空の上から
爽やかな空気が一転して湿気を含み出したころ機内の人になった
秋らしい儚げな雲の層なのに
突き抜ける度に思わぬ揺れを感じる
まるであの女性みたいだ
数分後抜け出た雲海の彼方に
ぽつんと見えたのは夏の富士
柔らかく清い雲に包まれたその姿に
今宵の二人を想う
ビジネスフライトなのに
ああ いけない
リンクを整理させていただきました
酷暑が続きますが、皆様お元気でいらっしゃいますか?わたくしと言えば
ハードな日々に取り紛れておりましたが
さすがに疲れが溜まり始めた今日この頃です
さて、この度誠に恐縮ではございますが
2010年以降記事の更新のないブログ様を対象として
リンクの整理をさせていただきました
リンクしていただいていた皆様には
大変お世話になりました
本当にありがとうございました
これからも皆様のご清祥を心よりお祈り申し上げます
まだまだ激しい夏は続きそうです
ご自愛くださいますよう
そして、<淑やかな彩>をご愛顧いただけますよう
宜しくお願い申し上げます
緑陰
「いつか行ってみたいと思っているんです」傘の向こうで呟くように言ったあの女性の言葉
都の西の山に入ったばかりのあたりにある
深い・深い緑に覆われた寺
最近は、私たちのホームグラウンドが
東京であることを忘れそうだ
柔らかくなった陽の煌めきをのせる
せせらぎの向こうに広がる庭にあの女性を誘う
「お手間だったでしょう ありがとう」
拝観の予約を取るぐらいの事はなにほどのものでもない
目の前の微笑みを独り占めするためなら
本堂での読経の後
護摩木の表に柔らかに<心願成就>と墨書して
「欲張りかしら?」
と笑みを浮かべた唇から
視線を外すのにどれだけの努力が必要だったことか
黄緑・若緑・常緑・新緑・深緑・青緑・浅緑
ここにはどれだけの緑が存在するのだろう
「まるで地球の縮図のようね」
水と樹と大地と緑
潤い・包み込み・朽ちて・栄養となり・育てる
”まるで貴女のようです”
私は心のなかで目の前の黒髪に向かってそう呟いた
池の中島に渡された橋にも
奥の御堂にも
古人のための小舟にも
私たちは行くことができない
ただ、誰も来ることのできないあの場所で
二人きりで居られたらいいのに
そう夢想するだけだ
日差しの中で
ひっそりとたたずむ山門を抜けると上り道が続く
苔を傷めないようにと選んだヒールのない靴のせいで
ひどく小さく感じるこの女性に手を差し出した
「ありがとう いつも優しいのね」
ほんの少し冷たい指先を壊さぬ様に掴む
「いえ気をつけてください」
あと少し行けばこの庭は終わってしまう
緑陰の園から現世へと
この女性を帰したくなくなっていた
「ここはかぐや姫の物語の場所なのでしょう?」
「そう言われていますね」
「だからかしら、気が澄んでいるわ」
私たちの後ろに横たわる庭は
もうあれほどに人が居たことを忘れたようだ
「わたくしが月に帰ってしまわないように
早くあなたの館に連れて行ってくださいな」
「はい」
この庭に閉じ込める必要などない
もちろん月になど帰さない
この女性は・・・私のものだ
桔梗の寺へ
コンチキチン♪の鉦の音が響く季節微かな雨の気配をまとって訪れた桔梗のお寺
こっくりと色を変えた紫陽花が
わたくしを迎えてくれる
手水鉢にも桔梗と青紅葉
目にも涼やかなおもてなし
ゆれる水面に誘われる様に
座敷を行けばそこは一面桔梗の庭
ほうっ・・・と漏らした息の先に
細かな雨が降り始める
お願いしたお抹茶の香りまで
桔梗の紫に染まってしまいそう
「お待たせしました」
やわらかな彼の声がする
宵山の浴衣姿とは一線を画す麻のジャケット姿
「お仕事は?」
「済ませてきました」
長身を折り畳むようにわたくしの右隣に正座する
「間に合いましたね」
「ええ」
桔梗の花の見頃のことかしら
落ち始めた雨のことかしら
それとも・・・
ここから彼を待たずにわたくしがいなくなる
と思っているのかしら
「車をまわしてきます。
これをさして門前で待っていてください」
差し出されたのは桔梗色の和傘
漆塗りの持ち手がひときわ艶やかに見えるのは
降り始めた雨のせい?それとも・・・
誠実で従順で変わらない年下の彼が
目の前で助手席のドアを開けた
ひらりひらり
「かわいい〜」おもわず出た一言にはっとして
あわてて口元を手で押さえたのは私の秘書だ
スポンサーをしているこのイベントに
どうしても顔を出して下さいと連れてこられた
「好きにしていていいよ。出口で待っていてくれ」
関係者への挨拶はきっと口実だろう
「でも・・・」
「そうだな、15分後に」
「・・・はい」
うす暗い会場の向こうから会釈をする主催者の姿を見て
彼女は私の側から離れていった
「恐れ入ります。お運びいただきまして」
「今年も盛況ですね。おめでとうございます」
目の前の水槽の色が変わってゆく
浮かび上がっていた赤が青く・・黒く・・・
型通りの挨拶を交わす同世代の主催者の目には
私の濃紺のスーツに差した白いポケットチーフだけが
ライトアップされた金魚の尾のように映っているのだろうか
「せっかくですから、ゆっくりご覧になってください」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
すっかり板についた法被姿の背中を見送った
「山崎社長」
入れ替わりのように秘書の抑えた声がした
うす暗がりからライトの中にふっと華奢な白い頬が浮かぶ
「君か、ゆっくり見ていればいいのに」
「ご一緒します」
水槽の中で群れ泳ぐ金魚のようにそっと寄り添ってくる
会場をまだ半分も巡っていない
次に主催者と会う時のためにも
今日は見ないで帰るわけにはいかないだろう
増え始めた人を避ける様にして改めて歩を進める
「足許に気をつけて」
振り返った私に秘書が微笑む
きっと可愛いのだろう
社内でもファンが多いと聞く
彼女に会う為に社長室に足を運ぶ社員もいるらしい
でも・・・
私を惑わすことが出来る女性はまったく違うタイプだ
ひらりひらり・・・
金魚の透ける尾が私の視界を横切ってゆく
背の高い白く柔らかなあの女性の胸元をおおうレースのように
このうす暗がりの中でもひとり
ハイヒールのまま迷うこと無くすっと歩いてゆく
照明に照らされた彼女の横顔を揺れる黒髪が覆う度に
見失うのではないかと私だけが不安になるのだ、きっと
決して群れたりしない
ただ一人ここに閉じ込められても凛としているだろう
そして男の指が触れるその時だけ
その白い背中を、たおやかな腕を、やわらかな胸元を
ひらりひらりと柔らかくひらめかせるのだ
ほら、もっと触れたいのでしょう・・・と
あの繊細な白い肌の奥が
揺れる白い乳房だと解らぬように
似つかわしくない扇情的な
ピンクのライトの下に閉じ込めてしまおうか
私だけがその姿を鑑賞できるように
私だけがその繊細な肌と柔らかなふくらみを
すべすべと撫でられるように
それともあの女性のためには
輝く玉座が相応しいのか
多くの男がかしずく妖しく美しい水槽で作られた玉座
その中心で微笑むのを私は見ているしかないのか
「あっ、社長っ・・・」
とっさに触れた細い指をつかみ取る
近くにいた秘書が小さな段差につまずいたらしい
「大丈夫か?」
「はい ありがとうございます」
「君は社に帰りなさい」
体勢を立て直した秘書の小さな顔が少しこわばる
何か失敗をしたときに良く見せる表情だ
こんなことで叱ったりしないのに・・・
「次のアポにはここから行くから帰っていいよ。
今日は社には戻らない。あとは宜しく頼む」
「あっ、はい。わかりました。失礼します」
もう少しここに居よう
邪魔はもうされない
あの女性の幻影に麻のスーツ姿で昂る私を
ここならきっと隠してくれるに違いないから