトレンチコートを上に重ねたのです。
その日の展示はモノクロの写真でした。
6mの天高を有効に利用した展示室の中は、光と陰だけで表現された写真と同じミステリアスな空間に演出されていたのです。
高層ビルの最上階にあるこの美術館は、不思議な静寂に包まれておりました。
都心の喧噪もこのフロアまではたどりつけないのでしょう。
美術館を歩くわたくしのヒールの音さえ・・・響くように感じたのです。
来場者はこの時間ほとんどおりませんでした。
各展示室には影絵のようなスタッフが、作品のセキュリティのためにひっそりと座っているだけです。
順路通りに作品を見るのです。 遠く・近く・・・ゆっくりと・思う存分時間を掛けて。
最初に足を止めたのは見事なジオラマを映したシリーズの部屋でした。
レンズを通し印画紙に固定することで、フェイクをリアルに変えるという写真家のコンセプトに圧倒されて立ち尽くしていた時でした。
同じ展示室に他の方が入っていらしたのです。
重い足音はきっと男性なのでしょう。その足音がわたくしの隣で止まりました。
180cmはあるでしょうか・・・大きな方でした。
わたくしを一瞥することもなく、隣でじっと同じ写真をみつめていらっしゃるのです。
あぁ・・この写真がお気に召したのだわ、そう思い会釈をしてわたくしは次の展示室に移りました。
世界中のひたすら凪いだ海がいく枚もの写真に収められていました。
あの男性は、この部屋の展示コンセプトを読みふけっているわたくしの後を通り過ぎ、数十枚にもなる海の写真を順に御覧になっていました。
先ほどわたくしが感じた印象は間違いではなかったようです。
どんな方なのかしら・・・わたくしは展示場全体を見渡すふりをして、男性を後からさりげなく観察させていただいたのです。
短めに整えられた髪にワイヤーフレームの眼鏡。エディー・バウアーらしきチノパンにゴアテックスのジャケットを羽織っていました。
どちらかといえばワイルドな印象なのに、その横顔には理知的で繊細な雰囲気すら漂っていたのです。
男性は5枚目の写真で立ち止まっていました。
海と空の境目が光に溶けて、手前の凪いだ海の表面だけが僅かに陰影をつくる写真。
先ほどぐるりと展示場を見渡した時に最初に眼に止まった一枚でした。
わたくしは彼の少し後に立ちしばし写真を見つめました。
そして動かない彼をその場に残して次の写真へと歩を運んだのです。
次に男性のことを隣に感じたのはこの展示の中でただ1枚のカラー写真の前でした。
フェルメールの絵の世界を写真に再現した1枚は、その絵を知るものには驚きの1枚でした。
「きれいですね」
男性の声がしました。
想像していたのと同じ、少し甘いでも太い男性の声でした。
周囲にはわたくししかおりません。
そして男性の眼はその写真だけを見つめておりました。
「ええ」
わたくしはそう短く答えたのです。
その一言だけで動かない男性を置いて、次の展示室へ向かいました。
そこは照明を落とした中で、映像によるコンセプトを説明しているスペースです。
上映時間は10分程度。
会場にはわたくしだけ。ほかには誰も、美術館の職員の姿さえありませんでした。
いくつかあるベンチにゆったりと腰を下ろし、きちんと着込んでいたトレンチコートをくつろげたのです。
流れる映像は実験的なそして美しいものでした。
でもわたくしの頭の中には、先ほどの男性のことしかありませんでした。
長身で大柄でわたくしの好きな威圧感に甘さをプラスした声。
なにをされている方なのだろう、平日の夜、スーツではなくカジュアルウェアで1人美術館に来る男性。
「私もカメラマンなのですよ」
左側のベンチに男性が腰を下ろしました。
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<010101さん>デザインの
艶やかな薔薇のテンプレートを使わせていただきました。
和のイメージの強かった<唐紅>から一転モダンな<21:00>へ。
世界観の違いを感じていただければ幸いです。
2006/02/07 21:20| URL | 祥子 [Edit]
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