銀幕の向こう側 11
「良くやったね。」男性はカーペットの上に座り込んでしまったわたくしの手から、指を一本一本引きはがす様にして・・・房鞭を取り上げたのです。
男性の手を縛めていたシルクのスカーフは、痛みを堪えようともがく腕の力で既に緩んでいたようです。
力つき、涙で貼り付いたわたくしの髪を頬からはがすと、男性の手は優しく頭を撫でてくださいました。
精も根も尽き果てたわたくしは、男性の立てた膝に甘える様に頭を持たせかけてぼうっ・・・としていたのです。
「君は綺麗だね。こんなになるまで哀しみを溜め込んでいるのに、恨み言一つ零しはしない。」
男性の指がわたくしの頬を拭います。
「こういう時、女性ほど目の前にもう居はしない男を罵倒しながら鞭打つものだ。それだけ怒りと哀しみを露にしたほうが気が済むんだろう。身も世もなく大声を上げて泣き叫ぶように、ね。」
この方は、いったいどこでそんな光景を目にしてらっしゃったのでしょう。
「なのに君は一言もそんなことを口にしない。黙ったまま、押し殺したままで君が鞭を振るう姿は、凄絶なまでに綺麗だったよ。」
「ぁぁっ・・・」
わたくしは男性の胸へと頽れてゆきました。
何も言わず、男性は抱きしめてくださったのです。
わたくしの嗚咽が止まるまで・・・優しく・・・抱きしめて・・・。
助け起こして下さるとわたくしを男性のベッドの上に横たえたのです。
「いいこだ。君は極上のMだね。」
男性の唇はそう左の耳元で囁くと、わたくしの頬の涙の跡を舐めとっていったのです。
「鞭を振るいながら、鞭打たれる痛みをその身体に感じている。こうして泣き出すほどに、ね。」
再び、耳元で呪文のような言葉を口にしながら、わたくしの耳朶を甘噛みしたのです。
「・・・ぁっぅん」
惚けていたわたくしの中に、甘やかな痛みが流れ込んできたのです。
「ただ、打たれるだけじゃない。打たれているという行為をきちんと頭脳で理解していないと、あんなに早く鞭を使いこなせはしない。こんなに、見事なMを手放すなんて私には全く考えられないことだよ。」
「ゃぁ・・・ん」
男性の左手は、わたくしの堅く立ち上がった乳房の先端を着衣の上からいらっていたのです。
「いずれ、あの男は取り返しのつかない後悔に苛まれることになる。君が何をしなくても。だから、もう哀しむんじゃないよ。いいね。」
「はぁぁ・・・ぁい」
ロングヘアをかきあげて、巻貝のような耳介の内部にまで舌を這わせてゆくのです。男性の左手と口唇の動きだけで・・・わたくしはぴくんと身体を反らせてしまいます。
「いいこだ。感度も良好だね。こんな、極上のMだとは思ってなかった。どうしても君を味わってみたくなったよ。」
室内に流れるシャンソンを消す事がないほどの微かな囁きを、男性はわたくしの左耳に送り込むのです。
「私は無理強いはしたくない。君が嫌ならこれ以上はしない。君は、どうしたい?」
今日初めてお逢いした時に聞いたのと同じ、男性の柔らかくて丸い良く通る声は・・・わたくしの身体の芯まで響いたのです。
「おねがい・・・忘れさせてください。」
男性の唇に・・・わたくしは自分から口づけていったのです。
銀幕の向こう側 12
「わかった。待っていなさい。」男性はわたくしの隣に寄り添っていた身体を起こすと、煌煌とついていた部屋の灯りを少しずつ落としていったのです。
次にわたくしの側に戻って来た時には、先ほどわたくしが男性を括ったあのシルクスカーフを手にしていたのです。
ベッドの上の男性のバッグを、ワインをいただくのに座っていた長ソファーに置くと、わたくしの頭を彼の膝に載せたのです。
「信じて、くれるね。」
ブラックのメタルフレームの眼鏡が似合う男性の眼をみつめながら、わたくしはこくんと頷きました。
次の瞬間、わたくしの視界は柔らかな闇に覆われました。
シルクスカーフが、わたくしの目元に巻き付けられたからです。
「きつくないかい。」
「はい。」
男性に視界を奪われた不安よりも、わたくしは子供の様に泣きはらした眼を見られずに済んだことに、ほっとしておりました。
「嫌な事や、不快なことがあったら言うんだよ。決して無理強いはしないからね。」
「はい。」
この方の言葉を・・・お持ちになっていたものを思えば、男性がとても深いS性をお持ちでらっしゃることは想像できました。
わたくしを包み込むほどに大きなS性。
わたくしの後頭部に手を添えると、ベッドヘッドから引き出した枕をあてがってくださったのです。
「ありがとうございます。」
少し楽になった体勢に、小さな声でお礼を付け加えたのです。
「君はいいこだね。」
わたくしの頭を少女に対する様に一撫ですると、男性がベッドから降りられるのがわかったのです。
ギ・シ・・・ 次にベッドが小さくきしんだのは、わたくしの脚元でした。
なんの言葉もないままに、男性の手が黒のレースに覆われたわたくしの膝に置かれました。
「君が貞淑なのは、この膝を触れただけで良く解るよ。」
膝小僧をまぁるく男性の手が撫でるのです。
「人目のある電車の中でさえだらしなく膝を開いて座る女性を見ていると、それがどんなに美人でも誘う気も起きなくなる。その女性の下半身だけでなく貞操観までもが緩んでいる気がしてね。」
男性の手は右の膝から左の膝へと動いてゆくのです。
「でも、君は違う。ベッドに横たえられて、身を任せると決めているのにきっちりと力を入れて両脚を揃えている。私しか見るものがいないのにね。」
男性の視線は、きっと自在にわたくしを観察なさっているのでしょう。
「ふふ、貞操観と羞恥心が欠けているただ淫乱なだけの女性に、私はどうしてもMとしての魅力を感じられなくてね。」
男性の手がゆっくりと膝から離れてゆきます。
「力を抜いてごらん。不安なら少しづつでいい。」
男性の手が触れたのは膝の裏でした。
「そう。いいこだ。少しだけ膝を立ててごらん。君が楽にいられるくらいでいいからね。」
膝を立てる・・・男性の座ってらっしゃる場所が解らないのです。スカートのまま膝を立てるというはしたない行為を、わたくしは躊躇しました。
「大丈夫だよ。このくらいなら、辛くないかい。」
「はい。」
男性の手がわたくしの左膝だけをほんの少しだけ押し上げました。
脚を開くことが出来ずに、わたくしは膝頭をつけたまま両脚を男性の言う高さにまで上げたのです。柔らかな素材で出来たスカートがずり落ちることのない・・・その高さは、わたくしを安心させました。
「いいね。動くんじゃないよ。」
レースと膝の間に男性の手を感じたと同時に・・・つ・つっ・・っとスカートがたくし上げられていったのです。
銀幕の向こう側 13
「あっ・・・」わたくしは思わず両脚に力を込めてしまいました。そんなことをしても・・・スカートの動きを止めることなんて出来ないと解っていても。
男性はわたくしの動揺に気付いていらしたと思います。なのに、手を止める事無く、ガーターベルトの留め具のあたりまでスカートを引き上げていったのです。
太ももの露になったあたりに、エアコンで心地よく冷やされた空気が触れました。
「やっぱりガーターで吊っていたんだね。このストッキングはシルクかい。」
男性の指はストッキングと太ももの境目を、右脚からゆっくりと辿ってゆきます。
「は・・い・・」
「肌に陰影を加えるだけのような上品な黒。なかなかお目にかかれないからね。それに、こうして何も無いはずの日常からガーターベルトを愛用している女性にもね。」
暖かな指は左脚へと動いてゆきます。わたくしはほんの少し身じろぎをしてしまいました。
「動くんじゃない。」
柔らかくまあるい声は、叱責すらも優しくわたくしの心の底に届けるのです。
視界を奪われたいま、わたくしが男性を確認できるのはこの声とわたくしに触れる男性の指の感触だけになっていました。
「言う事を聞かなかった罰だよ。」
男性の指は一旦太ももから離れると、たくしあげたスカートの中程をつまみ一気に脚の付け根までまくり上げていったのです。
「ぃゃ・・・」
今日はスリップではなくキャミソールを選んでいたのです。いつもならスカートの下、もう一枚わたくしの身体を覆うべきランジェリーが今夜に限ってなかったのです。
「藤色のサテンに黒のレースだね。ストッキングの黒とあいまって、君の白い肌が一層綺麗に見える。ランジェリーはいつもセットなのかい。」
男性は指一本触れてはおりませんでした。
ですが・・・わたくしの太ももを・・その狭間を覆うランジェリーを見つめるその視線を感じずにはいられませんでした。まだブラウスに覆われた胸元にも這った視線は・・・目隠しをしたわたくしの顔へと、答えを求めて登ってきていました。
「・・・はい。」
自ら身に付けているランジェリーを告白するような恥ずかしさに、目隠しの下に半ば隠された頬を赤らめてしまいます。
「そんなに恥ずかしがらなくていいよ。素敵なことだ。こうして装いの下のランジェリーまで日常的に気を配れる大人の女性はなかなかいない。」
捲り上げられたスカートの前裾だけを、男性の指はもう少し引き上げます。そんなにされては・・・ガーターベルトとパンティが・・見えてしまいます。
「・・・ぁん」
「黒のレースとのコンビなんだね。私はてっきり黒のレースのランジェリーなのだと思っていたよ。ランジェリー姿の君が見たくなってしまった。」
「ゆるし・・て」
このままの姿でも充分に恥ずかしいのです。
なのに・・・ランジェリーだけの姿を早々に晒さなくてはならないなんて・・・わたくしはまだ、はい とは言えませんでした。
「いいね、その羞恥の表情。それに声までも染まっているよ。こんなに艶めいた羞恥にまみれた声はそうそう聞けるものじゃない。それもまだスカートをまくり上げただけなのにね。」
ギシ・・・ 脚元から男性の重みが消えてゆきました。
わたくしは、軽く膝をまげスカートをたくし上げられた姿勢のままでじっとしておりました。
男性は室内履きすら脱いでいるようです。ホテルの室内は、敷かれたカーペットのせいで足音も聞こえません。どちらにいらっしゃるのか、まったく解らない男性の、それでも熱い視線だけは感じ続けていたのです。
銀幕の向こう側 14
ギ・シ・・・ 今度はわたくしの右腕に男性のスラックスの膝を感じました。「いいこだ。その従順さはとても魅力的だよ。私が居てもいなくても、命じられた姿勢を変えない。些細なことかもしれないが、そのほんの少しが守れない女性も多い。」
男性の左手がわたくしの右の頬を愛おしげに触れてゆきます。
「辛かったら膝を下ろすかい。ただ、そのままではスカートが皺になってしまうからね、その時は言いなさい。スカートを私が脱がせてあげよう。」
「いえ・・・だいじょうぶ・・で・す。」
わたくしは首を横に振りました。スリップを来ている時ならいざ知らず・・・下半身が露になってしまうキャミソールしか身に着けていないのにスカートだけを脱ぐ・・・そんなはしたない姿になるわけにはいきません。
「そうか。辛かったら楽な角度にしたらいいよ。私はここにいる、だったら恥ずかしくないだろう?」
脚元から覗かれることがないなら・・・多少膝を高く曲げても・・・淫らな姿を晒す事にはならないでしょう。
「はい、失礼いたします。」
わたくしは素直にそうお返事して、もう少しだけ膝を立てたのです。
男性の指が次に触れたのは、デシンとレースの黒のフリル襟に包まれた白い胸元の肌でした。
「少し火照っているね。」
鎖骨の合わせ目から顎先へと上って行った指先は、唇の上を一瞬彷徨うと、つつっ・・・と深く切れ込んだ胸元の第一釦の位置まで下りてゆきます。
横たわっても、隙間無く柔らかな乳房が寄せられたその場所には・・・たしかに汗ばんでいたかもしれません。わたkしの、想像以上に、鞭を打つという行為は体力と精神力を消耗させるものでした。
「あん・・はずかしい・・・」
汗をかく・・・この時期ならば当たり前のことでも、その生理的な事実を男性に知られるのはとても恥ずかしいことでした。
一緒に過ごしてくださる男性には、できるだけいつも一番綺麗なわたくしをお見せしたかったからです。
「ここだよ。」
男性がブラウスのフリルの襟に指先をほんの少しだけ潜り込ませるように、左の乳房のふくらみの上を這わせてゆきます。
わたくしは男性が何をおっしゃっているのか・・・一瞬わかりませんでした。無言のまま、シルクスカーフで目隠しされた頭を傾げてみせたのです。
「ここの部分の黒のレースが、映画館で君が私を席に通す為に立ち上がった時に目に入ったんだ。」
「あっ・・」
少し前屈みになって<I-5>の席から立ち上がった・・あのとき。
「薄暗い映画館の客席でも、ここの凝ったレースと君の白い肌は・・・くっきりと良くわかったよ。」
「ゃぁ・・」
思わず、胸元を覆おうとした左手を、男性の左手が押さえ込みます。
「動くんじゃない。」
男性の静かで断定的な声が響きました。その声に、ピクっと身を震るわせてわたくしは左手の力を抜いたのです。
「いいこだ。君のその従順さが愛おしいよ。心配しなくていい、君の装いは完璧だよ。下着を見せる事をファッションと勘違いしている馬鹿な女性だとは思っていない。」
ひんやりとした感じすらする指先はブラウスの襟と肌の境目をゆっくりと行き来しつづけるのです。
銀幕の向こう側 15
「きっと、私でなければ気付かなかったはずだ。それほどに綺麗に装いと同化していたから、黒のレースのランジェリーだと思ったんだよ。」「ぁっ・・・」
ぷちっ・・・ ブラウスの第一釦がループから外されるのがわかりました。
「そうこの藤色。君が着ていたカーディガンと同じ色だったね。」
「はい・・」
ようやく男性の言葉が、独白なのか質問なのかが・・・少しずつわかってきました。問いかける時は、存在感のある男性の言葉の終わりが必ずわたくしの顔に向けて直接投げかけられるからです。
こんな僅かな声音の違いは、きっと目隠しをしていなければ気付かないままだったことでしょう。
視界を奪われて時間を過ごすごとに・・・肌だけでなく、聴覚までがいつも以上に敏感になってゆきました。
「ふふ はじけそうだね。」
ぷちっ・・・ Gカップの頂きの中央にあった第二釦が、言葉通りはじけるように・・・はずされました。
一方的に視線に晒されてゆく恥ずかしさに、わたくしはふるふると首を横に振ったのです。
「綺麗だよ。キャミソールまで揃いのものを身に着けているんだね。最近はブラジャーの上にそのまま衣服を身につける女性も多いが、こういう時私の期待を高めてくれるのは、君のような慎ましやかな装いをしている女性のほうだよ。」
ぷちっ・・・ 第三釦が外れました。ランジェリーにつつまれた乳房にそっとよりそっていたレースとデシンは、ラッピングが開かれる様に・・・ふわっ・・・とわたくしの腕の上に落ちてきたのです。
この方は、どれだけの数の女性のこんな姿をご覧になってきたのでしょうか。
「みないで・・ください。」
まだ1枚たりと剥ぎ取られてはいないのに、衣服を乱されてゆくその過程を男性に見つめられるいたたまれなさに・・・わたくしは苛まれておりました。
「謙遜することはない。こんな風に着衣を乱されても、君には<端正>という言葉が似合う。<端正>だからこそ、もっと乱したくなる。」
ぷちっ・・・ 第四釦が外されました。もうスカートのウエストラインまでもこの方の眼にさらされていることでしょう。
こんな姿にするくらいなら、いっそブラウスの最後の釦も外してしまってください・・・とわたくしは、思わず口にしそうになって・・・慌てて下唇を噛んだのです。
男性の手は藤色のサテンに包まれたわたくしの腹部を、揃えた指でやさしく触りはじめました。
「だ・め・・・そんな・・ところ・・」
わたくしは、2度の言葉で封じ込められていたにも関わらず、身を捩るようにして・・・男性の手から逃れようといたしました。
お若い女性とは違うのです。筋肉の上には柔らかな脂肪が・・・年相応に乗っているのです。決して男性に誇る様に晒して、愛撫をねだる場所ではありません。
「動くんじゃない。いや、どうせ私の手からは逃れられないんだ、そうして動いて君の筋肉のしなやかさを私に味合わせてくれてもいいんだよ。」
「ゃぁぁっ・・・・」
「多くの男は・・・いや誤解を招くといけない。少なくとも私にとったら、と言い換えた方が正解かもしれないが、薄くて・堅い身体にはあまり興味がない。筋肉の動きを柔らかなボディランゲージに変えるこの身体は魅力的だ。ぴったりと胴を覆う藤色のサテンが、君の身体の起伏をいっそう鮮やかに私に教えてくれているよ。」
男性のこの言葉に、わたくしは身を捩り男性の手から逃れることさえ・・・諦めざるを得ませんでした。