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夢のかよひ路 6

走り出した車がどこへ行くのかもお聞きしませんでした。
望月さんにこの一日をお任せしたのです。
関越自動車道の上り線からは外れませんでしたから、翌日の仕事を思えば都内へ向かうのでしょう。
わたくしは先ほどのリアシートとは少し座り心地の違う助手席に、肌触りのいいストールを巻いて腰を下ろしておりました。
「いいですよ、まだ怠いでしょう。着いたら起こしますから、眠かったら寝ていてください。」
「ううん、大丈夫よ。でももし眠ってしまったら、ごめんなさい。」
スムースなドライブにふぅっと眠りに落ちかけるわたくしに、望月さんは気を使ってくださいます。
わたくしが助手席にいるからといって、望月さんはことさらに口数が多くなるということはありませんでした。
低くかかっている軽快なクラシックに耳を傾け、時折目にする光景に・・・まだあまり多くはない都内の渋滞情報や事故の情報に・・・いくつか言葉を交わしただけでした。
それでも、気詰まりだったり退屈だったりはしないのです。
黙っていても心地良い時間が二人の間には流れていました。

セルシオは関越自動車道を練馬インターで下りました。そのまま谷原の交差点を環状七号線へと車を向かわせます。
3が日の都内は、まだ車も少なく流れはスムースでした。
時に渋滞している場所にさしかかると、わたくしには解らない裏道を駆使してパスしてゆくのです。
いまさら・・・なのですが、セルシオにはカーナビゲーションシステムは付いておりませんでした。
いつも、まるで何の迷いも無く車を走らせてゆく望月さんに、ポピュラーになったあの機器は付いているものだとばかり思っていました。よく考えれば、あの独特の合成音声をこの車で一度として聞いたことはありませんでした。
望月さんは、たしか京都の出身だと聞いていましたが・・・都内だけでなく、美貴さんと行き来する場所のルートを熟知しているのでしょう。

いつの間にか、クラシックのCDはJ Waveに切り替わっていました。渋滞情報を真面目な表情で聞きながら、いつも通り的確なドライビングを繰り返します。
わたくしはいつの間にか会話をすることもなく、望月さんの横顔を見つめていました。
リアシートにしか座ることの無いわたくしにとって、運転をする彼を見る機会は一度もありませんでした。
わたくしを見つめるときには、優しく微笑むか・微かに愁を帯びる彼の眼差しが真剣な光を帯びている様はとても魅力的だったのです。
車は城南エリアに向かって進んで行きました。環状七号線から山手通りへ大崎ニューシティを折れて・・・セルシオは日本庭園を望む高層ビルの地下駐車場へと滑り込んだのです。

「ここはどこ?」
同じエリアの少し離れた場所にある贅沢な空間のホテルのことはわたくしも存じておりました。でも、このビルはホテルではありませんでした。たしか・・・住居棟だったはずです。
「私の部屋です。狭いので申し訳ないのですが、寛いでいただけますから。」
どうぞ・・・と、望月さんは助手席のドアを開けてくれたのです。
ご自分はトランクからバッグを1つだけ持って、わたくしを伴ってエレベーターへと向かったのです。

まさか、ご自分のお住まいに招いてくださるとは思ってもいませんでした。
とはいえ、ホテルから別荘へと・・・素敵だけれどどこかよそよそしい空間で時間を過ごしていたわたくしには、ほっとくつろげる場所へ連れてきて下さったことはとても嬉しかったのです。

夢のかよひ路 7

エレベーターは8階で停まりました。
「こちらです。」
エレベーターを出て右側へ、最初のドアに<806/Y.MOCHIZUKI>のプレートが見えました。望月さんは黙って鍵を開けると、入り口すぐの照明のスイッチをいくつかONにしたのです。
「上がって、少し待っていてください。」
一足先に玄関に上がると、ムートンのスリッパを・・・雪の別荘で出してくださったのと同じものを・・・揃えてくださいました。
わたくしの手からヌートリアのコートを受け取ると玄関のクローゼットに掛けて、ご自分はスタスタと室内に入ってゆかれたのです。

ジィィィ・・・・っ わたくしは、ロングブーツのファスナーを下ろしました。続いて左脚も。そうしながら、望月さんがこの場から外してくださった訳がわかったのです。
身支度をする姿を見られるのが苦手なわたくしのブーツを脱ぐ姿を、無作法に見つづけていなくてもいいように・・・気をつかってくださったのです。
踵に手を添えてブーツを脱ぎ、玄関の脇に揃えて置かせていただきました。
ムートンのスリッパに足を入れた時、彼の足音が聞こえたのです。
「お待たせしました。」
望月さんは、スーツからカジュアルなネイビーのコットンパンツに同じ色のセーターを白いシャツの上に重ねた姿でいらっしゃいました。
「似合うわ。素敵よ。」
「ははは、ありがとうございます。」
いつも、年上の男性達の間できちんとした仕立てのいいスーツを着ている望月さんの姿しか知りませんでした。雪の別荘でも・・・。
カジュアルな着こなしの彼はとても新鮮に映りました。
「こちらにどうぞ。」
望月さんが先に立って歩くと正面の扉を開けました。

扉の先はキッチンとリビングダイニングのようでした。
滞在している間のお食事の支度も彼の役目になっていました。
望月さんは別荘でもわたくしたちに美味しい珈琲を何度も煎れてくださいました。別荘ではお夕食はホテルから届けられていたものの、朝食のオムレツを美味しく焼き上げてくださったのも望月さんだったのです。
お1人で住まわれるには広々としたキッチンや、垣間みることのできた整えられた調理用品は彼の日頃の生活を彷彿とさせました。
「お疲れですよね。いま熱いお茶を煎れますから、ソファに座って待っていてください。」
「ありがとう。失礼します。」
望月さんは、キッチンで湯気を立てはじめたケトルへと向かいました。

「わぁ・・・きれい・・・。」
そのまま左手に広がるリビングに入って、わたくしは思わず声を上げてしまいました。
緩やかにRを描く窓に向かって置かれたソファーの背中には、衣桁に紅葉柄を繊細に織り出した白大島が掛けられていたのです。
足元の乱れ箱には、黒繻子に銀糸で刺繍された流水が美しい名古屋帯と葡萄色の帯揚げ・帯締め。そして・・・箱根の宿でわたくしに着せてくださったのと同じような、純白の綾絹の長襦袢が置いてありました。
「気に入ってくださいましたか?」
振り返ったわたくしの視線の先には、アールグレーの香りのポットとカップをトレイに乗せた望月さんが立っていらしたのです。
ソファーの前のローテーブルに茶器を置くと、見事な着物の前に立ち尽くすわたくしの隣にいらしたのです。
「これは?」
「あの、箱根の宿で私が選んでプレゼントしようとしていた着物です。あの日長襦袢を私が頂いてしまったので、差し上げられなくて。今日、こちらに立ち寄っていただけたらと思って用意しておいたのです。」

夢のかよひ路 8

「すてきだわ。こんな大島・・なかなか手に入らないもの。」
紅葉柄を織り出している無数に広がる小さな絣の交点は、この着物が最高級品の大島である証でした。
それも、白大島。淡く墨絵のように浮び上がる柄は、上品で奥行きを感じさせる大胆な構図を備えていたのです。
「気に入ってもらえて良かったです。これは秋の柄ですから、別荘にお持ちするわけにも行かなくて。お召しいただくのは随分先になってしまいますが、あのとき出来なかったプレゼントです。お持ちになってください。」
「ありがとうございます。うれしいわ。」
あの・・・望月さんの名前をはじめて知った夜。
美貴さんに苛まれて全てを犯されたわたくしを、真っ白な花嫁のような襦袢に包んで望月さんは優しく清めてゆくように愛してくださったのです。
足元の長襦袢の眩しい白は、その時の淫らな感覚まで呼び覚ましそうでした。
こうして見せられた着物を、いままででしたら望月さんはわたくしに必ず着せ付けたのです。
今夜もそうなさりたいのでしょうか・・・。

「紅茶ですが、暖かいうちに召し上がりませんか。」
着物に幻惑された物思いを知らぬ気に、望月さんは声を掛けて立ったままのわたくしを改めてソファーに座らせてくださいました。
ティーセットはウエッジウッドのセレスティアルプラチナのシリーズでした。
背後に掛けられている白大島のような、磁器の白肌に銀に輝く唐草模様が美しい・・・ウエッジウッドの比較的新しいシリーズでした。
「よかったら、香り付けにブランデーを使ってください。」
ポットから、香り高いアールグレーを注ぐとわたくしの目の前にカップを置きました。それに、ブランデーの入った小さなガラスの器も。
「ありがとう。でも、わたくしの好きな紅茶だからこのまま頂戴するわ。」
アールグレーをストレートで。
いつの間にか望月さんはわたくしの紅茶の好みも憶えていてくださったのでしょう。彼がキッチンお持ちになったトレイにはあと1つ、シュガーポットだけが残っていました。
窓辺には大型のテレビとひっそりとオーディオセット。
そして、お正月用に用意されたのでしょう。松竹梅の鉢が飾ってありました。
さほど大きくはない梅の木でしたが、窓越しの暖かな陽の光に花開いた枝から清々しい香りを室内に満たしておりました。
「ここは、あなたが1人で住んでいるの?」
インテリアのしつらえは、男性のものらしいシンプルなものでした。
が、紅茶のためだけの器や正月飾りがわりの植木鉢などは・・・たとえ望月さんでもそう気がまわることではないでしょう。
「実は、上のフロアに父が上京する時用の部屋があるんです。年末には、母がその部屋と私の部屋を大掃除に来てくれるんです。」
「そうだったんですか。」
「男の独り住まいに、鉢植えなんて変ですよね。」
「いいえ、素敵だなと見ていたのだけれど、望月さんだってお忙しいのによく気がつかれるなと思っただけよ。」
「ははは、嫌いじゃないですがなかなかそこまではできません。」
照れた様に、望月さんは笑います。京都から出ていらっしゃるお母様の思いやりもそのまま受け止める息子としての思いやりまで、その表情からは感じることができました。
「あの、寒くはないですか?ここは基本的に建物全体でエアーコンディショニングをしているのですが、帰ったばかりで少し冷えていたので床暖房を入れたんです。祥子様に風邪をひかせたら、怒られてしまいます。」
「ほら、また。だめよ。」
「あっ・・・つい。」
「今度<様>を付けて呼んだりしたら、帰っちゃうから。」
本気ではありませんでした。この部屋は、望月さんの隣で寛ぐソファーの包み込むような柔らかさは、とても居心地が良かったのですから。

夢のかよひ路 9

「だめです。帰ったりしちゃ。」
「・・・あん」
腰を浮かせかけたわたくしを、大きな望月さんの長い腕が抱きしめます。
想像以上に・・・きつく。
「帰らないわ。」
「本当に?」
「ええ、祥子って呼んでくださったらね。」
「しょう・・こ」
そのまま、望月さんの唇がわたくしに・・・重ねられたのです。
数日ぶりの激しいディープキスでした。
男性なのに柔らかな唇と舌はわたくしの口唇をついばみ・ねぶり・絡め・吸い上げてゆくのです。
わたくしは声を上げることも忘れて、望月さんの腕の中に・・・はしたなくキスに蕩ける我が身を投げ出しておりました。
しなやかな望月さんの指が、口づけを交わしながら乱暴にわたくしの眼鏡を取り上げます。
アールグレーの香りの唾液はわたくしの唇から望月さんの口内へと絡めとられ・・・より濃く・甘くなってわたくしの喉へと落とされてゆくのです。唇は熱すぎる呼気を上げてもほんの少ししか離れることを許されずに、喘ぎはそのまま吐息となって望月さんの体内へと流れ込んで行ったのです。
望月さんの指が、わたくしの髪に差し入れられます。大きな手が・・指が・・わたくしの首筋のリボンを解き・・・柔らかなストレートロングの髪を絡めとり、優しくこの数日緊張に強ばっていた頭皮を・・・首筋をもみほぐすように愛撫するのです。
繊細に指を動かしながら、動物的にわたくしを貪るキスは・・・止まりません。官能的なまでに身も心もほぐされてゆく喜びに、わたくしの身体は震えはじめておりました。

「あん・・ゆるして・・・」
ほんの僅かに離れた彼の唇との狭間で、わたくしはため息のようにたった一言漏らしたのです。
ディープキスは、もう数十分にも及んでおりました。真摯で溺れているような口づけは、わたくしをあと数分で最初の絶頂へと導きかねないほどの力を持っていたのです。
「帰る・・・なんてもう言いませんか?」
こくん・・・とわたくしは望月さんと眼を合わせることすらできないままで、首を縦に振ったのです。声を出したら、ただの答えさえはしたない喘ぎになってしまいそうだったからです。
「本当に?」
「ええ」
わたくしはそのまま、彼の胸元へと顔を埋めていったのです。

「よかった。祥子さんに嫌われたかと思った。」
抱きしめたわたくしの頭に顎を載せるようにして、望月さんが、他の方達がいらっしゃるときとは違う、ふたりきりの時だけに聞かせてくれる柔らかな声で語りかけてくれたのです。
「嫌ったりしないわ。」
子供の様に彼の胸にぐりぐりと頬を擦り付けて・・・わたくしは答えました。
わたくしの方こそ別荘での最後の一日を、もしかしたら望月さんに嫌われたのか・・・と半ば案じていたのですから。
「夕食までは、我慢しようと思っていたんです。優しい誠実な恋人のように祥子さんをエスコートしたかったんです。」
「嬉しいわ。」
「でも、祥子さんが帰るなんていうから我慢できなくなって。まだ、あなたがここに居てくれるかどうかって、ドキドキしてる。」
「ん・・・」
言葉通り、わたくしの右耳が当たっている望月さんの胸は、トットッと・・・早い鼓動を刻んでいたのです。命の証の音・・・を。
赤子のようにわたくしは彼の鼓動に安心し、大きな胸に素直に抱き取られていったのです。

夢のかよひ路 10

「ちゃんと居るでしょう。ここに。」
「はい。でも、こんな風に抱きしめていたら、いつまで経ってもドキドキがおさまらなくて困ります。」
言葉とは逆に、望月さんの腕がきつく・・肩に巻き付くのです。まるで腕の中にいるわたくしが霞のように消えてしまうんじゃないかと心配するみたいに。
「居なくなったりしないわ。だから離しても平気よ。」
わたくしは、望月さんの厚い胸に両手を押し当てて身体を引き離そうといたしました。
それでも彼の腕は動かないのです。だから、次は身を捩るようにして・・・明るい午後の日差しが差し込むリビングルームで・・・不用意に近づきすぎた身体を引きはがそうとしたのです。
「あぁ僕に触れる祥子さんの身体、悩ましすぎます。」
シルクニットに包まれたGカップの乳房の外辺が望月さんの腕に触れた時、うめく様に呟いた彼に、そのままソファーへゆっくりと押し倒されてしまったのです。
「わたくしが側にいたら望月さんが辛いなら・・・」
「それ以上言わないでください。」
「ぁふっ・・・」
再び重ねられた唇と共に、わたくしに触れた望月さんの身体は明らかに昂っておりました。
お行儀のよい紳士の装いのままで、彼のスラックスとわたくしのニットワンピースを隔ててさえも・・・もうその熱が伝わってくるほどだったのです。

ちゅく・・・ 絡めた舌を離す時に、きらめいく透明な1本の粘糸が二人の間を一瞬だけ繋ぎます。
「あまい・・・」
くちゅぅ・・・ 何度も何度も・・・望月さんはわたくしの舌先を上顎を・・・上下の唇を・・・味わい続けるのです。花びらの奥に彼の塊で愛するのと同じ力強さの籠ったキスでした。
「・・ぁぁ・ん・・」
先ほど一旦中断され現実に引き戻されたキスで引き出された官能は、ふたたび蕩火に炙られる様にわたくしの身奥で大きくなってゆくのです。
キシっ・・・ 糸啼きの音がソファーに重なった二人の身体の密着を聴覚にまで思い知らせます。
太ももに触れる熱く猛った塊や、荒いニットの目が望月さんの胸板で擦りつけられる・・・乳房の先端や・・・探り当て指を絡められ押さえつけられた左手や・・乱されたまま揃えられなくなった脚や・・・たくし上がったワンピースの裾や・・・。
その前の夜から主とその友人とはいえ、他の男の手の中にいるわたくしを見守り続けることが・・・その後の24時間の禁欲が・・・どれほどの苦行だったのかを、望月さんはいま、わたくしに思い知らせようとしているかのようでした。
「ぁぁっ・・ぃ・・くっ・・」
身を起こそうとして、ソファーから落ちかけたわたくしの脚の間に立てられた望月さんの膝が、レースごしに茂みのない丘の中心に疼きを溜めて膨れ出した真珠に触れた途端・・・わたくしは・・・はしたなく達してしまったのです。

望月さんに覆われた唇の中に漏らした絶頂の喘ぎと、ピクンと反り返った背筋が・・・キスに夢中になっていた彼に、淫らな現実を教えてしまいました。
「キスで逝った?」
「ゃぁ・・・」
信じられないと言った表情の、彼の視線がわたくしをいたたまれなくしたのです。
「嬉しいです。キスでそんなに感じてもらえたなんて。」
わたくしはまだ達した衝撃に肩を喘がせ続けておりました。声を出せば艶めかしい響きを帯びた声しか出せなくなりそうで・・・羞恥に彼の視線から顔を背けてしまったのです。
「祥子さん、僕を見てください。」
甘く優しい声に、はじめて・・・わたくしの前で<僕>と・・・リラックスした物言いをした望月さんを改めて見上げたのです。