声を・・・
声を掛けようか・・・この5分間で何度同じことを心の中でつぶやいたろうか
すっと背筋の伸びた後ろ姿
滑らかな黒い髪
掻きあげられた髪の向こうに見えた
白い頬とメガネ
左手の文庫本
きっとあの女性だ・・・と思う
電車の中で背中合わせにつり革につかまっているのではなく
向かい合わせに座っていたなら
文庫本から上がった視線を捕まえるだけでいい
あの女性が一人ではなく
だれか友人とでも一緒なら
あの深く響く声だけで確信できたに違いない
声を掛けようか・・・
いや、そもそも私を憶えているだろうか?
憶えていてくれるはず
なんて自惚れた自信なんて持てるはずもない
出会ったのはビジネスの場だった
彼女は時折メガネを外しながら
落ち着いた声で私の会社が投げかける
厳しい条件にひとつひとつ答えてくれた
商談は1時間
名刺交換もした
あの時、私も2〜3質問を投げかけた
彼女は私の目をみてきちんと答えてくれた
ビジネスパートナーとしてという以上に
彼女という人間に好感を持った
飾らない人柄、ふと浮かべる微笑み
大きいわけではないのに心の奥まで響く声
高くもなく低くもなく
澄んで美しい音色が連なる言葉
声を掛けようか・・・
あの声を
私にだけ届けられる声を独り占めしたくなる
恋なのだろうか
いや・・・
何度目かの車両のブレーキがかかる衝撃がくる
そういえばあの女性の住まいは
この路線にあるのだろうか?
そうなら嬉しい偶然だ
私の通勤路線もこれだから
そうだ、声を掛けよう
「失礼します」
記憶にある凛とした声が小さく響く
振り返る前に背中の気配が動いた
いつの間にか車両のドアが締まっていた
灰紬のひと
竹の生い茂るこの石塀はどこまで続いているのかしら散り敷く銀杏の鮮やかな黄色の葉が
まるで無邪気なペルシャ猫のように足許にまとい付く
メールの説明通りならあとわずかのはず
いつもなら必ず宿まで迎えに来てくれるはずの方達が
わたくしを呼び出すのも珍しいこと
あと少し・・・
「失礼します。おひとりですか?」
向かいからいらした男性は着物姿だった
「いいえ、待ち合わせをしておりますの」
「お時間があればお茶でもいかがですか?」
悪びれた風も媚びた風もない
こんなに様になる着物の着こなし
どこの誰にでもできるものではないはず
「申し訳ありません」
「貴女の様な方を一人で歩かせて
声を掛けるなという方が無理だ」
「ご冗談を ふふふ」
こういう時手首に時計がないことを悔やむ
時間がないという合図に使えるのに
「失礼させていただきます」
「いや・・・」
目の前の男性の手が懐に入ったところで
わたくしの肩に手が置かれた
「遅かったですね どうされました?」
「お待たせしてごめんなさい」
石塚さんの目が着物の男性を捉える
「私の連れがなにか失礼でもいたしましたか?」
「いや、あまりに素敵な方だったので
お声を掛けてしまいました。
お急ぎのようでしたので、
自己紹介だけでもと思いまして。
初瀬ともうします」
差し出されたのは
上質の和紙に墨の際立った何の肩書きもない名刺
「わたくしプライベートなので名刺もなくて」
「また、どこかでお逢いするでしょう。
その時まで憶えていていただければうれしいです」
わたくしともう一度視線を絡ませ
石塚さんに黙礼をして
来た時と同じように男性はすっと立ち去った
「やっぱり迎えに行けばよかった」
石塚さんの肩に置かれた手が熱い
「なんでもありませんわ」
「なんでもないことはない
祥子さんを目の前で攫われるところだった」
「もう、考え過ぎです」
腕にまわされた手は
わたくしから一瞬でも離れないと言っているよう
「まさか、ご存知の方ですの?
先ほどの着物の方」
「いいえ」
「だったら・・・」
「今夜は、いや東京に戻るまで一緒です」
「あら、でも・・・」
「ひとりになんて出来ない」
「わたくしが初対面の方についてゆくと思って?」
「思わない」
そうおっしゃったままふっつりと黙り込んだ
穏やかな午後
しんとした空気
届けられた友禅のしっとりとした着心地が
またこの街に来たことを教えてくれる
でもこの街が
いつまでわたくしの
お忍びの街でいてくれるのか・・・
少し不安になった
暗闇の訪問者
「いやぁっ・・・」いつのまにかわたくしの両手は動きが取れない様に縛られていた。
疲れた身体を深い眠りに落とす為に、寝室の照明を全て消したことは覚えていた。
それにしても、見開いたはずの目に映るのは真の闇だけ。
なぜ???
「あぁぁ・・っ だめぇ」
冷静にならなければ、と思う間もなく両胸の頂きからあやしい快感が身体にひびく。
「だれぇぇ・・・?」
濡れて湿った柔らかな感触。這わせられ舐められるだけでなく吸い上げられ甘噛みされる・・・それも左右同時に。
「いやぁ・・はぁぁぁ・・・ん・・・あぁぁぁ・・・」
唐突に始められた愛撫。
それもどう考えても一人ではない。
感じ易いはしたない身体は、縛り上げられた両腕を軸に身悶えを止められない。
拘束されているのは両腕だけなことと、眠る時にまとっていたシルクスリップを脱がされていることに気づく。
「だめっ・・・しちゃぁ・・あぁぁぁ」
左右の白く伸びる脇腹のラインにもいくつもの指が這う。
「ねぇぇ・・・だれなの? あぁっっ・・・」
揺れるGカップの乳房の裾野にも。
くすぐるのではない、でも強く掴むのでもない。明らかな愛撫の意思を持った触れ方。
既に硬くしこってしまっている乳首を舐る舌も止まらない。
「ぁぁぁ・・・いぃぁぁぁ・・・」
眠りに落ちてからどれだけたったのだろう。
このホテルに宿泊して2泊目。
一人で予約していたはずなのに、用意されていたのはダブルルームだった。
広いベッドは左右にいるはずの人の気配を感じさせない。
「はぁん・・・だめっ・・・あぁぁぁ」
自由になる脚を伸ばせば、そこに居るはずの男性を探ることはできるかもしれない。
でも・・・一糸まとわぬ姿にされ、複数の唇と指から与えられる淫楽を受けた両脚をほんの少しでもゆるめることなど出来はしない。
「ああぁぁっ・・・・」
恥ずかしいほどに感じすぎる乳房が恨めしい。
肌を這う指先が、全て男性の舌なのかもしれないと思うほど、もう堪えられないほどにわたくしの身体を淫らに変えていた。
「だぁぁ・・・れぇぇぇ・・・・いやぁぁぁぁ」
感じ易い左の乳首を甘噛みされる。
「いっちゃぁぅぅ・・・」
ぴくんっ・・・と身体が波打つ。
それが合図のように、肌を這う指が増える。上半身だけだった指が下半身へも愛撫を広げる。
「だぁぁ・・・めぇぇぇ・・・ひゃぁぁ・・・」
身悶えとともに震える乳房を這う唇が増えたのが解る。
硬く閉じた太ももの狭間から蜜が伝い落ちるのを感じる。
こんなわけの解らない状況の中で、のぼり詰めようとしてゆくこの身体がうらめしい。
「はぁぁっ・・・やぁぁぁ・・・・」
左右の乳首を吸い立てられ舐られる。
「いくぅぅっ・・・・」
身体の芯を甘い響きが駆け抜けてゆく。
「いっちゃ・・・・ぅぅぅぅ だめぇぇ・・・・」
無数に這う指が淫楽を増幅させる。
「あぁぁ・・・いっくぅぅぅ・・・・」
白い身体を大きく反らせ身奥を走りぬける快感に身を浸す。
「あぁぁっん・・・ だ・・めぇぇぇ・・・・」
おおきく喘ぐ胸と身体から一斉にすべての感触が去っていた。
「だれなの?」
快楽の余韻が抜けない身体は幾度もぴくんと震えつづける。
「だれ?」
人の動くなんの気配もしない。
あいかわらず見開いた瞳に映るのは暗闇だけ。
きつく縛められ引き上げられた両手首に巻き付けられたシルクの感触はそのまま。
「あぁっ・・・だめっ・・・」
しっとりと濡れた感触が左の乳房を襲う。
落ち着きかけた官能が再び煽られる。
「いやぁぁ・・・・ゆるしてぇぇ・・・・」
先ほどまでとは違う一ヶ所だけの愛撫はだからこそ深く身体の芯を揺さぶる。
「だれなぁ・・・のぉぉぉ? はぁぁぁんん・・・」
喘いだ唇にワインの香りの唇が重ねられた。
「ん・・・っくん・・・」
甘く冷たい白ワインとなにかが流し込まれる。小さな錠剤のようなものを飲み込んでしまう。
「なにっ!」
同じ唇がわたくしの言葉をふさぐ。
ワインの香りのキスはとても巧みだった。
柔らかな舌がわたくしの口内を探る。
「ん・・・んんん・・・ぁあぁぁんん」
左の乳房と唇だけを愛撫していたはずなのに、いつの間にか今度は複数の腕がわたくしの脚を開き濡れそぼった真珠と花びらまであたたかな唇と舌に覆われた。
「だめぇぇっ・・・」
閉じようとする両膝をぴくりとも動かすことは許されなかった。
「あぁぁ・・・ん・・・・」
唇を解放されたと思った途端に、右の乳首に舌が這う。
「やぁぁ・・・・ああぁん・・・だめぇぇ・・・」
身体を流れる淫靡な響きが花びらの奥から蜜をしたたらせるのがわかる。
「しないでぇぇ・・・あぁぁ・・・はぁん・・・」
先ほどの両乳首への舌の愛撫とは違う。
確実にわたくしをのぼりつめさせるための舌使い。
そしてもうひとつの唇がふくらはぎを這う。
「あぁぁっ・・・やぁぁぁ・・・・だめ・・・・はぁぁぁん」
もういくつの唇と舌に身体を貪られているのかもわからない。
じゅるるる・・・
「やめぇてぇぇ・・・はぁぁん・・・」
つよく吸い上げられる花びらと真珠への刺激と恥ずかしい水音がわたくしをさいなむ。
「あぁぁん・・・・もぅ・・だめぇぇ・・・・」
押さえ込まれた両脚のせいで身悶えも出来ない。
白く柔らかな腹部を波打たせるだけしかできず、その薄い皮膚にも熱い舌が這う。
「あぁぁ・・・ん・・・・ いっちゃぅぅぅ・・・・・」
いくつもの唇の愛撫が強まってゆく。
甘噛みが愛撫に加えられる。押し付けられる舌の感触が熱が強くなる。
そして這ってゆくその場所から確実な快楽が注ぎ込まれる。
「はぁぁん・・・ん・・・あぁぁぁ・・・ゆるしぃてぇぇぇ・・・」
快感の芯を全て舐られ吸い上げられる。
「ああぁぁ・・・いぃぃっ・・・」
堪えられない身体が反ってゆく。
「いくぅぅっ・・・・いっちゃ・・ぅぅぅ・・・」
唇だけだった乳房への愛撫に男性の指が加わる。淫楽をためこんだ乳房を唇と舌を離してもくれずつよく揉み立てる。
「はぁぁ・・・だめぇっ・・いくっ・・・」
花びらを舐め上げていた舌が狭間へと入り込んでくる。
「いっちゃぅぅぅ・・・いくぅっ・・・」
はしたなく大きく膨らんだ真珠を吸い立てねぶる動きに、がくがくと震える身体を抑えることもできないほどの快感がわたくしを襲った。
「いいぃぃっ・・・いっちゃぅのぉぉぉぉ」
絶頂の頂きにのぼり詰めた瞬間、わたくしの意識はふつっと途絶えた。
色に出にけり
恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり人知れずこそ 思ひそめしか
しのぶれど 色に出でにけり わが恋は
ものや思ふと 人の問ふまで
滝の音は 絶えて久しく なりぬれど
名こそ流れて なほ聞こえけれ
どれが一番幸せなのかしら・・・
元気ですか?
あなたがもしいなくなっていたらそう思ったら
居てもたってもいられなかった
「元気ですか?」
そうメール出来るなら
なんの不安もなかったに違いない
一切連絡をしない
それがあなたとの約束だったから
とてもとても不安になった
わたくしの知らないうちに
あの人はいなくなったりしないわ
スポーツマンだったし
あの人を何より大切にする
奥様が居るのだし
どれだけ繰り返しても
消えない不安から逃げるように
インターネットの空間に
白い指先を伸ばす
あの人の名前と職場
してはいけない
という心の声を聞きながら
Google の検索釦を押す
あぁ
そこに見つけた名前に
何故か一筋涙が流れた
無機質な文字列にさえ
愛しさを覚える
安堵が私を勇気づける
何の確約も示さない
ただの文字列なのに