銀幕の向こう側 16
「君の一番の魅力は、君の精神性にある。深く君自身に根ざしたM性と、日本女性の美徳を代表するような慎ましさだよ。」ぷちっ・・・最後の釦が外されたのです。柔らかな黒のブラウス素材はするり・・とわたくしの身体の左右に落ちていったのです。
「ぁぁ・・・」
衣服を男性だけに見つめられながら刻一刻と剥がれてゆくことへの切なさに・・・きつく閉じたわたくしの唇からはため息のような声が漏れてしまうのです。
「だけどね、君の白い肌の下に適度に載ったやわらかな脂は、私の官能を優しく刺激してゆく。」
上半身にあったはずの男性の手が、いつの間にか・・・ストッキングの上のむき出しの太ももに触れたのです。突然の冷たさに、わたくしはまた声もなく、ピクンと身体を震わせてしまいました。
「君のここで・・」
男性の揃えた指が・・・わたくしの立て膝をしてきつく閉じた太ももの間に押し込まれてゆきます。
「君のここだけで、逝った男もいただろう?」
男性の指が・・・まるで昂った塊のようにゆっくりと抽送されるのです。その感触は・・・昨年の夏の・・・地下鉄での陵辱の記憶を蘇らせたのです。
「返事は!」
「・・・は・い」
「ん、いいこだ。君の身体がぎすぎすなら、誰もこんなところで逝く事なんてできやしない。ここにも・・」
男性のもう片方の手指がランジェリーをくぐって、左の乳房に直に触れるのです。
「ここで男性を愛撫して、逝かせたこともあるのだろう?」
「・・・はい」
「この白い肌に・・」
乳房に触れていた男性の指が抜かれ・・・わたくしの露な胸元を這って・・・首筋から・・・わたくしの唇へと・・・
「熱い迸りを振りかけることが出来た幸せな男もいたはずだね。」
「は・い・・・」
ちゅく・・・ わたくしは唇の上に留まった男性の指先に、軽く舌を絡めたのです。
「いいこだ。」
指先の感触に気付かれたのでしょうか。思わず微笑まれたようなお声がして、すっと指が引かれたのです。
「君の肌の滑らかさは、私のような男には何ものにも代え難い価値がある。自信を持ちなさい。」
こくん と頷いたわたくしを確認したように、白い太ももを嬲っていた指も・・・ゆっくりと抜き去ったのです。
「君の洋服を皺だらけにしてしまいそうだ。起きられるかい?」
目隠しをしたままのわたくしの首筋に手を添えると、上体を起き上がらせてくださいました。
ギ・シ・・・ 男性がベッドから離れられたようです。
「こちらに脚を下ろしなさい。」
次に男性の声が聞こえたのは、わたくしの左側からでした。膝を曲げたままの脚に手を添えると、わたくしの身体を45度回転させ、立ち上がらせたのです。
「いいね。」
右の耳に囁くと、フロントの釦がすっかり開いたノースリーブのブラウスの肩を下ろしてゆきます。デシンのブラウスは私の背をゆっくりと落ちて・・・両の手首から抜け落ちてゆきました。
「そのままでいなさい。」 男性の声がわたくしの前を通って左側へと移ります。
わたくしの左の手首をご自分の肩に載せると、スカートのウエストのスプリングホックを・・・そしてファスナーを引き下ろしていかれたのです。
「あっ・・・」
黒のデシンとレースでたっぷりとフレアを取ってあるスカートは何の抵抗もなく足元に落ちてゆきました。
「こちらに来なさい。」
男性は、肩に載せたわたくしの手を引くと、目隠ししたまま・・・お食事の時に男性が座っていらした1人掛けのソファーの方へと導いてくださったのです。
銀幕の向こう側 17
明かりが落とされているとはいえ、カーテンは開いたままでした。お部屋の中を藤色のサテンに黒のレースでトリミングしたランジェリーとガーターストッキングだけのはしたない姿で歩いていることに・・・わたくしは、とまどっておりました。
見えないだけ・・・妄想は止めどなく広がってゆきます。
ここに座って待っているんだ、と目隠しのままのわたくしを1人掛けのソファーに導きました。
「しかたないね。恥ずかしいのならこれを羽織っていなさい。」
次第に・・・羞恥に俯いてゆくわたくしの顔に男性は気付かれたのでしょう。男性は、今夜彼が着ていたワイシャツらしきものを手渡したのです。
「はい、ありがとうございます。」
心地よいオックス地のシャツに両手を通すと、わたくしは前を掻き合わせて1人掛けのソファーに手探りで腰を下ろしました。
わたくしを1人にしている間、クローゼットの扉が開かれ数本のハンガーが当たる音がいたしました。それから・・・カチャカチャ・・という音も。
声も、足音もいたしませんでしたが、それらの音と気配だけが男性が忙しく立ち働いていらっしゃることがわかりました。
本来でしたらわたくしがしなくてはならないことを、男性にして頂いているのがとても心苦しく思えたのです。
でも・・・ここで待って居なさいとおっしゃったのです。
わたくしは男性の言葉通り、背筋を伸ばし脚を揃えて1人掛けのソファーに座っておりました。
「待たせたね。寒くはなかったかい。」
室内に響いていたいくつかの生活音が収まると、次に聞こえたのは男性の声でした。わたくしに触れることはせず、でもお声だけはちょうど真正面からいたしました。
「はい。シャツをお借りしたので、大丈夫です。」
「そうか、ならよかった。」
男性の立てる物音だけに集中していたこの数分間。ひたすら、次になにが起こるのかと聴覚に意識を集中していたせいでしょう。
わたくしは他の何かを感じることも、考えることもしないでいられた様です。
エアーポケットに入り込んだ後のように、意識がすっきりとしておりました。
哀しさも、恥ずかしさもなにもかも忘れて・・・わたくしは、男性の声だけを待っていたのです。
戻ってらしても、まだ目隠しを外してはくださいません。
まだ・・・男性は今夜の戯れを終わらせるつもりがない・・・ことだけは、わたくしにも解りました。
泣きじゃくるわたくしを、先ほどベッドに横たえたのはこの方でした。
これから先の続きをなさるなら、きっとベッドの上だとわたくしは勝手に思い込んでいたのです。
それでしたら、せめてベッドへ連れて行って頂こうと、ふらふらと1人掛けソファーから立ち上がったのです。
「あぁ、立ち上がらなくていいよ。」
男性の声で、わたくしはもう一度ソファーへと腰を下ろしました。
「そう、そのままでいい。そこに腰を下ろしていなさい。」
「はい。」
「やっと、泣き止んだみたいだね。」
「・・・はい、ご迷惑をお掛けしました。」
目元を覆うシルクスカーフの目隠しはそのままに・・・わたくしは、男性の声のする方へと姿勢を正し真っすぐに向いて落ち着いた声で話しかけました。
銀幕の向こう側 18
「いや、大人の女性があんなに可愛く泣きじゃくる姿を見させてもらえて、私は幸せものだよ。」「お恥ずかしい・・わ。」
「君は泣きじゃくる姿も綺麗だったからね。」
普段は涙を見せることなどほとんどありません。
もっと言えば身も世も無く泣きじゃくったことすら、今夜お見かけしたあの方とお別れした夜に独り自宅のベッドで・・・が最後だったと思います。
蘇った記憶に、背筋を伸ばし・きりりと前を見据えていた顔を、わたくしは思わず伏せてしまったのです。大人にはあるまじき極めてプライベートな行ないを言葉にして指摘された恥ずかしさも、ありました。
「顔を伏せるんじゃない。」
「・・・はい。」
その甘えを、男性は許してはくれませんでした。
わたくしは男性の声に応え、素直に顔を上げたのです。
「そう、女王のように毅然と顔を上げてなさい。君にはそれが似合う。」
「・・はい、恐れ入ります。」
スカーフで目隠しをしたまま、ランジェリーに前を開いたままの男性のワイシャツを羽織っただけ。黒のストッキングの足元は裸足できちんと揃えて座っている。
その姿は女王というよりも、囚われ・競売に掛けられる前の奴隷というほうが似合っているのではないでしょうか。
そんな姿でも、男性は<女王>のようだと仰って下さるです。
せめて姿勢だけでも、その言葉に相応しく居たいと・・・わたくしは一層背筋を伸ばしたのです。
「シャツを脱いでごらん。」
1人で待つ間、恥ずかしいならと着ることを許された男性のワイシャツを、剥がれる時がきたのです。
「・・・はい。」
わたくしは少しだけ浅くソファーに座り直すと、左右のカフスの釦を外して、男性からお借りしたシャツを脱ぎました。
「ありがとうございました。」
手探りでざっと袖だたみをすると、男性の声のする方に向かって差し出したのです。
「ん、いいよ。そのシャツは君のソファーの右脇に置いておきなさい。」
「はい。」
男性の言葉通り、わたくしはそっとシャツをソファーの脇に置きました。
どうしたことでしょう。
先ほどとは全く違って、わたくしに触れることは無く、声と存在感だけで・・・関わろうとなさっているようです。シャツを受け取ることすらも、してはくださらないのですから。
ひとことの説明もなく変わってゆく男性の行動を、わたくしはそのまま受け入れることにいたしました。
視覚が奪われていなければ、もっと容易に男性の意図を汲み取ることが出来たでしょう。見ることができない以上全身で感じとるしかないのです。
両手も両脚も自由なのに、目隠しのスカーフを取ることもせず、わたくしは大人しくソファーに座っておりました。
ブラとTバックにガーターベルトで吊られたストッキング。その上は身体にフィットする揃いのキャミソールでした。
まるで娼婦のコスチュームのようなオールインワンのランジェリーを身に着けた姿で、指一本触れられたわけでも・命じられたわけでもないのに、自らの意志で動くことやめたのです。
銀幕の向こう側 19
無言のままの3分あまりが過ぎました。「君の従順さは素晴らしいね。私とは、ほんの4時間ほど前に偶然に映画館で逢っただけの間柄なのに、私の望みを感じ取ってそのまま体現してくれる。」
「恐れ入ります。」
「どこまで従順なのか、試したくなるね。」
「それは・・・」
「そこで、オナニーをして見せてくれないか。」
「えっ・・・」
わたくしは、凍り付きました。
この方と、この部屋に来たばかりのころのように・・・混乱している時だったら・・・もしかしたら今夜限りと、この男性の仰ることを受け入れてしまっていたかもしれません。
でも、激情が去り・・・冷静になった今、とてもではありませんが、そのようなはしたないことはできません。
「とても・・できませんわ。」
ふるふると・・・見えない男性に向かってわたくしは首を横に振ったのです。
「もう一度言うよ。そこでオナニーをしなさい。」
「できません。お許しください。」
わたくしの即答に・・・ふっと空気が動いたのです。
「しかたないね。」
男性の声が、今度は唐突にわたくしの真後ろから聞こえたのです。
「オナニーをして見せないのなら、この手はいらないね。」
背中に男性の体温が被いかぶさってきたと思った途端に、わたくしの両手は男性のさほど力があるとは思えなかった腕に掴み取られ・・・頭の後で一つにされてしまったのです。
「いや・・っ・・・」
自由を奪われる恐怖感に、わたくしは一瞬パニック状態に陥りました。視覚を奪われていなければそれほどでもなかったでしょう。
この男性に従順に身を任せ・・・今夜の残酷な再会を全て忘れたいと願う自分と、一つずつ自由を奪われてゆくことへの恐怖がわたくしの中でせめぎあっておりました。
男性はわたくしの手のひらをもう一方の手首を掴むような形に合わせると、眼を覆っているのと同じ質感のスカーフを巻き付けてゆきます。
「大丈夫だよ。君を傷つけるようなことはしない。約束しただろう。」
わたくしが、微かに震えていたのが・・・この方にも解ったのでしょうか。
「社会的にセックスのタブーの壁が低くなって、性の様々な知識や行為が誰にでも当たり前のように認知されるようになった。」
頭の後に括った手を置くと、男性は話しながらゆっくりとわたくしの右手の側を通って正面へと動いていらっしゃるようです。
「オナニーも、大人が性欲を発散させるための正しい手段として中学生・・いや・・早熟な小学生すらその行為に耽るものもいるという。」
男性の声の位置は動いてゆくのに、まるく深い声はわたくしに真っすぐに向かってくるのです。
「知識として広まって、誰でも知っている・事実として認められているということと、その行為を何の羞恥心もなく晒すことは、全く違うと私は思っている。」
男性の声は正面の・・・丁度わたくしのひざの上あたりで止まりました。
「君がね、私の命令を拒否してくれてうれしいよ。」
たぶん、膝先から1mと離れていないところにいらっしゃるのでしょう。
「君はいろいろな想いを吹っ切りたくて、私に身を任せてくれると言った。だけどね、人として・・・女性として一番秘めなくてはならないことを明かしてくれるほどの関係性は二人にはまだない。」
一度は留まったと思った声が、また少しだけ遠ざかるのです。
「初対面の若い女性がね、セックスはしないけどオナニーなら見せて上げると笑顔で言う姿は、吐き気を催すほどに醜悪だ。どんなに淫らなことをしようとも、羞恥心のないものを、わたしはMだとは認めない。それは、ただの淫乱だからね。」
銀幕の向こう側 20
ジィッ・・・ 短く・・・たぶん・・男性のバッグのファスナーが開けられる音がしました。「君のその羞恥心こそが、私にとっての極上のMの証だよ。」
声が、近づいてきました。
「いまの君が感じる姿を見たい。」
次の瞬間、男性の体温を左の頬に感じました。
「いいね。」
「・・は・い。」
耳元に直接吹き込まれた男性の声に、わたくしは<Yes>のお返事を返したのです。
男性の動きは、少し乱暴なほどに・・・性急でした。
「ぁっ・・・」
わたくしはソファーの背から拳一つ離れた位置で真っすぐに背筋を伸ばして座っておりました。わたくしのその肩を掴むと、その姿勢のままソファーの背に押しつけられたのです。
両手を括られていては、容易に体勢を元に戻すことすらできません。
「やぁっ・・・」
わたくしの真っすぐに揃えていた膝を割り、1人掛けソファの左右の肘掛けに・・・脚を掛けてゆくのです。
「だめだ、脚を閉じるんじゃない。」
高く男性の手で上げられてしまった脚を・・・もがくようにして・・下ろそうとしたのです。
腰を迫り出し、両脚をぱっくりと広げた姿は・・・淫ら以外の何ものでもなかったからです。
「その姿のまま、括られたいのか?」
男性の言葉に・・・声もなく・・首を横に振りました。
視覚をそして両腕の自由を奪われたわたくしは・・・これ以上両脚の自由まで失うわけには行かなかったからです。
「いいこだ。身体が辛くなったら言いなさい。その時は、楽な姿勢にしてあげるからね。」
声は・・・いまはもうあきらかに、わたくしの広げられた両脚の間から聞こえてきていたのです。
「おねがい・・・みない・で・・・」
わたくしは・・・色濃く変わっているにちがいない・・・藤色のサテンの小さな三角の布が・・男性の目の前に晒されていることに気付いたのです。
室内の照明は、わたくしが目隠しをされたときは薄暗く・・・調整されておりました。
いまも、わたくしの肌は・・室内の正面が変わったとは感じていませんでしたが、だからといって薄暗いままだとは限らないのです。
もし、明るい室内でこの姿を見つめられているとしたら・・・それはカーテンを開け放ったままの窓から・・・深夜の東京湾に向かってはしたない淫ら絵として晒されていることも示しているのです。
その時初めて、今夜この方はわたくしの感じやすい部分に・・・まだ指一本触れていないことに気付いたのです。
こんなに・・・羞恥心を煽られ、感じさせられているのに・・・まだ何も始まってはいないだなんて。
「なにを、見られたくないのかな。」
ビィィィ・・・ 男性が決してわたくしに答えられない質問を口にするのと、微かなモーター音が響いたのは同時でした。
「ゃっ・・・」
身を堅くしたわたくしの太ももに、振動する硬質な塊が触れたのです。
「玩具を使ったこともないのかい?」
あぁ・・やはりこれは以前長谷川さんに使われたことがある・・・あの・・玩具。
「大丈夫だ。君に痛みを感じさせたりはしない。小さな卵状の塊が小刻みに振動して、君に快感を与えてくれるものだ。ローターって言うんだよ。」
他の男性に使われたことがあるとも言えずに曖昧な態度のままのわたくしに、男性は詳しく記憶の中にある玩具のことを教えてくださるのです。
非情に・・・留まるところを知らずに・・・わたくしを追い上げてゆく小さな塊。