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黒衣の情人 28

室内と、外に夜景の映る窓と・・・どちらを向いて着替えればいいのか、一瞬悩みました。長谷川さんの言葉を借りれば、窓は室内を見る事ができないようにシーリングされているそうです。それでも、不特定多数のどなたがご覧になっているのかわからない外に向かって着替えをする勇気はありませんでした。
男性に着替えるところを見せたくないと思うわたくしでも、たとえ闇の先に・・・長谷川さんの目があったとしても、それでもまだ外に背を向ける事を選びました。

「お湯の温度は大丈夫かい?」
「はい。気持ちいいですわ。」
身体がほんのりと暖まってきたころ、ようやく長谷川さんがおいでになりました。衣服は脱がれて、腰にタオルを巻いただけの姿でしたが、設計の先生とはおもえない鍛えられた引き締まった身体をしてらっしゃいました。
「どれ・・」
タオルをベンチに置いてジャグジーにいらっしゃいます。
丁度階段を3段ほど上がったところにジャグジーはありました。
「ん、いい感じだね。」
長谷川さんの身体の分だけ溢れたお湯は、ジャグジーのフレームの排水溝へと流れてゆきます。
「いい景色でしょう。」
「ええ、昼間も充分に楽しめるでしょうね。」
「ほう、祥子さんにはこの景色の意味が解っているんだね。」
わたくしの左隣に腰を下ろした長谷川さんは、眼の前のガラスを見てそうおっしゃいました。
その夜景は、ところどころに黒々とした闇を含んだ明かりのタペストリーでした。明かりのないあの闇は、昼間は公園の樹々なのでしょう。夜空を全て煌めく明かりで埋める景色は、昼は無機質なビルの連なりでしかないことが多いのです。
夜明けになれば、あの闇の中にいまの時期なら紅葉が、春には桜がみられるのかと思うと設計家としてのその配慮にわくわくするものを感じました。
「いえ、さほどには。でも朝が待ち遠しいですわ。」
「ははは、施主に聞かせたいね。」
愉快そうに長谷川さんは笑うのです。
きっと、このジャグジーをどこに置くかで一悶着あったりしたのでしょう。

「身体は大丈夫かい。冷えきったりしてないか?」
「はい。随分あたたまりました。」
「ならいいが。」
「でも、縄の痕が・・痛いです。」
「済まなかった、祥子さん。あれには綿縄を使う訳にはいかなかったんだよ。水を吸う事で緩んで撓んで来てしまうからね。逆に革の拘束具だと、水を含むだけどんどんと締め付けてしまう。水を使うときにはあの麻縄が最適なんだ。そんなに、痛むかな?」
そんな理由があるとは思いませんでした。ただ・・ただ、酷く責める為に麻縄を選んだのだとばかり思っていたのです。
「ん、ちょっと。」
わたくしは、拗ねるようにそう言ってみました。
「わかった。後で薬を塗って上げよう。とても良く効く傷薬がある。」
「そんなものまでお持ちなの?」
「ああ、祥子さんになにかあったら困るからね。その白い肌に無闇に傷をつけたいわけじゃない。細心の注意は払うが、万が一の時の為に一応用意している。」

黒衣の情人 27

「ジャグジー?」
「そう。少し暖まるといい。」
「長谷川さんは?」
そういって、背を向ける長谷川さんに思わず声を掛けてしまったのです。
ご一緒すれば、ここで責めが始まってしまうかもしれないのに・・・。
それでも、遠くから照らされる工事照明だけの薄明かりの中に、ひとり取り残される心細さが勝っておりました。
「すぐに、来るよ。必要なものはそこのベンチの上にあると思う。先に暖まっておいで。」
「あの・・・シャワー。」
責め立てられて・・・蜜に濡れそぼったはしたない身体のままでジャグジーに入るのは気が引けました。それに・・・。
「祥子の香りの湯に入るのは楽しみだからそのままでいいよ。とは言っても気になるのだろう。向こうの扉が化粧室になっている。ウォシュレットもついているから、どうしても気になるならそれを使ったらいい。」
「はい。」
長谷川さんには、わたくしの考える事などお見通しなのです。
素直に頷いて、わたくしは化粧室を使わせていただくことにいたしました。

スポーツクラブ併設のジャグジーなのでしょう。
マッサージ効果を感じさせるほどに、強い水流と気泡がわたくしの身体を包んでおりました。
鞭の痕は、思ったよりもいまは痛くはありません。
さすがに長谷川さんです。あれだけの細いハリのある革を束ねた鞭を使用しても、必要以上にわたくしの肌を傷つけはしないのです。
いまは、想像を越える快感に抗う様に身を踊らせてしまった麻縄の痕が気になりました。
デコルテの白いなだらかな肌と、二の腕と手首に・・・くっきりと赤い縄痕が残っておりました。綿の縄と違うのは繊維が勝っていることによる小さな細かい赤い印が目立つことでした。
泡立つ浴槽の中で、緊張に収縮していた筋肉が一気に弛緩したあとの気怠さにゆっくりと浸っていたのです。

ジャグジーの横には身体を休めるための大きめなベンチが用意されていました。
ちょうど指向性の強い工事用の照明が切れるあたり、近くを流れてゆく明かりで暗くはないのですが、身にまとったものを脱ぐには恥ずかしくない程度の明かりが届いておりました。
その上には大小のタオルとバスローブが2組。それにシルクのバッグが1つ。足元にはバスマットが敷かれていたのです。
化粧室を使わせていただいたわたくしは、バスマットの外でパンプスを脱ぎました。左のストッキングの留め具を外し、黒のマットなストッキングをするすると足先まで下ろしました。次いで右脚へ。ちいさくまとめると、Tバック下ろし、ガーターベルトの後ろのスナップを外したのです。
それからさきほど長谷川さんが掛けてくださったタオルで身体を覆い、ボディタオルを髪が濡れない様にターバン状に巻き付けたのです。

黒衣の情人 26

上の胸縄が白い肌に食い込むのがわかりました。
ちくちくとした感触が、一斉に薄い皮膚を襲うのです。
そして、先端だけを濡らしていた水滴が淫楽に火照った白い乳房の上にも気まぐれに落ちかかりました。

キュッ バルブを締める音が、わたくしの荒い息の向こうで響きました。
ようやくわたくしを狂わせた水のしたたりが止まったのです。
大きな淫楽の波が収まると同時に、わたくしはようやく体勢を最初に括られた状態に戻せました。
「祥子。」
「・・・は・い。」
「飲みなさい。」
口元に差し出されたのは、シャンパンのグラスでした。
水を与えられていながら、一滴も口にすることのできなかったわたくしの喉はからからに乾いていたのです。
足元はきちんと排水され、わたくしのまわりがぐっしょりと濡れていることと、パンプスの内側に水滴が光っていることだけが今の責めの証拠でした。
わたくしは喉を鳴らして、グラスの中の冷たいシャンパンを飲み干したのです。

「大人しくしてなさい。」
背中にキシキシと麻縄の音が響きます。そうしてようやく上体を柱から引きはがすことができたのです。
長谷川さんは、かがみ込むようにして両脚を縛めていた黒の綿縄を解きます。
水を吸う事がないようにと膝の位置で止められていた縄も、足首の水滴の跳ね上がりですっかりと重くなってしまったようです。
自由になった脚を閉じようとして・・・力が入らなくなっていることに気づきました。緊縛と快感に、緊張を続けた脚は太ももまでふるふると震えているようだったのです。
「立てなさそうだね。いいよ、少し背中をこちらに向けなさい。」
長谷川さんの声に膝を左に振って、後ろ手に括られた背中を向けたのです。
先ほどと同じような縄音をたてて、高手小手に結ばれた麻縄が解かれるまでさほどの時間は必要がありませんでした。
「そんなに、水責めが気に入ったのかい?祥子。」
「違います。いじわる・・・。」
解いた縄を手に正面に回ってわたくしを覗き込んだ長谷川さんを、濡らさない様に肩口に頭を付けて一言だけ答えました。
それもやっとだったのです。
初めての快感は、どんな玩具よりもわたくしの性感を掻き立て、性も根も尽き果てるほどに疲れさせていたのです。
「このまま責めの続きをしたいが・・・」
「・・だめ・・ゆるして。」
「ふふ、わかっているよ。」 
わたくしの身体を引き起こすと、長谷川さんはご自分の座っていらしたあたりからタオルを持って来てくださいました。
大きなバスタオルをふわっとひろげると、肩にかけて包み込んでくださったのです。
わたくしを直撃していた工事用の照明も、いまは逸らされて柔らかな明かりに変わっていました。
「こっちへおいで。」
ピアノとは全くの反対方向。透明のビニールシートに覆われた端に暖かな気配がありました。

黒衣の情人 25

「祥子は本当に胸が弱いんだね。ああ、もう下の踏み段まで滴っているよ。」
ぽたっ・たっ・・・ 「ぁぁ・・・みない・で・ぇぇ・・」
左右の乳房を同時に同じタッチで嬲られるのは、美貴さん達と共に過ごしたときくらいしかあり得ないことでした。
いまは、水が・・・そのあり得ない感覚を再現してゆくのです。
ぽたっ・・・ 「ゆるし・て・・くだ・・さぁ・いぃぃ・・・」
「何を許すんだい?祥子」
ぽたっ・・・ 「おねがい・・もう・・あぁぁ・・・だ・めぇ・・」
「まさか水滴で逝ったりしないだろうね。」
ぽたっ・・・ 「あぁ・・・おねがい・・ぃぃ・・」
「何がお願いなんだい?」
ぽたっ・たっ・・・たっ・・ 「みず・・を・・とめて・ぇぇぇ・・」
「だめだね。祥子が嘘ばかりつくからだろう。」
ぽたっ・・・・ 「ついて・・ぁあ・ん・・ないぃぃぃ・・・」
「いや、ちゃんと答えるまでは許さない。」
ぽたっ・・・ 「あぅ・・・」
「僕の手を離れている間、誰に調教された?」
ぽたっ・・・ 「されて・・ま・せん・・んぁぁ・・・」
「それなら、なんで鞭や縄にこんなに感じるんだ?」
ぽたっ・・・ 「はぁぅ・・・」
「祥子が淫乱なMだからか?」
ぽたっ・・・ 「あぅ・・・ちが・・ぅ・・」
「そうか、違うのか。だったら他の理由があるんだろう。ノーマルの女なら泣き叫ぶだけの責めに感じるほどに身体が熟しているわけを聞かせなさい。誰に調教された!」
ぽたっ・たっ・・・ 「ごしゅじん・さま・だ・け・・・」
「本当なのか?」
ぽたっ・・・ 「ほん・・とうぅぅ・・です・・あぁ・・」
「見られるだけで、鞭打たれるだけでぐっしょり濡らすのはどうしてなんだ。」
ぽたっ・・・ 「あぅ・・・しょうこ・が・・えむ・だから・ぁぁ・・」
「Mなだけじゃないだろう。」
ぽたっ・・・ 「ぁぁ・・いん・らんな・・えむ・だから・・ですぅぅ・・」
「よく、こんな熟した身体で今日まで我慢出来たものだ。他の男に満足させられてたんじゃないのか?」
ぽたっ・・・ 「ご・しゅじん・・さま・だ・からぁぁ・・・・」
「ん?はっきり言いなさい。祥子。」
ぽたっ・たっ・・・ 「ごしゅじん・さま・に・・かわい・がられたかった・・んで・・すぅぅぅ・・・」
ぽたっ・・・ 「ぁぁ・・ゆるし・・てぇぇ・・」
水滴の落ちてゆく余韻さえわたくしの身体の芯を揺さぶるのです。
「水滴に嬲られて祥子は逝くのか?」
ぽたっ・・・ 「はぁぁ・・・い・くぅ・・・」
今度立て続けに水滴に襲われたら、わたくしはもう快感を堪える術を持ってはいませんでした。
「ちゃんとお願いしなさい、祥子。」
ぽたっ・・・ 「ぁっ・・ごしゅ・じんさまぁぁ・・すいてき・・で・・いくぅ・・いんらんな・・しょうこを・・・おゆるし・・くださ・・い」
「よし、逝け!祥子。」
ぽたっ・たっ・・・たっ・・・・ 「い・・くぅぅぅぅ・・・」
ぎしっ 麻縄が上げる大きな軋みと共に、わたくしは胸を反らせて水の拷問に達してしまったのです。

黒衣の情人 24

ぽたっ・・・ 「あ・・・・」
ぽたっ・・・ 「んん・・・」
ぽた・たっ・・・ 「あぁあ・・ん」
ぽたっ・・・ 「ぃ・あ・・」
ぽたっ・・ぽたっ・・・ 「あっ・・ぁっ・・・」
「ここはね、ホテルのスパ施設の一部になる予定の場所なんだ。排水処理も防水処理も済んでいる。打たせ湯用のノズルがもう来ているからね。それを使わせてもらっている。」
うたせゆ・・・ 長谷川さんの言葉はわたくしの脳裏であまり形をなしてはいませんでした。ひたすら襲ってくる快感と、身じろぎするたびに肌を刺す幾重にも廻された麻縄の感触と闘っておりました。
ぽたっ・・・ 「はぁ・・・」
ぽた・たっ・・・ 「あぁぃ・・ぃぃ」
ぽたっ・・・ 「あぅ・・・」
ぽたっ・・ぽたっ・・・ 「ふぁ・・ぁぁ・・・」
「ナチスドイツの研究を綴った本に、捕虜を眠らせずにこうして水滴責めにすると最後は狂うって書かれたものを見つけてね。思いついた。祥子、どうだい?」
ナチの拷問・・・。まるでその時代から抜け出した将校のように黒々としたシルエットを浮び上がらせて、長谷川さんは正面の強い明かりを背に座ってらっしゃいました。
わたくしは、明かりの中で責められる女囚なのでしょうか。

ぽたっ・・・ 「あぁ・・・ぁぁ・」
ぽたっ・・・ 「ゆるし・・て・ぇぇ・・・」
ぽたっ・・ぽたっ・・・ 「いゃあぁ・・あ・・ん」
ぽたっ・・・ 「いぃぃ・あぁぁ・・」
ぽたっ・たっ・・・ 「んあっ・・ぁぁあ・・・」
「祥子は、僕に逢えない間に他の男に縛られて縄の快感に目覚めたのか?」
ぽたっ・・・ 「ちがぃ・・ま・すぅ・・」
「僕の他には縛られてはいないんだね?」
ぽたっ・・・ 「・は・ぁぁ・ぃぃぃ・・」
「鞭やスパンキングは?誰かにその白い背中を差し出したりしなかったのか?」
ぽたっ・・・ 「・・して・ま・・せぇ・・ん・・」
「そうか、それじゃ祥子が淫乱なMだということなんだね。」
ぽたっ・たっ・・・ 「やぁぁ・・・ちがぁ・・ぅ・ぅぅ・」
「どこが違うんだい。さっきは僕の指がねっとりと光るほどに白濁した蜜を溢れさせていたね。それに今も。全く水滴が当たるはずもない踏み台がきらきらと光を反射しているのは、どういうことだい?」
ぽたっ・・・ 「やぁ・・ゆるし・・てぇぇぇ・・」
正に、尋問でした。
唐突に襲いかかるピンポイントの快感と、いずれどの答えであれ長谷川さんの中で石塚さんに結びつけられてしまいかねない他の男性との行為について口にしてはいけないという緊張が・・・わたくしを責め立てました。
望月さんの縄に蕩けたことも、高梨さんのスパンキングと鞭に達してしまったことも・・・口が裂けても言う訳にはまいりません。
そしていままでにわたくしを愛して下さった方達から経験させられたそれらの行為が、ただでさえ敏感な性感を一層高めてしまっていることへの驚きを・・・匂わす事も出来なかったのです。

黒衣の情人 23

こんな風に、脚を開くつもりはわたくしにはありませんでした。
「やぁっ・・・おねがい・・解いて。」
強い建築用の照明が正面から照らされて、わたくしは半狂乱になったのです。
これでは正面からご覧になる長谷川さんからは丸見えになってしまいます。
「祥子らしくないね、静かにしなさい。誰もいないんだ。ここには僕だけだ。」
強い明かりの向こうから長谷川さんがシルエットのようにいらしたのです。
「いや・・みないで。・・ぁむっ・・・。」
黒々としたシルエットのまま、長谷川さんはわたくしの唇を塞いだのです。
はしたない姿に縛り上げられて、柱に括られて、明かりに照らされて・・・・1分ほども長谷川さんはわたくしの暴れる舌と唇を宥めてらっしゃいました。
「何を恥じる、綺麗だよ。それに、このお仕置きで膝を閉じていたら後でつらいのは祥子だよ。訳があるからこうしているんだ。解ってるだろう。聞き分けのない真似はするんじゃない。」
ゆっくり唇を離しながら、長谷川さんはそうおっしゃったのです。
「さっき僕に嘘を言ったお仕置きだということを、もう忘れたのかい。いけない女だね。少し長くお仕置きをしないといけないようだ。」
「やめ・・て。おねがい・・ゆるして・くだ・さ・い。」
わたくしは去ってゆく黒いシルエットに哀願の声を上げました。
こんな姿で、受けなくてはならないお仕置きなんて・・・。以前に郊外の変わったつくりの離れの宿で責め立てられたとき、これに似た姿で小さな卵の形をした玩具で嬲られたことがありました。
全く身動きもできない・・・それも身じろぎをするたびに麻縄が肌を刺すのが切なく辛かったのです。

ぽたっ・・・ 眼の前を水滴が落ちてゆきました。
ぽたっ・・・ 今度は少し左側を
ぽたっ・・・ 「あ・・ん・・・」 水滴は、括られて大きく張り出したGカップの乳房の左側の先端に落ちたのです。
ぽたっ・・・ もう1つの水滴が・・
ぽたっ・・ぽたっ・・・ 「あっ・・あぁっ・・・」 今度は右の鴇色の昂りに、そして左に時間をずらして滴ったのです。
「冷たくはないね、祥子」
ぽたっ・・・ 「ぁっ・・はい」
ぽたっ・・・ 「ぃぃ・・あん・・」
ぽた・・たっ・・・ 「あぁあ・・ん」
それは、水責めと言えばいいのでしょうか。
身動きのできないわたくしの身体の、もっとも先端に突き出した敏感な部分だけを冷たすぎない水滴が襲うのです。
それも一定のリズムではないのです。まるで水道の蛇口から滲み出した水が堪え切れずに垂れ落ちるように・・・。
「ぁっ・・・やぁ・はぁん・・・」
予測も付かないタイミングで襲いかかる刺激に、身体は身構えることさえ出来ずに居ました。
どれほどの高さから滴っているのかを確認することも出来ませんが、水滴は想像以上の質量を感じさせて乳首を襲ったのです。
わたくしは、とぎれとぎれのはしたない喘ぎ声を止める事すらできなかったのです。

黒衣の情人 22

「まだ今夜はお仕置きしかしてないはずなのに、これはなんだ。祥子。」
くちゅ・・・ 小さな水音がしたのです。
長谷川さんの指の下で、大きくなった真珠の上をランジェリーが滑るのです。
「はぁあ・・・ぁ・だ・・めぇぇ・・」
思わず引いてしまった腰も、寄り強くもっとも敏感な部分に彼の指を埋め込むだけにしかならなかったのです。
「たったこれだけのぬめりで祥子のフェロモンがこんなに漂う。ふっ、勃ってしまいそうだよ。」
「い・ゃ・ぁぁぁ・・・」
眼の前に差し出された指は、白濁した蜂蜜に浸したばかりのようにねっとりと・・・女の香りを纏い付けていたのです。
あまりの恥ずかしさに顔を背けてしまいました。
「いつこんなに濡らしたんだ、祥子。ストリップをしながらか?それともフェラチオでか?まさかあんなに酷く鞭打たれながら、感じていたわけじゃないだろうね。」
「ち・が・ぅ・・・」
「縄で縛り上げられてお仕置きで感じるとは、もうすっかり恥ずかしいMだな、祥子は。」
「ちがう・のぉ・・」
「こんなに濡らしてどこが違うと言うんだ、祥子。」
「あぁ・・ぁぁぁ・・・」
指先のぬめりを拭う様に、左右の鴇色の先端に長谷川さんは指を這わせるのです。
「キス・・・ごしゅじんさ・ま・のキスで。」
「ほう、たった一回のキスでこんなにするのか。鞭でも縄でも潤みが消えないほど。」
「・・・はい。」
Gカップの先端から漂う女の匂いは、わたくしを幻惑いたしました。あり得ない羞恥に答えが一瞬遅れたのです。

「嘘はいけないね、祥子。またお仕置きをしなくちゃならない。」
ぐいっ・・・ 長谷川さんはわたくしの麻縄で括られた腕を掴むと、強く引いたのです。
連れてゆかれたのは同じフロアで少し離れたところでした。
柱の前にぴったりと添う様に置かれていたのは、施工用の踏み台でした。片側だけに2つステップのあるその一番上にわたくしを座らせると、長谷川さんはもう一本の麻縄で柱に上半身をくくりつけました。
「あっ・・・だめ・・・」
巾は40cmほどもあるでしょうか。動けなくなったわたくしのぴったりと付けられた膝を長谷川さんは割り、それぞれ左右の踏み台の側柱に今度は黒の綿縄でくくりつけたのです。膝で一旦止められた縄は足首へ。あまり高さのない踏み台は、わたくしの脚を左右に想像以上に大きく割り開かせたのです。
「おねがい・・ほどいて。暴れたりしません。おねがい。はずかしいの。」
ランジェリーを付けているとは言え、今夜のパンティはTバックでした。すっと立っている限りには、前からも後ろからも・・・いえ、後ろは白いヒップがまるでなにも身に着けていない様に露にはなっておりましたが・・・そのランジェリーの持つ美しいフォルムだけを楽しんでいただけるものでした。
でも、浅く腰を下ろした状態で思い切り両膝を左右に割り開かれてしまったのです。
フロントからバックへかけて極端に細くなってゆくクロッチ部分は・・・わたくしの漆黒の茂みが載った丘を・・・その奥の花びらを・・・中途半端に覆い隠し・ほとんどを淫らにその場で晒す役にしか立っておりませんでした。

黒衣の情人 21

左右の手首を重ね合わせて二つ折りにした麻縄を掛けて括ってゆきます。綿縄とはちがう・・・しくっとした痛みが手首に走ります。
吊って鞭を打ったわたくしの手首を心配して下さった長谷川さんなのです。先ほどと少しだけ違う位置を縛り上げておりました。
「ぁぁっ・・・」
「動くんじゃない。」
後ろ手だけかと思っていた縄が、胸元に回って来たとき思わず声を上げてしまったのです。鞭でひりつく背を麻縄が走る痛みもさることながら、柔らかく白い肌の上をしゅっと・・・強く引かれる麻縄は想像以上の痛みを与えるのです。綿縄のような一瞬の熱感ではなく、ほんの少しの動きでも小さなとげに刺され続けるような感覚が続くのです。
マットな黒のガーターベルトとストッキング・Tバックにパンプスを履いただけの姿のわたくしは、高手小手に縛り上げられておりました。
長谷川さんの麻縄は、練られ・鞣され・・・わたくしの身体をしなやかに括り上げておりました。麻独特の色合いは肌に溶け込み、まるでわたくしが自らの意志で腕を後ろに回し・・・淫らなGカップの乳房を突き出しているかのように見せました。

「麻の感触はどうかな。」
「ちくちく・・します。」
「ふふ、そうか。祥子の肌には刺激的過ぎたかもしれないな。それとも初めてではなかったかな?」
締め具合を確認するように長谷川さんは縄とわたくしの肌の間に指を入れようとなさるのです。
くい・・と引かれるたびに、ちりちりと肌を刺す痛みがわたくしを責めます。
「ちがい・ます・・はじめてです」
「見た目で言えば、やはり黒か赤が祥子のこの淫らな身体には似合うな。」
「あぁ・・ん・・ゆるして」
伸ばされた長谷川さんの手が縛られたことで一層前に迫り出したGカップの乳房の先端の鴇色の蕾をつまみ上げるのです。
「縄が好きか?僕以外の男に縛られて、縄酔いするほどに開発されたか?」
びくっ・・・わたくしは身体を震わせてしまいました。
他の男性・望月さん・・・に幾度となく縛られて晒した痴態まで知られていたような・・・そんなことなんてあり得ないのに・・・気さえして怯えました。
それに・・・縄酔いする身体になっているなんて信じられません。
縄を掛けられて強引に取らされる淫らな肢体に羞恥を覚えても、縄の感触自体に感じるなんて・・・そんなはしたない身体になっているなんて思いたくもありませんでした。
「長谷川さん以外の方に縛られるなんて・・・」
「ないか?縄の心得がある男なら祥子のこの身体と従順な態度を見れば、縄掛けしたくてうずうずするはずだ。」
「・・・そんな。」
「そんな?」
「わたくしは、そんなに節操のない女じゃありません。」
「そうか。ずっと逢わなくても僕の縄を覚えていてくれたということなのか?こんなに。」
「あぁぁっ・・」
羞恥によりあわせたふとももの狭間へ・・・Tバックごしに透けて見える茂みの中の真珠へ長谷川さんは指を差し入れたのです。

黒衣の情人 20

わたくしはソファーの前に・・・長谷川さんの足元に跪いていたそのままの場所に、両手で胸元を押さえたままでゆらり・・と立ち上がりました。
「お仕置きが堪えているようだね。」
髪は長谷川さんの手で乱されたままでしたが、鞭の痕の痛みはまだ残っておりました。
いつもなら、痛みを痛みだけでわたくしに与えることを長谷川さんはなさいませんでした。あくまで気の遠くなるほどの快楽の代償か、淫楽と共に溶かし込む様にして与えられるのはずなのに・・・今回だけはどうもその不文律も違うようなのです。
<お仕置き>は正にその言葉通りのようにわたくしに与えられたのでした。

「手を下ろしなさい、祥子。」
険が有る訳ではないのに、有無を言わせない強い声が飛びます。
わたくしは、辛うじて胸元を覆っているサテンとレースから手を離したのです。
ファ・・サ・・ 足下に、真紅の花びらを散らしたようにランジェリーは落ちてゆきます。
痛みとご奉仕を差し上げる事しか許されていないはずなのに、わたくしのGカップの先端は明らかな悦びの印をあらわしておりました。
「ますます熟してきたようだね。綺麗だよ、祥子。」
ソファーに腰掛けたままで、長谷川さんは羞恥に揺れるわたくしの白い乳房を見上げながらそうおっしゃいました。
先ほどまで、わたくしの口唇の中で猛々しく昂っていた塊は、もう元の装いの奥に隠されていたのです。
「後ろを向いてごらん。」
わたくしは、その場で長谷川さんに背中を向けたのです。
ひりつく鞭痕が両肩から滑らかな白い背、Tバックのパンティのせいで剥き出しになったヒップの丘、ストッキングの上の剥き出しの太ももまで赤く這っているはずでした。
「すまないね。しばらくはパーティドレスは着られないな。まぁ、夏じゃないからいいだろう。祥子のその身体なら、剥き出しの肌よりも首もとまでぴったり覆ったシルエットのドレスでも充分にそそられるだろう。ドレスをこの手で引きはがしたくなる、今夜のスーツスタイルみたいにね。」
「ぃゃぁ・・・」
長谷川さんの視線が、鞭痕を這うのがちりちりした痛みで解る様でした。左の肩先からウエストのガーターベルトを通ってストラップ添いにヒップの丸みの下へ・・・そしてストッキングに区切られた反対の太ももへ・・・。
見られることでわたくしはまた・・痛みが身体の中へ疼きとなって溜まってゆくようでした。

「祥子。」
「はい・・」
ソファーに座っているとばかり思っていた長谷川さんの声が、思いがけず近くでして・・顔だけを振り向かせたのです。
「あぅ・・・」
微かに動いた左肩に合わせて揺れた左腕を、次いで右腕を後ろに捻り上げられたのです。
「動くんじゃない。」
わたくしの足元に流れるように落ちたのは・・・麻縄・・・だったのです。

トラックバックについて

いつも<淑やかな彩>を可愛がってくださってありがとうございます。
<黒衣の情人>をお届けしている途中ですが、トラックバックについてのお知らせをさせていただきます。
最近、非常に悪質な宣伝目的のみのトラックバックが頻繁に寄せられております。
先方に趣旨が違う旨のご案内も差し上げているのですが、いっこうに止みません。
そこで、トラックバックを承認制にさせていただくことにいたしました。

いつもお越しいただいている皆様にはご不便をお掛けして誠に申し訳ないのですが、せっかく大切にしていただいている<淑やかな彩>の世界を守るための手段として、ご了承いただきたく宜しくお願い申し上げます。



黒衣の情人 19

「また、上手くなったね。ずっと祥子のフェラチオを忘れられなかった。他のどんな女性にさせても、祥子ほど気持ちよくなれなかったからね。」
ボクサーパンツに頬をこするほどに、わたくしは裏筋を根元まで甘噛みしてゆきました。
そしてまた先端の男性の敏感な合わせ目に向かって、今度は先ほどよりもすこしだけ強く、その分舌先の愛撫も加えながら根元から少しずつ頭を動かしていったのです。
「もういちど、咥えなさい。祥子。」
眼の前の塊は、手を添える必要がないほどに充分にそそり立っておりました。
自らの唾液に濡れ光る猛々しいその姿を見る事が出来ないわたくしは、見下ろす長谷川さんの瞳を見つめながら、ゆっくりと再び口腔内へと塊を飲み込んでいったのです。
ちゅぶ・・・ 
唇の内側まで唾液を溜めながら、規則正しく頭を上下いたしました。
強弱を付けるのは、唇の輪と・・・塊に触れる舌先の位置・・・だけ。
全ての経験を駆使して差し上げることのできる快楽を、余す事なく差し出したいと・・・その瞬間わたくしは願ってさえいたのです。

何度目のことでしたでしょうか。
喉の奥まで塊を受け入れたところで、わたくしの額に長谷川さんのひきしまった腹筋が触れたのが解りました。
そして彼のしなやかな上半身が・・・イラマチオをさせるかのように、わたくしの後頭部をそのまま押さえつけたのです。
「続けなさい。」
ん・・・んくぅ・・・
頭を動かすことはできませんでしたが、わたくしは舌先だけを使って長谷川さんを愛撫し続けておりました。
「・・っく・・・」
喉奥で声を漏らしてしまったのは、先ほど鞭に舐められた左の肩に長谷川さんの指が触れたからでした。ついで、右の肩にも・・・。
真紅のスリップのストラップと、ハーフカップのブラのストラップが乱暴に引き下ろされたのです。
喉奥まで突き入れられ口枷のようになった塊は、わたくしのほんの僅かな動きをも封じる力があったのです。
「・・ぁっ・・」
一段と強く、カシミアのセーターに後頭部を押さえつけられたと思った時にはブラのホックが全て外されておりました。
驚きのあまりに上げてしまった呻きの・・喉の動きすら快感だったのでしょうか。わたくしの口内一杯の塊はひくっと・・・大きく一度蠢いたのです。

「もういい。」
上体を起こされた長谷川さんは、口元をねっとりと唾液で濡らしたわたくしの頭をご自身の身体から引きはがしました。
突然肩先から引き上げられた身体から落ちそうになるブラを、わたくしは咄嗟に両手で押さえたのです。
それほど大胆にブラとスリップのショルダーストラップは引き下ろされていたのです。
唇のまわりの淫戯の証を拭う事もできないまま、わたくしは顔を伏せました。
「立ちなさい。」
先ほどまでの快楽を表した人と同じ方とは思えないほどに、長谷川さんの声はとても冷静でした。

黒衣の情人 18

「ああ、祥子のフェラチオはほんとうにいいな。ほら、もっと美味しそうにしゃぶってみせなさい。」
ちゅぷ・・・ 塊の太さの分だけわたくしの唇は開いてゆきます。口腔に溢れていた唾液が舌先を伝って・・・長谷川さんの上に滴り・・・唇の作る輪が塊の根元の茂みへと進んでゆくのを助けるのです。
長い腕を伸ばすと、長谷川さんは左右に分かれてわたくしの表情を覆う長い黒髪を掴み左へと流しました。口唇愛撫の粘膜の触れ合う快感だけではなく、自ら技巧を尽くすわたくしのはしたない表情までも、この方は望まれるのです。
わたくしは、髪を除けて下さる長谷川さんの手の動きにあわせて、しばらくの間上目遣いで彼を見つめながらフェラチオを続けました。

「こんな風に祥子に見上げられたら、あの強面の石塚Jr.でもひとたまりもないだろうな。」
長谷川さんが、石塚さんとのことを本気で全て聞きたいと思っているわけではないのは・・・わたくしにも解っておりました。
ご自身もアブノーマルな世界でしかご満足を得られないこの方は、プライベートを守る事の価値を、きっとどなたよりもご存知のはずでした。
他の方との秘められた褥での出来事を無闇に知りたがったり、ましてやその事実を仕事の駆け引きに利用するような卑怯な方ではないと、わたくしは信じておりました。
仮にわたくしが石塚さんとのことをおもしろおかしく簡単に口にした瞬間に、長谷川さんはすぐにその一夜を切り上げてしまうことでしょう。

多分・・・石塚さんのことは<言い訳>なのです。
それも夏のあの夜、東京湾の上を滑る様に進む客船のパーティールームでお逢いした時に、わたくしが長谷川さんに与えてしまった<言い訳>でした。
どんなことがあろうとも・何もなかろうと、わたくしが決して石塚さんとの関係を決して口にすることはないとご存知だからこそ・・・とことん責めるための理由としてお使いになっているのです。
同時に1人の女としての価値をこの方に試されているのだと、わたくしは感じておりました。

「もっと、出来るはずだね。祥子」
上顎の鼻腔へと繋がるすこしざらついたポイントを撫でる様に鈴口が通過しても長谷川さんは許しては下さいませんでした。
奥へ・・もっと奥へと・・・熱い塊は入り込んでまいります。
わたくしの唇が茂みに埋まり喉の奥に長谷川さんの先端が触れて・・反射的に締まる喉が彼のものを扱くようになることを・・・望んでいらっしゃるのです。
ちゅ・・く・・・ わたくしは一度、唇がカリの裏に当たるまで頭を引き上げました。
そして、舌先を裏筋にそってひらめかせながら、改めてゆっくりと頭を下げていったのです。
ごくん・ごくんと・・・長く大きく反り返った塊を飲み込むように・・・。
「っ、そうだ。ああ祥子の口はまるで性器だな。いいぞ。」
んくっ・・・ 喉奥を突かれて噦く寸前の引きつけのような喉の動きが、長谷川さんを締め付けるのです。喉奥の僅か数センチの分だけを3度深く飲み込むように頭を上下させて・・・わたくしは、またゆっくりと頭を引いたのです。
「祥子、この唇と喉を何人の男に楽しませた?」
ぺちゅ・・・ わたくしは答えませんでした。
代わりに頭を横に倒して、はむはむ・・・と裏筋の左右を唇で覆った前歯で甘噛みをしてみせたのです。
反りの一番大きな太いところが、長谷川さんが感じる場所でした。

黒衣の情人 17

「そうか。それなら次にしなくてはならないことはわかっているね、祥子」
鞭打たれた痕が身内に運ぶ甘い痛みが、わたくしの表情に切なさを付け加えていたのかもしれません。
やさしくさすって下さっていたわたくしの両手を、長谷川さんはご自身の両膝に導き・・・そうなさってから、ゆったりとソファーの背に上体を預けられたのです。
「さぁ、祥子。しなくてはならないことを、僕の命令なくては出来ないような女じゃないはずだね、君は。」
「・・・はい。」
わたくしはしどけなく横座りにしていた脚を、揃えて引き寄せました。
ハイヒールの足を立ててその踵の上に腰を下ろします。
鞭の響きがまだ微かに残る上体を真っすぐに引き上げました。

そして・・・両手を長谷川さんのセーターの裾に伸ばしたのです。
黒の肌触りのいいカシミアのセーターの裾を少しだけたくし上げ、スラックスのベルトに手を掛けてから、改めて長谷川さんの目を見上げたのです。
それでいいんだ、と言う様に長谷川さんは大きく頷いてくださいました。
シルバーのシンプルなバックルのベルトを外し左右に垂らします。
前カンを引き開け、少しだけファスナーを下ろして奥釦を外します。
スラックスの中へ滑り込むわたくしの指先には、もう長谷川さんの熱い塊が触れました。
ファスナーを全て下ろし、黒のボクサーパンツのたった1つの前釦を外して半分だけ昂った塊を眼の前へと引き出すと、すぐに瞼を伏せて・・・わたくしは唇を手の中の塊へと被せてゆきました。

これほどに沢山の方達に可愛がっていただいた経験をもってしても・・・わたくしはこの様な明かりの中で男性の塊をまじまじと見つめることが出来ませんでした。
愛することが嫌いなわけではありません。
指で・手で・唇で・舌で・乳房で・脇のしたで・頬で・乳首で・・・太ももで・ヒップの深い谷間で・花びらを包む丘で・・・そしてもっと奥で・・・わたくしの全てを使って、熱く欲して下さる塊を愛し満足していただくことはとても幸せな一時なのです。
男性の方が望まれるだけのことをして差し上げられる熟した年齢になった今でも・・・なんと言ったらいいのでしょう・・・男性そのものであるその器官を見つめることは、わたくし自身をバージンの時と変わらない羞じらいの中心に引き戻したのです。
そう・・・まるでわたくし自身を視姦されているかのように。
見つめているはずなのに、見つめられるのと同じだけの羞恥を与えたのです。

たとえば、ほとんど照明を落としたホテルのベッドの上でしたら、あまり意識することもなく熱くひくつくこの塊を受け入れたことでしょう。
でも、ここは内装工事すら済んでいないビルの中なのです。
いまだにジャズを奏で続けるピアノの側で、衣服を脱いだ時にソファーの近くにあった照明の向きは変えられたままでした。そのせいでいまは、広い空間を縦横に走る幾つかの照明の光軸からもれた仄かな明かりだけが、それでもひどくあからさまに長谷川さんとわたくしを包んでいたのです。
わたくしは、長谷川さんが口づけてくださったのと同じ様に・・・彼の塊の先端に唇を彷徨わせ、舌先をちろちろと這わせることからはじめました。
「石塚Jr.にもこんな風にしてあげるのかい?」
れろれろ・・・ わたくしは言葉では答えませんでした。
否定の意味を込めて首を横に振ると同時に、舌先に唾液を乗せすべすべとした先端の中央を嬲る様に這わせたのです。

黒衣の情人 16

ペルシャ絨毯に膝をついてみてはじめて、コンクリートの上に直に置かれているわけではないことがわかりました。ホットカーペットのようなものがソファーの周囲のペルシャ絨毯の下に敷き詰めてあるのでしょう。
脚から流れ込む底冷えのする冷たさを覚悟していたわたくしは、薄い黒のストッキングごしに想像しなかった柔らかなクッション性と暖かさにほっとしたのです。
ただ・・・最後に振るわれた乱れ鞭は、柔らかなシルクの絨毯の繊毛さえも新たな責めに変えてしまうほどに、わたくしの肌を痛めつけていたのです。

黙ったままで問いかけるようにじっと見下ろしている長谷川さんの視線には気づいておりました。
それでも、文字通りの<お仕置き>を・・・これほどの緊張と痛みを課した男性の眼を素直に見上げる事などできなかったのです。
わたくしは仕方なしに、眼の前に腰を下ろされた長谷川さんのしなやかな太もものあたりに視線を彷徨わせておりました。

「祥子、僕を見るんだ。」
想像していた通り、声の先には横座りをしたわたくしを見下ろしている長谷川さんの強い瞳がありました。
アッシュグレイの前髪が幾筋か、うっすらと汗を浮かせた彼の額に貼り付いていたのです。
鞭は打たれる側の痛みと同じだけの消耗と緊張を打つ方にも強いることを、長谷川さんの表情がわたくしに思い出させてくれたのです。
「縄を解くから手を出しなさい。」
「はい。」
身体の両脇に自然に垂らしていた手をゆっくりと引き上げました。
「痺れてはいないかい?」
「はい。大丈夫です。」
差し出した両手から、長谷川さんはまずわたくしの右手を取ると、しゅる・・しゅる・・と縄をといてゆきます。
美しく結ばれていた縄は・・・するすると・・・滑らかにわたくしの肌から離れてゆきました。
「次は左手。」
膝の上に置いていた手を長谷川さんに差し出します。右手と同じ様に縄はほどかれてゆきます。
「ほら、祥子が素直に答えないからこんなに痕が付いてしまった。」
痕とはいっても・・・多分鬱血が残るようなものではないのでしょう。
が、細心の注意を払って括って下さったにも関わらず、わたくしの全体重を一瞬で支えなくてはならなくなったことで、手首から5センチほどの巾で・・・斜めに薄紅い縄目がくっきりと印されていたのです。
すんなりと細くて長い・・・繊細で大胆な設計図を引く長谷川さんの指がわたくしの腕についた縄の痕をやさしくマッサージしてくださいます。
手首の内側を行き来する温かな彼の指の感触は・・・わたくしへのいたわりを示しておりました。
でも、まだわたくしは緊張を解くわけにいかなかったのです。
なぜなら、長谷川さんはまだわたくしのことを<祥子>と呼んでらっしゃったからです。
前回お逢いしたときは、責めの合間のこの時間だけは<祥子さん>と呼んでくださったのです。なのに今回はまだ・・・。

「痺れてはいないね。」
「はい。」
「祥子はデザイナーなのだろう。グラフィックが専門だとしても、僕と一緒で手は商売道具だからね。注意はするが、万が一痺れたり・感覚がなくなったりしたらちゃんと言うんだ。いいね。」
「・・・はい。」
あの夏のパーティの会場でどなたかに、お聞きになったのでしょうか。
それとも、あのジャズ・ライブを開催しているホテルの支配人からでしょうか。わたくしが、彼の素性を知ったのと同じだけ、彼もわたくしのことをお知りになっていたようです。
安心していただけるように、わたくしは微笑んで・・・改めて長谷川さんを見上げました。

黒衣の情人 15

耐えるための呻きは、次第に悲鳴の色を帯びてまいりました。
長谷川さんの質問に・・・沈黙は、肯定の意に取られかねませんでした。
はしたなく張り上げそうになる声を押さえ込むがゆえに、喘ぐ息の間からわたくしは言葉を紡ぎ出したのです。
「何も・・ありません。お酒・・をご一緒するだ・け・・のお友達です・・・。下の会場では・・ゆっくりできない・・から・・・と。・・・あぁっ」
ピシ・・・
右肩を火のような痛みが襲います。剥き出しの肌には・・この打擲はあまりに・・・きつすぎました。
「それだけのために、祥子を呼んだのか?そんな訳はないだろう。」
「でも・・それだけなんです。・・・ひぃぁっ・・・・」
ピシッ・・シッ・・・パシ・・・パンッ・・・・
ピィシ・・・・・ピッシィィ・・・
力任せの鞭がわたくしの真紅のスリップで覆われた背中を・・・時に剥き出しの肩甲骨の上を・・・乱打してゆくのです。
痛みに・・・声を上げるゆとりなどもうなくしておりました。
打たれる痛みに吐き出した息を吸う間もなく、次の痛みた襲うのです。
キスの間に長谷川さんの指で絡めとられ、身体の前面へと垂らされたロングヘアは幾度もの鞭の衝撃にに幾筋か背中へ落ちかかっておりました。背の中心を走る鞭の細い革は、時にわたくしの細い髪にも絡み付き・・・長谷川さんが鞭を引くと同時に数本の髪も引き抜け落ちているようでした。
「・・・ゆるし・・て・・・ なにも・・ない・・わ・・」
ピシッ・・・
「はあうっ・・・」
剥き出しの・・・ガーターストッキングの上の太ももと白い腰の丸みの下辺を舐めた革の痛みに、わたくしはとうとう膝を折ってしまったのです。
キシュッ・・・ 左右の手首に回された黒の縄が、わたくしの体重を受けて乾いた軋みを響かせたのです。

「・・・ぁ・・・はぁ・・・・」
落ちた膝は、吊られているために宙に浮いたままでした。
鞭を受けるために強いられた緊張が一気に解かれてしまったいま、息を乱したままのわたくしは体勢を整えることすらできないでいたのです。
「強情だね、祥子。」
長谷川さんはわたくしの腰に手を添えてくださると、真っすぐに立ち直れるように身体を引き上げてくださいました。
それから、梁に投げ・括り付けてあった縄を解いたのです。
縄のテンションが無くなった途端、わたくしはよろめいてしまいました。
それでもなんとか堪えることができました。
さきほどの体勢のままでこの場に膝をつけば、剥き出しのコンクリートはストッキングを破り・・わたくしの膝を傷つけてしまったことでしょう。
長谷川さんが縄を緩めるより先にわたくしの体勢を整えてくださった訳に、わたくしはようやく気づいたのです。
そして耳には・・・あのピアノが奏でるジャズが・・・切ないSummer Timeが蘇ってまいりました。
「こちらに来るんだ。」
縄を・・・手首に回した縄はそのままに、長谷川さんはふらつくわたくしを抱き寄せると、ここに来て最初に案内してくださった革のソファーの前に連れて来ました。
先ほどまでそこにあった大理石のテーブルは、ソファーとピアノの間に移動されていました。
長谷川さんはソファーに腰を下ろすと、わたくしを彼の開いた膝の間の絨毯の上に座らせたのです。

黒衣の情人 14

「はぁう・・っ・・・」
紅いスリップごしとはいえ、冷たい銀の玉は容赦なくわたくしの敏感な先端に氷を押し当てたような刺激まで与えたのです。
長谷川さんはわたくしの乳房に鞭の握りを強く押し付けたまま動かしてゆきました。
柔らかな乳房の先端から外側へと・・・そして白く・薄く・感じやすい柔らかな下辺に埋め込む様にして・・・やがて鞭の握りを、両手を上げて吊るされたことで中央に寄り合わせる形になった乳房の間にすっぽりと挟み込まれたようになりました。
「祥子、今夜は聞かせてもらうよ。夏の竹上のパーティの間、石Jrと2人きりで何をしていた?」
白い二つの乳房の間の銀の玉を上下させるようにしながら、長谷川さんが問いかけたのです。わたくしの耳元は冷気と緊張から、彼が寄せた唇の熱に軽い痛すら感じておりました。
「ご一緒に特別室から花火を見ていただけですわ。」
「嘘を言うんじゃない。」
乳房を嬲る様に押し付けていた鞭を掴み取ると、長谷川さんはわたくしの背後から大股で離れてゆかれたのです。

ピィシ・・・・
「はっ・あっ・・・ぅ・・」
力づくの一鞭がわたくしの背中に振り下ろされたのです。
スリップとブラごしでも・・・その痛みは耐えきれず大きな呻きを上げてしまうほどでした。
ピシッ・・・ピシ・・・
「ぅっ・・・んくっ・・・」
立て続けの鞭はウエストの少し上、刺激に弱い同じ場所を右上からと左上から鋭く走って行ったのです。
ピシ・・・
「あっひぃぃっ・・・」
腰の頂きから下に振り下ろされた一閃は、細革の何本かで剥き出しになった太ももまで舐めてゆきました。
長谷川さんは全く容赦も手加減もなく腕を振り下ろしてらっしゃいました。
ただ、まだ身に纏わされたままだったランジェリーの儚い厚みの分だけ・・・痛みが軽くなっていました。
でもそれも、打たれた瞬間だけのことでした。
じんじんとする鞭痕は、やがて身動きするたびに触れるランジェリーの感触に、別のひりつく痛みをわたくしに与え続けたのですから。

「あの時、祥子はとうとう僕の居たパーティルームには戻って来なかった。2時間近くも2人きりでいて、何もない訳はないだろう。」
長谷川さんのおっしゃる通りなのです。
あの2時間・・・わたくしは破廉恥に石さんにこの身体を・・・それも客船の特別室専用デッキで貪られていたのですから。
でも、石さんとお仕事上の取引関係のある長谷川さんにそんなことは口が裂けても言えることではありませんでした。
「ご一緒に、花火を見てお酒を頂いただけですわ・・・ひっ・・・ぃ」
ピィシィィ・・・ 
わたくしの答えが終わる間もなく、鞭が・・・今度は左のスリップに覆われていない肩先から背中に向けて打ち下ろされました。
「祥子と2時間居て、酒を飲むだけで我慢できるほどあの男が聖人君子だとは思えないがね。」
ピシッ・・・・ 
「ぅあっ・・・」
左の脇腹からバストの下まで・・・鞭先がサテンのスリップを舐める様に回り込みます。
バストのすぐ下の・・・男性の指が触れるだけでわたくしの甘い声を導き出す柔らかな皮膚が・・・強い細革のピンポイントの強打に肌を裂かれたような痛みを感じたのです。

黒衣の情人 13

さきほどまで、ミニドレスのようにガーターストッキングの留め具を上品に隠してくれていたスリップは、Tバックのフロントの逆三角形の頂きを露にする位置まで無惨に引き上げられておりました。
殊に左前の深いスリットは、Tバックとガーターベルトのレースの重なりが白い腹部の肌の上につくる妖しい陰影までもを、長谷川さんの眼に晒していたのです。
踵を下ろすことができないわけではありませんでした。
でも、そうするためには、手首の内側の白くて柔らかい皮膚がひきつれるほどに・・・縄を食い込ませるしかなかったのです。

ピシッ!・・・
「ゃっ・・・」
突然の床を打つ鋭い音に、わたくしははしたない驚声を上げてしまったのです。
あれは・・・
「綺麗だよ。祥子。」
「ぁん・・・ん・・」 
背後から声を掛けた長谷川さんは、背中に流れるストレートのロングヘアに左手を差し込むと、擲音に怯えたわたくしの顔を捻る様に向けさせて今夜初めて・・・唇を重ねたのです。
夏に客船で再会した時は、言葉を交わしただけでした。
口づけさえ1年ぶり以上になるのです。
でも・・・1年前の夜にわたくしを試す様に重ねた冷静な唇とは、明らかに違いました。
熱く・深く・・だからといって淫欲に溺れるだけでもなく・・・<思慕>という言葉を滲ませる口づけは、わたくしの怯えた心を溶かしてくださいました。
「・・・はぁ・ぅ・・・」
太もものガーターストッキングが途切れて素肌を晒す、ちょうどそのあたりを細い革の束が撫でてゆきます。バラ鞭と言われる形状のようでした。
「・・ん・・ぁ・・・」
以前、この方がわたくしに使われたことのある八条の1cmほどの巾のある黒革を束ねた鞭とは・・・同じバラ鞭でも全く違う種類のようです。
「・・ぁ・・ぁぅ・・・」
まるで長谷川さんの口内に流れ込むわたくしの慄きの声を楽しむかの様に、吊られ・引き延ばされたランジェリーだけに覆われた身体を、長谷川さんは右手に持った鞭で撫で回してゆくのです。
太ももの外から内・・・Tバックに包まれた丘の頂き・・・やわらかなわたくしの腹部・・・ハーフカップブラに支えられたGカップのバストの下辺・・・キスのために反らされて露にされた左の首筋。
「ゃ・・ぁ・・・・・」
眼を開けることも、肌に触れる鞭の姿を追うことも、頭を押さえられ・唇を奪われたままのわたくしにはできませんでした。
それでも張りのある細革の滑らかさは、束ねた革の本数が振り下ろす力を分散するためでなく一部の無駄もなく全ての力をわたくしの身体に伝えるためにあることを教えていました。

「今夜のキスはシャンパンの香りだな。」
「ぁ・・ぁぁ・・・」
唇を重ねられるのと同じ唐突さで、長谷川さんはわたくしを離されました。
わたくしの舌は、先ほどまで絡められていた長谷川さんの舌を追う様に・・・喘ぎ声とともに差し出され・・・放置されたのです。
キスをしていれば、鞭打たれる時間は遠のくと思ったのです。
でも・・・
「これが随分気に入ったみたいだね、祥子。」
「ぃゃぁ・ぁ・・・」
眼の前に差し出された鞭は、眼を閉じていたわたくしが想像した以上のものでした。
沢山の細革が束になったその鞭は、振り下ろす力にGを加えることが可能なほどの長さとしなやかさを備えていたのです。この鞭の一振りは、間違いなくわたくしの白い肌に・・・紅い火襷のような痕を付けることができるでしょう。
「ブラをしていてもこんなにはっきりわかるほど昂らせて、そんなにこの鞭が欲しかったのかい?祥子。」
「あぅっ・・・」
鞭の持ち手のエンドに付いた銀の玉で、長谷川さんはわたくしのGカップの先端を・・・ぐりぐりと押しつぶすのです。
両腕を吊り上げられてしまったせいで、くっきりと立ち上がった乳首をのせたGカップの乳房は乳暈をぎりぎり覆っていたハーフカップのブラから溢れ落ちんばかりになっていたのです。

黒衣の情人 12

「ぁっ・ぁあっ・・・」
右手も同じでした。
白く薄い内側の皮膚の上を長い縄が走ってゆくときの、肌を焼くような摩擦熱も・・・長谷川さんの力強い縄さばきだと格段に熱が宿るようでした。
手首を括るだけのことなのです。
使われた縄もただの黒の綿縄でしかありません。
なのに長谷川さんの縄は、まるでわたくしに幅広の黒革の手錠を巻いた様に、美しいフォルムを見せていたのです。

「こちらにおいで。」
長く垂らされた縄尻を拾い上げると、長谷川さんは片手にまとめてわたくしを窓の近くまで、柱1つ分だけ歩かせたのです。
真紅のスリップの裾は、普通にしていても辛うじてガーターストッキングの留め具を隠すほどの丈でした。
その下に秘められたままのマットブラックのレースのブラもTバックも・・・長谷川さんは何一つ乱そうとはなさいませんでした。
まるで紅いスリット入りのミニドレスを身に着けて長谷川さんと街中を歩いているだけのように、わたくしは背筋を伸ばして一歩を踏み出したのです。
一歩、また一歩。
膝を曲げることなくすいと伸ばす脚元からは、いつしか不用意に大きな音が響いてまいりました。
コツ・・コツ・・ もうわたくしの足元には、あの瀟酒なペルシャ絨毯はありませんでした。
打ちっぱなしのコンクリートの床をハイヒールが進んでゆくのです。
ジャズ・ピアノの音が響くだけの・・・地上の騒音も届かない空間に、自分自身が立てる大きな音は、まるで・・このはしたない姿を見てください・・・と哀願しているかのようでした。
「そのまま、窓に向かって立ちなさい。」
「・・・はい。」
歩みを止めることが出来て、わたくしはほっといたしました。
長谷川さんの声に促されるままに、わたくしは大きな一枚窓へと身体の向きを変えたのです。

既にわたくしは両手に縄を掛けられておりました。
長谷川さんなら、わたくしにあと1~2本の縄をかけてここに吊るされるおつもりなのでしょう。
望月さんとは違う・・・長谷川さんの厳しく・強い縄はわたくしのはしたないM性を引き出すスイッチでした。
肌の上を縄が走って灼くような痛みを与えられたり、神経や血管を圧迫しないように細心の注意を払いながらもぎりぎりまで締め上げるその縄は、わたくしに甘えや媚びではない真の哀願をさせるだけの力を持っていたのです。
縄の食い込む痛みと拘束されて身動きできない身体と心をこの方に嬲られて、羞恥に悶えるわたくしの様をご覧になるのが・・・快楽系のSだとおっしゃる長谷川さんがお好みになる行為の一つでした。

工事用照明が交錯する真っ暗な空間を透かし見れば、天井の剥き出しになった鉄骨の梁が、そこだけは先ほどまでの空間よりも幾分低めに渡されておりました。
「・・っ」
長谷川さんは手首を括った縄尻を、柱と梁のわたくしからは見えない交点へと投げ上げます。
落ちて来た縄端をするすると引くと、わたくしの左腕を真っすぐに斜め45度に引き上げ、柱に数回巻きつけて縄端を留めました。
「んっ・・・」
右手の縄は左手よりも強く・・・ハイヒールの踵がほんの少し床から浮き上がるほどに引かれてから丹念に結び留められました。
これで終わりではなかったのです。
再び左手の縄が解かれ・・・右と同じほどにきつく引き上げられて・・・わたくしは、黒のハイヒールでつま先立つ様に立たせられたのです。

黒衣の情人 11

「ふふっ、まあいい。さぁ、まだ途中だよ。早く祥子のランジェリー姿を見せなさい。」
グランドピアノの開けられた反響板に、わたくしの衣服を掛けるとご自身はまるでそこが指定席だとでも言う様に、再び先ほどと同じ椅子に腰を下ろされたのです。
「こっちを見なさい。」 
スカートに隠されていたシャツの6つ目の釦を外そうと視線を下ろした時です。長谷川さんから厳しい声が飛んだのです。
「いつものように、女王様然としてこちらを見るんだ。できるね、祥子。」
わたくしは改めて背筋を伸ばし、凛と表情を引き締めて・・・長谷川さんを見つめ・・・そのまま釦を外していったのです。
全ての釦を外した肌触りの良い超長綿のメンズシャツは、わたくしは白い肩から滑り落ちてゆきました。
暖められているとはいえ直接素肌に触れる馴染みのない空気に、わたくしはさっと肌が粟立ちました。

「きれいだ。本当に祥子の白い肌には濃い色のランジェリーがよく似合う。」
長谷川さんは立ち上がると、室内にいくつか置かれた工事用の照明を直接わたくしに向けられたのです。
強い光は熱を含んで、わたくしの肌を真っ白く浮き立たせました。
「まぶしいわ。あなたが・・見えない。」
言葉通り、わたくしの視界は指向性の強い工事用の照明に白く霞み、長谷川さんの姿を見失っていたのです。
わたくしは一人きりにされたような心細さと、ランジェリーだけの姿の羞恥心から思わず胸元を腕で覆ってしまったのです。
「隠そうとするんじゃない!」
長谷川さんの強い声に、わたくしはふたたび腕を最初のように身体の側面に垂らしたのです。
ペルシャ絨毯は黙々と自動演奏を続けるピアノの音と相まって、長谷川さんの靴音を完璧に殺しておりました。
まっすぐ前を見つめ続けるわたくしの視界は、強すぎる光に遮られてあまりの眩しさにいつの間にか軽く瞳を閉じていたのです。

しゅるっ・・・・ 
かつて聞いたことのある音が左のソファーのあったあたりからいたしました。
あれは、縄を捌く音でした。
しゅっ・・・しゅる・・ 
長谷川さんは以前お逢いした時も綺麗に縄を束ねて、管理していらっしゃいました。そして、それを使うときだけ束になった縄を解き、二つ折りになさるのです。

「お仕置きだよ。祥子。」
長谷川さんが明かりの中から姿をお見せになったとき、彼の手には2本の黒い縄が握られておりました。
「おねがい・・おしおきは・い・や・・・」
猿臂を伸ばすと、後ずさるわたくしから掛けたままになっていた眼鏡を取り上げたのです。
一旦ピアノの譜面台にツルをたたんで置くと、大きな歩幅で一気にわたくしとの間合いを詰めました。
「手を貸しなさい。」
長い1本の縄を肩に掛けると、もう一本の縄の二つ折りにした輪の部分を持ってわたくしに近づかれたのです。
長身の長谷川さんが持っていても、縄尻は彼の黒革のブーツによりそって蛇のようにとぐろを巻いているようでした。
「ゆるして・・」
それほどの長さの縄でどのような拘束を科せられるのか・・・わたくしは恐怖心からまた一歩後ずさったのです。
この限りある空間から逃れることはできないと解っておりました。それでも、お仕置きだと口にされるこの方に素直に従うことは・・・できなかったのです。
「あっ・・・」
「手間の掛かるお姫様だ。」
あと一歩、間合いを取ろうとわたくしが思ったのと、長谷川さんの大きな手がわたくしの手首を掴み取ったのは同時でした。
瞬く間に黒い縄はわたくしの手首の5センチほど上に回され、必要以上に引き絞られない様にと縄止めをされたあと力を分散するかのように二本取りのまま3度巻き付けられたのです。

黒衣の情人 10

Aラインのフレアスカートはすとん・・・と床の上に黒い光沢のある輪を作ったのです。
「そのままにしていたら皺になってしまうだろう。拾いなさい。」
「・・・はい。」
わたくしは半歩だけ動いて・・・光沢のあるウールの黒い輪から抜け出ると、真っすぐに立ったままで上体だけをすっと倒してスカートを拾い上げました。
じっとこちらを見ている長谷川さんの目からは、ハーフカップのブラに辛うじて支えられたGカップの白い乳房が・・たゆん・・と深い谷間を晒すところまで見えてしまったことでしょう。
そんな想像は、わたくしの耳までも真っ赤に染めさせました。自分の脈拍がトクトクと・・・耳元でなり続けているかのようでした。
拾い上げたスカートを軽くたたんで、わたくしは胸元へと抱えました。いまさらですが、ほんの僅かでもこの身を長谷川さんの視線から隠せたらと思ったのです。わたくしは、はしたないストリップに羞恥のあまり長谷川さんからは顔を背けたままでおりました。
ピアノの音は、止まる事なく・・・・。

「スカートも寄越しなさい。」
耳元で聞こえた長谷川さんの声にわたくしはびくっと身を振るわせてしまったのです。眼の前に立たれた黒いセーターとウールのスラックスを見ても、すぐにお答えすることはできませんでした。
長谷川さんの手には、さきほどわたくしが床に脱ぎ落とした革のジャケットがありました。
「あの・・・ピアノは?」
わたくしはただ一言、目の前の長谷川さんに疑問を投げかけたのです。
長身の彼の向こうにあるピアノからは、先ほど彼がそのしなやかで力強い指で弾いていたのと同じように、ピアノは生音での演奏を続けておりました。
「あのピアノには自動演奏装置が付いているんだ。ボタン一つでさっき僕が弾いたとおりに、エンドレスで演奏し続ける。あまりうまくはないが、ありきたりのCDよりはムードがあるだろう?」
身体を半分動かして、鍵盤だけが不思議に動くピアノを一旦わたくしに見せてくださった長谷川さんは、わたくしを見つめたまま身を覆う様に抱きしめていた手の中のスカートを取り上げたのです。

「いずれ、祥子の上げる声でピアノの音どころじゃなくなるだろうけどね。」
わたくしの衣服を左手にまとめて、右手の人差し指でつい・・と顎を引き上げるのです。
「ぃゃ・・」
わたくしはあまりの言葉に、思わず視線だけを逸らせてしまったのです。
「違うというのかい?祥子。さっきの歌声なんか比べ物にならないような、はしたない声を上げるのだろう?」 
わたくしは、ふるふると首を横に振ったのです。いまのわたくしにはその質問に頷くことなんてできません。
たとえ、長谷川さんが言う通りに・・・きっと・・・なってしまうにしても。
「声を上げないというのかい?僕にどんなことをされても?」
こちらを見ろ、というように顎先にかかった指に力を込めます。
「本当に、そんなことができると思うのかい?」
冷静に重ねられる疑問符に、わたくしは長谷川さんに怯えの視線を向けるしかありませんでした。
どんなことをされても・・・真性Sだと自認されている長谷川さんの<どんなこと>には、なにが含まれているか想像もつきません。
それなのに、これ以上の抗弁などどうして出来るでしょう。
「・・・できません・わ。」
わたくしはそれだけを口にしました。
長谷川さんがそう言う以上、わたくしにおっしゃるような声を上げさせるための責めを、彼はいくらでも続けることができるのですから。
「やっと認めたね。今夜はこんなに僕好みのスタイルをして来てくれたから少しは素直なのかと思ったが、どうもそうじゃないようだね。あとで沢山お仕置きをしないといけないようだ。」
「ゆるし・て・・。」
「ふふ、まだ何もしてないだろう。なのに、そんな追いつめられた小動物のような目で僕を誘うんじゃない。まるで、虐めてくださいと言っているようだよ。今の祥子の顔は。」
「ちが・う・・・の。」
眼を見てお話しない限り、長谷川さんはわたくしの言葉を聞いてはくださらないような気がいたしました。
なのに、わたくしの表情が長谷川さんの嗜虐心をそそってしまうなんて・・・なんという皮肉なのでしょうか。

黒衣の情人 9

「わたくしの・・・はしたない姿を・・ご覧下さい。ご主人様。」
わたくしの喉から出たのは、さきほどの歌の時とは全く違う・・・声でした。
やっと、絞り出した掠れた声には、もう・・・長谷川さんの視線に犯されて感じてしまったはしたないわたくしの体内に生まれた淫らな熱が籠っておりました。
「そうだ。良く覚えていたね。それに僕の好みも。」
視線を避けるように背けた頬に長谷川さんの眼差しが注がれているのにも・・・気づいていました。
「ランジェリーはスリップだけが赤なのか?」
「・・・はい。」
彼に捧げる様にさし出された脚は、マットな質感の黒のストッキングが同じく黒のガーターベルトで留められていたのです。開いた黒のシャツの胸元からは、真紅のスリップのストラップに寄り添う黒いレースのブラのストラップが覗かせてしまったのかもしれません。

「マニッシュな装いの下の真紅のスリップ。その下の黒のランジェリー。今日は昼間からクライアントの男性達を誘惑していたわけじゃないだろうね。」
「ちがい・ま・す・・」
ピアノを弾く長谷川さんの指は、わたくしに触れることはありません。
でもその分視線が・・・スリップの胸元を、スカートのスリットを掻き分けて素肌を這っているようでした。
「祥子がそう思っているだけだろう。打ち合わせが急に増えたと言ったね。それは、祥子のせいだね。こんな女性と隣り合って打ち合わせできるなら、何時間でも側に拘束しておきたかったんだろう。そのクライアントに脚くらい触らせてあげたのかな?」
「いたしません・・そんな・こと・・・」
夏に客船でのパーティでお逢いした時にも、そのことはお話いたしました。
わたくしは、お仕事関係者とはこんな関係は持たないって・・・。
ご存知なのに、長谷川さんはわざとおっしゃるのです。
「シャツの釦をどれだけ留めても、打ち合わせテーブルの下でストッキングに包まれた脚を見せない様にしても、祥子のフェロモンだけは隠せないからな。君の色香に迷わない男なんて、打ち合わせの相手はよっぽどのガキか枯れたジジイだったってことだね。」
「ひど・・い・・わ」
指一本触れられていないのに、長谷川さんの言葉と視線はわたくしの身体を疼かせたのです。
「酷い?心外だね。こんなに褒めているのに。嬉しいよ。祥子がずっといい女でいてくれて。他の男の心を動かせないような女には、僕は用がないからね。」
Summer Timeのサビを繰り返して・・・長谷川さんの指は鍵盤を離れました。
「さぁ、脚を下ろして。続きをしなさい。」
「・・・はい。」

ハイヒールのつま先を下ろすと、Aラインの黒のスカートはわたくしの脚を上品に覆い隠してくれました。
それでも・・・すぐ・・・このスカートはわたくしの身体から落ちてゆくのです。
両手を後ろに回し、スプリングホックを外します。
チ・チチチ・・・ コンシールファスナーを左手で下ろしてゆきます。
わたくしは・・・男性の手で、着ているものを剥がれることがほとんどでした。
こうして、ご覧になっている前で自分で脱いでゆくことが、こんなにも恥ずかしいことだなんて思いませんでした。
ピアノはまた「枯葉」に戻っていました。
なのに、わたくしの落とした視線の先に見える長谷川さんの脚は、肩幅に開かれてピアノではなくわたくしの方を向いていたのです。
「どうしたんだ。スカートを脱ぎなさい。」
長谷川さんの声に、わたくしはスカートのウエストを持っていた指を離しました。

黒衣の情人 8

「えっ・・・・」
「祥子。もう一度言わせたいのかい?ここで、自分で、服を脱ぎなさい。」
長谷川さんがわたくしを<祥子>と呼ぶ時。
それは、優しい紳士から1人のSになったときでした。そして、それは同時にわたくしが、彼の求める極上のMとして存在しなくてはならない時が来たことを意味しました。
でも・・・まさか・・・こんな四方がガラス張りで外が見えるような場所で始まってしまうなんて・・・。
「ここで、ですか?」
わたくしの声には、怯えが混じっていたかもしれません。
20畳ほどのペルシャ絨毯が敷かれたこの場所以外は、打ちっぱなしのコンクリートと鉄筋が剥き出しになったままの空間なのです。
閉鎖されたホテルの部屋とは違う空間は、ここが長谷川さんの神聖な仕事の場であることもあってこのまま・・・彼の罠に落ちてゆくことを躊躇わせたのです。
「もう充分空気もあたたまったことだろう。ワインの酔いも祥子の身体を暖めているはずだよ。外壁は全て偏光ガラスだ。外からはよほど絶好の角度でもないかぎり覗かれることはない。安心して祥子の身体を僕に見せなさい。」
わたくしは、まだ躊躇っておりました。
確かに長谷川さんがおっしゃる様に、外からは閉鎖された・・・見られることのない空間にいるのでしょう。
でも、あまりにくっきりと見える冬の都会の夜景が・ところどころに点くビルの窓明かりが・・・わたくしを呪縛しておりました。
「さっそくお仕置きかな?僕はピアノから手を離せない。なのに手を貸さないと、このお姫様は服を脱ぐこともできないというのかい。」
お仕置き・・・。
長谷川さんのおっしゃるお仕置きは、言葉通りの厳しい罰でした。わたくしは・・・それでもほんの少し躊躇った後で、革のジャケットの釦に手を掛けたのです。

「そう。それでいい。」
わたくしは長谷川さんから顔を背けるようにして、肩からジャケットを床へと落としました。続いてシャツの袖口の釦を外したのです。
次は胸元の釦・・・3つめ・・4つめ・・・5つめ・・・。
「綺麗な赤だね。白い肌に良く映える。祥子は自分の魅力を良くわかっている。黒いメンズ仕立てのシャツの襟元からこんな色を見せていたら、支配人はその場から動けなくなったろうね。まるで現代の花魁のようだよ。」
ピアノの音が変わっていました。
Summer Time。セクシーな啜り泣くようなメロディーが、長谷川さんの指先で奏でられてゆきます。
シャツのウエストは、スカートの中でした。命令通りにするために、わたくしは両手を後ろに回してスカートのホックを外そうとしたのです。

「待ちなさい、祥子。ここに来て、その姿のまま左脚を椅子に掛けなさい。」
「・・・はい。」
2歩だけ、長谷川さんに近づきました。
彼が腰を下ろしているピアノ用の椅子の座面の下の横木に、左脚のハイヒールのつま先を掛けたのです。
はら・っ・・・ 
90度以上に持ち上がった太ももは、スカートのスリットの間からガーターストッキングの留め具の上までもを晒しておりました。
引き上げた脚を彩るように、真紅のスリップと光沢のある黒のベネシャンのスカートは左右に着物の重ねのように垂れていたのです。
あまりに刺激的な色のコントラストに、わたくしは無駄とは知りながら椅子に掛けた膝を・・・スカートの奥まで見通そうとする長谷川さんの視線から避けるように内側へとほんの少しだけ倒しました。
「手は左右に自然に垂らして、そう。」
長谷川さんの指は、そうおっしゃりながらも一時も止まりません。
さらっと・・・流す様に弾いていたSummer Timeに、却って熱が籠るようでした。
彼の椅子にかかった黒革のハイヒールからわたくしの羞恥に染まった耳元までを、長谷川さんはねぶるように見つめておりました。

「祥子。黙ってないで、言うことがあるだろう。他の男に甘やかされすぎて、忘れてしまったのかい?」
アッシュグレイの前髪と同じさらさらとした肌触りの声。
ピアノの音とは裏腹に、冷静なその響きが1年も前のあの夜をわたくしに思い出させたのです。

黒衣の情人 7

長谷川さんは手もとを見る事なく、わたくしに話しかけてくださいます。
それでもミスタッチのない演奏は長い間ピアノに触れていた経験を感じさせました。
「ははは、現場を見せるだけなんてそんなありきたりなことは石Jr.がさんざんしているだろう?」
「いいえ、そんなことは一度もなかったの。石さんのことも、あんなに大きな会社の偉い人なんだってあの日初めて知ったんですもの。」
「ほぉっ・・・」
長谷川さんは意外そうな表情をされていました。
「ディベロッパーをしているとは聞いていたわ。でもあの業界もピンからキリでしょう?だから、お1人で人脈を生かした・・・そんなお仕事をなさっているのだとばかり思っていたのよ。」
「見掛けによらず、粋な人なんだね。」
粋な人。長谷川さんが石塚さんを評するその言葉は、正に正解でした。
「ふふふ、ひどいわ。そんな風におっしゃったら石さんに怒られちゃいますわよ。」
「はははは・・・。」

笑い声をきっかけに、流れ出した次の曲は Fly me to the Moon でした。
「歌えるだろう?歌ってごらん。祥子さんの声が聴きたい。」
じっとこちらを見つめて、リリカルにジャズのスタンダードのメロディラインを引き続ける長谷川さんに・・・わたくしはシャンパンで喉を潤すと・・・いつもお話しているよりは幾分か高い声で歌いはじめたのです。

Fly me to the moon 
Let's me sing among those stares・・・
今夜のライブのようなインスツルメンタルは、アドリブにアドリブを重ねてゆきます。ですが、長谷川さんの弾くピアノはまるで映画音楽のように綺麗にわたくしの声に添ってくださいました。
You are all I long for all I worship and adore
変調をかけた一節のあと、ゆっくりと、長谷川さんの眼を見ながら最後の歌詞をつづけたのです。
In other words, please be true 
In other words, I love you
”言葉なんかじゃなくて・・ほんとうの気持ちを教えて・・・おねがい・・愛してるわ“
「澄んだ声だね。なのに、背筋を這い上るような艶と声量がある。不思議な声だ。きっと上手だとは思っていたが、これほどとは・・・思わなかった。」
「恥ずかしいわ。お聞かせするつもりなんてなかったのに。」
確かに接待のような席で、カラオケを歌うことはありました。
生のピアノで歌うなんて本当に数少ない経験です。
長谷川さんの指は、まだ同じメロデイーを繰り返して弾いてらっしゃいました。リズムを変えて・アレンジを変えて・・・。

「ここで、ランジェリー姿になりなさい。」
まるで「歌ってごらん」と言うのと同じ調子で・・・長谷川さんがそうおっしゃったのです。

黒衣の情人 6

建築用の大きな照明が、まるで間接照明のように配されて空間を明るく照らします。
外は肌寒いほどですのに、あちこちに設けられた大型のオイルヒーターはほんのりと室温をあたためておりました。
そして、眼の前には・・・わたくしの見たものが錯覚ではないと諭すように、20畳ほどのペルシャ絨毯の上に、応接セットとグランドピアノが置かれていたのです。

「流石の祥子さんも、こんなところに来るのは初めてかい?」
「え・え・・・」
マンションのプランニングのお仕事をお手伝いをしたことはありました。それでも建築途中の、まだ内装すら済んでいない建物の中に、ヘルメットもなしで入ったのははじめてでした。
わたくしをソファーへとエスコートすると、長谷川さんはわたくしの肩に手をかけて座る様に促すのです。
ムートンのコートを脱いで袖だたみにしてソファーの肘掛けにかけると、ゆったりと座面の広い革張りのソファーにわたくしは腰を下ろしました。
「このビルは、いま僕が手がけている仕事の1つなんだよ。」
長谷川さんも暖まったソファーの周りの空気を確認するように、バーバリーのコートを脱ぎました。
わたくしのコートを一緒に手に取ると、ソファーの後ろにあるハンガーラックへと吊るしてくださいます。
そして、次に向かわれたのはソファーセットの少し先にある小さな冷蔵庫でした。
ヴーヴクリコのミニチュアボトルと、グラスを2つ。長谷川さんは大理石のテーブルに並べました。

「もう、ライフラインは完備している。化粧室も、ほらあそこに出来上がっているから心配しなくていい。」
長谷川さんが指さしたのは、さきほどエレベーターを降りてすぐに目についた壁に囲まれた空間でした。3枚の建築用シートの2枚目と3枚目に挟まれる様に・・・その空間はありました。
「さぁ、3ヶ月ぶりの再会に乾杯しよう。」
「乾杯♪」
チン・・・ グラスを交わす澄んだ音が響きます。でもわたくしはまだ不思議な心持ちから抜け出すことができなかったのです。
そこに配されているものは、1つ1つはとても見事なものでした。
でも、普通なら存在する訳のない場所にレイアウトされた贅沢な品々は・・・まるでダリの絵の中に入り込んでしまったようなシュールな感覚に、わたくしを浸していたのです。

「ここって、竹上建設さんが建ててらっしゃるビルなの?」
「そうだよ。完成すれば、あの石Jr.が販売する。もう少しで鳴り物入りのCMがあちこちの番組で流れる様になるよ。」
「なにになる予定なんですの?」
「このビルは、下層階がショッピングセンター、中層階にオフィス、上層階はあるシティホテルが入ることになっている。」
34階・・・ここは多分、将来はホテルになるフロアでしょう。
「このビル全部の設計を長谷川さんが手がけられたの?」
「はは、うちの設計事務所が手がけてる。」
「でも・・・」
ご自分が、と仰らないところがこの方なりの奥床しさです。あの時、石さんもそう言ってらしたのです。黒部設計の名前で創られるこういう物件は、全て長谷川さんがこなしていると。
「でも、どうして・・・?長谷川さんが手がけた物件なら、他にいくつもあるでしょう。」
「そうだね。気まぐれかな。」
もう1本、シャンパンのミニボトルを冷蔵庫から出すと、ご自身とわたくしのグラスを満たして・・・今度はソファーにはもどってはいらっしゃいませんでした。
黒のウールのジャケットだけを脱いでソファーの背に掛けると、グラスを持ってグランドピアノの前に座られたのです。

パララ・ラ・ン・・・ わたくしからは、長谷川さんの背しか見ることができません。それでも澄んだピアノの音は、彼の腕の動きに添って響いていました。
「誰にも邪魔されずに、祥子さんと思う存分過ごしたかった。それに、この間の船上パーティで僕の正体もバレたしね。だったらこういうのもいいかと思ったんだよ。実は少し自慢もしたかったし・・ね。」
最初はランダムに叩かれていた鍵盤は、いつしか今宵長谷川さんの隣に腰を下ろした時に流れていた<枯葉>へと変調してゆきました。
「これって・・・まさか・・もしかしてわたくしのために?」
「ふふ、祥子さんも変な人だね。君のため以外に、なんでここにこんなものが必要だと思うんだい?」
「なんて・・こと・・。」 
たとえ、設計を一手にご担当されているとは言っても、こんな機材を運び込んで・・・1人で今夜だけとはいえ一晩中勝手をするなんて・・・セキュリティの上からも考えられません。
「このフロアはいずれスポーツクラブになる予定なんだ。もう一つ上のフロアはバーとレストランのフロアだ。躯体が出来上がったところで、設計のイメージを固めたいと竹上開発の担当者とここの現場監督に相談したら、二つ返事でこの空間を作ってくれたよ。24日の夜まで、このビルには僕1人しか立ち入れないことになっている。」
こんな風に話しながら、長谷川さんの手は止まりませんでした。ジャジーな枯葉を情感たっぷりに・・・アレンジしながら弾いてゆくのです。
わたくしは、彼のピアノの上を走るしなやかな指が見たくなって、グラスを持ってピアノの側に近寄ったのです。
「ここじゃ、気に入らないかな?」
わたくしの返事など気にする風もなく、長谷川さんの指はピアノを操ります。今度は・・・エミリー・・です。
「気に入らないなんてこと・・・こうして連れて来て下さってうれしいわ。でも普通だと『ほら、これが・・・』って仮囲いの外から教えて下さるだけでしょう。だからタクシーを降りた時、ここから別のところに行くのかと思ったの。ごめんなさい、びっくりしただけよ。」

長谷川さんの指は、ときおり関節が白くなるほどに力強く鍵盤をたたくかと思えば、まるで触れているだけでピアノが快感のため息を漏らしているかの様に軽く、羽のように長い指を閃かせてゆくのです。

黒衣の情人 5

「いいライブだった。」
「ええ、ワインもお食事も美味しかったわ。ごちそうさまでした。」
改めて長谷川さんにお礼をいたしました。
二人、一緒になっていた伝票を、今夜は彼が清算してくれていたからです。
「いや、祥子さんのお陰で美味しいものが食べられたようなものさ。」
隣の席で笑う長谷川さんは、手ぶらでいらっしゃいました。
長谷川さんがお勤めになっている設計事務所は、ライブ会場になっているホテルの近くだったはずです。きっといろいろなモノは、そちらに置いていらしたのでしょう。
わたくしは、少し大きめなバッグが1つ。
書類の類いはオフィスに置いてきましたが、今夜は長谷川さんと過ごすためにパンティとストッキングの替えだけはポーチに入れて忍ばせてきていたのです。

タクシーはいくつかの大きな交差点を曲がり、15分ほどで大きな工事中のビルの前に停まりました。
「ああ、ここでいい。ありがとう。」
長谷川さんは料金を差し出しています。
「ありがとうございました。」
開かれたタクシーのドアから降り立ったわたくしは、どこに行けばいいのか・・・まったくわからなかったのです。
ここは、永田町の近くなのでしょうか。オフィス街のまっただ中。
当然ですが、深夜23時を回っているのです。周囲のビルはどこも明かりが落ちていました。
「祥子さん、こっちだよ。」
長谷川さんの声に、わたくしはタクシーを降りた通りから街区へ入ってゆく道を彼に付いて歩いてゆきました。
左手には外観は既に出来上がっていますが、まだ仮囲いは外れていない高層ビルがありました。
白いその仮囲いには、黒々とビルの名称と<竹上開発><竹上建設><黒部設計>の名前が印されていたのです。

「ここなのですか?」
質問を口にしようとしたわたくしは、表通りから丁度真裏にあたる路地に入ったところで、長谷川さんは仮囲いのシートをずらして待ってらっしゃる姿に気付いたのです。
「早く来なさい。」
わたくしをシートの中に引き入れると、その中のゲートを閉めてセキュリティーカードを差し込みます。
長谷川さんの手には、いくつもの鍵とカードがありました。
ゲートの中には長谷川さんのベンツが停まっています。
これに乗って・・・いいえ、今夜長谷川さんはもうわたくし以上にワインを召し上がっているのです。だとすると・・・。
「寒いだろう。中に入ろう。」
大型の懐中電灯を手にした長谷川さんが、ビルの通用門に当たるドアを開けているのです。
「ここは、どこ?」
「質問は上に上がったら答えてあげるよ。」
優しい声で、わたくしの肩に手を回すと、背中のドアの鍵を下ろしたのです。

工事用のスケルトンエレベーターをいくつか乗り継ぎました。
「ここだよ。」
最後に、長谷川さんに背を押されて降りたフロアには、エレベーターから漏れる明かりで鉄骨に<34>という数字を書いた紙が貼付けられていたのがわかりました。
バァン・・・ゥィィィィィ・・・
長谷川さんがエレベーターのすぐ側にあった建築用の大型のブレーカーを繋いだようです。
フロアにところどころに強い照明がついたのです。
目の前に広がる床は、まだコンクリートを打ちっぱなしにしただけのようでした。
いくつかの壁は出来上がっていましたが、長谷川さんが向われた先は、エレベーターから外壁までの間は・・・柱はあるもののまだ壁のない空間でした。
エレベーターホールから見ると少し歪んで見えるフロアの先には、現在のこの内装の状態にはそぐわないいくつかのものが見えたのです。
その1つは、グランドピアノでした。
「こっちだ。来なさい。」
長谷川さんが、空間を摘まみ上げます。
手元にたくし上げられたものを見て、それが天井から床まで張り巡らされた透明な建築用のシートであることがわかりました。
1人、工事現場のエレベーターホールに残されるのは不安でした。
わたくしは小走りに長谷川さんに近づくと、長身の彼が開けてくれた空間へ入り込んだのです。
「次はここ。」
同じようなシートを3枚、わたくしは長谷川さんと共にくぐったのです。
その先には、100坪以上の広い空間が広がっておりました。

黒衣の情人 4

「お約束は違えませんわ。」
「ああ、それはわかっている。だけど、1曲目のオレオが終わって枯葉が始まっても祥子さんの姿が見えなかった時には、本気で振られたと思ったよ。」
「もう、そんなに信用がないなんて・・・」
「夏の時もあっさりと石塚のジュニアに攫われたからな。」
「あの時は・・・」

「お久しぶりです。加納様、長谷川様。」
わたくしの抗弁は、ジャズライブの主宰者の沢田さんの声に消されてしまいました。
「いつも、お声がけしてくださってありがとうございます。お伺いできなかったりして・・・気まぐれですみません。」
「いえいえ、気まぐれでもこうしてお二人に来ていただけるだけで私も嬉しいんですよ。」
沢田さんの視線が、わたくしのスカートのスリットを這って行ったような気がして少し緊張してしまう・・・。
「ピアニストの方、腕が随分上がりましたね。」
「そうだね。ピアノの彼も久しぶりなので、余計に解るのかもしれません。力任せな感じが消えて、こう音が削ぎ落とされた様になってエミリーなんてとても心地良く聞かせてもらいました。」
「サックスの方も。このデュオも久しぶりですものね。少し緊張感があるけれど、なんていうか・・・それがいい音の厚みになっているような気がするわ。」
「お二人にそう言っていただけると彼らも励みになります。Secondセッションもゆっくりお楽しみ下さい。」

「祥子さんとここで逢うと、ゆっくり二人きりというわけには行かないみたいだ。初めて逢ったときみたいに、逃げ出したくなる。」
別のお客様のところに向う沢田さんの背を見つめながら、長谷川さんが愉快そうにおっしゃいます。決してご機嫌を損ねてらっしゃるわけではないと、その表情でわかりました。
「ふふふ。」
「あの主宰者の彼も、君のファンらしい。駄目だよ、誘われても付いて行っちゃ。」
「心配なさらなくても、誘われたりなんてしませんわ。」
グラスに残っていたワインを口にいたしました。オリーブは微かな塩味と完熟した実ならではの滋味がふんわりと口中に広がります。このフレッシュさは小豆島あたりの国産のものでしょう。
厨房からだと言ってくださったおつまみの数々は、どれもワインにぴったり合うものばかりでした。料理長は和食出身の方だと聞いていましたが、もうお一方の洋食のシェフのセンスはかなりのもののようでした。

30分の休憩もそろそろ終わりなのでしょうか?
お席をはずされていたお客様が少しずつ戻っていらっしゃいます。
Secondセッションの1曲目は、いつものTake Fiveでしょう。
「まあいいさ。今日はこのあと祥子さんを独り占めさせてもらえるんだろう?」
「ええ、お約束通りに。」
わたくしの言葉が終わると同時に、照明が落ちて・・・ピアノがTake Fiveのあの独特のリズムを刻みはじめたのです。
Take Five
パーカルズ・ムード
Fly me to the Moon
Work Song
Secondセッションはリズミカルに楽しめる曲で構成されておりました。
長谷川さんとわたくしは、あらためて言葉を交わすことはありませんでした。
ただ、眼の前のお皿に手を伸ばし、空いたグラスをワインで満たす時だけ自然と視線がまじわるのです。
その瞬間、長谷川さんの目元だけがふっと和らぐことに、わたくしは不思議な幸せを感じていたのです。

「ごちそうさまでした。」
フロントで会計を済ますと、わたくしは支配人とサービスチーフにそうご挨拶をして、長谷川さんが差し出してくださるムートンのコートに袖を通しました。
「車が来ています。また、どうぞお越し下さい。」
長谷川さんがお願いしていたのでしょうか。
タクシーが正面玄関で1台待っておりました。
「冷えています。お風邪など召しません様に。」
先に乗り込んだ長谷川さんの隣に座ったわたくしを確認して、支配人はドアを閉めてくださいました。
「ありがとうございました。おやすみなさい。」
そろって頭を下げるお二人の声にかぶる様に、長谷川さんが行き先を運転手さんに告げられたのです。
でも、そこは・・・わたくしにはあまり心当たりのない場所の名前でした。

黒衣の情人 3

あの夜の再会は本当に偶然の贈り物でした。
夏のさなかに、石塚さんが招待してくださった竹上グループの東京湾クルージング。100名近いパーティ会場のワインカウンターでわたくしたちは再会したのです。
わたくしにとってはジャズとワインがお好きな黒衣のS男性・・・でしかなかったこの方が、とても有名な設計事務所を支える花形の一級建築士であると知らされた夜でもありました。
いつもでしたらご一緒にいらっしゃる若い素敵な男性の方達が、ただの友人などではなく彼を師とも慕う部下の方だということもそのときに初めて知りました。

今夜の長谷川さんは、サンローランのものらしい黒のピークドラペルのスーツをお召しでした。インナーは黒のタートルネックのセーター。足元はブーツで、隣の椅子に掛けられていたコートはバーバリーのブラック・トレンチです。
この時期なので革のジャケットでいらっしゃるかと思っていたわたくしの想像は、いい意味で裏切られました。
オーセンティックな装いは、長谷川さんにとても似合っていたのです。

今夜・・・メールはいただいたものの本当に彼がいらしているかどうか、わたくし自身は半信半疑でした。
夏のあの日、お逢いして大してお話しする間もなく石塚さんに別室へと誘われ、パーティが終わるまで戻ってこなかったことがなにを意味しているかということぐらい、この方はご存知だと思っていたからです。
わたくしを手にいれるためなら、他の女は全て切る。
そうおっしゃった方が、あからさまに眼の前でパーティの主宰者の1人だとはいえ・・・他の男性にさらわれてゆく様を見て、なおもわたくしに執着するとは思えなかったからです。
もし、いらしてなかったらジャズだけを楽しんで帰ればいい。
メールを送っただけでいらっしゃらない・・・という、罪のないこの方の仕返しくらいは甘んじて受けようとさえ思っていたのです。

それでも、長谷川さんはいらっしゃいました。
きっと1曲目がはじまった・・・そのときから。
パチ・パチパチパチ・・・・
「これでFirstセッションを終了いたします。Secondセッションまで約30分ほどの休憩を頂戴します。どうぞゆっくりとお食事・ご歓談をお楽しみください。」
司会の沢田さんの声と同時に、照明が明るくなってゆきました。

「忙しかったんじゃないのか?」
カラ・ン・・・ ワインサーバーからボトルを取り上げると、クロスで水滴を拭き取りわたくしのグラスに注いでくださるのです。
「ごめんなさい。打ち合わせがひとつ増えてしまって。」
「ははは、こんな祥子さんと一緒にいられるなら仕事の1つや二つ余計に発注したくもなるな。」
チン・・ ご自分のグラスにも蜂蜜色の液体を注ぐと今日はじめてグラスを交わしたのです。演奏中、不用意にそういうことをなさらないのが、この方らしい好ましいところでした。
「お世辞がお上手ね。」
冷やされたワインは火照りはじめた喉を心地良く冷やしてゆきます。
「世辞なんか言わないさ。な、支配人。」
「ええ。よろしければこちらは厨房からです。」
シルバーのトレイから支配人が差し出したのは白い大きな四角いお皿でした。
骨つきハムのキューブカット・2種類のチーズ・ガーリックトースト・ドライフルーツ・2種類のオリーブ・・・そしてお野菜がきれいに盛りつけられておりました。
「加納様にお越しいただいて、厨房もサービスも喜んでおります。どうぞごゆっくりなさってください。」
2枚の取り皿とフォークとペーパーナフキンもテーブルに並べられました。
「ほら、祥子さんだからだよ。僕だけじゃ、こんな皿は出て来ないね。」
「ご容赦ください。長谷川様。」
腰の低い支配人は、一礼をして他の席のオーダーを聞きに行かれました。
この方は、わたくしと長谷川さんのはじめての情事を襖ごしに全て聞いていらした方です。
わたくしたちの秘密の関係をご存知の数少ない方だったのです。
「オリーブはどっちがいい?」
長谷川さんが取り皿を手にされていました。
「グリーンのほうをください。」
程よく熟したブリーチーズと、オリーブとガーリックトーストを乗せたお皿をわたくしに差し出してくれます。
「ありがとうございます。ごめんなさい、わたくしがしないといけないのに。」
「いいさ。今夜来てくれたからね、その些細なお礼の気持ちだよ。」
ご自身はハムとブラックオリーブを取り分けて、さっそくワインとのマリアージュを楽しんでいらっしゃいます。

黒衣の情人 2

祝祭日の前日は、午前中から打ち合わせがいくつか続いた忙しい日でした。
第一釦だけを開けた黒のシャツ姿は、肩を流れる黒のロングヘアと共にストイックな印象をお逢いしたクライアントの皆様に与えることに成功したようです。
時折、スカートのスリットの向こうにちらっと見える真紅の色に眼を止める方がいらしても、次の瞬間には次のプレゼンテーションのための難しい議論に一瞬垣間見えたその景色も打ち消されてしまったことでしょう。
予定よりも1つ増えた打ち合わせに、わたくしがジャズ・ライブの会場であるいつものホテルに伺えたのは、Firstセッションの2曲目がもう終わろうとしているころでした。

都内のホテルの庭は、まだ紅葉には少し早いようでした。
とはいえ、夏の盛りとはわずかにちがうくすんだ緑が、ライトアップされた築山の景色を落ち着いてみせていました。春先には花を楽しませてくれた桜や、もう少しすると真っ赤に彩られる紅葉よりも先に、銀杏が黄色い彩りを玉砂利の上にちらしていたのです。
外の景色に眼が行くほどに、ライブの会場はしん・・・と紡ぎ出されるバラードの音の中に埋もれておりました。
沢山のお客様がいらっしゃるにもかかわらず、厚みのあるピアノの音色とシルクのようなサックスの響きが人の気配を圧しておりました。
いつも・・・わたくしが女友達と共に座る席の二つ隣に、長谷川さんは軽く眼を閉じて座っていらっしゃいました。
支配人が、眼顔でその隣の席を勧めてくださいます。
わたくしはゆっくりと彼に近づいて、15cmほど離れている手前の椅子にそっと腰を下ろしたのです。

枯葉・・・
丁度1年前に、長谷川さんからのメッセージ付きのランジェリーを支配人から渡された夜にも、同じデュオで演奏されていた曲でした。
あのときは、そのふた月まえの夜のこともあって、わたくしはとても動揺したままであの夜の演奏を心からゆっくりと楽しむこともできなかったのです。
それでも、耳の底に残っている音色とは・・・今夜の音は何かが違っておりました。
ピアノの方のテクニックでしょうか。
支配人がわたくしに注いでくれた、アウスレーゼが生まれた国の石畳を思い出させるような・・・今夜はそんなアレンジだったのです。
眼を閉じた彼にグラスを掲げて、わたくしはゆっくりと宝石のような白ワインを喉へと落としていったのです。

「来たね。」 
枯葉のラスト・・・サックスの音が消えた瞬間に、会場内の拍手と一緒に長谷川さんの声がいたしました。
「ご挨拶もしないでごめんなさい。ワインいただいているわ。」
手の中のワイングラスを彼の視線の先に差し上げたのです。
わたくしの胸元のシャツ釦は、お仕事の時よりも1つだけ余計に空けてありました。
「ああ。もちろんだよ。」
長谷川さんは、はじめてここでお逢いした時の様に席を立とうとはなさりませんでした。
ゆったりと椅子に身を沈めたまま、今夜はライブはライブとして楽しまれることになさったようです。
彼のその様子にわたくしもリラックスをして、次の音楽を・・・リリカルな音でつむがれたエミリー・・・を受け入れることにしたのです。

1枚仕立てのムートンのコートは大きな椅子の背に掛けてありました。
わたくしは革のジャケットの釦を外して、ジョージ・ナカシマの椅子にふかく腰掛けたのです。
Aラインのスカートの裾が自らの重みでわたくしの左の太ももとその間の真紅のスリップを露にしたのです。それは、今夜のストッキングがガーターベルトで吊られたものだと、他の方の眼にはわからないぎりぎりの位置だったのです。
わたくしの右には長谷川さんがいらっしゃるだけで、左にはどなたもいらっしゃいませんでした。それでも、ホテルのサービスの方や主宰者の沢田さんや演奏者の方から見えないとも限りません。わたくしは脚を揃えると、左の裾を自然な感じに整えました。

メロディアスな曲の間、長谷川さんはずっと静かに聞き入ってらっしゃいました。
その次のSeptember in the rain・・・まで。
時折動く長谷川さんの指先が、瞳を閉じたままの彼が寝ている訳ではないことを教えてくれていました。

黒衣の情人 1

「必ず連絡する。待っていてください。」
夏の夜にそう言って立ち去った黒い麻のジャケット姿のあの方からメールをいただいたのは、11月も半ばを過ぎたころでした。

 22日のジャズ・ライブで逢いましょう。
 その翌日は、予定を空けておいてください。
 祥子さんを独り占めさせてくれるね。
 楽しみにしている。
 あのホテルのロビーで
 ジャズとワインを楽しみながら待ってるよ。

 P.S.都合が悪いようなら早めに連絡をください。
                 長谷川

22日。
ライブの主宰者の沢田さんからも、是非に・・・とご連絡をいただいておりました。
この数ヶ月、突然に増えた仕事と私事にとりまぎれて、わたくしも2度ほどライブにお邪魔できないでおりました。
月に1度の楽しい時間すらゆっくり過ごすことができないなんて・・・もうメールを下さった方をなじることができなくなりそうでした。
長谷川さん・・・あの黒衣の紳士と二人きりの時を過ごすのは、1年ぶりくらいになるのでしょうか。
お見掛けしほんの少し言葉を交わしたのだって8月12日の夜が最後。
なかなかお逢いすることすらないのに、なぜかわたくしの心には彼の存在が深く刻まれておりました。それは、真性のSだという彼がわたくしに与える狂ったような一時のせいなのかもしれません。

22日。
わたくしは手帳を開いて、その日の夜から翌日の23日までの予定をすべて空けたのです。

沢田さんが教えてくださった22日のジャズ・ライブのプレーヤーは、久しぶりのデュオでした。
熱い演奏をするピアニストが最近めきめきと腕を上げたサックスプレーヤーとコラボレーションをすることになっていたのです。
澄んだ空気を創り出すサックスの音色に絡むあのピアノの音を想像するだけで、わたくしは手首にはじめてその男性に掛けられたハンカチの縛めのきしみと、降るような蝉時雨の音を・・・蘇らせてしまっていたのです。
著名な建築事務所の一翼を担う一級建築士。
でも、わたくしにとっては心まで縛る1人の男性でしかありませんでした。
あの方なら、きっとまた黒い出で立ちでお越しになることでしょう。
隣で、アウスレーゼをご一緒しながらジャズを楽しませていただくために、わたくしもその日は黒の装いを選んだのです。

シャツはメンズ仕立ての超長綿の黒に致しました。細番手の綿100%ならではの深い光沢が、この色を引き立ててくれました。
膝丈のAラインのスカートを選びました。左脚の前にだけ膝上15センチほどまですっきりとスリットが入っています。ウール・ベネシャンの素材はしなやかにほんの少し揺れる裾に上品な光をのせてくれます。
ジャケットは、もしかしたら長谷川さんも同じ素材をお召しになるかもと・・・
悩みました。それでもこの組み合わせには、革のテーラードジャケットしか考えられません。冷え込む夜の移動を考えてブラックのムートンのコートを選びました。
最後にあの方にお逢いした夏の夜は、わたくしはレースのワンピース姿でした。
数ヶ月の時間は、季節も気温も・・・なにもかも二人のまわりを変えていたのです。

ランジェリーは、お洋服とは反対に全く光沢感のないものを選びました。
胸の谷間をいっそう悩ましく創り上げるハーフカップのブラ。Tバックのショーツ。バックシームのストッキング。それを吊るガーターベルト。
夜の闇が凝ってわたくしの肌にまとわりついているような・・・深い黒のレースづかいのものばかりです。足元は、黒のミドルヒールのパンプスです。

真っ黒な装いの中で・・・ただひとつだけ色味が違ったのは真紅のサテンスリップです。
ハーフカップブラぎりぎりまで胸元のラインがカットされ、スカートのスリットと同じ位置にスリットの入った美しいローズレッドの1枚を、わたくしはアクセサリー代わりに身に纏うことにしたのです。
ティー・ローズの香水と共に。

閑話休題(インターミッション) 16-3

本日は、本編とは別に2006年にスタートした2つのカテゴリについてご紹介いたします。
この2つカテゴリは閑話休題(インターミッション)のように本編をサポートする役割のつもりで創らせていただいたものでした。
本編を支えるアナザーサイドの物語・・・をお伝えしたかったのです。
ところがいつの間にか、このカテゴリも独特の内容を持ちはじめて<淑やかな彩>の中で欠かす事のできない存在になりつつあります。
それでは2つのカテゴリをご紹介いたします。

<肖像 Profile of Syouko>
わたくし・・加納祥子・・のことをお伝えしたいと思って、作ったカテゴリです。物語の中には顕われない、日常のわたくしを少しでも知っていただけたら嬉しいです。

オペラピンクのランジェリー/前夜 
わたくしが、オペラピンクのランジェリーを身に着けて初めてのバーにお酒を戴きに行く・・・<淑やかな彩>第一作の前の出来事を描いたものです。
離婚をしたあと愛する方との出逢い・・・そして別れ・・・そのあとの落胆の日々と、そこから抜け出してゆくまでの、哀しい日々。
その日々の間にわたくしはいままでの女としての凝り固まった生き方に、お別れできたのだと思います。
まだ、こちらにいらっしゃる素敵な方達のどなたとも出逢う前のわたくしを知っていただけたらうれしいです。

このカテゴリを作るきっかけとなった作品です。
<淑やかな彩>10万アクセス記念作でもあります。<サファイアの夜>が50万アクセス記念になったのも・・・きっとこの物語ゆえだったかもしれません。ちなみに<サファイアの夜>はこの時期にあった出来事の1つです。


祥子の日常/朝(全2話)
祥子の日常/ビジネスタイム(全5話)
祥子の日常/ひとりの夜

わたくしが、男性の方達とお逢いしていない時、どんな風にわたくしが過ごしているかをお伝えしたストーリーです。
朝の過ごし方。
フリーデザイナーとしてのわたくしのビジネスタイム。
ひとりで過ごす夜。
1人で過ごすことの寂しさも、1人ならではの充実した時間を過ごせるから、他の方とご一緒したときにより楽しい時間が過ごせるのだと今は思っております。
時折お逢いする男性の皆様は、様々なお仕事をしてらっしゃいます。
本を読んだり、おいしいお酒をいただいたり、すてきな映画を見る度に・・・このことをあの方にお話したら、喜んでいただけるかな・・・と考えることも多くなりました。

いつも、ご一緒してくださる男性の方達がとてもラグジュアリーな時間を楽しませてくださるので、いつも同じような時間を過ごしているのですか?
というご質問を、皆様から沢山いただいておりましたがその答えになっておりましたでしょうか。


<淑やかな彩/外伝>
<淑やかな彩>実は既に外伝がありました。
それは<S>FunClubという別のブログでお届けしている(いまはお休み中です)物語です。ですが、この外伝はわたくしへの想いを抱きながら、わたくしを愛することが叶わなかった男性や、2度とわたくしと逢う事ができない男性の物語をお届けするブログだったのです。
<初雪>のスピンアウト・ストーリーをお届けするにあたって、一番書きたかったのは一番皆様からご要望の多かった女性運転手・結城さんのお話でした。まさか、結城さんをそういった男性の中に交えるわけにはいかず・・・FC2の中に外伝を設けることにしたのです。

外伝1/女性運転手 結城(全7話)
梅雨の時期、突然の夕立に降り込められたわたくしは近くにあったあの地下のバーで雨宿りをすることにしたのです。
こちらにわたくしが伺えば、美貴さん・山崎さん・石塚さんのうちのどなたかがお出でになるかもしれないとは思っていました。
その夜、お越しになったのは山崎さんお1人だったのです。
少しお疲れの感じの山崎さんと並んでお酒をいただきながら、わたくしは年の初めに半日御一緒したきり気にかかっていた女性運転手・結城さんのことをお尋ねしたのです。
山崎さんが語ってくれたのは、ピュアで一本気で努力家な結城さんの姿でした。

結城さんをわたくしたちの戯れの中に入れてください・・・というご要望が多い中、どうしても彼女をそんな風に描く事が出来なかった理由を解っていただけたと思います。
また、このお話も語り手がわたくし・山崎さん・結城さんと移り変わり、語っている時間も今と過去を往復する、新しいスタイルをお届け出来たと思います。
ラストの・・・哀しい片思いのシーンに、多くの方からコメントを頂戴したのもいまでは懐かしい思い出です。


外伝2/レンジローバーの帰り道(全15話)
<初雪>の最後のスピンアウト・ストーリーです。
雪の別荘からわたくしと望月さんが帰ったあと、美貴さんと山崎さんと石塚さんが結城さんの運転するレンジローバーで都内に戻ることになりました。
その帰り道の3人の男性と、山崎さんに恋しているのに元旦から3日の朝まで1人でホテルで過ごさなくてはならなかった結城さんの気持ちを描いた物語です。

なんということはない、帰り道の物語です。が、<夢のかよひ路>でわたくしと望月さんのお話を描いた後にどうしてもお届けしたくなったお話でした。
また<外伝1/女性運転手 結城>で触れる事のできなかったあのお正月の出来事もお伝えしたかったという理由もありました。


これからもまだ様々な形で魅力的なバイプレイヤーが登場するたびに、わたくしはこの外伝でその方の物語をお伝えすることになるでしょう。