夢のかよひ路 28
「浴衣なの?」「ええ。」
「ドライブに?」
「そうです。ちゃんと座りやすい帯の形に結びますし、万が一着崩れても僕がち直してさし上げます。」
白地に浅葱で染め抜かれた蜻蛉の柄がすゞやかな着物でした。合わせる半幅帯は黒地にほおずきの朱と緑が鮮やかに映えています。
浴衣というよりは一重の着物と言った方が似合いなほどに、一般的な小紋などと変わらない格を持った品であることは一目瞭然でした。
どこに出掛けるにしても、黒のレースのパーティドレスではいまの望月さんには不釣り合いでしょう。
用意されているのがこの着物なら、着替えるしかありません。
「わかりました。望月さんの寝室をお借りしてもいいですか?」
もう、21時をまわっておりました。
ドライブにゆくならあまり遅くならないほうがいいでしょう。
帯は彼に任せるにしても、ドレスから着物に着替えるところを彼には見られたくありませんでした。
「だめです。ここで着替えていただきます。さぁ、立って。」
「いやぁ・・・」
煌々と明かりの灯るこの部屋で、彼の眼の前で着替えろとでも言うのでしょうか。
「お願い、ここでなんて恥ずかしいわ。」
「見せてください。石塚様がどんなことをなさったのか、その痕跡くらい確認させていただきます。」
「何も、ないわ。」
「何もですか。本当に?」
「だったら、余計に構わないじゃないですか。素直に僕にその身体を任せてください。」
「だめ・・・」
「逃げないように括らないと、僕のいうことを聞いてくれませんか?」
押し問答でした。
望月さんだって、石塚さんから今夜わたくしを招待したのが会社主催のパーティだと聞いていたはずです。
たとえどんな理由だったとしても、わたくしを呼び寄せて指一本触れないでいることはない。石塚さんをよくご存知の望月さんなら、当然のようにお考えになったことかもしれません。でも、その疑惑と嫉妬は先ほどのキスで帳消しになったとばかり思っていました。
いえ、そう思っていたのはわたしだけだったようでした。
これ以上逆らえば、せっかくの石塚さんの最後の忍耐やわたくしの気遣いが無駄になってしまいます。
「お願い、明かりを落としてちょうだい。」
わたくしは、それだけを眼の前の素敵な若い男性にお願いしたのです。
「わかりました。」
わたくしが、身体の力を抜いたのを感じたのでしょう。
腕を掴んでいた望月さんの手の力が緩みました。
「ちょっと待っていてください。」
望月さんが向かったのは、テレビの隣で咲いている青紫の鉄線の下の棚でした。
そこからなにかを出すと、鉄線の鉢の側とローテーブルに置いたのです。薄紫の蝋燭でした。彼の大きな手の中に握り込まれたもう一つのものは、マッチのようでした。
シュッ・・・・ ぽゎと灯った2つの明かりからは、優しいラベンダーの香りがただよいはじめました。
「ハーブキャンドルね。」
振り向いたわたくしからは、キッチンからの逆光にシルエットになった望月さんが見えました。
「これならいいですか?」
「ん・・恥ずかしいけど、許してはくれないのでしょう。」
半年前の時には、彼の前でプレゼントされたランジェリーに着替えることに羞恥するわたくしを、最後にはさりげなく1人にしてくれたのです。
なのに今回はここまでするのです。
許していただくのは、無理のようでした。
「ええ、さぁ着替えましょう。」
わたくしの後に立った望月さんは、潮風になぶられていた髪を片手にまとめ、ファスナーに手をかけたのです。
閑話休題(インターミッション) 11-2
紅葉のたよりがあちこちから聞こえる季節となりました。皆様はいかがお過ごしでしょうか?<夢のかよひ路>の途中ですが、このお話のパートナー望月さんのキスに端を発して実施することになりましたアンケートの結果を発表させていただきます。ちょうど、雪の別荘からの帰路の回想が終わったところです。花火の後のナイトドライブへ向かう前に、少しだけ寄り道していってくださいませ。
投票期間は、10月13日からの15日間でした。男性限定にさせていただいたにも関わらず、69票もの投票をいただきました。ありがとうございます。
12の選択肢から1つ選んでいただくという事で、今回も0票のものがあるかと思いきや・・・全てのキスしたくなる瞬間に票を頂戴いたしました。
今回はわたくしの私的なコメントと、<淑やか>の中で近いイメージのキスシーンをご紹介させていただくことにいたします。
第一位 彼女が泣いている時 13票
なんと、第一位は『泣いているとき』でした。
可愛そうになってつい・・・なのか、泣き止ませるための最終手段なのか(笑)。約20%の得票数ですから、この秘技を駆使している男性は意外と多いのかもしれません。
それとも・・・もしかしてご自身で泣かせることまで想定内なんて酷い方はいらっしゃいませんよね。
銀幕の向こう側11
泣きじゃくるわたくしにキスをした男性といって一番最初に思い浮かんだのが、<銀幕>の仲畑さんでした。でも最初のキスは・・・わたくしからしているのですね。いま思えばなんてはしたないことしてしまったのでしょう。
泣いているという昂った感情の時のキスは、とても優しく頼もしかったのを覚えています。
第二位 彼女が哀しそうな時 12票
『哀しそうなとき』が第二位でした。
<淑やか>にお越しになっている男性の皆様は、とにかく女性が泣いたり・哀しそうにしていたりと辛そうな時にキスをしてくださる方達なのだと納得いたしました。でも、出来れば『哀しそう』になる前にキスで幸せにしていただけると・・・女性としては嬉しいのですけれどね。
初雪 1
望月さんがご招待カードに書かれていた時間にわたくしを迎えに来てくださったとき、その半日前に高梨さんと過ごして別れたばかりのわたくしは・・・少し窶れていたのかもしれません。美貴さん達が待ってらっしゃるホテルの部屋へ向かう直通エレベーターの中で、少し不安そうにしているわたくしに望月さんはキスをしてくださったのです。
どうも・・・わたくしには哀しそうな時があまりないようです。
なかなかシーンを思いつかずに唯一気がついたのがこの初雪のシーンでした。
第三位 彼女が拗ねている時 11票
彼女の気持ちを宥めるキスの第三弾!『拗ねている時』が第三位になりました。
言い訳も出来なくて、口も聞いてくれなくなって、でも絶対彼女に何か言いたい事があるに違いない時・・・男性の皆様はまず話すのではなくて、唇を塞ぐのですね♪
夢のかよひ路 9
「今度<様>を付けて呼んだりしたら、帰っちゃうから。」そう言って拗ねてみせたわたくしの唇を奪ったのは望月さんでした。大人の女としてあまり拗ねるという行為をしないわたくしにも、こんなキスの瞬間があったのですね。
そう言えばこのキスが、このアンケートの発端だったように思えます。
第四位 彼女が欲情している時 9票
実は、アンケートを開始した当初ダントツに票を集めていたのが、この『欲情している時』だったのです。
ということは、キスはセックスの前菜?だと決めている男性ばかりなのかしらん・・・などと勝手に不安がっておりましたが(笑)、こちらのブログのアンケートらしく順当なランクに落ち着いたようです。
好きな女性に欲情して潤んだ瞳で見上げられて、キスを我慢するなんてそんな野暮な方は嫌いです♪(笑)
初雪 19
「だめです。祥子さん、僕を見て。シェフに嬲られて逝く表情を全て僕に晒して下さい。祥子さんの逝き顔が見たいんです」
大晦日のホテルのメインダイニング。営業時間後の客席でわたくしはシェフに犯されながら美貴さんにその表情を見つめられ・・・最後には唇を奪われるのです。
欲情というよりも、官能に蕩け切ったわたくしの表情を美貴さんは堪能してくださったのでしょうか?
第五位 彼女とセックスしたくなった時 5票
第五位 その他 5票
もうそのものズバリの『セックスしたくなった時』がなんと5位でした。
愛して上げたい・・・って気持ちをダイレクトに表現するためのキスは、親しみ合った恋人同士ならではのキスしたくなる瞬間なのかもしれないですね。
ジューンブライド 31
「ねえさん」と呼ぶ森本さんの声に振り向いたわたくしは、とうとう舌も・・唾液も・・・喘ぐ声さえも全て奪い尽くすような・・淫らな口づけをされてしまったのです。「ねえさんは、僕が嫌い?」 という彼の欲情に、わたくしは弟だと思っていた男性と身体を重ねてしまうのです。
『その他』にも5票頂戴いたしました。
いただいたコメントからご紹介いたしますと・・・
「女性から熱い眼差しで見つめられたとき。ふと、その女性を見たときその瞳で身じろぎもせずじっと見つめられたら、思わず抱き寄せて、キスをしたくなります。」
女性からのアピールを感じた時、それに応えるためには言葉ではなくキス♪粋な方ですね。
「KISSは始まりと終わりの合図。そこに必ずしも抱擁や挿入が必要とは限らないと思うのですが。二人の距離が近づいた時、したくなりますね。KISS!」
挨拶のキスほど軽くはないけれど、いつでもどんなときでもさらっと大人のキスを綺麗にしてくださる男性をイメージしてしまいます。そうですね、<淑やか>の男性キャラだと山崎さんみたいな方なのでしょうか。
「彼女を縛り終えた時。きっちり縛って、さてキスでスタートです。」
調教をキスで始める。そんな方のお話を伺った事があります。縄を打った女性に愛おしげに与えるご主人様のキス。危な絵にはない・・・淫媚な魅力に溢れた一瞬ですね。
うたかたの夢 4
ということで、わたくしが選んだのは<不埒なキス>です。
地下鉄で二人の男性にパンティを身につけていない事を知られ、痴漢行為をされてしまうのです。そのうちの一人にわたくしは込み合った電車の連結部に連れ込まれ、素股という行為をされながら唇を奪われてしまうのです。声を殺すためだけに・・・。
第六位 彼女が怒っている時 4票
六位は『怒っている時』。
もうこれも明らかに宥めて機嫌を取るための手段になってますね。それよりも、実は「ごめんなさい」の代わりなのかしら?
過ぎし日の残り香2
わたくしは、あまり怒ったりはしない方なのです。それでも元の上司の隠し撮りしたあられもない写真を見せられたときは、とても怒っていたのです。そのわたくしの唇を風間さんは貪欲に奪ったのです。
でも、キスではわたくしの怒りは収まりませんでした。席を立ったわたくしは・・・
第七位 彼女が笑っている時 3票
ようやくハッピーなシーンでキスをしたくなってくださる男性に出逢えたような気持ちです。女性は、好きな方の隣で微笑んでいる時でもキスを望んでいたりするのですけれどね♪
Fireworks 9
わたくしが他の男性のことを思って浮かべている笑みに、石塚さんは嫉妬をしてキスをなさるのです。いまここにいるのは、あの男ではない僕なんだよと。でもこのキスは、まだ今夜のプロローグでしかありませんでした。
ふふふ、女性の笑顔に嫉妬をかき立てられる男性もいらっしゃるのですね♪
第八位 彼女が喜んでいる時 2票
第八位 彼女に久しぶりに逢った時 2票
第八位 彼女は関係なく単に自分がしたい時 2票
同率八位で3つのキスしたくなる時が並びました。
『喜んでいる時』。これはもう「僕もうれしいよ♪」の代わりのキスなのでしょうか?それとも「喜ばせて上げたご褒美で・・・いいよね」のキスでしょうか。
蛍火 8
蒸し暑い夏の庭園。蛍がうつくしい庭で喜び・はしゃぐわたくしを見た田口さんは、髪に止まった蛍を口実に、わたくしの唇を奪うのです。
『久しぶりに逢った時』。実はわたくしはこれがもう少し上位なのかと思っておりました。これは「いつも逢ってるから」なのか「久しぶりに逢ったらキスよりも先にしなくちゃいけないことがあるだろ!」なのか(笑)。
ところが<淑やか>には『久しぶりに逢った時』のキスシーンは意外に多いのですよ♪
第九 合唱付き 1
夜の美術館で出逢ってから連絡先を教えていたにもかかわらず、連絡してこなかったわたくしを年末のコンサートホールで見つけた高梨さんは、誰がみているかわからないロビーでわたくしにシャンパンの香りのキスをしたのです。
「だめ・・・こんなところで・・」「今夜は最後まで味合わせてくれるね」「だって・・・あなたはお仕事が・・・あん・・・やぁ・・」
わたくしはとうとうその夜を高梨さんと過ごすことを約束してしまったのです。
唐紅 10
オペラピンクのランジェリーを着て出かけた夜からもう随分たってから、バーへ立ち寄ったわたくしを望月さんと美貴さんが迎えに来て・・・箱根の宿まで。
まだ名前すら存じ上げない美貴さんとの久方ぶりのキスは、わたくしの身体を確かめようとするようなキスでした。
『自分がしたい時』。彼女がどうあれ・・・と身勝手に見えながら、実は一番正直なお答えかもしれません。女性も、男性がどう思っているかは別にしてキスしたくなる時ありますもの♪
ムーンナイト・アフェア 17
「祥子を手に入れるためなら他の女達は全て整理する。僕のものにならないか、祥子」
真性の快楽系Sだとおっしゃる長谷川さんは、激しい責めの狭間でわたくしに想いもよらないことをおっしゃったのです。わたくしは、その言葉に頷くわけにはまいりませんでした。真情を語るわたくしに、長谷川さんは、責めではないはじめての貪るようなキスをなさったのです。
第九位 彼女からキスをねだられた時 1票
女性の皆様・・・男性ってキスをおねだりしても、して上げたいって気持ちにはならないみたいなんですよ。
と改めて実感させられた『キスをねだられた時』が最下位でした。
だって、してくださらないんですもの。せめて、おねだりした時くらい気持ちを察してキスしてくださいな♪
桜陰 14
「どうか、もうわたくしをお赦しください、ご主人様」
桜並木を3本の桜毎にキスをして、下にスリップだけしか身につけていないコートの釦を一つずつ外してゆく・・・という高梨さんとのゲームに、わたくしは全てを耐える事が出来ずに哀願するのです。
その答えは、身体を犯すのではなく心を奪うような・・・キスでした。
初雪46
このシーンは、わたくしがおねだりしたというよりは、望月さんにねだられたキスだったのですね。もう半年も前のお話・・・わたくしの中ではちょうど逆・・・わたくしがおねだりしたのだとばかり思っておりました。
結果発表は以上です。
女性の皆様いかがでしたか?ぜひご感想を聞かせてくださいませ。
ピックアップいたしました<淑やか>のキスシーンもお楽しみいただけましたでしょうか。もっと、たくさんのキスを男性の方達からは頂戴しているのですが・・・ん、全員の方の唇の感触を思い出してしまいましたわ。
また明日から<夢のかよひ路>を再開いたします。
真夏の夜のドライブ。行き先は秘密なのですが、いったい望月さんはわたくしをどこへ連れて行こうというのでしょうか?
ぜひ、またお越し下さいませ。皆様のお出でをお待ちしております。
夢のかよひ路 27
「やっぱり祥子さんには、華が似合う。ドレスならモノトーンがお似合いですが、着物だとモダンで構築的な若い作家の作品では祥子さんに格負けしてしまうんですね。この絵画のような豪奢な柄を、きっと上品に着こなしていただけるでしょう。」「もう、お世辞でも目の肥えた望月さんにそう言っていただけてうれしいわ。でも、こんなに高価なものばかり、いつも・・・申し訳なくて。」
「そんなこと、気にしないでください。これは祥子さんの時間を予約するためのチケットなんですから。」
「えっ・・」
「気が咎めるのなら、この着物を着て僕とデートをしてください。いいですね。」
「あん・・・」
立ち上がった望月さんは、わたくしの顎をついと持ち上げると素早く唇を奪ったのです。
ローテーブルに用意されたアイス・ティーに冷やされた彼の唇は、半年前と同じアールグレイの香りに満ちていました。
またしても、わたくしをデジャヴュが襲うのです。半年前のあの日からずっと、望月さんの腕の中で愛され抱きしめられ続けてきたようでした。
「返事は?」
つかの間離れた望月さんの唇から掠れた声がいたします。
「ゆうや・・さん・の言うとおりに・・する・わ」
しょうこ・・さ・・・ 今度は激しく・唇も・・身体も・・・望月さんに貪られます。ディープキスは舌の絡まる音でわたくしの理性を蕩けさせ、彼の手はつい1時間前まで石塚さんに嬲られていた白い肌の記憶を蘇らせるのです。
「はぁ・・ぁ・ん・・」
「祥子さんとシャンパンの香りで酔ってしまいそうだ。」
望月さんは、広く大きな胸にわたくしを抱きとめてそうおっしゃるのです。そして・・・
「僕の名前を憶えていてくれたんですね。」
「ええ、忘れたりしないわ。」
「よかった。」
悠哉さん・・・1月3日のベッドの中で、わたくしを責め立てながら教えてくれた望月さんの名前でした。快感とともに刷り込まれた名前は、口にする度に、わたくしを疼かせたのです。
「氷が溶けてしまうまえに、アイス・ティーで酔いを覚ましてください。」
わたくしを腕の中から解き放つと、ソファーに座らせてくれたのです。
「一休みしたら、出掛ける支度をしましょう。」
喉を滑り落ちる香り高い液体は、わたくしに平静を取り戻させました。
いつもはストレートなのに、今夜は少し甘くて、そのこともほっと和ませる要因の1つでした。
「美味しいわ。ねぇ、どこに行くの?」
隣に座る望月さんを振り返ったのです。ずっとこちらを見つめていたらしい視線にダイレクトにぶつかって・・・わたくしはドキッとしたのです。
「祥子さんがいらっしゃりたい場所はありますか?」
じっと、優しく熱の籠った瞳でわたくしを見つめて真顔で質問を返すのです。
ここで行き先を言えばそこに連れて行ってくれるとでも言うのでしょうか。いえ、そんなことはもうこの時間では無理でしょう。今夜から、明日の予定はきっともう組まれているのです。
「もう、素直に教えてください。」
「ははは、行き先は内緒です。明日の夜までにはご自宅にお送りします。安心してください。そして、今夜着替えていただくのはこちらです。」
彼が差し出したのは、きちんと仕立てられた綿の一重でした。
夢のかよひ路 26
望月さんのお部屋は、半年前の記憶のままでした。地下の駐車場にセルシオを停めて、エレベーターで8階へ。
<806/Y.MOCHIZUKI>の扉を開ける望月さんの姿まで、まるでデジャヴュを見ているようでした。
「どうぞ、お上がり下さい。」
先に上がった彼が差し出したのは、上質な麻で織られたスリッパだったのです。
いまが夏の盛りだと・・・先ほどまでの甘美な夢想が過去のことだと・・・一揃いの履物が教えてくれました。
「ありがとう。」
お正月と違って今夜はエナメルのバックストラップパンプスです。脚を軽く上げて、踵のストラップを落とすとわたくしは玄関を上がり、改めてパンプスと望月さんのローファーの向きを整えました。
「すみません。脱ぎっぱなしで。」
「いいえ。」
わたくしを玄関に早く入れて下さるためでした。望月さんは慌てて上がったとはいえ、脱いだローファーは玄関にきちんと揃えられていたのですから。
改めてきちんと躾けられた方なのだと、望月さんの振る舞いには感心してしまいます。
「飲み物は冷たい方がいいですか?」
「ええ、ありがとうございます。でも、その前にお化粧室貸してくださいな。」
「わかりました。リビングで飲み物を用意して待ってます。」
少しだけ振り向いて、望月さんは正面のドアに入ってゆきました。
花火帰りの人で渋滞した道筋は、思ったよりも時間がかかっておりました。
シンフォニーの中でいただいた飲み物のせいもあって・・・そして半年前のこの部屋での出来事の想い出がわたくしの身体を高ぶらせていたこともあって・・・お行儀が悪いのですが着く早々に化粧室をお借りしたのです。
それに、もう一つ理由がありました。
石塚さんの痕跡をきちんと消しておきたかったからです。
今夜の望月さんは、落ち着いた優しい風情を漂わせておりました。
だからといって、このまま紳士的でい続けてくださるとは限りません。
なぜなら、望月さんはこんな姿のわたくしを前にした石塚さんが全くなにもせずに帰してくれる方ではないことを、一番ご存知だったからです。
たとえなにが有った後でも、彼がもしわたくしを望んだ時に、せめて他の男性の痕跡だけは感じさせたくありませんでした。
化粧室で用をたした後、わたくしは改めてストッキングを留め直し、ハイレグのパンティから零れた白いヒップを軽く濡らしたハンカチで拭いました。
シンフォニーの特別客室で慌てて身に着けたランジェリーを、改めてからリビングへと向かったのです。
「ごめんなさい。お待たせしました。」
ソファーに座る望月さんに声を掛けようとした時です。
振り返った彼の向こうに、<春>と<雨>の景色が広がっていることに気付いたのです。
「す・てき・・・ね。」
半年前に、紅葉を織り出した白大島が掛かっていた衣桁には桜の友禅がありました。薄紫から濃紅までの淡いグラデーションと若葉の萌黄が大胆にせめぎあう、京の西山の景色のようでした。
もう一枚は突き当たりの壁に、雨を思わせる薄水色と白の縞にすっと立つ菖蒲を描いた絽の附け下げでした。
それぞれの足許の乱れ箱には、帯から長襦袢まで・・・絽の着物にはそれに合わせた雨コートまで用意されておりました。
「気に入っていただけましたか?」
「ええ、とっても。でも・・・」
春の桜の季節・梅雨のあやめの季節にわたくしはこの方達とお逢いする約束をしてはおりませんでした。お正月に見せられた大島とは訳が違うのです。
「祥子さんに逢えるチャンスは滅多にありませんから、お逢い出来たら着ていただきたいと思ってご用意しておいたんです。」
「それにしても・・・」
あまりに高価なものでした。華美などではなく、上質が故の美しさがそこにはありました。ここにある和服の数々は・・・襦袢に掛けられた半襟までも銀座のママさえ垂涎ものな格のものに違いありません。
夢のかよひ路 25
「ごめん・なさ・・い。」はじめて美貴さん達と出逢ったあの夜、わたくしが気まぐれにあのバーに行ったりしなければ、この優しい男性をいまこんな風に苦しめることはなかったのですから。
「なんで謝ったりするんですか?」
「ごめんな・さい・・ぃ・・ぁあぁぁ・・」
わたくしの中でじっとしていた望月さんの塊が・・また激しく花びらの奥を責め立てはじめたのです。
「早くあなたを、堂々とあの3人から奪えるほどに、なりたい。なってみせる。」
「ああぁん・・・ゆぅゃぁぁぁ・・・・」
幾度も達したわたくしの身体が、理性を蕩けさせる快感を思い出すのにさほどの時間は必要ありませんでした。
「僕だけのものにしたい。」
深く・浅く・深く・・もっと深く・・・
望月さんが言葉を吐出すたびに大きさを増す塊は、わたくしの身体を・・・彼を受け入れるためだけのものに変えてゆくのです。蜜壷を望月さんの塊の形に抉ってゆく様に激しく突き上げ続けたのです。
「はぁぁぁ・・だめぇぇぇ・・・ゆうぅぅやぁぁぁ・・・」
「待っていてください。きっと迎えにゆく・・しょう・こぉぉ・・・あぁ逝く・・ぅっ」
「いっちゃうぅぅぅぅ」
とぷっ・・・熱いねっとりとした質感がわたくしの胎内を満たしてゆくのがわかりました。とても・とても・・たくさん。
「ああ・・っ」
全ての力を使い果たした望月さんの身体が・・わたくしの上に被いかぶさったのです。激しい鼓動は・・・わたくしの乳房の向こうの鼓動と重なり・・・美しいリズムを奏でたのです。
「祥子さん」
「なぁに?」
わたくしは、望月さんの呼びかけで過去の想い出から呼び戻されたのです。
わたくしがいま座っているのはセルシオのリアシートで、眼の前に広がっているのは・・・午後の明るい日差しに満ちた望月さんの部屋ではなくて・・・真夏の都内の夜景でした。
「明日はお休みですか?」
「ふふふ そうよ。」
「何か予定はありますか?」
こんな質問をしてくれるということは、望月さんが何かを計画してくれている証拠です。
いつものお仕事の装いではなかったから、もしかしたら・・とは思っていました。でも本当に誘って頂けるかどうかはfifty & fiftyだったのです。
「いいえ、何も予定をしてなかったから、お仕事でも少しこなしておこうかとおもっていたの。」
「よかった。夜のドライブをしませんか?ちょっとだけ遠くに。」
「素敵ね。でもわたくしこんな格好なの、それに遠出をする支度なんてなにもしてこなかったわ。」
石塚さんに誘われたシンフォニーでの東京湾クルーズパーティに相応しい黒のドレス姿なのです。シンプルなものとはいえ、あきらかにパーティ仕様の靴もバッグも、望月さんのいまの姿にはそぐわないものでした。
「大丈夫です。任せてください。それじゃ、僕の自宅に寄りますね。」
いつも、ご自分のことを<私>という望月さんが、<僕>とおっしゃる時は1人の男性としてリラックスしてわたくしと接してくださっている時なのです。
「ええ、ありがとうございます。」
声の調子と口調で、望月さんが喜んでらっしゃるのがわかりました。
カチ・カチ・・ 渋滞から抜け出したところで、望月さんが左にウインカーを上げました。御殿山の彼の部屋までここからならあと15分ほどです。
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