2ntブログ

サファイアの夜 4

「あぁ・・ゆるし・て・・ぇ・・」
「それじゃ最後のテストだ。初めて逢った男にこんな目に遭わされたくらいでは、濡らしたりしない貞淑な女なら許して上げよう。でも、たったこれくらいで下着から滴るほどに愛液を溢れさせているような淫乱な女なら、今夜は私が満足するまで全身で奉仕するんだ、いいね。」
左右の乳房は、まるで別々の生き物のように揉みしだかれておりました。
大き過ぎ・優しい愛撫にさえ感じ過ぎるその部位は、身体の芯から求めていたサディスティックな指遣いに・・・既に官能を支配されていたのです。
「は・い・ぃぃ・・・」
落第することの決まっているテストに、わたくしは・・・同意しました。
「どれ・・。」
「あぁぁぁ・・っ・・・いっ・・っ・・・」
男性の手で捲り上げられたスカートの中・・・サファイア色を青黒く変えた逆三角形の頂きを男性の中指が撫で上げただけで、わたくしは・・・ガラスの前に頽れる様に逝ってしまったのです。

「危ない。」
男性の腕がわたくしの身体を支え、倒れないようにと抱き寄せてくださいました。
男性の指に与えられた膝が震えるほどの快感は、かつて愛した方とお別れした後の孤閨の長さを思い知らせたのです。
耳元に寄せられた男性の唇から漏れた一言に添えられた、耳に掛かる熱い息さえ逝ったばかりの身体を再び慄かせたのです。
「は・・ぅ」
「見掛けによらず、こんなに淫乱だとはね。驚いたよ。」
「お許し・・くだ・さ・い」
男性の言葉は、その声音と共にわたくしを責めました。
眼を閉じて、想い出に浸りたくなってしまう誘惑から・・・わたくしは辛うじて逃れていました。
指だけでなく、声までもその方に似ている・・・と男性に知られたら、どれほどの責めの理由を与えてしまうか想像も付かなかったからです。
でも、同時にその声で『祥子』と呼ばれながら責められたいと、心の底から欲してもいたのです。
ただの行きずりの関係。名前も聞こうとなさらない男性に、自ら名乗ったのは2度と抱かれる事の出来ない方と同じにわたくしを責めて欲しいと・・・願ったからでした。

「・・・ぁっ」
まるで、わたくしの心の中を読まれた様に・・・男性は無言のままでスカートのファスナーを引き下ろしたのです。タイトスカートは、サテンのスリップの上を滑り足下へと落ちてゆきました。
「私の好みだよ、大きな胸と大きな尻。」
パァン! ランジェリーごしに男性のしなやかな指がわたくしのヒップを叩いたのです。
「あぅ・・」
突然の痛みに喘ぎまじりの呻きを上げてしまいます。
「それに、いやらしい下着もね。」
ブラウスの釦を全てはずすと、手首を縛めたカーテンの紐を解いたのです。
両手首を掴むと袖口の釦を外して、後ろへと・・・開いた胸元を窓に向かって突き出すように・・・引かれたのです。
「このままだ。」
「は・・い・・」
男性は後ろに回した手を腰の上で重ねたのです。そしてわたくしの右手で左手の手首を握るように指示をしました。
この男性の声に命じられては、わたくしはほんの少しも逆らう事ができなかったのです。
男性は躊躇なくブラウスを肩から剥ぎ、わたくしの手首のところまで引き下ろすと掴んでいた手首を外させて脱がせてゆきます。ブラウスが身体から離れると、男性は無言でまた先ほどと同じ様に手首を掴ませたのです。

「ゃぁ・・・」
「眼をそらすんじゃない。見るんだ。」
乱暴に男性はわたくしのロングヘアを掴み、背けた顔を正面に向けさせます。

サファイアの夜 3

男性の関節が白くなり、口元に運ばれたオンザロックのウイスキーがカウンターに戻された時には、琥珀色の液体は1/3ほど減っていました。
初めに掛けられた言葉こそきついものでしたが、僅かに口角を上げる様にした口元とわたくしの返事を優しく受け止めて下さった眼差しに、忘れられない恋のことをお話ししてもいいと思いはじめていたのです。

「とても似ていたからです。お慕いして、愛されて、でももう2度と望むことを許されなくなった方の指に、似てらしたからなんです。」
わたくしは、シャンパングラスに添えていた手を外してスツールの上・・・濃紺のタイトスカートの膝に両手を揃えてきちんと頭を下げたのです。
きっちりと揃えられてスカートの裾から伸びる脚は、矢車草の青のサテンで作られたガーターベルトで吊ったダークネイビーのストッキングに覆われておりました。
同色のシンプルなハイヒールを履いたわたくしは、初めてお逢いしたこの方には貞淑な女に見えていることでしょう。
「失礼なことを致しました。申し訳ございません。どうかお許しくださいませ。」

「この手に欲情していたんだね。」
下げた頭を上げる前に、わたくしが愛した方と同じ声で男性は思わぬ事を口になさいました。
いつもでしたら・・・即座に否定をするところです。
でも、今夜は・・・。
「はしたない真似をいたしました。申し訳ございません。」
はい・・・と、ストレートに肯定することはできませんでした。
でも、この方ならきっと解って下さるような気がしたのです。
カラン・・・ 取り上げられた男性のバカラのグラスは硬質な音色を響かせて、わたくしに無言の了解を伝えたのです。
「お仕置きをしないといけないね。」
「ぁっ・・・は・い。」
お仕置き・・・久しぶりのその言葉に、わたくしの身体はすぐに反応してしまったのです。
「酷いことはしない。が、拒否は許さない。いいんだね。」
「・・はい。」
その言葉に躊躇したのは、ほんの僅かな間だけでした。
「私の部屋においで。」
化粧室へ立つ許しをいただいたわたくしの分まで会計を済ませてくださった男性は、身体に指1本触れることなくお泊まりになってらっしゃる部屋へエスコートをしてくださったのです。




「はぁん・・・」
豪奢な紐でわたくしの両手首を拘束した男性は、窓辺に歩み寄ると半分落ちかかったカーテンを片寄せて、改めて全開にいたしました。
そのままわたくしの背後に立つと、両手でブラウスの前を左右に分け・・・スリップの下でハーフカップのブラの端からはみ出してくっきりと立ち上がった鴇色の乳首をつまんだのです。
「私の指を見ていただけで、こんなにしたのか。」
「ぁぃたぁぁ・・ぃぃ・・」
三指で左右の昂りを同時に捻りつぶす様に捏ねるのです。
痛みはすぐに甘い淫楽を連れて、わたくしの腰を駆け下りてゆきました。
男性の手はそのままハーフカップのブラに指先を差し入れると、辛うじて収まっていたGカップの乳房をランジェリーのいましめから解き放ったのです。
「指が埋まってしまいそうな、はしたない胸だね。」
右の乳房は男性の指の間から白い柔らかな皮膚を溢れさせるほどに強く掴まれておりました。遠慮会釈なく、大きな男性の手に余る乳房の芯までを揉みこむようなその指遣いに、わたくしは愛しい方を思い出してしまったのです。

サファイアの夜 2

ブラウスと同色のスリップは身に着けておりました。
Gカップのバストのボリュームに負けて花びらのように開いたブラウスは、スリップと相まって、首筋に続く白いデコルテを強調するためだけの額縁のようになっていたのです。
矢車草の青のレースを一切使わないサテンのランジェリーは、一見清楚に感じるほどのストイックさを漂わせておりました。
が、スリップの下・・・欲情のままに身に着けたサファイア色のサテンのブラはわたくしのGカップの乳房の先端を辛うじて隠す程度のハーフカップでしたし、パンティーは乳房よりも白いヒップを露にしたTバックでした。
窓に映ったはしたない姿を見られる羞恥に、身じろぎをするだけでたふふ・・と微かに揺れるからだのラインは、男性を淫らな行為に誘っているのだと誤解されてしまいそうなほど・・・露だったのです。

「従順だね。」
男性は手を伸ばして、客室の重厚なカーテンをまとめている房つきのイエローのロープを取り上げたのです。
バサッ・・・ 落ちかかるカーテンが、客室の間接照明に一層まるみを際立たせた白い乳房とはしたなく羞恥に酔うわたくしの表情を、一瞬だけ・・・ガラスの鏡面から半分だけ覆い隠してくれました。




「無作法だね。」
じっと・・・グラスを持つ男性の手だけを見つめていたわたくしに、男性の堅い声が唐突にぶつけられたのです。
わたくしの事を言われているのだと気付くのが、一瞬遅れました。
それほどに、わたくしはなめらかなその指先に見とれていたのです。
わたくしに向けられたのではないと思っていた言葉に顔を上げたのは、その声が今夜お誕生日を迎えられた方とそっくりだったからです。
なにげに上げた視線が、右隣の男性の眼差しと直接絡んで・・・びっくりいたしました。その時初めて、その言葉がわたくしに向けられたものなのだとわかったのです。
カラン・・・ 男性の手に包まれたバカラのグラスの中の氷までもが、わたくしを非難するように鳴りました。
「知らんふりか?」
男性の声は、重ねてぶつけられたその少しだけ乱暴な言葉と同じほど・・・わたくしの心を強く揺り動かしたのです。
わたくしは背筋を伸ばしゆっくりと、男性に向き合いました。
初めてお逢いする男性でした。

「申し訳ありません。どうか、お許しいただけませんか?」
わたくしの返事が遅れたその一瞬の持つ意味までも、男性に見透かされてしまったような気がして、シャンパンの酔いだけでない恥じらいに頬をほんのり紅く染めおりました。
でも、それはわたくしの気持ちだけのことです。
初めてお逢いする男性には、わたくしの過去などなんの関わりもないのですから。
この方はなにもご存知ないのだと、自分自身に言い聞かせてお詫びの言葉を口にしたのです。

わたくしがお慕いした方と同じ大柄な方でした。でも、声と手以外は全く違う外見でらっしゃいました。
「訳を聞かせて貰えないか。」
「はい?」
「私の手など特に面白いこともないだろう。なのにじっと無作法に見つめ続ける。なにか理由があるんだろう。」
「お話したら、許していただけますか?」
「それは、あなたの答え次第だよ。解るね。」

サファイアの夜 1

大変お待たせいたしました。
先日来予告しておりました、50万アクセス記念作をお届けいたします。

これは<オペラピンク前夜>よりも前のお話です。
まだ、わたくしが前の方に心囚われていた時の切なくて・淫らな物語をどうぞお楽しみくださいませ。

外伝2/レンジローバーの帰り道 15

関越道はあの事故渋滞以外は順調だった。
「そろそろ最後のPAですが、休憩なさらなくてよろしいですか?」
話に夢中になっている間にもう川越だ。
「いいだろう?」
石塚さんの言葉に私と美貴は頷いた。
「結城くん、君が休みたいなら三芳に停まろうか?」
彼女は上里で食事をしている。それにずっと運転をしているのだ、さすがに疲れているだろう。トイレ休憩がしたいなら、させてあげたい。
「いえ、私は大丈夫です。このままホテルに向かっていいですか?」
「そうしましょう。この車はホテルの駐車場に置いておけばいいですから、ご褒美に美味しいお酒をごちそうしてあげますよ。」
「ほんとですか。ありがとうございます。」
「こらこら、美貴。結城くんはお酒が弱いんだからほどほどにしてくれよ。」
「ああ、お目付役が煩いな。だからナンパされても彼氏ができないんだよな、結城くん。」
「ちがいます。」
石塚さんが私をからかう台詞に結城くんはしどもどしてる。
一見はまだ20代そこそこに見えるが、今年は25になるはずだ。ほんとうに、そろそろ恋人でも作って美貴のところの島田さんじゃないが一皮むけてもらわないと、な。
結城くんはほんとうに素直ないいコだ。彼女にぴったりの、優しい責任感のある青年と出逢えるといいと思う。
「石塚さん。あんまり結城くんをからかうと、もう石塚さんの居る時には彼女を貸しませんよ。」
「からかってるつもりはないんだけどな。結城くんの腕は確かだし、なかなかいい運転手だよ。俺は気に入ってるんだ。そうだ、せっかくだから彼氏ができるまで、俺と付き合ってみるか?」
「こまります。」
ルームミラーの中の彼女は真っ赤になっていた。
周囲に車の量も増えている、そろそろ大泉JCTだ。首都高もまだそれほど渋滞はないらしい。タワーホテルに向かうために、結城くんは車を左車線に移動させている。
「石塚さん。結城くんに手を出すのは許しません。彼女にはもっと相応しい相手がいるんですから。」
「申し訳ありません。」
蚊の鳴くような声で、結城くんが謝罪を口にする。
「ははは・・・ 立て続けに2度も振られちゃ、惨敗だな。」
「当たり前です。」
わはははは・・・・ 再び起こった爆笑に、今度はルームミラーの中の結城くんの目元も赤らみながら笑っていた。
「愛されてるね、結城くんは。」
美貴の言葉に、彼女は小さく「はい。」と答えた。

雪の別荘からの帰り道。
祥子さんとの時間を思えば味気ないはずだったが、なかなか楽しい時間になった。
夕食の中華も美味しくいただけるだろう。
これで、結城くんへの罪滅ぼしになったろうか・・・明日から、また気持ちよく一緒に働くためにもしこりは遺したくなかった。
ホテルから自宅までは、僕のタクシーで一緒に送ってあげよう。それくらい、しなくちゃな。

石塚様は、あたしを困らせるようなことばかり言う。専務の前で社交辞令でも他の男の人に<好き>とか<付き合う>なんてこと言いたくない。だってあたしが好きなのは、専務だけなんだから。
美貴様が「愛されてるね。」って言ってくださった。
それがほんのちょっとでも・・・本当なら、うれしい。本当にならないかなぁ。

外伝2/レンジローバーの帰り道 14

「ああ。でもますます解らないな。なんで彼女を手放したりしたんだ、前の旦那は。」
「協議離婚のようです。祥子さんが全ての手続きをして夫婦で住んでいた家を出た様です。いまだに元の夫は独身です。理由はわかりませんが、彼女が三行半を突きつけたというところでしょう。」
「だよな。バカな男だ。俺なら絶対なにがあっても祥子さんを手放すようなことはしないがな。」
「まあ、夫婦はいろいろですよ。そうでしょう、石塚さん。」
離婚経験のある美貴が、同じ経験を持つ石塚さんに含みのある一言を掛ける。
きっと本当にこれ以上は調べられなかったのだろう。それに、この話を続ければ・・あとは憶測だけしか残らない。
「子供はいるのか?」
「いませんよ。子供のない夫婦だったようです。」
美貴が即答し、そして苦笑いをするように付け加えた。
「子供がいたら、年末年始のこの時期に何日も僕たちと過ごしてくれるわけがないじゃないですか。石塚さんじゃないんですから。」
「たしかに。」
「うちは仕方ないだろ。日本に居ないんだから。別に父親の役割を放棄してるわけじゃないしな。」
リアシートから助手席の石塚さんの横顔しか見えないが、自分の子供のことをつつかれた時だけは一瞬彼も苦い顔をした。耕市くんといったっけ・・・石塚さんのお子さんは。いまはいくつぐらいになったんだろう。

しかし・・・
「それで、あの知識っていうことは百貨店時代によほど徹底的に売場で教育をされたか、よほど生まれがいいか・・・しか考えられないな。」
頭の中に浮かんだ言葉がそのまま口をついて出てしまった。
そう、百貨店の売場は実は普通の人が思っている以上に専門特化している。特定の売場を社員として担当する以上、門前の小僧とはいえ、その気になれば相当の知識を持つことができるのだ。
「売場にはとうとう出なかったようだよ。祥子さんの経歴を見ると。入社してからデザイン開発部門一筋だったようだ。」
「っていうことは?」
「いえ、実家もごく普通のどこにでもあるサラリーマン家庭です。ですが。」
美貴が一旦言葉を切る。
「祥子さんの母方の祖母の実家が爵位持ちだったようですね。戦前まではなかなかの羽振りだったそうです。」
「ほう、世が世ならお姫様か。」
「そのようです。」
「なるほど、ね。」
3人は示し合わせたように頷いてしまう。
そう言われて納得できるだけのものを、あの祥子さんという女性は持っているのだ。
たとえ遡ってのこととはいえ、家柄がそこまでしっかりしていれば山崎の家にも何も言わせない。祥子さんを妻にするのに・・・問題は何もない。

えっ え~~~~。おひぃさまぁ??爵位って少女マンガの中だけのことじゃないの?それにデザイナー??あたしの通っていた専門でもデザイナー志望者は山の様に居たけど成功するなんてほんの一握り・・宝くじくらいなものなのに。フリーで専務やこの方達とお付き合いできるような生活をしてるなんて信じられない。
娼婦なのかと思ったのに・・・だからあんないやらしいこと平気でさせるのかと思ったのに・・・なに、それ~~~。

外伝2/レンジローバーの帰り道 13

結城くんは女性にしてはとても寡黙だ。
普段運転手として接しているときも、必要以上のことは口にしない。
私の指示にも短く適切な返事を返し、解らないときは率直に質問する・・・部下としては大変付き合いやすいタイプの女性だと思う。
前の佐藤さんは父の代からの運転手だったから、都内だけでなく山崎家に関する行き先はほとんど熟知していてくれた。定年で辞めることになった彼の後を引き継いだ彼女の為に、私は社用車にカーナビを取り付けたのだ。
メカに強い(なんといっても結城くんはそもそもCADオペレーターなんだから)彼女は、あっという間にナビを使いこなして大抵の業務は問題なく済ませるようになった。
ただし不測の事故が起きたり、同乗者の都合で当初の予定が変わりそうな時、結城くんは言葉にする前にもの言いたげな眼で私を見つめることに気がついた。
もちろん、ちゃんと言葉にして確認すべきことは結城くんも口にする。が、言葉にするまでもなくYES・NOで答えられるような時、私はできるだけ今みたいにして彼女に答えてあげるようにしていた。

「美貴、いったい祥子さんはどんな経歴の人なんだ。美貴のことだから調べているんだろう?」
えっ・・・それは初耳だった。ただ、望月くんは祥子さんの自宅を知っている。とすれば、美貴の持つ調査能力をすれば彼女の素性を調べることはそう難しいことではないだろう。
「いまは、フリーのグラフィック・デザイナーをしているそうです。アーティストというよりはクリエイターでしょうか。大手の企業をいくつかクライアントに持ってさまざまな分野でデザイン提案をしているそうです。」
「デザイナーなのか。どこの美大を出てる?」
グラフィックなら美大だろう。彼女のセンスなら多摩美か・・それとも。
「出身は美大じゃない。社会学が専門だそうだ。」
「社会学ぅ?また、畑違いだな。」
「石塚さんのところみたいに、有資格者の専門家集団だとそんな印象なんでしょうね。僕も不思議に思ったんですが、どうもデザインは独学のようです。祥子さんはもとは百貨店に勤めていたらしいです。そこのデザインチームでバイヤーをしていたという経歴が残ってますから実務で磨かれたものでしょう。」
「それで、フリーでやっているのか。すごいですね。」
うちにも、デザイナーという肩書きを持つスタッフは20名ほどいる。どのスタッフもデザイン専門学校か変わり種でも美大を出ている。全く畑違いのところの出身で、デザインで身を立てることができるなんて・・・生来もっているセンスが半端じゃないということだ。
「ああ、普通なら考えられないが、そうらしい。ジャンルを問わず、様々なもののデザインやプランニングを手がけた実績があるようですよ。」
「結婚はしてないんだろう。」
石塚さんはずばっと切り込んでくる。それは私も気になったことだ。
「いまは、してませんね。離婚経験があるようです。」
「あの女性を妻にして、手放す男がいるなんて信じられないな。何年結婚してた?」
「16年だそうです。22で結婚して38で離婚。以来独身で一人暮らし・・・という報告が来ています。」
「22の祥子さん。可愛かったでしょうね。」

外伝2/レンジローバーの帰り道 12

いやいや、まったく私も石塚さんに毒されたかな。
別に祥子さんとセックスやアブノーマルなプレイをするだけが私の望みではない。確かに彼女と肌をあわせると、信じられないほど男になれる。でも、そんな快楽のための相手として彼女が欲しい訳じゃない。
あのマリエだってあんなプレイに使うために開発したわけじゃない。私との結婚式の時にノートルダム寺院で彼女に着せることをイメージして、デザイン開発させたブランドのものなんだ。
どうしてもこのメンバーで逢うと競う様に彼女と肌をあわせたくなってしまう。きっとそれは同性の眼からみても見事だと思うこの2人に(いや、本心では若い望月くんのことだって、恐れている。いつ祥子さんの気持ちが彼の純情に傾くか・・・と)渡したくないと思うからなのだろう。ほかの人たちに祥子さんを渡さない一番簡単な方法は、抱きしめて離さないことだから・・・。
けれど、できたらゆっくりと祥子さんと話す時間がほしい。もっと、彼女自身のことが知りたい。何を喜び、何を好み、何を悲しみ、何に怒る人なのか・・・どんなことに、心からの微笑みを見せてくれるのか。

ああ、私は祥子さんに<恋>しているんだ。

「陶器のことや、お酒のこと。たまたま好みが一緒だとしたら嬉しいが、そうでなければ彼女の中にどれだけの教養が詰まっているのか想像もつかないね。」
「ええ。」
「・・・はい。」
どれだけの間、私は自分の心の中の声に囚われていたのだろう。
石塚さんの言葉に私はほんの少し遅れて間の抜けた返事をしたようだ。
「箱根では、宿の庭木の名前を歌う様にして教えてくれましたよ。」
確かにそうだ。祥子さんと居て、話題に困ることはない。私達が手を尽くして準備したものは、必ず彼女には解るようだった。
「女性だから婦人服に詳しいとは限りませんしね。毛皮にしてもドレスにしてもちゃんと価値と良さを解って着こなしてくれる人はそうは居ません。」
「そうだな。また、それが似合う。祥子さんに持たせると、華がありすぎるほどの陶あんの器がしっとりと落ち着いて見える。大抵の場合には『馬子にも衣装』で持つ人間が位負けしてしまうような器なんだがな。」
「ええ、望月もそう言っていましたよ。石塚さんから注文を受けた時にはなんて華美な器をこんなに揃えるんだって。でも、祥子さんをお迎えする時用のものだと言ったら黙ってあれだけのものを手に入れてきたんです。」
「望月くんもなかなかやるな。」
「石塚さんがそう言っていたと、聞かせてやりますよ。きっと喜ぶ。」
「いやだめだ。絶対言うなよ。祥子さんと2人きりでドライブをしている奴を喜ばせることなんてない。」
わははは・・・ 石塚さんの言葉に思わず爆笑してしまう。
「たしかに・・・ははは・・そうですね。美貴、絶対に言うなよ。」
「はは・・・解ったよ。」
ルームミラーの中の結城くんの眼が、不思議そうにこちらを見ていた。

たしかに、突然の私達の笑いは彼女にはなにがなんだかわからないことばかりだろう。
笑いの衝動が収まったところで、『心配ないよ』という気持ちを込めて結城くんの眼を見つめて微笑んでみせた。運転手にして1年のうちに出来た結城くんとの無言のコミュニケーションだ。

外伝2/レンジローバーの帰り道 11

4人が写っている淫媚なシーンの写真が情報漏洩でもしたら格好のマスコミの餌食になる。
仮に私だったら、祥子さんと結婚をして責任を取ることにしても・・・『女性顧客へのイメージダウンになる』と下手をすれば取締役会から退陣要求を突きつけられるだろう。石塚さんも美貴も・・そして望月くんも、社会的信用を取り戻すためには祥子さんとの<正式な結婚>という手続きを周囲から要求される。でも、祥子さんは1人しかいないのだ。
美貴の言う通りだ。
プリントアウトした数枚の写真を秘かにプライベートに隠し持っているというのが・・・極めてアナログだがいまの時代一番安全なのだ。
それよりもいいのは、記憶だけに留めることだ。
が、祥子さんとのあの時間が記録に残っていると解っていながら手元に置かないなんて考えられない。それぞれが分散して持つことで危険性が高まるというのであれば、望月くんを買収しても自分ひとりのものにしたいくらいだ。
あれさえあれば、多忙でなかなか祥子さんに逢えない日が続いても・・・耐えられるだろう。つまらない相手で気持ちと身体を紛らわせる必要もなくなる。それに、まだ腰のあたりに甘く漂っている気怠さを思い出すよすがにもなる。
「わかりました。明日にでも、いつものバーに顔を出せる時間をメールください。それに合わせて届けますから。」
「わかった。」
「石塚さんの予定が決まったら教えてください。私は合わせますよ。」
きっと、一両日中にあのバーに集まることになるんだろう。
そこに祥子さんも来れたらいいとは思うが・・・それは望み過ぎというものだ。
カメラ・・・写真。往きの車の中でも時々専務や石塚様が口にしてた気がする。マスコミが喜ぶ写真って・・・まさか・・・。
でも、車の中でもあの祥子さんという人は、あたしがいても平気で専務にも石塚様にもいやらしいことをさせる人だった。わざわざ望月さんをカメラマンにして、きっと専務やこの方達とのいやらしい写真を撮らせたんだ。
不潔だ。あたしなら考えられない。同時に付き合ってもいない複数の男の人とエッチすることも、そんな写真を撮らせることも。
いったいどんな人なんだろう。まさか・・・そういうコト専門の売春婦なの?あの人って。


「着物姿の祥子さん、綺麗だったな。望月くんの着付けの腕もあるんだろうが、芸妓でもああはいかないぞ。」
「石塚さんは、眼が肥えてますからね。」
カメラから着物姿・・・石塚さんの頭の中で繰り広げられているシーンが想像できる。
望月くんの実家のことも、彼が学生時代に祇園で男衆の仕事をしたことがあることも知っているからこそ実感が籠った感想だ。
美貴とも祇園のお茶屋で知り合ったと聞いている。私は、美貴から紹介されて親しくなった。石塚さんは豪奢に遊ぶというよりは、しっとりと粋に遊ぶタイプらしい。地方のおねえさんから三味線を借りて、小唄のひとつも口にするというんだから大したものだ。
「秋に箱根で初めて着物姿を見たときはびっくりしました。普段のスタイリッシュな感じがすっと影を顰めて、代わりにはんなりとした艶が出るんです。今回の着物は白地でしたけれど、赤い着物もとても似合いましたよ。」
「それは解る気がするね。祥子さんには、きっぱりとした色が似合う。マリエの白もそうだが、濁りのない色は色自体が強いからね。なまじの個性なんかじゃ太刀打ちできない。それが、祥子さんにはしっくりくる。いつも黒を着ているからきっと似合うとは思っていたけど、想像以上でびっくりしましたよ。」

赤の着物。望月くんなら緋色の長襦袢を用意するだろう。祥子さんのあの白い肌と恥じらいに朱をはいたような表情に緋の襦袢・・・携帯の小さな写真なんかじゃなくて・・・この眼で見てみたい。

外伝2/レンジローバーの帰り道 10

あと2分で30分だ。3人そろって車に向かっていらっしゃる姿が眼の前のバンの間から透けて見える。あの方達は時間には正確だ。戻ってくる時間が遅れたのは、この間<祥子さん>が一緒だったときだけだ。
渋滞も解消したし、これで順調に東京に戻れるだろう。

「待たせたかな?」
「いいえ、ちょうどお時間です。」
「元旦の日に迎えに来てくれたホテルの中華に予約をしたから、あそこへ戻ってください。」
リアシートの左側に座った美貴がドアを閉めるなり彼女にそう伝える。
「わかりました。ありがとうございます。」
「さ、北京ダックがまっているぞ、東京に帰ろう。」
「車出します。」
関越自動車道は渋滞の影響だろうか、車の量が時折増えるものの、のろのろ運転になることもなく順調に進んだ。
この調子なら、結城くんもストレスなく運転できるだろう。

BGMは今度はクラプトンだ。石塚さんは、ファンらしい。来日するたびに必ずライブには顔を出していると聞いたことがある。古き・良き・上質なロックサウンド。石塚さんが好きな理由はこんなところだろう。
美貴も普段セルシオに流しているのは室内管弦楽や四重奏、フルート奏者、バイオリン奏者などの演奏するクラシックだ。考え事をする時に、一番発想が湧くのだと前に聞かせてくれたことがある。プライベートで出掛ける時でも、クラシックをアレンジしたものを流していたから本当に好きなのが良く解る。そうそう、美貴がひとつだけ苦手な音楽ジャンルがあった。それはフォークソングだ。ボブ・ディランやピーター・ポール&マリーやサイモン&ガーファンクルまで聞きたくないと言ったことがある。どうも別れた奥さんの好みだったようだ。
「ベッドでこれを聞かされてもその気にはなれないね。」と、いつものバーの隣でラフロイグを舐めながら苦い顔をしていたのを今でも覚えている。
私は・・・といえば、実は意外と俗っぽい。一番好きなのは、ミュージカルのサウンドトラック・・・Sirアンドリュー・ロイド・ウェーバーは劇団四季がジーザース・クライスト・スーパースターを初演した時からのファンだ。J-POPの実力のある歌手・・・最近では平原綾香のCDなんかを社用車では掛けてもらうことも多い。とはいっても、別に流行に敏感なわけではなく、うちの会社のCMソングとして採用を検討したりといった必要に迫られた理由で聞きはじめることがほとんどだ。時には、ブランドのチーフデザイナーから「これを聞いてください」と押し付けられることもある。
まぁ、イマドキの曲を掛けている分には運転手をしてくれている結城くんも楽しんでくれるだろうからいいかと、あまり食わず嫌いはしないようにしていた。

「そういえば、カメラはどうした?」
流れる景色と快適なBGMにしばし止まっていた会話を再開させたのは、やっぱり石さんだ。
「カメラって?」
「ほら、望月くんが撮ってくれていただろう。あれだよ。」
「彼に持たせましたよ。2人の分もプリントアウトしなくちゃいけませんからね。次に逢う時までには、全部用意しておきますよ。」
「なんだ、そうか。そうそう・・プリントアウトだけじゃなくてDVDにも落としてもらってくれないか。自宅のPCの壁紙にするんだ。」
「はい・はい、もうなにを言い出すかと思ったら。石塚さんの自宅でうかつに誰かにPCを開けられたりしないでくださいね。それに、Winnyなんてインストールしてないでしょうね。マスコミを喜ばせるだけですよ。」
「わかってるって。DVDはいいから、早く写真を用意するように望月君に頼んでおいてくれ。」
私達にはそれぞれに、軽んじることの出来ない社会的な地位もあった。

外伝2/レンジローバーの帰り道 9

望月くんの実家は2つ違いの兄が継いでいる。だから彼のことは単なる運転手としてではなく、美貴が後継者の1人として期待して側に置いて育てていたのだ。

「そうだな。来年か再来年にはと思ってるんだが、望月の後釜がいなくて困っている。」
「たしかにな。あれだけの男・・・そういないだろうしな。」
「美貴のところの島田さんじゃだめなのか?」
美貴好みの背の高い美人秘書だった。頭が切れる・・・切れ過ぎるほどに・・・。
「だめだね。もう一皮むければいいが、いまはまだハリネズミみたいなもんだ。まだ懐がないしね。ことあるごとにカリカリされたら、こっちが迷惑だ。」
「幾つなんだっけ?」
「30かな31かな。もういい加減丸くなってもいいころなんだけどね。あれじゃ、恋人が出来ないのも当たり前だな。」
相変わらず美貴は手厳しい。昔はこれほどじゃなかったと思うんだが、自分にも他人にも厳しい上に女性に対する眼は一層辛辣だ。
「望月くんみたいに共犯者にしなきゃいいんだよ。」
私はそう言った。うちの結城くんのように接すればいいだけだ。
「それくらいなら、自分で運転をするよ。運転手を兼務する秘書だけは男の方が良い。一対一で過ごさなきゃならない車内で、ずっと女に気をつかうなんていやだね。」
「また、随分と我がままばかり言うじゃないか。」
「石塚さんに言われたくありません。だから石塚さんだって社用車を自分で運転してるんでしょう。」
「同じ女でも祥子さんみたいに酸いも甘いも噛み分けたタイプなら、仕事のパートナーになれるんだが。普通のコじゃ、確かに単なる部下・・・にしかならないな。」
「あぁ、たしかにね。っていうか、石塚さんは秘書として祥子さんが欲しい訳じゃないでしょう。」
「もちろん。でもな、彼女なら秘書としてもいい仕事しそうだと思うんだよ。」
まったく、石塚さんの女性を見る目は正確で困る。
多分に彼女の能力は石塚さんの言う通りなのだろう。
祥子さんが秘書・・・そんなことになったら、冷静に仕事がこなせる自信が私にはない。
「いいよな。あんな女性が秘書ならどんな仕事でも出来るね。」
そう言い切る石塚さんに、私と美貴は疑わしそうな視線を向けた。
無言の視線に気づいたのだろう、石塚さんは慌てて一言を付け加える。
「言っておくが、真面目な秘書のことだぞ。秘書って言う名の愛人とかじゃないからな。」
ははは・・・ 言わずもがなの注釈に、私達は思わず笑い声を上げてしまった。

「そうですね。さて、そろそろ30分ですね。結城くんも待っています。行きますか。」
通りすがりに高速道路の道路状況をチェックする。さきほどの渋滞は一過性のものだったようだ。もう随分収まっているようだ。
これなら、予定通り美味しい中華にもありつけるだろう。
結城くんの休憩の意見を取り入れて正解だったな。
きっと彼女のことだ、もう1人で車に居るだろう。せめてこの帰りの1日くらい・・・結城くんに寂しい想いはさせないでおきたいものだ。

外伝2/レンジローバーの帰り道 8

「他言無用ですよ。」
祥子さんから、約束を守らない男だとは思われたくなかった。美貴にはきちんと口止めしておかなくてはならない。
「わかってるよ。望月にも内緒にするさ。それならいいだろう。」
「ほら、これだよ。」
私が頷いたのを確認して、石塚さんはご自分の携帯を美貴に差し出した。
2インチの小さな画面には、黒革のロングブーツにパンティストッキングを直履きしてシャドーフォックスのコートを羽織っただけの祥子さんと石塚さんが寄り添って映っているはずだ。
「また、記念写真ですか?」
一見は、美貴と別れてホテルを出たときの彼女の姿と何も変わらない。ただ、良く見るとコートの襟元から覗くはずのインナーは祥子さんの白い・・・Gカップの乳房へつづく素肌に変わり、コートからほんの少し出ているはずのスカートの裾が全く見えてはいないのだから。
そして一番の特徴は、祥子さんの羞恥に染まった匂い立つような表情と、不自然に掻き寄せられた、コートの前・・・なのがわかるはずだ。
「ただの記念写真じゃない。なぁ、山崎。」
「ええ、そうですね。」
「これを見ればわかるな。」
美貴の手元から携帯を受け取り2・3キーを操作する。
そうして渡した写真は、私があえて1枚だけ撮ったこの時の祥子さんの表情のアップに違いない。

Fur02.jpg

「なにをしたんですか?」
美貴の声が少しだけ上ずった。気付いたらしい。
あのアップの写真は、私が外した毛皮のコートのスナップのせいで祥子さんの胸の谷間が少し見えているはずだから。
「わかったか。」
「ここは、どこなんです?」
「甘楽のパーキングエリアだよ。」
「そんなところで、もう祥子さんに・・・。」
お待たせいたしました 珈琲を届けてくれたウエイトレスを気にして美貴は言葉を切った。
その表情には、その場に居られなかった悔しさと写真の祥子さんの表情に掻き立てられた淫情がただよっていた。きっと、ホテルのメインダイニングで美貴の携帯に閉じ込められた赤い長襦袢の祥子さんの写真を見せられたときの私も、同じような表情をしていたことだろう。

石塚さんは気が済んだのだろうか。
届けられた珈琲を飲んでちょっと顔を顰めた。
「望月くんといると、舌が肥えてこまる。」
「旨いでしょう、望月の煎れる珈琲は。」
「ああ、望月くんが女で祥子さんに出逢ってなかったら、間違いなく女房にしたいタイプだな。」
「よかったです。望月が女性秘書じゃなくて。石塚さんの毒牙にかからなくて済む。あんな優秀な秘書はなかなかいないんですから、手を出さないでくださいよ。」
「美貴が羨ましいよ。でも、そろそろなんだろう、望月くんに会社の1つも任せるのは。」
美貴がただ、望月くんを都合のいい優秀な秘書として使っている訳ではないことを私と石塚さんだけは聞かされていた。

外伝2/レンジローバーの帰り道 7

たしかにお腹も空いていた。朝食は8時だったから。でも、あのまま専務が<祥子さん>に夢中になっている話を聞いていたくなかった。このまま話がエスカレートするのなんて眼に見えていた。往きの車の中であったことみたいに・・・。車を止めて降りなければ話を止めることなんてできなかったろう。
渋滞がはじまって、いつもなら凄く嫌なのに・・・今日だけはほっとした。渋滞を理由に車を止めることができたから。

「つかれたろう。ずっと運転してたんだから。30分くらい休もうか。」
「ありがとうございます。食事をさせていただきます。」
「私達もお茶でもしてるよ。」
「はい。わかりました。」
石塚さんと、美貴はもうトイレに向かっていた。私が車を降りたのを確認して結城くんが鍵をロックする。
「私達は朝食が遅かったからお茶くらいだが、一緒に来るかい?」
他の二人から随分離れたのでちょっと元気がなくなったような彼女にそう声を掛けてみた。
「いいえ、お話のお邪魔になってはいけませんから。それに簡単なもので済ませます。お夕食を美味しくいただきたいので。」
「わかった。ゆっくりしておいで。」
レストハウスへ向かう彼女の後ろ姿を見送って、私もまずはトイレにいく。望月くんのいれるお茶は美味しいが、つい・・・飲み過ぎてしまう。

「結城くんはどうした?」
レストハウスのテーブルに合流した私に、石塚さんはまずそう口にした。
「軽く食事をして車で待ってるそうですよ。夕食が楽しみだからひとりで軽く食べるって言ってました。予約はとれたのか?美貴。」
「ああ、待ってますと支配人が言っていたよ。ただ渋滞がこんなだから、時間はまたあらためて連絡するということにした。」
「ありがとう、気を遣わせてわるかった。」
「いいんだよ。ま、これくらいは当たり前だよ。それに、祥子さんと別れたあと、1人で夕食なんて味気ないことはしたくないしね。」
「良いこと言うな。」
のんびりとした口調で、レストハウスの窓から最近SAに増えた小さな植栽スペースをなんとはなしに眺めてにやついている。
往路、石塚さんと祥子さんと一緒にレンジローバーで来た私には、彼の表情の訳が手に取るようにわかった。
「石塚さん。あれは、ここのサービスエリアじゃないですよ。」
「わかってるよ。いいじゃないか、この手の植栽の設計は似たり寄ったりだから、イメージするには丁度いいんだ。」
即座にそう返しながらも、まだにやにや笑いは終わらない。
「なにがあったんだい?石塚さんがそんな顔をするってことは、祥子さんがらみなんでしょう。」
1人だけ、望月くんの運転するセルシオで先行させられた美貴は、実はこの3日間ずっと往路のことを聞きたくてうずうずしていたらしい。ただ、別荘に到着した時の祥子さんの様子を望月くんから聞いて、さすがに彼女の前で口にするのはエチケットとして控えて来たということなのだろう。

「いいか?山崎。」
石塚さんは石塚さんで、美貴に自慢したくて仕方がないのだろう。
せっかく他の人には見せないこと・・・を条件に祥子さんが許してくれた写真を見せびらかしたいらしい。

外伝2/レンジローバーの帰り道 6

車内の音楽は、助手席に乗り込んだ石さんがカチャカチャと操作をして、クイーンのグレイテスト・ヒッツのナンバーに変わっている。勢いのある曲調は結城くんのドライビングにはぴったりだった。
往きに掛かっていたジャズだったら、私の左にいた祥子さんの太ももの感触を思い出してしまっただろう。
「いまは、どのあたりかな?」
「もう、関越は走っているだろう。高坂あたりかもな。」
だれも主語を口にしないが、祥子さんの乗ったセルシオのことだ。
「だとしたら望月くんは相当飛ばしてるね。」
「たぶん、ね。せっかく祥子さんとふたりきりのドライブなのに、どこかのSAで僕たちに追いつかれちゃ台無しだからね。」
「たしかになぁ。もし、セルシオに追いついたらあっちの車に絶対移っちゃうもんな。」
「石塚さん。」
この人は、美貴と私の3人でいるときは本当に素のままだ。あまりに明け透けな言葉に結城くんが気を悪くするんじゃないかと気になって嗜めるように名前を呼んでしまった。
「ああ、運転手のせいじゃないから気にしないでくれ、な。」
ポン、と結城くんの肩を叩く。
「はぁ。」
結城くんの返事に先ほどまでの明るさがない。そんなに、望月くんと比較されることを彼女は意識してるんだろうか。

「だめです。あの車は僕のものですからね。往きだって、二人に祥子さんを譲ったんです。さんざん堪能したんでしょう、2人して祥子さんのこと。SAでセルシオを捕まえることが出来たら今度は僕が祥子さんと帰る番です。」
「もう、美貴まで。」
「山崎だって本音はそうだろう。昨日一晩英気を養ったんだ。祥子さんと二人きりになれるチャンスを逃す訳ないだろ。」
「そりゃ、そうですけど。」
望月くんに祥子さんを委ねている間、彼の胸に甘える彼女を想像するだけで・・・あんなに彼女に吐出したあとだというのに・・・私は幾度も軽く昂った。さすがに石塚さんと同室だったから、自慰することまではしなかったがここに祥子さんがいれば誰にも渡したくないというのが本音だ。
「やっぱり、望月くん1人をセルシオで帰らせて、この車でみんなで帰れば良かったんだよ。」
「リアシートに4人は座れませんよ。」
「いいさ、祥子さんがそこにいて彼女の香りの空気が吸えるだけで幸せだからな、俺は。」
まぜっかえす美貴に、石塚さんが真面目な風を装って切り返す。
「ははは・・・ま、紳士的でいられるのも我慢できなくなるまでだけどな。いざとなれば、そこいらのホテルに入ってもらえばいいだけだしな。」

クッ・・・ ブレーキが踏まれる。
いつもみたいに仕事帰りの夜の車の中でお酒が入ってから交わされる猥談とは違う。普段なら結城くんの前では紳士的でいてくれるこの二人も、まだ祥子さんの余韻に酔っているのだろう、セックスを露に感じさせる会話が結城くんをびっくりさせてしまったのかと思った。
が、どうやら関越道に合流して間もなく渋滞につかまったらしい。
年始のこの時期・・・しかたないことだろう。
「この先で事故渋滞のようです。一度上里のSAで休憩してもいいでしょうか?」
「ああ、任せるよ。君も昼食が取りたいだろうからね、上里で停まろう。いいだろう?」
結城くんの提案に、石塚さんも美貴も首を縦に振った。
ウインカーを左に上げて、結城くんは混雑している上里SAに車を入れた。

外伝2/レンジローバーの帰り道 5

どういうわけか、今時の女の子にしては彼女はこの手の話には奥手だった。運転手にして1年経つが、彼女から<男>の匂いがしたことはまだない。
「もう石塚さんたら、冗談が過ぎますよ。結城くんが困ってるじゃないですか。まだ山道が続くんですから、石塚さんの新車で事故ってもしりませんよ。」
「そうか?こんなにかわいい子が1人で滑っていたら、俺なら声かけるぞ。」
たしかに、長身の祥子さんと違って小柄な彼女が1人でゲレンデで転んでいたりしたら・・・つい助けにいってしまうかもしれない。
「声を掛けたのがこんなおじさんなら無視しますよね、結城さん。」
美貴が助け船を出すなんて、珍しいことだ。
「・・・どう答えていいか、わかりません。」
「ははは、まいったな。結城くんに振られちゃったよ。」
「そんな・・・」
困惑しきった彼女の声を、石塚さんは笑い飛ばしてくれた。これで、この話は終わりだ。

「食事は、大丈夫だったかな。飽きたりしなかったかい。」
「はい。美味しかったです。」
けなげに答えるが、旅先の1人の食事が愉快なわけはない。
「1人にさせて済まなかったね。ありがとう。」
「こうして帰りは3人のちょい悪おやじが一緒にいるから機嫌をなおしてくれ。」
「そうだね。今日は一緒に夕食でもどうだい。結城さんの好きなものをごちそうするよ。」
「いいね。3が日だがいい店があるかな。」
「なにが食べたい?結城くん」
よかった。これで少しはひとりぼっちのお正月をさせた罪滅ぼしができるというものだ。
「ありがとうございます。あの、でも専務・・ほんとうにご一緒していいんですか?」
困惑した声だ。望月くんと違って彼女は単なる運転手だ。このメンバーを運転する車に乗せることはあっても、食事や商談の席に同席させたことは一度もない。
日頃の周囲の評判を聞く限り、一緒に食事をして私が恥をかくようなことはしないだろう。
「ああ、いいよ。今夜は一緒に夕飯を食べよう。」
「うれしい。ありがとうございます。」
やっと、本当に声が明るくなった。こうして会話をすることで、やっと気持ちが解れたんだろうか。
「あの・・・中華でもいいですか?ホテルにちゃんとした中華レストランはあったんですが1人じゃ入れなくて。」
「いいね。美貴、どこかいい店がないか?」
「そうだな。タワーホテルの中華ならなんとかなるだろう。あとで高速のSAで予約の電話を入れて置こう。」
「あそこの北京料理は旨いからな。北京ダックとフカヒレの煮付けをオーダーしておいてくれ。」
「はい、はい。もう、石塚さんのためじゃないんだけどおかしいなぁ。」
ははははは・・・・。
車内が笑いに包まれるころには、もう高速のインターが眼の前だった。

専務はあたしのことなんて忘れてるのかと思ってた。こんなに・・・石塚様や美貴様まで気を遣っていただけるなんて、淋しかったけど来てよかった。
それに一緒にお食事。いままで沢山あたしの運転する車にこの方達には乗っていただいたけど、いつも目的地までお届けするだけ。それが、お食事に誘ってもらえるなんて。これからも時々こんなことがあるかも?
あぁ、ホテルのレストランに専務に連れて行ってもらえるんならもっとお洒落なカッコしてくるんだった。

外伝2/レンジローバーの帰り道 4

エンジンを掛けたままにしていた車は、あたたかだった。
羽織ることもしなかったコートも荷物と一緒に積む。
「鍵をかけてくる。助手席は俺が座るからな。」
別荘の扉に向かった石塚さんを置いて、私は美貴とリアシートに収まる。
「門外に車を出してくれ。」
「はい。」
運転席からは、少し明るい声の結城くんの返事がした。バックから玄関先に入れていたレンジローバーを、別荘の敷地外へと出す。

ガチャン・・・門扉の鍵を掛ける音がした。
「寒いな・・」 
バッン・・・ 石塚さんが肩をすくめるように助手席に乗り込んだ。
「祥子さんのいないここには用はない。さっさと東京に戻ろう。」
「まったく、身勝手ですね。」
美貴が呆れた様に口を開いた。石塚さんが車内に来て、なんとなく結城くんの持つ張りつめた空気が緩んだ感じがあったからだろう。
「出します。」
結城くんの口から、往年のロボットアニメを彷彿とさせるような台詞が出る。
ララー・スン少尉だっけ・・・。はは、こんなこと言おうもんならまた山崎はおたくだと美貴にバカにされそうだ。
「ああ、頼むよ。」
まるで自分の部下みたいに、石塚さんが答える。
スタッドレスが上がりはじめた気温に緩んだ氷の道を軋みながら動き始めた。

よかった、<祥子さん>はいないんだ。往きみたいな、あんないやらしいこと・・・起きないんだ。よかった。
「ホテルのお正月は満喫できたかな?」
3日間。こんな場所まで連れて来ていながら、ほとんど結城くんのことはひとりぼっちで放置しておいたようなものだ。
往きだって、私達は運転席の後ろにカーテンを閉めてリアシートに祥子さんと閉じこもっていたようなものだった。いくら仕事とはいえ、彼女も淋しかっただろう。
「はい。いいお部屋をご用意いただいて、ありがとうございました。」
「スキーは得意なんだろう。長野の出身だっけ?」
「はい。茅野です。得意というほどではないですが、一応滑れます。」
「あそこのゲレンデは面白かったでしょう。雪国育ちなら少し距離が短くて物足りなかったかな?」
石塚さんだけでなく、美貴までもが彼女に気を遣ってくれていた。
「そんなことは、ないです。表万座までのシャトルバスも出ていたので、あちらでも滑らせてもらいました。」
「そうか。表万座の斜面はスピードが乗るからな。腕があるなら楽しかったろう。ナンパはされなかったのか?」
ああ、よかった。彼女なりに楽しんでくれていたんだ。
と、思った途端に・・・不埒な質問は、勿論石塚さんだ。
「そんなこと・・ないです。」
「ほんとうにそうか?せっかくどんな男を連れ込んでも困らない様にダブルの部屋にしといたんだぞ。」
「えっ・・」
結城くんが固まる。一瞬バックミラーの彼女が私に助けを求める視線を投げたような気がした。