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外伝2/レンジローバーの帰り道 11

4人が写っている淫媚なシーンの写真が情報漏洩でもしたら格好のマスコミの餌食になる。
仮に私だったら、祥子さんと結婚をして責任を取ることにしても・・・『女性顧客へのイメージダウンになる』と下手をすれば取締役会から退陣要求を突きつけられるだろう。石塚さんも美貴も・・そして望月くんも、社会的信用を取り戻すためには祥子さんとの<正式な結婚>という手続きを周囲から要求される。でも、祥子さんは1人しかいないのだ。
美貴の言う通りだ。
プリントアウトした数枚の写真を秘かにプライベートに隠し持っているというのが・・・極めてアナログだがいまの時代一番安全なのだ。
それよりもいいのは、記憶だけに留めることだ。
が、祥子さんとのあの時間が記録に残っていると解っていながら手元に置かないなんて考えられない。それぞれが分散して持つことで危険性が高まるというのであれば、望月くんを買収しても自分ひとりのものにしたいくらいだ。
あれさえあれば、多忙でなかなか祥子さんに逢えない日が続いても・・・耐えられるだろう。つまらない相手で気持ちと身体を紛らわせる必要もなくなる。それに、まだ腰のあたりに甘く漂っている気怠さを思い出すよすがにもなる。
「わかりました。明日にでも、いつものバーに顔を出せる時間をメールください。それに合わせて届けますから。」
「わかった。」
「石塚さんの予定が決まったら教えてください。私は合わせますよ。」
きっと、一両日中にあのバーに集まることになるんだろう。
そこに祥子さんも来れたらいいとは思うが・・・それは望み過ぎというものだ。
カメラ・・・写真。往きの車の中でも時々専務や石塚様が口にしてた気がする。マスコミが喜ぶ写真って・・・まさか・・・。
でも、車の中でもあの祥子さんという人は、あたしがいても平気で専務にも石塚様にもいやらしいことをさせる人だった。わざわざ望月さんをカメラマンにして、きっと専務やこの方達とのいやらしい写真を撮らせたんだ。
不潔だ。あたしなら考えられない。同時に付き合ってもいない複数の男の人とエッチすることも、そんな写真を撮らせることも。
いったいどんな人なんだろう。まさか・・・そういうコト専門の売春婦なの?あの人って。


「着物姿の祥子さん、綺麗だったな。望月くんの着付けの腕もあるんだろうが、芸妓でもああはいかないぞ。」
「石塚さんは、眼が肥えてますからね。」
カメラから着物姿・・・石塚さんの頭の中で繰り広げられているシーンが想像できる。
望月くんの実家のことも、彼が学生時代に祇園で男衆の仕事をしたことがあることも知っているからこそ実感が籠った感想だ。
美貴とも祇園のお茶屋で知り合ったと聞いている。私は、美貴から紹介されて親しくなった。石塚さんは豪奢に遊ぶというよりは、しっとりと粋に遊ぶタイプらしい。地方のおねえさんから三味線を借りて、小唄のひとつも口にするというんだから大したものだ。
「秋に箱根で初めて着物姿を見たときはびっくりしました。普段のスタイリッシュな感じがすっと影を顰めて、代わりにはんなりとした艶が出るんです。今回の着物は白地でしたけれど、赤い着物もとても似合いましたよ。」
「それは解る気がするね。祥子さんには、きっぱりとした色が似合う。マリエの白もそうだが、濁りのない色は色自体が強いからね。なまじの個性なんかじゃ太刀打ちできない。それが、祥子さんにはしっくりくる。いつも黒を着ているからきっと似合うとは思っていたけど、想像以上でびっくりしましたよ。」

赤の着物。望月くんなら緋色の長襦袢を用意するだろう。祥子さんのあの白い肌と恥じらいに朱をはいたような表情に緋の襦袢・・・携帯の小さな写真なんかじゃなくて・・・この眼で見てみたい。

外伝2/レンジローバーの帰り道 10

あと2分で30分だ。3人そろって車に向かっていらっしゃる姿が眼の前のバンの間から透けて見える。あの方達は時間には正確だ。戻ってくる時間が遅れたのは、この間<祥子さん>が一緒だったときだけだ。
渋滞も解消したし、これで順調に東京に戻れるだろう。

「待たせたかな?」
「いいえ、ちょうどお時間です。」
「元旦の日に迎えに来てくれたホテルの中華に予約をしたから、あそこへ戻ってください。」
リアシートの左側に座った美貴がドアを閉めるなり彼女にそう伝える。
「わかりました。ありがとうございます。」
「さ、北京ダックがまっているぞ、東京に帰ろう。」
「車出します。」
関越自動車道は渋滞の影響だろうか、車の量が時折増えるものの、のろのろ運転になることもなく順調に進んだ。
この調子なら、結城くんもストレスなく運転できるだろう。

BGMは今度はクラプトンだ。石塚さんは、ファンらしい。来日するたびに必ずライブには顔を出していると聞いたことがある。古き・良き・上質なロックサウンド。石塚さんが好きな理由はこんなところだろう。
美貴も普段セルシオに流しているのは室内管弦楽や四重奏、フルート奏者、バイオリン奏者などの演奏するクラシックだ。考え事をする時に、一番発想が湧くのだと前に聞かせてくれたことがある。プライベートで出掛ける時でも、クラシックをアレンジしたものを流していたから本当に好きなのが良く解る。そうそう、美貴がひとつだけ苦手な音楽ジャンルがあった。それはフォークソングだ。ボブ・ディランやピーター・ポール&マリーやサイモン&ガーファンクルまで聞きたくないと言ったことがある。どうも別れた奥さんの好みだったようだ。
「ベッドでこれを聞かされてもその気にはなれないね。」と、いつものバーの隣でラフロイグを舐めながら苦い顔をしていたのを今でも覚えている。
私は・・・といえば、実は意外と俗っぽい。一番好きなのは、ミュージカルのサウンドトラック・・・Sirアンドリュー・ロイド・ウェーバーは劇団四季がジーザース・クライスト・スーパースターを初演した時からのファンだ。J-POPの実力のある歌手・・・最近では平原綾香のCDなんかを社用車では掛けてもらうことも多い。とはいっても、別に流行に敏感なわけではなく、うちの会社のCMソングとして採用を検討したりといった必要に迫られた理由で聞きはじめることがほとんどだ。時には、ブランドのチーフデザイナーから「これを聞いてください」と押し付けられることもある。
まぁ、イマドキの曲を掛けている分には運転手をしてくれている結城くんも楽しんでくれるだろうからいいかと、あまり食わず嫌いはしないようにしていた。

「そういえば、カメラはどうした?」
流れる景色と快適なBGMにしばし止まっていた会話を再開させたのは、やっぱり石さんだ。
「カメラって?」
「ほら、望月くんが撮ってくれていただろう。あれだよ。」
「彼に持たせましたよ。2人の分もプリントアウトしなくちゃいけませんからね。次に逢う時までには、全部用意しておきますよ。」
「なんだ、そうか。そうそう・・プリントアウトだけじゃなくてDVDにも落としてもらってくれないか。自宅のPCの壁紙にするんだ。」
「はい・はい、もうなにを言い出すかと思ったら。石塚さんの自宅でうかつに誰かにPCを開けられたりしないでくださいね。それに、Winnyなんてインストールしてないでしょうね。マスコミを喜ばせるだけですよ。」
「わかってるって。DVDはいいから、早く写真を用意するように望月君に頼んでおいてくれ。」
私達にはそれぞれに、軽んじることの出来ない社会的な地位もあった。

外伝2/レンジローバーの帰り道 9

望月くんの実家は2つ違いの兄が継いでいる。だから彼のことは単なる運転手としてではなく、美貴が後継者の1人として期待して側に置いて育てていたのだ。

「そうだな。来年か再来年にはと思ってるんだが、望月の後釜がいなくて困っている。」
「たしかにな。あれだけの男・・・そういないだろうしな。」
「美貴のところの島田さんじゃだめなのか?」
美貴好みの背の高い美人秘書だった。頭が切れる・・・切れ過ぎるほどに・・・。
「だめだね。もう一皮むければいいが、いまはまだハリネズミみたいなもんだ。まだ懐がないしね。ことあるごとにカリカリされたら、こっちが迷惑だ。」
「幾つなんだっけ?」
「30かな31かな。もういい加減丸くなってもいいころなんだけどね。あれじゃ、恋人が出来ないのも当たり前だな。」
相変わらず美貴は手厳しい。昔はこれほどじゃなかったと思うんだが、自分にも他人にも厳しい上に女性に対する眼は一層辛辣だ。
「望月くんみたいに共犯者にしなきゃいいんだよ。」
私はそう言った。うちの結城くんのように接すればいいだけだ。
「それくらいなら、自分で運転をするよ。運転手を兼務する秘書だけは男の方が良い。一対一で過ごさなきゃならない車内で、ずっと女に気をつかうなんていやだね。」
「また、随分と我がままばかり言うじゃないか。」
「石塚さんに言われたくありません。だから石塚さんだって社用車を自分で運転してるんでしょう。」
「同じ女でも祥子さんみたいに酸いも甘いも噛み分けたタイプなら、仕事のパートナーになれるんだが。普通のコじゃ、確かに単なる部下・・・にしかならないな。」
「あぁ、たしかにね。っていうか、石塚さんは秘書として祥子さんが欲しい訳じゃないでしょう。」
「もちろん。でもな、彼女なら秘書としてもいい仕事しそうだと思うんだよ。」
まったく、石塚さんの女性を見る目は正確で困る。
多分に彼女の能力は石塚さんの言う通りなのだろう。
祥子さんが秘書・・・そんなことになったら、冷静に仕事がこなせる自信が私にはない。
「いいよな。あんな女性が秘書ならどんな仕事でも出来るね。」
そう言い切る石塚さんに、私と美貴は疑わしそうな視線を向けた。
無言の視線に気づいたのだろう、石塚さんは慌てて一言を付け加える。
「言っておくが、真面目な秘書のことだぞ。秘書って言う名の愛人とかじゃないからな。」
ははは・・・ 言わずもがなの注釈に、私達は思わず笑い声を上げてしまった。

「そうですね。さて、そろそろ30分ですね。結城くんも待っています。行きますか。」
通りすがりに高速道路の道路状況をチェックする。さきほどの渋滞は一過性のものだったようだ。もう随分収まっているようだ。
これなら、予定通り美味しい中華にもありつけるだろう。
結城くんの休憩の意見を取り入れて正解だったな。
きっと彼女のことだ、もう1人で車に居るだろう。せめてこの帰りの1日くらい・・・結城くんに寂しい想いはさせないでおきたいものだ。

外伝2/レンジローバーの帰り道 8

「他言無用ですよ。」
祥子さんから、約束を守らない男だとは思われたくなかった。美貴にはきちんと口止めしておかなくてはならない。
「わかってるよ。望月にも内緒にするさ。それならいいだろう。」
「ほら、これだよ。」
私が頷いたのを確認して、石塚さんはご自分の携帯を美貴に差し出した。
2インチの小さな画面には、黒革のロングブーツにパンティストッキングを直履きしてシャドーフォックスのコートを羽織っただけの祥子さんと石塚さんが寄り添って映っているはずだ。
「また、記念写真ですか?」
一見は、美貴と別れてホテルを出たときの彼女の姿と何も変わらない。ただ、良く見るとコートの襟元から覗くはずのインナーは祥子さんの白い・・・Gカップの乳房へつづく素肌に変わり、コートからほんの少し出ているはずのスカートの裾が全く見えてはいないのだから。
そして一番の特徴は、祥子さんの羞恥に染まった匂い立つような表情と、不自然に掻き寄せられた、コートの前・・・なのがわかるはずだ。
「ただの記念写真じゃない。なぁ、山崎。」
「ええ、そうですね。」
「これを見ればわかるな。」
美貴の手元から携帯を受け取り2・3キーを操作する。
そうして渡した写真は、私があえて1枚だけ撮ったこの時の祥子さんの表情のアップに違いない。

Fur02.jpg

「なにをしたんですか?」
美貴の声が少しだけ上ずった。気付いたらしい。
あのアップの写真は、私が外した毛皮のコートのスナップのせいで祥子さんの胸の谷間が少し見えているはずだから。
「わかったか。」
「ここは、どこなんです?」
「甘楽のパーキングエリアだよ。」
「そんなところで、もう祥子さんに・・・。」
お待たせいたしました 珈琲を届けてくれたウエイトレスを気にして美貴は言葉を切った。
その表情には、その場に居られなかった悔しさと写真の祥子さんの表情に掻き立てられた淫情がただよっていた。きっと、ホテルのメインダイニングで美貴の携帯に閉じ込められた赤い長襦袢の祥子さんの写真を見せられたときの私も、同じような表情をしていたことだろう。

石塚さんは気が済んだのだろうか。
届けられた珈琲を飲んでちょっと顔を顰めた。
「望月くんといると、舌が肥えてこまる。」
「旨いでしょう、望月の煎れる珈琲は。」
「ああ、望月くんが女で祥子さんに出逢ってなかったら、間違いなく女房にしたいタイプだな。」
「よかったです。望月が女性秘書じゃなくて。石塚さんの毒牙にかからなくて済む。あんな優秀な秘書はなかなかいないんですから、手を出さないでくださいよ。」
「美貴が羨ましいよ。でも、そろそろなんだろう、望月くんに会社の1つも任せるのは。」
美貴がただ、望月くんを都合のいい優秀な秘書として使っている訳ではないことを私と石塚さんだけは聞かされていた。

外伝2/レンジローバーの帰り道 7

たしかにお腹も空いていた。朝食は8時だったから。でも、あのまま専務が<祥子さん>に夢中になっている話を聞いていたくなかった。このまま話がエスカレートするのなんて眼に見えていた。往きの車の中であったことみたいに・・・。車を止めて降りなければ話を止めることなんてできなかったろう。
渋滞がはじまって、いつもなら凄く嫌なのに・・・今日だけはほっとした。渋滞を理由に車を止めることができたから。

「つかれたろう。ずっと運転してたんだから。30分くらい休もうか。」
「ありがとうございます。食事をさせていただきます。」
「私達もお茶でもしてるよ。」
「はい。わかりました。」
石塚さんと、美貴はもうトイレに向かっていた。私が車を降りたのを確認して結城くんが鍵をロックする。
「私達は朝食が遅かったからお茶くらいだが、一緒に来るかい?」
他の二人から随分離れたのでちょっと元気がなくなったような彼女にそう声を掛けてみた。
「いいえ、お話のお邪魔になってはいけませんから。それに簡単なもので済ませます。お夕食を美味しくいただきたいので。」
「わかった。ゆっくりしておいで。」
レストハウスへ向かう彼女の後ろ姿を見送って、私もまずはトイレにいく。望月くんのいれるお茶は美味しいが、つい・・・飲み過ぎてしまう。

「結城くんはどうした?」
レストハウスのテーブルに合流した私に、石塚さんはまずそう口にした。
「軽く食事をして車で待ってるそうですよ。夕食が楽しみだからひとりで軽く食べるって言ってました。予約はとれたのか?美貴。」
「ああ、待ってますと支配人が言っていたよ。ただ渋滞がこんなだから、時間はまたあらためて連絡するということにした。」
「ありがとう、気を遣わせてわるかった。」
「いいんだよ。ま、これくらいは当たり前だよ。それに、祥子さんと別れたあと、1人で夕食なんて味気ないことはしたくないしね。」
「良いこと言うな。」
のんびりとした口調で、レストハウスの窓から最近SAに増えた小さな植栽スペースをなんとはなしに眺めてにやついている。
往路、石塚さんと祥子さんと一緒にレンジローバーで来た私には、彼の表情の訳が手に取るようにわかった。
「石塚さん。あれは、ここのサービスエリアじゃないですよ。」
「わかってるよ。いいじゃないか、この手の植栽の設計は似たり寄ったりだから、イメージするには丁度いいんだ。」
即座にそう返しながらも、まだにやにや笑いは終わらない。
「なにがあったんだい?石塚さんがそんな顔をするってことは、祥子さんがらみなんでしょう。」
1人だけ、望月くんの運転するセルシオで先行させられた美貴は、実はこの3日間ずっと往路のことを聞きたくてうずうずしていたらしい。ただ、別荘に到着した時の祥子さんの様子を望月くんから聞いて、さすがに彼女の前で口にするのはエチケットとして控えて来たということなのだろう。

「いいか?山崎。」
石塚さんは石塚さんで、美貴に自慢したくて仕方がないのだろう。
せっかく他の人には見せないこと・・・を条件に祥子さんが許してくれた写真を見せびらかしたいらしい。