夢のかよひ路 12
紅茶の香りの唇が、ゆっくりとわたくしの上から離れてゆきます。「幻滅しましたか?」
「いいえ」
幻滅なんてしませんでした。
わたくしと10近くも年の離れた若くて魅力的な男性が、本気で恋をしてくれているなんて思ってもいなかったからです。
望月さんなら、いくらでも魅力的で好みのタイプの恋人を手に入れることくらい出来たことでしょう。もしこの部屋に可愛い奥様が待ってらっしゃったとしても、当然のこととして受け入れていたでしょう。
でも、箱根の宿の二人きりの露天風呂で、わたくしに語りかけて下さった言葉には、いま彼が口にしたような<好奇心>なんて欠片も感じられなかったのです。
真情の溢れる言葉に、わたくしはもしかしたらと・・・自分の夢のような錯覚を信じたくなっておりました。
「あんな風に知り合ったのですもの。軽蔑されても仕方ないと思っていたわ。」
彼の主である美貴さんとその二人の男性のお友達と一緒に、一夜を過ごすためのホテルまで・・・望月の運転するセルシオで送っていただいたのが、彼との初対面でした。
平気で複数の男性に身を任せる女だと・・・蔑まれても仕方ないと、ルームミラー越しの彼の視線に晒される度にいたたまれなかったほどでした。
「軽蔑なんてとんでもない。あの方達は、とても女性の好みにはうるさいのです。それも、単に色好みでおっしゃるのではなくて、人間としても魅力的な女性でなければ遊ぶことすらなさらないのです。どなたかが気に入られても、どなたかは気に入らなかったりはしょっちゅうでした。一度に、たとえ一時でもあの方達全員を夢中にさせたのは、祥子さんがはじめてでした。だから興味を抱いたのです、あなたに。」
ちゅ・・・ 髪をかきあげて秀でたわたくしの額にまたキスが重ねられたのです。
「尊敬するあの方達を出し抜けたら、なんていうつまらない男の虚栄心なんて祥子さんの前では何の役にも立ちませんでした。僕も、二人きりの時間にあなたの虜になってしまったのですから。」
わたくしに被いかぶさるように傾けられていた身体を、望月さんはまるで重力に逆らうかのようにしてソファーの背へ持たせかけたのです。
そして・・・ふぅぅぅっと、大きなため息をついておっしゃるのです。
「ああ、こんな風に二人でいたらおかしくなってしまいそうです。」
「ん?どうしてなの。」
「あの、まだ身体が辛くはないですか? あんなに、僕たちでしてしまったので。だから僕と二人だけで過ごせたなら、祥子さんのことを少しでも休ませてあげたいって思ってたんです。」
たしかに、身体はまだところどころ軋んでおりました。
縛られ・吊られ・茂みを刈り取られ・何度も数え切れないほどに絶頂を極めさせられた淫媚な疲労は、まだわたくしの中に留まっていたのです。
「あの方達は、いや僕も、普段はそんなことはないのに祥子さんを前にすると、際限なく求めてしまうんです。今回も、美貴からはいろいろな趣向を事前に聞かされてはいました。そのためにいろいろな準備もしましたから。でも、結局それ以上に・・・なってしまう。
だからせめて、僕と二人きりの時には祥子さんのことを紳士的にいたわるつもりだったんです。」
「つもり?」
「食事にはまだ早いかな。だったら、ドライブにでも行きませんか?このまま居たら、また自分のことを抑えられなくなりそうです。」
どちらの提案も魅力的でした。でも・・・
「ドライブはしてきたばかりだわ。お食事は、まだお腹はすいてないでしょう。」
わたくしは、彼の肩先に頭を持たせかけて囁いたのです。
「紳士的に、愛してくださっても・・・いいのよ。」
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