良いお年を
街からクリスマスの彩りが消えた朝新年を迎える支度が整い始める
皆様 良いお年をお迎えくださいませ
聖なる夜に
寒さが一入厳しくなった朝庭の灯台躑躅が紅く染まった
それまでの緑の庭では気づかなかった
南天の白い実が
星のようにきらめく
「ここにお迎えするか」
独り言ちた声が浮き立っていることに
かすかに頬を染めてしまった
またあの夜をもう一度繰り返せるのなら
どんな手間も惜しくはない
秋雨の間に
例年なら青空が専売特許のような季節なのに今年は雨が長引いていた
鬱々とした気分で珍しくかけた電話に
あの女性は「秋雨もいいものですわ」と
いつもの声で囁いた
だからここに誘うことにした
まだ紅葉には早いはずなのに
ほんのりと染まった一枝が二人を迎え
足元には名残の萩が小動物のように戯れる
今日この女性をここにお連れしたのを
喜んでいるかのように
「見事な竹林ですね こんなに何種類も」
「ええ庭師の自慢の一つです」
金明孟宗竹、黒竹、孟宗竹、亀甲竹
いつもの歌うような声で竹の名前を
一つずつゆっくりとつぶやく
俺にはもう愛語のようにしか聞こえない
結い上げた黒髪と大島の肩に大粒の雨が落ちた
「庭は明日でも逃げないから
もう部屋に行こう」
差しかけた和傘の下でしなやかな香りが
やんわりと俺の体に寄り添う
ああ 今夜はあの竹のように
この柔らかい身体を縛り上げたい
人払いをした応接で
彼女を座らせることもせず唇を奪った
目の前の大粒の雨も
夏の名残の芙蓉の花も
秋の深まりを告げるツワブキの花も
彼女の眼には見えていない
このまま塩瀬の帯を解きたくなる欲望が
秋雨よりも激しさを増した
秋の花火
誘われたのはお昼と呼ぶにはまだ早い時間。「駐車場が遠いから、少し早い昼食をとって出かけよう」
そう微笑んだ4人の紳士たち。
「今日はどちらへ?」
「桜川までです」
ハンドルを握る望月さんが優しい声で教えてくださった。
「晴れてよかったね」
隣に座る山崎さんはわたくしの手をすべすべの手で包み込んだ。
「全国の煙火店が参加する花火競技大会なんですよ」
日の暮れかける桟敷席で地元の仕出し弁当をいただきながら
美貴さんが口にする。
わたくしの知る中でも極めて大きな規模の花火大会である。
「お席を確保なさるのも大変でしたでしょう
いつもありがとうございます」
「祥子さんが喜んでくださるならそれでいいんです」
きっと石塚さんがご手配くださったのでしょう。
「花火の後に美味しい食事をご用意しています
軽く召し上がってください」
予想以上に気温の上がった宵に相応しい
爽やかなスパークリングワインとペリエを
望月さんは屋外の桟敷席では贅沢なグラスに注いでくださった。
さすがに全国的な競技大会だった。
一般的に尺玉と呼ばれる10号玉と新作の創造玉
スターマインのみで競われ95プログラムあるという。
登ってゆく光と音に心誘われ
尺玉の幾重にも重なる色が見事に真円に光る。
風は微風。
「花火にはベストなコンディションだね」
グラスにロゼワインを注ぎながら美貴さんが耳元で囁く。
「ええ、花火を観るには嬉しいお天気ですね」
「これはとっても繊細なプログラムですね」
レースのワンピースの袖を山崎さんの指が撫でてゆく。
「だめっ」
後れ毛を後ろに座る石塚さんの指が無言で搦めとる。
スターマインは1プログラム毎に大きな盛り上がりを見せる。
煙火店のセレクトした曲とイメージに合わせた花火を組み合わせて
新たな景色を創り上げてゆく。
「こんなに豪華なのにまるで線香花火みたい」
「祥子さんは可愛いことを言う」
口ではそう言っていたものの
わたくしは微かな火薬の香りと
花火が上がるたびに起こる炸裂音に体の芯を揺さぶられていた。
「連休は始まったばかりだからな
二日間俺たちとゆっくりしてくれるよな」
背中をがっしりとした石塚さんの腕が抱きとめる。
「あん・・・」
声がかすれてしまったのを気づいたのは石塚さんだけならいいのに。
花火の赤い光がハートを夜空に刻んだ時
四人の男性の視線が
わたくしの唇に集まったことに気づいた。
秋の気配
残暑の日差しの気配が残る休日山のリゾートへあの女性を伴った
いつもなら車だがここ数ヶ月の激務もあり
早朝の高速バスを選んだ
まどろむようにひっそりと
二人寄り添って過ごす2時間も新鮮だ
庭園はコスモスとクリスタルの薄
秋がそこまで来ているのが実感できる
あの女性の髪が風に流れて
俺の頬を撫でるだけでふっと高ぶる
「あら、赤蜻蛉」
クリスタルの薄の先にふわりと鮮やかな<赤>
「アキアカネかしら?」
「ん〜あれはコノシメトンボかな」
「詳しいのね」
「そうでもないさ」
彼女の微笑みにトンボがふわりとその身を舞い上げた
水面に光るクリスタルの薄の向こう
今夜の宿に俺の気持ちはもう半分動いている