緑陰
「いつか行ってみたいと思っているんです」傘の向こうで呟くように言ったあの女性の言葉
都の西の山に入ったばかりのあたりにある
深い・深い緑に覆われた寺
最近は、私たちのホームグラウンドが
東京であることを忘れそうだ
柔らかくなった陽の煌めきをのせる
せせらぎの向こうに広がる庭にあの女性を誘う
「お手間だったでしょう ありがとう」
拝観の予約を取るぐらいの事はなにほどのものでもない
目の前の微笑みを独り占めするためなら
本堂での読経の後
護摩木の表に柔らかに<心願成就>と墨書して
「欲張りかしら?」
と笑みを浮かべた唇から
視線を外すのにどれだけの努力が必要だったことか
黄緑・若緑・常緑・新緑・深緑・青緑・浅緑
ここにはどれだけの緑が存在するのだろう
「まるで地球の縮図のようね」
水と樹と大地と緑
潤い・包み込み・朽ちて・栄養となり・育てる
”まるで貴女のようです”
私は心のなかで目の前の黒髪に向かってそう呟いた
池の中島に渡された橋にも
奥の御堂にも
古人のための小舟にも
私たちは行くことができない
ただ、誰も来ることのできないあの場所で
二人きりで居られたらいいのに
そう夢想するだけだ
日差しの中で
ひっそりとたたずむ山門を抜けると上り道が続く
苔を傷めないようにと選んだヒールのない靴のせいで
ひどく小さく感じるこの女性に手を差し出した
「ありがとう いつも優しいのね」
ほんの少し冷たい指先を壊さぬ様に掴む
「いえ気をつけてください」
あと少し行けばこの庭は終わってしまう
緑陰の園から現世へと
この女性を帰したくなくなっていた
「ここはかぐや姫の物語の場所なのでしょう?」
「そう言われていますね」
「だからかしら、気が澄んでいるわ」
私たちの後ろに横たわる庭は
もうあれほどに人が居たことを忘れたようだ
「わたくしが月に帰ってしまわないように
早くあなたの館に連れて行ってくださいな」
「はい」
この庭に閉じ込める必要などない
もちろん月になど帰さない
この女性は・・・私のものだ
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緑の衣をまとった、”和”の世界。
心洗われるひと刻、ありがとうございました☆
2014/08/21 21:01| URL | 柏木 [Edit] - 柏木様
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ありがとうございました
ただ一色
他に彩りの無い庭園でしたが
振り返ってみると
こんなに豊かだと気付かされました
いつか、ご一緒できたらいいですね♪
2014/08/21 22:45| URL | 加納 祥子 [Edit] -
ほんとうに様々な緑。
しっとりと、心と体に染み入るようです。
いや、私が緑に溶け込んでしまうような…。
祥子様、月からお迎えが来ても、きっと誰もが
全力で止めますよ(^^)
2014/08/24 23:34| URL | りん [Edit] - りん様
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一度は行ってみたかったのですが
事前の拝観申込という壁が高くて
なかなかお邪魔できなかった苔寺さんです
緑一色のお庭は暑いこともあって
なんとなく風情に欠けるような気がしましたが
お写真にしていただくと
しっとりとした風情が漂い
改めてきれいなお庭なのだな・・・と思いました
次は雪の降る頃にでも
なんて申していては月にはなかなか帰れませんね(笑)
2014/08/25 09:37| URL | 加納 祥子 [Edit] -
深緑の世界へ、引き込まれ閉じ込められそうになりました……でも、隣に貴女がいるならば…戻れなくてもいいかもしれない……
2014/08/30 00:23| URL | HAIREI [Edit] - HAIREI様
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ここにずっとと、思いたくなる空気が漂う場所でした。
丸窓の小屋で誰にも見つからないように二人で息を潜めて居ましょうか?
2014/08/30 17:22| URL | 加納 祥子 [Edit]
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