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夢のかよひ路 33

「ふふふ、それじゃもう話しかけないわ。運転に専念してちょうだい。」
「それも寂しいですね。ただ、ここからは少し景色がありきたりのものになるんです、退屈だったら好きな音楽に変えてください。」
RX7のスピード感にぴったりな、サックスの音。
「ううん、好きよこの曲。それに望月さんの運転も。だからわたしのことは気にしないで運転に集中して。」
「はい。」
車は横浜横須賀道路へではなく、三ツ沢に向かう様です。そこから・・・。
この道はまるで、以前箱根の宿へ向かったときと同じルートを辿ります。目的地はあの宿なのでしょうか?でもたしか、あそこは美貴さんの行きつけだったはず。そんなところへ、望月さんがわたくしを誘うとは思えませんでした。
どこへ行くのかしら?
流れてゆく横浜の市街地の夜景を見ているうちに、わたくしはシンフォニーでいただいたシャンパンの酔いにとうとう眠り込んでしまったようでした。

ざ・・・ざぁ・・・・ざ・・・
「ん・・んぁ・・・・」
「目がさめましたか?祥子さん」
「えぇ・・・ん・・」
いつのまにか停車していた車のフロントガラスの前は真っ黒でした。
そして、わたくしは望月さんのキスで目覚めさせられたのです。
一方的に貪るようなキスから、わたくしの意識が戻った途端に、彼の唇は欲情を隠せないディープキスへと変わってゆきました。

まだ誰にも口にしたことはないのですが、車の走行による微妙な振動に、わたくしの身体はいつも官能を揺さぶられてしまうのです。意識は眠りの中にいても、RX7のロータリーエンジンが作り出す揺らぎに、間違いなくわたくしの身体は軽く・・・愛撫されつづけていたようなものでした。
フロントシートの距離分だけ、はしたなく立ち上がっているにちがいない乳房の先端を望月さんに知られることだけは避けられたようです。
そのかわり、いつの間にか運転席に向かって眠ってしまったわたくしの表情には・・・彼の欲望をそそるよう淫らさがほんの少しでも顕われていたのでしょうか。

わたくしの左側の窓には、街灯のオレンジの明かりが差し込んでいました。
キスの合間の吐息には喘ぎの響きが加わり、はしたなく漏れてしまいそうになる度に望月さんの唇が口枷のように覆うのです。
アイドリングは止まっていました。
とするれば、ここは駐車場なのでしょう。
いくらなんでも、こんなことをしていたら覗かれてしまうかもしれません。
そう思ったわたくしは、首を横に振り望月さんの唇から逃れたのです。
「悠哉さん、だめ。見られちゃうわ。」
「ちゃんと起きてくださったようですね。」
「ここはどこ?」
「国府津です。」
望月さんが下ろしたパワーウインドウからは、波の音が聞こえてきました。
西湘バイバスの中程にある下り線のPAは海のすぐ側にありました。真っ黒な景色は、湘南の海だったのです。
「ごめんなさい。随分眠ってしまったみたいね。」
「いえ、そんなことはないですよ。」
運転席のデジタル表示は、まだ御殿山の彼の部屋を出てから1時間と少ししか経っていなかったのです。

夢のかよひ路 32

ロータリーエンジン特有の鈍いアイドリングの音が駐車場に響きます。
「苦しくはないですか?」
助手席まで装備されたレカロのシート。レース仕様の車ほどハードなタイプではないですが、過不足なくわたくしの身体をサポートしてくれています。
「ええ、平気よ。気持ちいいわ、このシート。」
「よかった。ほっとしました。それじゃ出しますね。」
車の始動はいつもと同じに滑らかでした。
ただ、同じ助手席でもセルシオよりもちょっと望月さんに近い距離が、わたくしをこれからのドライブに対する期待以上にドキドキとさせていたのです。

「鈴が森で首都高に乗ります。」
行き先を教えてくださらない望月さんが口にしたのは、高速に乗るということだけでした。鈴が森からだと・・・行き先を推察することはまだできません。
「ね、どこに行くの?そろそろ教えて。行き先を聞いても、もう逃げ出したりはしないわ。」
レカロのシートに、しっかりと締めたシートベルトがわたくしをRX7に捉えているのです。花火の後、セルシオのリアシートで彼の誘いに乗ったときから、わたくしは望月さんと2人のドライブを楽しみにしていたのです。
逃げ出すわけがありませんでした。
「そうですね。1つだけヒントです。ベイブリッジを渡りましょう。」
「横浜方面ね。」
「はい。でも、そこから先はまだ秘密です。」

第一京浜への信号で右折にウインカーを上げます。
望月さんはCDプレイヤーを慣れた手つきで操作します。いつの間にかスクウェアの軽快なインスツルメンタルが流れます。
音楽も空間も望月さんとの距離も、エンジン音も・・・セルシオでは一度も味わった事のない親密な雰囲気が漂っていました。
「ふたりきりだと、ちょっといじわるだわ。望月さんて。」
わたくしは少し拗ねた風に、口にしてみたのです。
「ふたりきりだと、祥子さんはかわいいです。」
「もう。」
はははは・・・ 信号が変わると同時に、望月さんはアクセルを踏み込みます。
22時近い第一京浜は、お盆のせいでしょう、やけに車が少なかったのです。白のRX7は軽快に走りはじめました。
望月さんは、セルシオを運転する時はどんな時でも安全運転でした。
でも、この車に乗ると少し変わる様です。
マニュアルシフトのFCは、タコメーターを見る限り少しだけピーキーなチューニングをされているようでした。そのかわり、横羽線に乗り、ベイブリッジに向かうころには、ロータリーエンジン特有の甲高い吸気音を軽快に聞かせてくれました。

船からみたレインボウブリッジの明かりも綺麗でした。でも、ぐんぐん迫ってくるベイブリッジの蒼い橋梁と横浜の港の夜景は、ふたりが宝石箱のなかに紛れ込んでゆくようでした。
その幸せな空間さえ、彼の車は一瞬で走り抜けます。
「可愛がっているのね。」
とても快調な走りに、わたくしは心地良い沈黙をやぶってぽつりと一言もらしてみたのです。
「祥子さんほどじゃありません。いつも身近に居る分、手を掛ける時間があるだけです。」
「ふふ、こんなに運転に夢中になっているんですもの。聞こえているとは思わなかったわ。」
「運転も祥子さんの次です。」
真面目な声で、望月さんたら・・・もう。

夢のかよひ路 31

「可愛い髪型にしてくれたのね。ありがとう。」
いつもながらの望月さんの手際に驚きました。
「車に乗っていただくのに、いつもの夜会巻きだとヘッドレストにもたれていただくわけにいきませんからね。気に入ってもらえればうれしいです。」
「ええ、着物でこんなに楽なスタイルができるとは思っていなかったわ。さすがね。でもこんなに楽だと、せっかくのドライブの間に眠ってしまうかもしれなくてよ。」
「その時は、僕が眼を覚まさせてあげます。お疲れかもしれませんが、せっかく祥子さんと二人でドライブできるんですから、僕にも楽しませてください。」
「ふふふ、わかったいるわ。」
立ち上がろうとするわたくしの手を取ってくださいます。
さぁ外出をしましょう・・・と眼の前のテーブルに置かれたゴールドの革のバッグを目にして、どうしようかと困ってしまいました。小振りなパーティサイズはお着物にもおかしくはありません。でもゴールドの輝きは、今の装いにはちょっと重すぎました。
「こちらを使ってください。」
望月さんは、竹で編まれた着物用の巾着をわたくしに差し出したのです。
「ありがとうございます。」
煤竹と、着物の残り布で作られたおそろいの巾着は、まるで舞妓さんがお稽古に持ち歩くもののようでした。その可愛らしい形とシックな色合いの醸し出す風情にわたくしは心奪われておりました。
小さい女の子がお出かけの準備をする時のように、パーティバッグの中の、ほんの少しの身の回り品を1つずつ移してゆくことにさえわくわくといたしました。
「もう、あとはよろしいですか?」
「ええ大丈夫よ。」
流石に望月さんです。あっという間に、外出の準備がととのったのですから。
「さぁ、出発です。」
バッグの中身を移し替える間、席を外していた望月さんが玄関から戻ってらっしゃいました。左手で籠巾着を抱えたわたくしの右手を取って玄関に向かいます。
そこには、わたくしのバックストラップパンプスの代わりに桐の下駄が用意されてありました。
先にローファーを履いた望月さんが玄関に腰を下ろして、下駄の鼻緒を広げてくださいます。そしてわたくしの足先にゆっくりと履かせてくださるのです。
「裸足でお出かけなんてひさしぶりだわ。」
「僕と二人なんです。リラックスしてください。」
望月さんの声と視線は、つま先の桜色の爪にキスしかねない風情がありました。
だめ・・・心のなかで小さく呟いて、わたくしは足先を下ろしました。
「ありがとう、これもお揃いなのね。」
一歩踏み出した脚の鼻緒は、蜻蛉と同じ浅葱色だったのです。

1時間ほど前に二人で開けたドアの鍵を、二人で閉めて出掛けるのです。
「いってきます。」
パタンと・・・閉じた誰もいない部屋の扉に声を掛けたわたくしに、望月さんはやさしく微笑んでくださったのです。

2人で降りた地下駐車場で、わたくしは当然のように先ほど停めたセルシオに向かおうとしました。
「祥子さん、こちらです。」
その手を引いたのは、望月さんでした。
セルシオを停めたのとは違うブロックへと歩いてゆきます。
彼が立ち止まったのは、白のRX7の前でした。
「小さい車で申し訳ないのですが。」
運転席のドアを開けると、全てのドアのロックが外れる音がいたしました。
わたくしは、助手席のドアを開けました。
「ううん、ちっともそんなことはないわ。これってFCよね。」
「よくご存知ですね。いまはもうRX8になってますから随分古い車種なんですが、気に入っていて手放せないんです。」
するりと、いつものセルシオに乗るよりもスムースに運転席に乗り込んだ望月さんは、エンジンを掛けました。

夢のかよひ路 30

望月さんはわたくしの前に回り込むと袖を通した長襦袢を一度さっと開け、改めて合わせてゆきました。
たゆんとしたGカップの白い乳房が、ちょっとした襟合わせの加減で寄せ合わされ、押しつぶされるのではなくコンパクトに襦袢の中に閉じ込められてゆきます。
キュ・・・ 伊達締めの締まる音がします。
望月さんの言葉をその時わたくしは実感いたしました。きつく閉じ込められた乳房の先端がガーゼに包まれてくっきりと立ち上がった陰を映しています。
皮膚が薄く感じやすい鴇色の昂りを、先ほど見せられた糊のきいた張りのある綿の素材でこすられ続けたら・・・もしかしたら傷つけてしまったかもしれなかったからです。

「ありがとう、悠哉さん。」
後ろに立つ望月さんの心遣いにそっとお礼を言いました。
彼には次に着せかけられた蜻蛉柄の着物に対するお礼に聞こえたかもしれません。
「いえ、この着物も祥子さんに着ていただけて本望でしょう。」
後ろ中心で襟を合わせ、かるくクリップで留めると望月さんは紐と伊達締めを手に前に戻ってらっしゃいます。先ほどと同じ白の紐は、着付けのためのものでした。
なのに・・・望月さんの手に紐様のものを見ると、期待と抗いにドキッとしてしまうわたしがおりました。先ほどの・・・括る・・・という脅しの言葉のせいでしょうか。
お着物の時は、わたくしは何もランジェリーを身に着けません。今夜は湯文字もなく絽とガーゼで作られた長襦袢だけがはしたないわたくしの身体を包むものでした。
付けているかいないかの肌着を汚してしまいかねない、いけない想像に身を浸してしまうことがないように・・・と。わたくしは自らの心を戒める様に下唇を噛んだのです。
「どこか苦しかったですか?」
着付けをしながらわたくしの表情を見あげた望月さんが、そう質問をなさいました。黙ったままの望月さんが側にいるということだけで、感じてしまった快感を押しとどめる表情はそんなに苦しそうに見えたのでしょうか。
「いいえ、大丈夫よ。」
腰骨の位置で裾を整えた紐をしばり、襟元をきゅっと引き締めます。大きく開けた襟足ときっちりと閉められた襟元のコントラストは、ただの木綿の一重を粋な装いへ変えてゆきました。

箱根の時と同じ様に、袋帯よりは少し低い位置で伊達締めを締めてゆきます。
ぴたっと決められた襟元は、さきほどまでのレースのドレスの開放感とは一線を画す、凛とした風情を感じさせたのです。
半分に折られた帯の手が、後ろに立つ望月さんから渡されました。裏が銀・表が黒地にほおずきの柄の半幅帯です。
するすると二巻きし、キュっと締めるとわたくしから手を受け取るのです。
ぽん・・と叩かれた場所には、綺麗な貝の口が結ばれていました。

「こちらにお掛けになってください」
ソファーにわたくしを腰掛けさせると、望月さんは明かりを点けにいったのです。
ふっ・ふっ 2つの蝋燭を吹き消します。
着付け終わるまで、時間にして15分足らず。その間に、アロマキャンドルは室内を優しい香りで満たしていました。
「苦しくないですか?」
わたくしの着ていたものを乱れ箱にまとめ、ハンガーに掛けて望月さんが戻ってきました。ブラシと黒のリボンがその手にありました。
「髪をまとめさせていただきます。」
そのままソファーの後ろに立った彼は、わたくしの髪をブラッシングし、左側にまとめるとざっくりと三つ編みをしたのです。束になった毛先をゴムでまとめリボンを飾ると、首筋から反対の耳元まで4カ所ほどヘアピンで留めたのです。
「痛いところはないですか?」
「大丈夫よ。」
振り返る事なくソファーの背から差し出された鏡を受け取りました。
手渡された鏡には右の耳元からグログランのリボンをコサージュのように垂らした、シンプルなアップスタイルが出来上がっていました。

夢のかよひ路 29

「あん・・・ね、着替える前にシャワーを浴びさせて。」
彼の手が触れた髪に、穏やかだったとはいえ海風に当たったままの身体が・・・気になったのです。
着せていただくのは着物です。お洋服と違ってそう簡単にお洗濯できるものではないのですから。
「だめです。それに祥子さんにシャワーなんていりません。祥子さんのことです、今夜も出掛けに清めてらっしゃるはずです。」
「だって、お着物。」
「いいんです。これ以上僕を焦らすと怒りますよ。」
ジィィィィ・・・・っ ファスナーが一気に下げられてゆきました。
パサァ・・・・ 肩を落とされたワンピースがまるで花びらのように足許に落ちてゆきます。肩に留められたままのアンダードレスも一緒に落とされてしまったのです。
わたくしの夏でさえ真っ白なままの身体には、黒のレースに散りばめられたゴールドの糸が揺れる蝋燭の明かりに煌めくランジェリーだけが残されたのです。ブラとハイレグパンティとガーターベルトに留められた極薄の黒のストッキング。
ほぉぅっ・・・ ワンピースを拾い上げた望月さんの嘆息が小さく背中に聞こえたのです。

望月さんは、それでもわたくしの身体を回して、ランジェリー姿を鑑賞しようとはなさいませんでした。もう一度ストレートロングの髪を手に取ると、わたくしの左の肩にまとめて預け、ブラのホックを外したのです。
「やん・・・」
思わず落ちかかるレースを手で抑えます。
「素直になさらないと、お時間がかかるばかりですよ。」
聞こえてきた彼の声は、やはり背後からでした。
わたくしは抑えていた腕を下ろし、レースの重みに両腕からブラが落ちるに任せたのです。
次いで望月さんの手が掛かったのは、ハイレグのパンティでした。ウエストのレースを掴むと一気に足許まで引き下ろします。
「脚を上げてください。」
腰の丸みに息がかかるほどの位置から聞こえる望月さんの声に、わたくしは小さく右足と左足を上げました。
プチっ・・・ ウエストに巻かれたガーターベルトのスナップが外されます。
いつもなら、わたくしの前にまわって左右の留め具から順に片脚づつ脱がしてゆかれる望月さんが、今夜は羽を広げたコウモリのようなガーターベルトごとストッキングを下ろしてゆかれるのです。
それだけでも、わたくしの羞恥に満ちたストリップティーズを楽しむのが目的でないことはあきらかでした。
「もう一度、脚を上げてください。」
ゆるゆると落ちてゆくストッキングを彼の手が、片脚ずつ脱がせてゆきます。

「これに袖を通してください。」
ふわ・・・と掛けられたのは、絽の襟の付いたガーゼの長襦袢でした。
望月さんはここまでの間、一度としてわたくしの前にまわってらっしゃることはありませんでした。セクシュアルな悪戯も、一度もなさらなかったのです。
ずっと後に立って、わたくしから脱がせたものを手元で整えながら脱衣のお手伝いをしてくださっていただけでした。彼は、祇園の男衆さんのようにわたくしを装わせることだけしか今は考えていらっしゃらないようでした。
「はい」
わたくしははじめて見る長襦袢に手を通したのです。
肌襦袢でガーゼのものは目にします。がウエストから下と袖を絽の素材に、上半身にあたる部分をガーゼにしたものははじめてでした。
「これは?」
「この着物を素肌に着て頂いてもいいのですが、祥子さんの肌には酷だと思いましたので作ってみました。」
「柔らかくて気持ちがいいわ。」
「そう言っていただけてほっとしました。」
前にまわった望月さんの手には、白の伊達締めが握られていました。