桜陰 18
わたくしは中途半端なままで放置された自らの身体に、おずおずと指を這わせたのです。人前で、たとえどんなにお慕いしている男性の前だとしても・・・自らの指ではしたなく慰める行為を晒すことなど、普段のわたくしなら絶対に考えられないことです。
でも・・・乳首にピアス・・という途轍もない痛みを想像させる脅しには、従わないわけにはいきませんでした。
それに、高梨さんが口になさるのです。きっとだたの脅しではないでしょう。たとえ今日なさらなくても・・・次にお逢いする時には・・・彼が口にした<お仕置き>は必ず実行されるからです。
パリで?それともNYで?
装身具としてではない、はしたなく身を飾るための貴金属を、高梨さんはわたくしのために選んできたのかもしれません。そしてこともなげに・・・左手の掌に冷たい光を放つ小さな飾りを載せて、わたくしに見せるのでしょう。
「これをつけて上げるよ」と。
わたくしの左手は・・・恐怖心に負けて・・・とうとうスリップの裾をくぐって・・潤む花びらへと進みました。
風に吹かれ続けている肌の冷たさとは逆に、そこは熱く・・蕩けていたのです。
「ぁぁ・・ぁ・・・だめ・・」
ちゅぅるぅん・・・とまるで飲み込むかのように・・・濡れそぼった狭間はわたくしの指を・・・奥へ・・奥へと迎え入れようとするのです。
「・・ん・ぁ・・ぁぁ・・だ・・め・・ぇぇ・・」
右手は、花びらと真珠からの快感だけで理性を霞ませることなんて許さないと言うかの様に・・・左の乳房と、堅く立ち上がった姿のまま、レースのスリップとの摩擦にさえ淫楽を貪ろうとする乳首をやさしく愛撫しはじめてしまうのです。
「ゃぁぁ・・・だ・め・・なの・ぉぉ・・」
奥へと入り込もうとする手の動きに前屈みになってゆく姿勢がつらくなって・・・わたくしはガーデンテーブルの端に腰を預けました。
「はぁ・・・ぁぁ・・・ぁだ・・め・・」
スリップの左の肩紐は肘近くまで落ち、自らの手でもみしだかれる白いGカップの乳房を・・・露にしてゆきます。
「・・・ゅるし・・てぇぇ・・・ぁぁ・・だめ・・ぇぇぇ・・・」
体重の一部をテーブルに預けることで自由になった脚は・・・太ももの狭間でわたくしの手が自由に動き回れるほどに・・意志をなくしたかのように次第に開いてゆきます。
脚が開かれると同時にスリップの裾はたくし上げられて・・・いまではストッキングを留めているガーターベルトのストリングと秘められていなければならない太ももが・・・乱れた裾の下でほとんど春の日の下に晒されていたのです。
「・・・みない・・で・・だ・・・めぇ・・・」
羞恥と快感で伏せていた瞼が身を撫でる風に怯えて一瞬開いた時、正面にそびえる美術館のあるビルが見えたのです。
「・ぉねがぁ・・ぃ・・みなぃぃ・・でぇぇぇ」
いまも、ベランダの柵に首輪で繋がれ、ランジェリーを自らの手で乱して自慰に耽る・・・淫らな女の行為を見続けている方がいらっしゃる・・・。
「・・だぁっ・・・めぇぇぇ・・・・」
蔑みと淫欲を含んだいくつもの視線を意識した途端、身体は勝手に暴走したのです。
「ぁぁああ・・・ぁぁ・・・だめ・・・ぇぇぇ・・・」
ガチャ・・・ 背を反り返らせ快感に翻弄されそうになるわたくしの首筋を、柵に繋ぐリードと首輪が引き止めます。
「ぃくぅぅぅ・・・・・」
あまりに深く・・・それも・・自らの指で・・・逝って・・しまい・ま・した。
吹き付ける冷たい風が・・・あまりの淫らさ故の罪悪感を呼んだのです。わたくしはとっさに太ももの間の手を退け・・膝を閉じようといたしました。
「まだ、止めていいとはいってないぞ。」
高梨さんの声が開け放ったリビングの窓の方から聞こえてきました。
わたくしは抜きかけた手を・・・また・・蜜に溺れる花びらと・・はしたないピンク色の真珠へと引き戻したのです。
「もう一度、オナニーで逝ってみせるんだ。祥子。」
ガーデンチェアをテーブルから少し離れたところへ持ってゆくと、高梨さんはそこに腰掛けられたのです。
「もっと深く逝くんだ。5分以内に逝けなければ、お仕置きだからな。」
アウトドアジャケットを脱いだ高梨さんは、ネルのシャツの胸ポケットからタバコを出すと、美味しそうに火をつけられたのです。
<お仕置き>
今日のその言葉は、淫らな甘やかさだけではなくて・・・冷たく痛い恐怖感をも含んでいたのです。わたくしは、その冷ややかな脅迫に追い立てられる様に、指を・・・動かすしかありませんでした。
桜陰 17
「こっちを向きなさい。祥子の愛液まみれの唇にキスをするんだ。」「ん・・んぁ・・」
高梨さんの唇は、エレベーターの中でわたくしの茂みの奥を容赦なく貪ったままでした。
べったりと塗り込められたはしたない蜜を、一度も拭われることも・舐めとられることもなく・・・吹く風に乾きかけておりました。
なのに唇を重ねた途端、噎せ返るほどの女の匂いが・・・わたくしの口中に蘇ったのです。
今日何度目のキスになるのでしょうか。
両の乳房を高梨さんの大きな手で乱暴に揉みしだかれ・・・先端を捏ね回されながら絡み付く舌と唇は、わたくしの鎮まりかけた淫欲の漣をもう一度大きく掻き立ててゆくのでした。
「・・・ん・んん・・・ぅ・・」
吹く風に冷やされてゆくわたくしの身体とは反対に、被いかぶさった高梨さんの身体も、わたくしのまぁるく白いヒップのラインにスリップごしに押し付けられる昂りも、燠火を飲み込んだ様に熱を増してゆきます。
「・・んぁ・・・はぁ・ぁぁ・・んく」
春の風は、エレベーターで塗り込められた高梨さんの唾液と幾度もの快感の果てに溢れ返る蜜に濡れたふとともを冷やし、わたくしがどうしようもないほどに<淫らな女>だと責めるようでした。
なのに、柔らかなふくらみに守られた花びらは、わたくしを裏切る様に・・・高梨さんのキスに身芯からの熱い蜜をさらに溢れさせてゆくのです。
「はぁぅ・・・」
振り向き様に重ねられていた高梨さんの唇からわたくしの恥ずかしい女の香りが消えたころ、彼の右手はスリップの前裾をそろそろと引き上げていたのです。
「祥子 スリップとガーターだけでベランダに出て、男にセックスを強請っているはしたない姿を見られているんだよ。」
「いゃぁ・・・」
彼の一言に・・わたくしは抗いを止めることが出来なくなってしまったのです。見られるかもしれない・・・じゃなくて、既に見ている人がいる、なんて。言葉と同時に茂みを分け入った中指をつたって・・・太ももに新たな蜜がとろぉ・・りと流れ落ちていったのです。
「おねがい、もうお部屋の中に・・・いれて。」
「何を言ってるんだい。こんなに溢れさせて。」
「いやぁっ・・・おねが・・い・・」
「だめだよ、祥子。僕は二人で桜を楽しもうを言ったはずだ。」
くちゅ・・高梨さんはわたくしの真珠をいらっていた右手を引き抜くと、ねっとりとまぶされた蜜を見せつける様に自らの口唇でねぶりるのです。その手をポケットの中に入れると、わたくしの首に着けられた桜色の首輪のための・・・ゴールド・チェーンのリードを取り出しました。
「やめ・・て・・」
リードの革のハンドルをベランダの手すりにくぐらせて止め付けると、端の留め具を・・・鈴が着けられた桜色の首輪の金具に繋いだのです。
「ベランダで飼われている発情しっぱなしの淫乱な牝猫の出来上がりだ」
「ゆるして・・・」
「祥子は今日はいくつお仕置きを受けなくちゃいけないんだ?」
「おねがい・・・」
「そこに手を付きなさい」
高梨さんが指差したのは、ガーデンチェアのためのテーブルでした。
5cmヒールのパンプスを履いたままで、60cmほどの高さのテーブルに・・・手を付くなんて・・・。はしたなく、大きな腰を突き出す姿を高梨さんは求めていらっしゃるのです。
「ゆるして・・ください・・きゃぁ・・」
高梨さんはリードを強く引くと、わたくしの上半身をテーブルへと引き寄せました。
この場で晒さなくてはならないあまりの淫らな姿勢に・・・わたくしは抵抗を止める事ができなかったのです。
「もっとお仕置きが欲しいのかい? 祥子。逢えない間、ずっと押さえ込んでいたMの欲望を、僕に逆らってでも満足させたいっていうのか?」
「ちがう・・わ・・・ゆるし・て・・」
首に着けられた小さな鈴の音さえ・・・ビル風は消し去ってゆきます。
「困ったひとだ。とことん僕を満足させてくれるつもりらしい。」
欲情に彩られたため息をふっとつかれるのです。
「そのまま、そこで立ったままでオナニーをして・・・向こうのビルから双眼鏡で見ている男達にその淫乱な身体を見せつけるんだ。」
「いや・・・」
「わかったね、祥子。僕が戻ってきた時に言いつけ通りにしていなかったら、この乳首にピアスを付けるよ。」
高梨さんの指が・・堅くしこったままの左の乳首を捻りつぶすのです。
「やぁぁぁぁ・・・・だめ・・ですぅ・・・」
耳朶にすら開けた事のないピアスを、身体に・・・それももっとも敏感な場所にするなんて。
「言いつけを守っていればいいことだ。わかったね。逝っても止めるんじゃない。ガーターベルトで留められたストッキングが祥子の愛液でどろどろになっても、僕が止めていいというまで続けるんだ、いいね。」
そう仰ると、ガラスを開けわたくしをベランダに繋いだままで・・・1人室内に戻ってゆかれたのです。
桜陰 16
「だめ・・・ぁっ・・ぁぁ」動くエレベーターの中でなんて・・・。
わたくしは両手で高梨さんの頭を押さえようといたしました。でも、その時には彼の舌はわたくしの真珠を探り当てていたのです。
ぺちゃ・・・ 茂みの奥の小高い丘はすでにたっぷりと蜜を溜めておりました。そうでなくともそこから溢れた淫らな印は、わたくしの太ももをぬめつかせていたのですから。
「・・ゃぁ・・ぁあ・・」
ぴちゅぅ・・・ぺちゃぁ・・・ ご自身が仕掛けた行為で溢れ出した蜜の味を確かめる様に、肉厚の舌が花びらの内外を・・・真珠の周囲を・・いくども這い回るのです。
「あぁぁぁ・・・だめぇぇぇ」
チン・・・
高梨さんに花蜜ごと真珠をすすり上げられて・・・わたくしは16階へ到着すると同時に・・・逝ってしまったのです。
「歩けるか? 祥子」
唇をわたくしの蜜で光らせたままで、素早く周囲の荷物を手にすると、高梨さんは閉まりかけるエレベーターのドアを足で押さえてわたくしの手を引いたのです。
16階のエレベーターホールから4つの扉の前を、わたくしは桜色の透けるオーガンジーのスリップとガーターストッキングだけの姿のままで通り過ぎました。どの扉もひっそりと閉まったままで・・・ふいに開いたりしなかったのは僥倖と言えたでしょう。
高梨さんが鍵を開ける僅かな間さえ、いつ誰の目にこの姿を晒されてしまうかもしれない危険にわたくしは身を隠す事も出来ず・・・震えていたのです。
4ヶ月ぶりの高梨さんの部屋は、最後にわたくしがお邪魔をしたときのままの雰囲気でした。
「靴のままでおいで」
先に部屋に入った高梨さんは、白のキャンバス張りのソファーにわたくしの荷物とコートを無造作に置かれたのです。
「こっちだよ」
リビングの一面を構成している床までのレースのカーテンと窓を開けると・・・高梨さんはわたくしをベランダへと連れ出したのです。
16階のベランダはコンパクトなガーデンチェアが置けるほどの広さで・・・事故を考えた高めの柵が設けられていました。それでも景観の問題なのでしょうか、柵の上部は透明なアクリルで覆われていて眼下には爛漫と咲き誇る桜を眺めることができたのです。
「ここにおいで」
中層とはいえこの高度のビル風は・・・スリップだけのわたくしに冷たく吹き付けていました
「ここに手をつくんだ。離すんじゃない。」
身を守る腕を引き離された身体をかばうかの様に、高梨さんは大きな手で背中から抱きしめると・・・わたくしの両手をベランダの柵に導いたのです。
この部屋の正面には、高梨さんとはじめて出逢った美術館のあるビルだけしか高層の建物はありません。ただし、左右にはほとんど同じ造りの高度を持ったビルが、それぞれ微妙な角度で一定の距離を置いて並んでおりました。
16階といえば、先ほど歩いてきた通りにいらっしゃる方が見上げても、たぶん見つけられる事はないでしょう。
でも、美術館のあるビルの展望スペースにある双眼鏡や・・・となりのビルの上下3フロアほどの方は・・・その気になれば、わたくしたちの痴態をごらんになることが出来るのです。
それもいまは・・・闇に紛れて、などではないのです。
双眼鏡で覗かれたなら、くっきりとわたくしの白い肌のラインや、快感から逃れようとふり乱れる黒髪の一筋まで・・・わかってしまうような白昼のベランダで・・なのですから。
見られてしまうかもしれない。その緊張感はわたくしを一層敏感にしたのです。
「あん・・だめ・・・」
スリップのレースの下に忍ばせた高梨さんの指が・・・白いGカップの乳房の先端をいらう動きににわたくしは堪え切れずに喘ぎの混じった声を出してしまいました。
「そんな声を出したら、隣の部屋の人に聞かれてしまうよ。祥子」
「・・・ぁっ・・」
確かに高層の建物では生活音が流れ込んでこない代わりに、周囲の・・・例えば隣家の物音が・・・良く聞こえてしまうという傾向があります。先ほど破廉恥な姿で通り過ぎたいくつかのドアが開く事はありませんでしたが、あの部屋にどなたかがいらっしゃれば・・・ベランダ越しにわたくしのはしたない声を聞かれてしまうかもしれないのです。
桜陰 15
一歩進む度に、スリップだけにつつまれた乳房がたふふ・・たゆ・ん・・と揺れ、動きに合わせてはだけるコートはオーガンジーに透ける鴇色の先端を露にします。1人で歩いてゆきなさい・・・そうおっしゃるかと思っていた高梨さんは、わたくしの右手をしっかりと捉えたままでした。
左手に持ったバッグは、その手でコートを押さえることすら不自然に見せました。しかたなく自然に垂らした腕の前で、コートは風に煽られてひらひらと・・動き続けておりました。
きっとわたくしのGカップの膨らみの淫らな動きすら、高梨さんの腕には伝わってたことでしょう。それでも、何事もないかのようにわたくしと腕を組んだまま、すたすたと早足で歩くのです。
高梨さんは桜並木の花陰の下、わたくしを車道側に歩かせていました。
わたくしの淫らな姿は、脇を行き過ぎる対向車線の車のドライバーの眼にはわかってしまったかもしれません。が、レジデンス棟に行くまでにいくつかあるショップのお客様やスタッフに気づかれることはありませんでした。
そして本当に偶然なのですが・・・3本の桜が過ぎる間だけは、とうとうどなたとすれ違うこともなかったのです。
坂のはるか先にお二人の男性の姿がありましたが、あの方達には、わたくしのはしたない様はおわかりにならなかったでしょう。
レジデンスの入り口はもう・・・すぐそこでした。
自動ドアを二人で入っても、高梨さんは何もおっしゃいませんでした。
2つめの扉の前でオートロックを解除します。
セキュリティに守られたこの空間にたどり着いて、わたくしはほっと小さなため息を付いたのです。
ここまで来ても、高梨さんはコートを脱げとはおっしゃいません。あの一言で・・・もう許していただけたのでしょうか・・・。
何もおっしゃらないままで、共有空間を抜けた先にあるエレベーターホールに向かいました。
土曜日の午後なのに、レジデント棟にはほとんど人気がありませんでした。
オフィスビルではないのですからどなたが居らしても不思議ではないのです。
高梨さんのお部屋のあるここで・・・こんな姿のわたくしとご一緒なのを誰かに見られては、彼のご迷惑になってしまう・・・そう思って、わたくしはコートの釦にさりげなく手を掛けたのです。
「だめだよ、祥子。何を勝手なことをしているんだい。」
わたくしの左手を高梨さんが押さえます。そして、もう一方の手でわたくしのバッグを取り上げたのです。
「だって、こんな姿・・・どなたかに見られたら。」
咎められてしまっていても・・・ようやく耳にすることの出来た高梨さんの声に、わたくしの言葉には甘えが滲みます。
「僕は構わないよ。祥子のこの姿を見せびらかしたいくらいだからね。」
チン・・・ 到着したエレベーターのドアが開くなり、わたくしのコートを乱暴に剥ぎ取ると、スリップとガーターストッキングしか身に着けていない身体をゴンドラの奥に押し込んだのです。
「休日出勤をしている管理会社のスタッフへのご褒美だ。見せつけてやろう。」
16階の釦を押すと、コートもバッグも紙袋も床に置き、高梨さんはわたくしの前に膝をついたのです。
「なにを・・・」
「キスだよ。別のフロアに止まりそうになったら教えるんだ。」
早口にそうおっしゃると、レースのちりばめられたスリップの裾を引き上げ・・・わたくしの太ももの狭間にキスを・・なさったのです。
桜陰 14
コート越しの高梨さんの手の動きさえ、なんとかして押さえ込もうとしている疼きに簡単に火をつけてしまうのです。わたくしの身体は、白昼の咲き誇る桜並木というありえない場所での淫戯に溺れかけていたのです。
「そろそろ次の桜だよ。」
行く先をわたくしの瞳は見つめているはずなのに、身体に触れる高梨さんの手に集中してゆく意識が・・・また次の責めの場所が近づいていることを忘れさせていたのです。
「おねがい・・もう、ゆるして」
すれ違う人たちに聞こえないように、わたくしは彼によりそい小さな声で<おねがい>をしました。
これ以上の責めを受けることはなくとも、彼の部屋で二人きりになった時わたくしは、高梨さんには逆らうことなど出来はしなかったでしょう。
もう、桜を楽しむ余裕はわたくしにはありません。<お仕置き>と言う名の公共の場での辱めは・・わたくしを想像以上に苛んでいたのです。
「お願いの仕方が違うようだね、祥子」
歩みを緩めて、高梨さんがひとこと一言をゆっくりとおっしゃいました。
俯いていた顔を上げて・・・彼の瞳を見た時、わたくしは高梨さんの求めている言葉がわかったのです。
「どうか、もうわたくしをお赦しください、ご主人様」
「憶えていたようだね。」
「はい。」
「赦すって、祥子はどうして欲しいんだ。」
わたくしたちは3本目の桜の下に辿りつきました。
「ご主人様のお部屋で、祥子を・・・お望みのままに。」
口にした言葉が、いったい何を意味しているのか・・・充分にわかっておりました。でも、神経がひりつくような、こんな行為を続ける事はわたくしにはもう出来なかったのです。
高梨さんの瞳を見続けることができなくなって、視線を外そうとしたわたくしの頤をぐいと引き上げると・・・高梨さんは唇を重ねたのです。
「ん・んく・・・ぅ」
ディープキスでした。
でも、今度は身体を犯すのではなく・・・心を奪うような・・・キスだったのです。
数十秒?それとも1分?
わたくしの首筋にまわした高梨さんの手がストレートロングの髪を分け入り・・美容師さんのシャンプーにも声を漏らしてしまう・・・感じやすい頭皮を愛撫している間中、キスは続きました。
「次の桜がレジデンス棟の入り口だよ。祥子。」
最後のコートの釦は、高梨さんの手で外されてしまいました。
コートの中は透ける桜色のオーガンジーのスリップと、お揃いの素材のガーターベルト・・・そしてナチュラルのストッキングだけの姿でした。
辛うじて釦が留まっている間は人目に晒されることのなかった、短く整えられている漆黒の茂みさえ、いまはスリップからくっきりと透けてしまっていたのです。
「これじゃ眼の毒だな。」
そう仰るのに、でも許してはくださらないのです。
「いや・・」
それでも、高梨さんはいままでよりも少し早足で先を急いでくださいました。
レジデンス棟まであとわずか。どなたとも近距離ですれ違うことがないことを・・・祈るだけでした。
桜陰 13
わたくしはあまりの恥ずかしさと、仰る通りにしたのに、なお羞恥を与え続ける高梨さんにつれない返事をしただけです。「僕が嫌いになったのかい。わざわざこんなに素敵な装いで逢いにきてくれたのに?」
「・・・しらない・・いじわる」
パンティがTバックじゃないのは、高梨さんのことが嫌いになったから・・・そう仰りたいのでしょうか。偶然でしたが、確かに以前高梨さんと出会った時は2度ともTバックを身に着けておりました。
今日・・・お約束をして逢う事になった時、Tバックを選ばなかったのには2つの理由がありました。
1つは久しぶりにお顔を見るのにお誘いが昼間だったからです。わざわざこの時間を選ばれるのです。きっといままでいらした海外のお話を聞かせて下さるのだと・・・だったらセクシュアルな空気をわたくしから漂わせるわけにはいかない・・・と思ったからです。
もう1つは、わたくしが<彼との行為>だけを求めていると思われたくなかったからです。高梨さんは1人の<男性>として、<プロフェッショナルな芸術家>として大変魅力的な方でした。彼がわたくしに何を望んでいたとしても、わたくしは人として彼に惹かれはじめていたのです。
ランジェリーがわたくしに与える精神的な影響を良く知っているからこそ、今日・・・Tバックを身につけるわけにはまいりませんでした。
「もう一度聞くよ。僕が嫌いになったのか、祥子」
「・・・・・」
嫌いになんかなってないです・・・と口にすることはできませんでした。無言のままで羞恥にうつむけた顔を横に振ったのです。
「聞こえないね。」
優しく深く甘い・・声。明るい屋外の午後の日差しの中でさえ・・わたくしを従わせる高梨さんの声。
「・・・きらい・・じゃない・です。」
とろぉぉ・・たったこれだけの言葉を告げただけなのにわたくしの身体はまた・・蜜を溢れさせてしまったのです。
「それじゃ、どうしてTバックじゃないんだ?」
わざとランジェリーの名前を口にして・・羞恥誘うのです。
「・・・わからない・・わ」
どう告げればいいのか、本当にわかりませんでした。身支度したときの想いを口にしても・・・彼の手にあるぐっしょりと濡れたパンティが、全てを台無しにしてしまうとわかっていたからです。
「言えないのか。」
どうしていいか解らなくて、ただ首を横に振ったのです。
「仕方ないね。また一つお仕置きが増えるだけだ。いいね。」
「・・・ゆるして・・だめ」
これ以上何をすると仰るのでしょう。
「さぁ 行こう。たったこれだけの桜並木なのに、いつまでたっても部屋にたどり着けないよ。」
右手に掴んだ濡れたパンティをCoolpixの入ったポケットに仕舞うと、わたくしの手を引いてふたたび桜並木を歩きはじめたのです。
オフィスビルのファサードに引き入れられてどのくらいたったのでしょうか。
あれほどに淫らな時間を過ごした後でも、並木の桜は美しく咲き誇っていました。
時折強まる花散らしの風は枝を揺らし、薄紅の花びらをはらはらとわたくしたちの行く手に舞わせるのです。
ブラもパンティも身につける事を許されず・・・コートの前もたった1つだけしか釦を止めることを許されずに・・・男性に手を取られて車と人の行き交う公道を歩く。それも・・・その男性の唇と指でさんざんに上り詰めさせられたあとに・・です。
わたくしは平静を装うことも、高梨さんに語りかける言葉すら失っていたのです。
「どうした?祥子」
わたくしの肩を抱き寄せる様にすると、高梨さんは優しい気遣いを見せるのです。
「んん・・ん」
ふるふると俯いた首を横に振るわたしを覗き込むようになさいます。
「怒ったのかい?」
わかりません。
怒っていたのかもしれません。屋外でこんな姿にされてしまうことに・・・何度も登り詰めさせられてしまうことに。
「そんな祥子もそそられるよ。魅力的だ。とてもね。」
肩に回っていた手が脇腹を降りて、パンティを着けていないヒップラインにたどり着くと、さもその曲線と手触りが愛おしいとでもいうように・・・手を這わせるのです。
「だ・・め・・・」
ふいにコートの裾を乱そうとする風と、大切な2つのランジェリーを身に着けていない緊張感とで、わたくしの身体はとても敏感になっておりました。
桜陰 12
「逝ったね、祥子」脚元に落ちたブラを拾い、身支度をするわたくしを通りから隠す様に立つと、高梨さんはCoolpixをポケットに仕舞いました。
「ゃ・・・ひどい・・わ・・」
あまりに冷静にわたくしを観察しているこの方に・・わたくしが達したことは解ってしまったことでしょう。
だからといって、こんな場所での淫らな振る舞いを・・・それも肯定するようなことを・・・わたくし自身が認めるわけにはいかなかったのです。首を横に振り、彼の言葉を弱々しく否定したのです。
「だめだよ。このままだ。」
コートの襟元を整えて釦を止めようとしたわたくしの手を高梨さんが止めるのです。
「だって・・これはあなたが・・・」
ルール以外で外された1つの釦は・・・元に戻したかったのです。たった一つ残った釦はそれだけを止めているのはあまりに不自然な第五釦だったからです。
「祥子があんな喘ぎ声で強請ったからだろ」
「ちがぅ・・・」
抗い・羞恥にまみれ・・・押さえ込もうとしても漏れ出た声が・・・原因だと・・・高梨さんの深くて・甘い声が告げるのです。
「まぁ確かにたった一つ止めている釦がその位置じゃおかしいね。」
「もう・・いいでしょう。」
第三釦を止めて・・一番下の釦を外す高梨さんの行為に、わたくしは<お仕置き>は終わったのだと考えました。
人目を避けた場所だとはいえ、わたくしを淫らに・屋外で登り詰めさせたのです。もうご満足になられたことでしょう。
「祥子、これはお仕置きなんだよ。思い違いをするんじゃない。」
高梨さんの声は・・・優しい情人のものではなく、<ご主人様>の響きを帯びはじめていました。
「まだ解ってないようだね。」
「ゆるして・・」
「パンティを渡しなさい。」
屋外で、前を開けたコートに透けるスリップだけの姿でさえ充分に扇情的なはずです。
なのに下半身をガーターストッキングだけしか身につけない・・・娼婦のような姿になれとおっしゃるのです。そんな、ひどい・・・
「おねがい・・・」
「ランジェリーショップで言っただろう。これ以上逆らうなら、スリップもショーツも取り上げるって。」
高梨さんのわたくしが逆らえない声が、命じるのです。
「それとも、ここでコートを取り上げようか?」
レジデンスまではまだ1/3ほど桜並木は続いていたのです。それを・・・コートの前を開けるのではなく・・・ランジェリーだけで歩くなんて。
「だめ・・」
そんなことはできません。そんなはしたない・・こと。
「もう一度言うよ。パンティをここで脱いで渡すんだ。」
公道に通じるファサードの入り口は高梨さんの身体で塞がれていました。
桜の花びらが舞い込む場所で・・・わたくしは腰をかがめてコートとスリップの裾をたくしあげると、そろ・・そろ・・・とショーツを下ろしていったのです。
左脚のヒール・・・次いで右脚のヒールを小さなランジェリーの布から抜いたのです。
「あっ・・・」
わたくしは、ショーツを手の中で小さく丸めて、コートのポケットに仕舞おうと思っていました。なのにその前に・・・オーガンジーのショーツは、高梨さんに横取りされてしまったのです。
「こんなに濡らして。はしたないね、祥子」
「ぃやっ・・・」
彼の手から桜色の布を取り戻そうとしたのです。わたくしの手を遮って、高梨さんは恥ずかしく濡れたクロッチを一層じっと見つめます。
わたくしは首輪を着けられたときから、身体を反応させてしまっていたのです。
ランジェリーショップで・・・そしてこの桜並木で・・・
久しぶりにお逢いして友人のように話すだけだと思っていたこの午後が、次第に淫らに色合いを変えて来てから・・・ずっと。
加えてキスのゲームは、パンティではとどめ切れず、わたくしの太ももまでもしっとりと湿らせるほどに・・・蜜を湧き出させていたのです。
「どうして今日はTバックじゃないのかな?」
「・・・知りません」
確かにTバックではありませんでした。
今日身に着けていたランジェリーのセットになったパンティは、薄い桜色の素材は桜色から漆黒の茂みを透けさせ・・・ハイレグのカットは鋭い角度でわたくしの腰を1/3ほどしか覆ってはくれない・・・セクシーなものでした。
桜陰 11
「ん・・んぁ・・ゃぁ」コートに覆われたままの腰を、わたくしは無意識の内に淫らに揺らしていました。思わずしてしまった仕草に、わたくしははっとしたのです。羞恥に薄く瞳を閉じたわたくしは、長身故に乳房に被いかぶさるようにしている高梨さんに気付かれていないことだけを祈っていました。
が・・・はしたなく乱れるわたくしを眺めながら責める彼には、しっかりと見られていたのです。
「スリップ越しじゃだめかい?」
「いゃぁぁっ・・・」
高梨さんの指は、左の乳房を包むスリップのレースをぐいと引き下ろし・・・跳ねるように飛び出した乳首を甘噛みしたのです。
「はぁぁ・・ぁぁぁ。」
抑えても抑えても・・・声にかかる艶だけは・・・防ぎ様がありません。左手に持ったバッグを取り落とさない様にするのが精一杯でした。
「手のひらに収まらないくらい、はずかしい大きさのバストをしてるのに。」
ちゅるぅぅ・・・ 先端を吸い上げるのです。白い乳房に五指をくいこませるほどに掴み上げ・・・乳輪までもすべて・・・一緒に・・・
「・・・ぁぁ・・」
「こうされたくて、誰からもわかるくらいにたぷたぷと胸を揺らして、ノーブラで散歩したんだろ。」
れろ・・れるん・・ 舌が昂りの側面をたっぷりの唾液を載せた舌が撫で・・・平らな先端とがつくる柔らかな角を、尖った舌の先が繊細に這ってゆきます。こんな乳房への口戯をなさるなんて・・・
「ちが・・う・・わ・・ぁぁ」
「どれどれ・・・Gカップだって。メロンくらいすっぽり包めそうだな。」
らるぅん・・・ 横目でブラのサイズタグを見ながら、ことさらに言葉にしてわたくしを責めるのです。その上で、快感を集められた先端をゆっくりと舌がなでてゆきます。何度も・・・なんども。
「はぁう・・・っ ぃやぁぁっ・・・」
「肌まで桜色に染めておねだりかい。まだ明るい昼間で屋外なのに、我慢できないのかね、祥子。」
言葉責めの間は右の乳首を指で・・・言葉責めの後は左の乳首に口唇をあてがって・・・途切れる事なく・・・淫媚な刺激を送り込み続けるのです。
「ち・・がぅぅ・・・のぉ・・」
誰かに聞かれでもしたら・・まるで・・わたくしが露出狂の痴女だと言わんばかりの言葉を高梨さんは羅列するのです。
公道を通る人がちょっと覗きこむだけで・・・見られてしまいかねない場所なのです。
わたくしたちが何をしているかは解らなくても、ここに<居る>ことは、通りを歩く人にはわかってしまうはずです。
抑えているとはいえ・・・行き交う車のエンジン音や街の奏でる生活音に紛れ込む・・・羞恥に満ちた淫らな言葉の羅列に気づかれたら・・・わたくしは・・あぁ。
「そうか、片一方だけじゃ満足できないのかい。仕方ないな。」
もう一つコートの釦を外すと右の肩もスリップごとはだけるのです。
「ゃぁ・・ぁぁぁぁ・・・」
布越しの愛撫で疼ききっていた小さなしこりにぬめる暖かい唇が被せられ・・・甘噛みされながら激しく舐られるのです。
わたくしは身体をファサードの漆黒の大理石に預けて・・・とうとう・・軽く・・・登り詰めてしまったのです。
パシャ・・・・ フラッシュが閃きました。
「きれいだよ」
「・・っ・・だめ・・」
わたくしは慌てて・・かき乱された理性を・・・拾い集めたのです。襟元をかき寄せて・・・露にされていた乳房を・・再びスリップで覆いました。
桜陰 10
「あと釦は3つだね。桜は何本かな」「あんな風になさったら・・・だめ・・で・す」
「あんな風?」
「人のいるところで・・・あんなキス」
わたくしは思い出しただけで身内を走る快感に頬を染めながら答えたのです。
「選んだのは祥子だよ。もう一つの方を選んでいたら、きっともう僕の部屋に着いていたのにね。」
たしかにそうかも知れません。ただ、コートの釦を全て外して・・・歩くだけ、それも早足でもよかったわけですから。
「でも・・・」
「いいけどね、ぼくは。祥子の白い胸元を眺めながらこの道を歩いてゆけるんだから。」
「だめ・・っ」
第二釦まで開けられたコートの胸元を空いている左手で押さえたのです。
「だめだよ。手を離しなさい。スリップのレースがまるでドレスみたいできれいだよ。祥子、もっとお仕置きをされたいのか。」
高梨さんの口から出た<お仕置き>という言葉に・・・わたくしは仕方なく押さえていた手を・・・離したのです。
「そろそろ次の樹だね」
その桜はオフィスビルの入り口にありました。
休日の今日、そのビルの入り口は内側にブラインドが下ろされ・・・少し入り組んだファサードは外からの人目を少しだけ遮るような構造になっていたのです。
「ここだね」
わたくしの手を引くとファサードの中に引き入れました。
高梨さんは第三釦を外すなり、コートの胸元をはだけると・・・スリップのレースの上からわたくしの乳房の先端を含んだのです。
「だめ・・・ぁぁあ・・」
サインボード替わりの黒い大理石の壁は、丁度高梨さんの身長くらいの高さでした。わたくしたちを隠しながらも、開いた上部からは、伸びた桜の枝から花びらが・・・はらはらと舞い込みます。
「キスをしてるだけだよ。」
再び顔を伏せられた時には、堅くそそり立った鴇色の昂りからは、驚きと共に与えられた最初の刺激の倍以上の淫楽が流れ込んできたのです。
「や・・ぁ・・・」
コートを開かれた左の肩先が冷たい大理石の壁面に触れます。なのにその冷たささえ・・・この快感から逃れる助けにはなりません。
「こんなキスを強請っている姿を見られたいのかい、祥子。」
押し殺せない声を・・・あざ笑う様に高梨さんの声が胸元から響きます。
「ん・・・ぁ・・ぁぁ・・ねだって・・なんか・・なぁ・いぃぃ」
手の甲を唇に押し当てても・・敏感なGカップの乳房とその先端に加えられる刺激は・・・わたくしの声を淫らに震わせるだけでした。
「祥子が自分で選んだから僕が付き合ってるだけだろう。だからこうしてキスしてるんだ。祥子がねだっているのと同じだろう?」
まだコートに覆われている右の乳首を指先で嬲りながら・・・言葉でまでわたくしを追いつめます。
「やぁ・・ぁぁ・ちが・う・・」
高梨さんが課したお仕置きです。決してわたくしがねだったわけではないのです。抗がいの声も・・・高梨さんの乳首へのキスが羞恥と快楽に染めてゆきます。
「何を言ってる。キスしてもらいやすいように自分でわざわざ外したんだろう、このブラ。」
わたくしのバッグの中に手を入れて・・・桜色のオーガンジーのブラを引き出すのです。
「ぁぁぁ・・・だめっ・・」
高梨さんの唾液が繊細なオーガンジーを濡らしてゆきます。4月の外気に冷たくなる範囲は大きく立ち上がった鴇色の先端を中心に次第に広がってゆくのです。
「ゃ・・ぁ・・」
言葉嬲りの間に冷やされてますます堅くしこり立つ先端を、高梨さんの熱い唇と舌がまた覆い・・ねぶるのです。
左右交互に繰り返される熱と冷たさは、この行為が屋外で行なわれているのだと・・・快楽の合間にわたくしに思い知らせました。
桜陰 9
「久しぶりの祥子の肌は相変わらずいい香りだ。仄かな薔薇の香りがする。」わたくしの肩を軽く抱く様にしてゆっくりと歩きはじめました。はずされたコートの釦の下の肌に少し冷たい空気が触れてゆきます。
「しらない・・・いじわる・・」
高梨さんの肌へのキスの快感が、わたくしを最初から羞恥の淵へ突き落としたのです。
「そうして拗ねている祥子も可愛いよ。そそられるね。その肌をもって桜色に染めるまで・・・辱めたくなる。」
耳元に口を寄せて囁く高梨さんとわたくしを見れば、大人なのに人目を気にすることもない熱烈に愛し合う、そんなカップルに見えたに違いありません。
「しないで・・・もう・・」
わたくしは瞳を潤ませて・・・高梨さんを見上げると・・・弱々しくお願いをしたのです。
10代の方達の様に路上で抱き合ったり、キスをしたり・・・そんなことはわたくしの美意識にはありません。たとえ誘われても、二人きりになれる場所までいなして・・・ようやく許すものなのです。それを、こんな公道の真ん中でなんて・・・。
次の桜にたどり着くのを少しでも遅らせたくて、気もそぞろなのに立ち並ぶショップのウィンドウを覗こうと・・・彼の腕を引くのです。
でも、いずれ3本目の桜はやってくるのです。
「さ、3本目だよ」
立ち止まった高梨さんは、その場でわたくしを引き寄せると・・・性急に唇を重ねました。
「ん・・ん・・くぅ」
3本目の桜はオープンカフェの大窓のすぐ側でした。天気のよい今日は、咲き誇る桜を楽しめる開け放たれた窓の側に2組のカップルがお茶を楽しんでいたのです。
でも、わたくしはその姿に気づく間も与えられなかったのです。
先ほどとは逆に、カフェに背を向けて・・・車道に向かうように高梨さんに抱かれていたからです。
覆いかぶされる彼の顔の下で、わたくしは顔をあおのけて唇と舌の洗礼を受けていました。
「ん・・ぁ・・・」
ちゅ・・ぷ・・ 絡まり合う舌と舌・・交わされる唾液の淫らな音までもが、わたくしの背後にあるお店の中にまで聞こえてしまいそうな・・・キスです。わたくしが最初に恐れていた、セックスの一部としてベッドで与えられるようなディープキスなのです。
「・・・く・・んぁ」
なのに、高梨さんの手は背中を腰に向かって這い回ることさえしないのです。愛しい宝物を抱きしめ、どうしても我慢が出来なかったとでも言う様に強く・きつく、わたくしの背をに腕を回したままでした。
わたくしの背では、カフェの二組のカップルがほどなくこちらに気づいたようでした。
大人の2組のカップルはそれぞれに小声で囁き交わすと、一組は二人の世界に戻ってゆき・・・もう一組は固唾を飲んでわたくしたちの様子を見つめておりました。
最初は互いテーブルの上に置かれていた手がいつの間にか重ねられ・・・女性の身体は男性の肩へと・・・すこしづつしなだれかかっていたのです。
「・・ぁ・・は・・ぁぁ・・」
じゅ・・ちゅ・・ぅ・・ 舌を繰り出させられ高梨さんの唇で吸い上げられる・・・あまりに恥ずかしい行為に・・・彼に抱かれたわたくしの身体から、ふと力が抜けてしまったのです。
くずおれそうになる身体を高梨さんの腕が支え続け、でも唇を離してはくださらないのです。
「も・・ぉ・・・ぁぁ・・ん」
高梨さんの舌がまるで自分のものだと印を付けるかの様に・・口腔の全ての粘膜を舐り・・・撫でるのです。
ガタっ・・タっ・・・ 背後の2つの椅子が鳴る音に、わたくしは身を堅くしました。見えない背中が人のいる場所だったと初めてわかって・・・蕩けかけていた理性を取り戻しました。
「・・だ・め・・ぇ・・」
唇の間から漏れる声に、濃厚なキスはストップされました。
と、同時に高梨さんは立ち止まったときと同じ唐突さでその場を離れるように・・わたくしの背を押したのです。忘れずに反対の手でコートの第二釦を外しながら。
「祥子のキスは甘いね。美味しかったよ。」
「ぃゃ・・・」
キスを解かれて歩き出す時に・・・わたくしの背後にあったのがカフェだったことをはじめて知ったのです。
それも、あの時に視界を横切ったカップルだけじゃない・・・席を立った二人もいたわけですから、それに他にも・・・それだけの人たちの目前で・・・あんなキスを。
「あの二人は、きっとこんな時間からホテルだな」
わたくしにあんなキスをしながらも、周囲をも見ていたらしい高梨さんが可笑しげに告げるのです。
「僕たちのキスに当てられて、男の手が最後は彼女のスカートに潜り込みそうになっていたからな」
わたくしたちを窺っていた二人は、キスに夢中のはずのこちらに見られているとは思ってもいなかったのでしょう。
「もう そんなことになっているなら、もっと早くやめてくださればいいのに」
「この美味しい唇を離すわけがないだろう。いまでもキスしたままで歩きたいくらいだ。」
ははは 冗談ではないよ、と笑う高梨さんの眼には確かに欲望が滲んでいました。
桜陰 8
坂の一番下に立ち、行く先を見上げるわたくしの視線からは・・・満開の桜は青い空を薄桃色に染めているようでした。「ここがこんなに綺麗な季節に来たのは初めてだわ。いつも青葉のころばかりしか通ったことがなくて。」
都心の並木道です。上野のように花の下に屯しての花見をする人たちはおりません。
ゆっくりとそぞろ歩くか・・・通り沿いのカフェの窓からゆっくりと外の景色を楽しんでいらっしゃる方達がほとんどでした。
「そうか、誘って正解だったかな。」
「ええ、ありがとうございます。うれしいわ。」
「それじゃ、コートの前の釦を全て外してごらん。」
「えっ・・・ここでですか?」
坂の入り口の大きな桜の樹の下にわたくしたちはおりました。建物と樹のわずかな死角に桜を背に立っていたのです。
「この坂を登ったところが僕の部屋だ。そこまででいい。コートは羽織ったままでいいから、釦を全て外して登っておいで。」
コートの下は、スリップとガーターベルトと・・・パンティだけなのです。
釦を止めたコートの裾から覗くスリップだけならなんとでも言い訳は出来たでしょう。
でも・・・上まで全て開けてしまえば・・・Gカップの胸元は鴇色の乳首をはっきりと透かせて・・たゆ・ゆ・・と一足ごとに揺れてしまうのです。
ガーターベルトはストッキングの終わるラインもストッキングを吊る留め具さえも、パンティはわたくしの茂みの在処すら・・・透かしてしまうのに・・・。
「おねがい。そんなはしたないこと出来ないわ。」
「ん・・くぅ・・」
首を振るわたくしの頤を捕まえると、高梨さんは乱暴に唇を重ねたのです。
満開の桜の下・・・ごつごつとした桜の樹皮に背を押され・・・荒々しく奪われる久しぶりの唇は春の日差しの下でアブノーマルな背徳感をわたくしに与えるのです。
「美味しいよ 祥子。」
「ゃぁ・・こんなところで」
「そうだな。ちょっと気が変わった。祥子に選ばせてあげよう。」
高梨さんの指はわたくしの右の耳朶へと動いてゆきます。
「ここからコートの釦を全て外して僕と離れてレジデンス棟まで上がってゆくか、それとも桜の樹3本に一度今みたいにキスをしてくれるか、どちらがいい?」
品なく飲酒をする人たちがいるわけではありません。でも・・・だからといって人目がないというわけではないのです。
大人の、それもきっと目立つであろう大柄な男女が、並木を3本数えるごとにディープキスを・・・まるでセックスそのもののようなキスを交わすなんて。
「もちろん、キス1回ごとに1つずつ釦を外させてもらうよ。レジデンスに着いたら16階の僕の部屋までエレベーターの中はコートを取り上げる。」
彼の小指がわたくしの耳穴を意味ありげにまぁるく撫でるのです。
「コートの釦を全て外してゆくなら、レジデンス棟の中でコートを取り上げるのは勘弁してあげよう。さぁ、どちらを選ぶ?」
わたくしは、本当に困ってしまったのです。
どちらも・・・どちらを選んでも、わたくしは羞恥にまみれさせられてしまう行為だったからです。
「ん? 祥子、どっちがいいんだい?」
耳に掛かるロングヘアを掻き上げると耳朶に唇を這わせるのです。
「ん・・やぁ・・・」
カメラをポケットにしまい込んだ右手は、薄いスプリングコートの上からわたくしの乳房の先端を探り当て・・・くりくりと・・・嬲りはじめるのです。
「ぁん・・だめ・・・」
「早く決めるんだ、祥子。」
「・・・んん・・キス・・」
どちらかと言われて・・わたくしはキスを選ぶよりありませんでした。
あきらかにランジェリーにしか見えないインナーを晒しながら、はるか先にあるレジデント棟まで多くの方の視線に耐えて歩くなんて、とても出来なかったからです。
「いいコだ、祥子。じゃぁ行こうか」
わたくしの右手を取り高梨さんが歩き始めました。でも、ゆっくりと、風にそよぐ桜の一輪一輪を愛でるように歩いてゆきます。
何気ない風でいなくてはならないのに、わたくしは彼に仕掛けられた艶戯に、すでに頬をかすかに紅潮させていたのです。
どきどきとする鼓動を押さえるように、ことさらに高梨さんの腕に縋りました。
「同じ染井吉野でも環境が違うと少しずつ花つきも違うものだね。」
同じ時期に植栽されたはずの並木の3本目は、となりの樹よりも数段太い幹を持ちたわわに花を咲かせておりました。
「最初の桜だよ。」
車道に背を向ける様にわたくしの背を桜に押し付けると・・・右手でわたくしの髪を払いのけて・・・首筋に・・キスをはじめたのです。
「・・やぁ キ・ス・ぅ・・」
桜の前は画廊でした。ひっそりと静まり返った店内には人影はなく、桜を描いた油彩が数点壁に飾られていました。
「キスだろう。唇にするとはひと言も言ってない。」
首筋の薄い皮膚は、ベッドで与えられるような唇からの快楽を、わたくしの意志を裏切って・・・ダイレクトに身芯にまで届けるのです。
「・・・はぅ」
たしかにこれもキスです。でも・・昼間の路上で・・こんなこと。
「はしたない声を出すんじゃない。」
耳朶を甘噛みしながら、漏れてしまうわたくしの声を・・・言葉で制するのです。
「・ん・・ぁは・・」
唇を噛みしめて声を殺すわたくしの切ない表情が・・・高梨さんのがっしりとした後ろ姿とともに画廊のショーケースに映り込みます。
「眼を閉じるな」
高梨さんの大きな背に抱きしめられたわたくしの顔が・・・はらはらと花びらが舞う中に見えているのです。時折車道を車が横ぎり、向こうの歩道を歩く人が見える度・・・わたくしは身体を堅くするしかありませんでした。
「もう・・ゆるして」
わたくしたちに気づいたカップルの囁き交わす姿が見えた時、身を捩って高梨さんから逃れようとしたのです。
「しかたないな。」
首筋から顔を上げると高梨さんはご自身の手でわたくしのコートの第一釦を外して・・・身体を離したのです。
桜陰 7
羞恥を掻き立てるショップでの時間を過ごしても、春の日は、まだふんわりと麗らかでした。ショップの2つ向こうの通りへと、高梨さんはゆっくりと歩いて行きます。
「全身桜色の祥子さんは、この景色にびったりですよ。」
通りの先に覗く桜並木を背景にわたくしを見やり、高梨さんの眼は一瞬だけフォトグラファーとしての輝きを帯びたのです。
「いやだわ・・・からかったりしちゃ。」
照れた笑みを浮かべたわたくしの頬も、桜色に染まってしまいそうです。
毎日、ここを通られているはずなのに、高梨さんはまるでこの風景を記憶に留めなくてはならないとでも言う様に、わたくしを先に歩かせ少し後をゆっくりと付いていらしたのです。
わたくしは時折気まぐれに吹く、花散らしの風が気になっておりました。
太ももの合わせ目のあたりまでしか釦のない、スプリングコートの裾が・・・ひらひらと舞うからです。
薄く透けるオーガンジーを重ねた桜色のスリップは裾のレースもガーターストッキングの留め具のある太ももも、そうと知ってご覧になる方にはわかってしまうほどの儚さでした。
仕方なしに桜のジャガードのハンドバックを両手で持ち、太ももの上に自然とコートを押さえる様にして歩いてゆきました。
「祥子」
右後から高梨さんの声が聞こえました。
「はい?」
ゆっくりと振り向いたわたくしに向かって気まぐれな春の風が吹き付けたのです。
「あぁっ・・・」
バッグを片手に持ち替えたその瞬間に・・・コートの左裾が大きく風に煽られたのです。それだけでなく・・・重みのないスリップの裾までもが・・・ストッキングの上端近くまで・・・
「きゃぁぁっ・・」
慌ててバッグを持っていない左手でコートの裾を押さえます。自然に流していた黒のロングヘアまでが風に煽られて舞うのです。
高梨さんの手には、NikonのCoolpixS1がありました。
「ははは、いい写真が撮れたよ。」
吹きすぎた風にようやく落ち着いたコートの裾をバッグで押さえ、空いている左手で髪を押さえるわたくしに、高梨さんはゆっくりと近づいていらっしゃいました。
「もう、カメラなんてお持ちだったんですか?」
「ああ、これね。まぁ玩具みたいなものだけどね。」
確かに普段高梨さんがお仕事で使われているカメラに比べれば玩具かもしれません。
でも、高梨さんの手の中に隠れてしまうほどにコンパクトなデジタルカメラはニッコールレンズを搭載した高性能機種だったのです。
わたくしは、風音でシャッター音に気づかなくてほっとしておりました。
気付いていたなら・・・きっと怪訝さ非難を露にした表情を浮かべてしまったでしょう。
お正月のあの3日間。
わたくしの淫らな姿を次々とデジタルカメラに納められた、あの時の羞恥とショック。いまもあの4人の男性が、手元で時折はご覧になっているかと思うだけで、新たな恥ずかしさを感じずにはいられない・・・写真の想い出につながるからでした。
「今日はお写真を撮りたかったんですか?」
「いや、そうじゃないよ。ただあんまり綺麗だったからね。ごらん。」
高梨さんは手の中のカメラの液晶ファインダーに、先ほどの写真を開くのです。
風に舞う桜の花びらの中に・・・無邪気な表情で振り向くわたくしの笑顔と・・・大きく軽やかに翻るコートの裾と・・レースが・・・まるで花びらを集めた様にわたくしを彩っておりました。
「これが・・・わたくし?」
「ああ、此花咲耶姫もかくや・・だな」
「もう、恥ずかしいわ。こんなに年齢の行った女神もありませんでしょう?」
「ははは、でもそうでもないんだよ。日本の八百万の神々はね、年齢なんてものは超越した存在だからね。年ふりて益々妖艶な神が舞い降りたかのようだよ。」
「まるでわたくしは妖怪みたいね」
わははは、そうだな・・・豪快に笑う高梨さんはとても楽しそうです。
「こうしてカメラに閉じ込めておかないと、祥子は薄情でメールも寄越さないからな。休日にまで写真に振り回されるのはこりごりだが、いいだろう、こんな写真くらい僕の手元に残してくれても。」
いつのまにかわたくしたちは、緩い上り坂の桜並木にたどりついたのです。
桜陰 6
「こうして、仕舞っておきます。それに触れればわかってしまうことですから・・・。仰る通りにいたしますわ。ね、おねがい。」わたくしはブラを取り上げるとカップを重ねる様にしてたたみ、桜の花のバッグの底に潜ませたのです。
「ふふ しかたないな。次に逆らったら、人前でそのバッグからブラを取り出してみせるからね。見た人は祥子が、自分からはしたない露出をしてみせている厭らしい女だと思うだろうからね。」
あぁ こんなことまで責めの口実にされてしまうのね。
「はやく着替えなさい。待っているよ。」
そう言って内側がガラス張りになったドアを閉めると、高梨さんは店内に戻っていかれました。
わたくしは試着をしていたナイトウェアを脱ぎ、店頭に展示されていた時のようにハンガーに戻します。
ガーメント・トレイに先ほどのバッグと並べて置かれたままのスリップを身に纏いました。
ぴったりとフィットするオーガンジーのスリップが包む・・・柔らかな乳房を出来るだけランジェリーを着けているのと同じ様に整えます。
裾と胸元にはアクセントに桜をイメージしたリバーレースがあしらわれていました。きちんとコートを着込めばその下がスリップだけとは気づかれないでしょう。今年流行の透ける素材を重ねたスカートを身に付けていると思わせる事もできるはずです。
ブースの外からカウンターの女性に、わたくしの衣服を一緒に包んでくれ と、言う高梨さんの声が微かに聞こえます。
慇懃な返答も・・・
わたくしはシングル打ち合わせのスプリングコートを釦を全て止めて着込み、バッグの中に入れて来たエルメスの芍薬柄のスカーフでウエストをマークしたのです。
「ありがとう」「お預かり致します」
バックストラップパンプスを履きながら、わたくしは商品を受け取ってくださるスタッフの女性に・・・まるで何事もないかのように声をかけます。
でも、心の中は・・・淫媚な緊張を強いられていたのです。
このコートの下の知られてはならないいまの姿に・・・。
もう、お会計も済まされたのでしょう。高梨さんは店内に置かれた応接セットでゆったりとVogueをご覧になっていました。
「あなたのお写真が載っているの?」
「いや、この号は少しだけだな。」
流石に専門店です。取り寄せられた仏語のVogueはほとんどがランジェリーの特集だったのです。
「こんなコレクションもあるのね。」
オートクチュールのメゾンにも劣らない美しいモデルが着こなすランジェリーのショー。わたくしは座面の低い深々としたソファーに腰を下ろす事も出来ず、高梨さんの隣に立ち雑誌を覗き込んだのです。
「ああ 僕は専門外だけどね。」
おもむろに視線を上げた高梨さんは、左手をわたくしの腰にまわすと・・・ランジェリーとスプリングコートだけに包まれたヒップをむぐぅと掴んだのです。彼の指示通りの姿になったわたくしに、満足そうな微笑みを向けました。
「・・ぁん」
だめです・・・唇を噛み締め眼でどんなに訴えても、緊張感で敏感さが増した肌を刺激されてわたくしの身体は・・・意志とは逆の反応を示してしまっていたのです。
「珍しいな、祥子さんがTバックじゃないなんて。」
それでも、ショップのスタッフには聞こえない様に声を顰めて恥ずかしい言葉を口になさるのです。そのまま手は腰の丸みに沿って撫で上げられてゆきました。
「もう・・おいたはだめです。」
仲の良い大人の恋人同士のような戯れ合いに、何も知らない人たちには聞こえるように、敢えて羞恥よりも淫媚な雰囲気を言葉に乗せて反論をしてみせたのです。
「お待たせいたしました」
ソファーまで、少し大きめのショッピングバッグを両手に捧げて来たスタッフの声がいたしました。
「ああ ありがとう。」
スプリングコートの腰から手を離し、高梨さんが立ち上がります。
「ありがとうございます。」
わたくしはスタッフの手からショッピングバッグを受け取り・・・高梨さんに微笑みかけます。
「嬉しいわ、こんなに素敵なナイトウェア。ありがとうございます」
「3ヶ月淋しい想いをさせたお詫びだよ。気に入ってくれてよかった。」
久しぶりに再会した恋人同士・・・そう思わせる言葉をわざとスタッフに聞かせる様に口にしながら・・・高梨さんはショップの出口までわたくしをエスコートするのです。
「ありがとうございました。どうぞ、またお揃いでお越し下さいませ。」
ほんのかすかな好奇心さえも感じさせる事無く、にこやかに会釈をするスタッフに見送られ・・・わたくしたちはショップをあとにしたのです。
「これは僕が持つよ。」
高梨さんはわたくしの手からショッピングバックを取り上げたのです。彼が持つと大きめな紙袋も・・・ごく普通のお買い物のように見えます。長めのハンドルをわたくしの側でない方の肩に掛け、空いた腕を・・・当然のように腕を組む形に差し出したのです。
すこしだけためらい・・・そして、心を決めた様にわたくしは、彼の腕に緊張でこわばった手を預けました。
桜陰 5
春物のあでやかな色の商品が並ぶショーウィンドウを眺めながら、高梨さんがわたくしを連れていったのはインポート・ランジェリーの専門店でした。「こちら?」
「あぁ 買うのはランジェリーじゃないけどね」
この方がランジェリーを・・・お買いになるのかしら?
いらっしゃいませ・・声を掛けてくださるスタッフを片手を上げて制すると、高梨さんが向かわれたのはナイトウェアのコーナーでした。
まるでドレスと間違えそうな・・・美しいオーガンジーやレースやトリコットのフルレングスのナイトウェア。
「いつ見ても、こちらの商品はきれいね」
「祥子さんは普段はこんな感じだろう」
高梨さんが手にされたのは、シルクトリコットのシンプルなノースリーブのナイトウェアでした。
「ふふふ、良くお判りね」
「この肌は夜な夜なシルクと男の手で磨かれてるんだな、ははは」
「もう いやな人」
わたくしが、艶話に近い会話に照れ笑いを返すころ、彼の手がハンガーに吊るされているものから一つの商品を選び出しました。
「これでサイズは大丈夫かな?」
ストレッチサテンにストレッチレースがふんだんに使われたフルレングスの桜色のネグリジェとガウンのセットでした。まるで花嫁が初夜に身に纏うような・・・ナイトウェアでした。
「ええ 多分」
付いているタグはいつもわたくしが選ぶサイズだったのです。
「試着させてもらおう。」
お願いします と高梨さんはショップのスタッフに声を掛けました。
「試着しなくても・・・大丈夫よ」
わたくしは小声で高梨さんに伝えました。
「いや、似合うかどうか確認したいね。着てみてくれ。」
「お客様 こちらのブースをご利用ください」
案内された試着室はスペースをゆったり取った場所でした。
有無を言わせぬ高梨さんの視線に押されて、わたくしはバックストラップのパンプスを脱ぐと、試着室に入ったのです。
「お着替えが済まれましたら、お声がけくださいませ。」
慇懃に頭を下げたスタッフと共に高梨さんも試着室から出てゆきました。
わたくしは、ガーターストッキングとパンティだけの姿になり・・・ネグリジェを身に付けました。優しい色合いなのに・・・胸から腰までのラインだけをくっきりと浮かび上がらせる・・・インポートならではのセクシーなつくりです。
そして、ふんわりと優しいセットのガウンをまとうと・・・ブースの外に向かって声を掛けたのです。
「失礼いたします。 あら、お客様にぴったりですね。とてもお似合いです。」
スタッフが試着室のドアを開けるとわたくしを見て、予想通り・・・と言った風な声を上げます。
「身長もおありですから、この丈を充分に着こなしていただけますわ。」
165cmの身長は、フルレングスのナイトウェアを辛うじて着こなすことが許される高さでした。日本人の女性の平均身長でこのナイトウェアを身に着けると、裾をひきずってしまい諦める方も多いのですよと・・・スタッフは付け加えます。
しなやかに身体を包むナイトウェアのラインに、この手のものとしては華奢だとはいえ・・・革の首輪の存在の異質さが際立っていました。スタッフの女性は気づいていないはずはないのに・・・こういった高級店ならではのお行儀の良さで見ないふりをなさっているのでしょう。
「どれ」
スタッフに声を掛けて高梨さんが試着室を覗き込みます。
ドア一枚の空間から、スタッフは一歩下がりました。
「おお、本当に似合うな。悩ましいラインで悩殺されそうだよ。」
「いやだわ。はずかしい・・・。」
フォトグラファーの高梨さんの眼に、わたくしの姿はどう映っているのでしょうか。
「これをもらうよ。」
スタッフが控える後を振り向いて高梨さんはそう告げます。
ありがとうございます・・・スタッフが答える明るい声と、他のお客様に声を掛けられて試着室から離れてゆく靴音が聞こえたのです。
「祥子」
試着室のドアを大柄な身体で塞ぐ様に立つと、高梨さんはわたくしを<しょうこ>と呼んだのです。
「・・・はい」
鏡越しに視線を交わしていた彼に向き直ります。
「着て来た服を僕に渡すんだ。」
「えっ・・・」
「コートとスリップは着ていいよ。後のものは商品と一緒に包んでもらうから。」
「だめ・・そんなこと。」
ここは試着室です。すぐ外には、お店のスタッフと他のお客様がいらっしゃるのです。声を顰めるしかありません。
「祥子 さっき僕にそれを着けさせたお仕置きだよ。これ以上抗うならパンティもスリップも取り上げる。その方がいいのか?」
「だめ・・」
「黒の服だからどうかなと思ったが、祥子のことだからきっと今日は桜色のランジェリーを着けていると思った。予想通りだよ。さぁ、渡してさっさと着替えなさい。」
ショップの中に2つしかない試着室をいつまでも占領しているわけにはいきません。
わたくしは諦めて、シルクニットとブラックデニムのスカートを高梨さんの手に渡しました。
「それも寄越しなさい。」
彼の視線は桜色のハーフカップブラに注がれています。
「おねがいです。勝手に着けたりしないから・・・これを包んでもらうのだけは許して。」
ここはランジェリーショップなのです。商品としてこちらのものに劣るものではなくても、ランジェリーの一つであるブラを一緒にとは言えません。
ましてあの女性スタッフは・・ニットとスカートを一緒に包んでくれと渡された時点で・・・二人がしていることに気づいてしまうでしょう。
桜色の首輪を無視したのと同じ慇懃さでわたくしに起きていることを無視して二人を送り出す彼女に、このGカップの乳房までもがあらわにされていることを・・・知られたくなかったのです。
桜陰 4
「仕方ないね。僕が着けてあげよう。そのかわり、もう一つお仕置きが加わるからね。」そうおっしゃると高梨さんは、小振りなバックルを大きな手で外されたのです。
桜色の首輪は・・猿臂を伸ばした彼の手でわたくしの首に巻き付けられてしまいました。
「ぁぁ・・ゆるして・・・」
「だめだよ。僕に連絡をしてこなかった罰だ。今日は僕のパリ土産を身に付けてこの午後を一緒に過ごすんだ。」
美しい桜色に染められた細身の革は、上品な色合いのゴールドのバックルとリードを繋ぐ金具のところに小さな鈴が一つだけ着いておりました。いやいやと・・・首を振るわたくしの動きにつれて鈴はり・りん・・とあえかな音を奏でるのです。
「ふふ 似合うね。思った通りだ。祥子の白い肌にはぴったり合う。」
先ほどまで本を読んでいた時と同じ様にシートにもたれかかり、眼を細めてわたくしをご覧になりました。
「・・・はずかしいわ」
襟がV字に開いた黒のシルクニットは、桜色のスプリングコートに全て覆われていました。黒のロングヘアを背景に、首もとの白い肌と桜色とゴールドが優しい妖しさを奏でているのでしょう。
ほっそりと作られた上質な首輪は軽く・・・そして肌への感触も柔らかく・・・一見すると単なるアバンギャルドなアクセサリーのようにも見えました。
「これもあるんだけどね」
じゃ・・ら・・ 高梨さんがエディ・バウワーのジャケットのポケットからつかみ出したのは、桜色の革の引き手のついたゴールドの鎖のリードでした。
「だめ・・・」
まさかリードを着けて鎖を引いて歩こうなんておっしゃるつもりは・・・
「わかっているよ。これは、後のお楽しみさ」
リードを見て青ざめたわたくしの表情がわかったのでしょう。
でも、こんなリードはペット用としてトレンドではないのです。とすれば、もしかして・・・。
「痛いのか?」
首輪の縁に指を這わせていたわたくしに、高梨さんが少し心配そうに声を掛けてくださいました。
「いいえ そんなことは。あまりに滑らかなのでつい・・・」
辱める為のアクセサリーにうっとりと触れ続けているわたくしを、見とがめられた様に思えて思わず眼を伏せてしまいました。
「これは人間用だから痛くはないと聞いたんだがな」
「人間用?」
「ああ フォーブル・サントノーレにひっそりとあるその手の専門店で見つけたものだ。」
わたくしはてっきり、あの通りにあるペットショップで通りすがりに見つけられたものなのだとばかり思っていたのです。パリにあるボンデージのそれもひっそりと上顧客だけを待つ専門店・・・高梨さんはわざわざそこを訪れて・・わたくしのためにこれを求めてくださったのです。
「この前の時、あの首輪の痕があまりに可愛そうだったからね。」
この方と数日を過ごした間、わたくしの首には赤い大型犬の首輪が着けられておりました。大型犬用として用意されたその首輪は、お別れする時には・・・わたくしの白い喉にくっきりと赤い痕を2本刻んでいたのです。
「祥子用に探して来たんだよ。」
「・・・ありがとう・・ござい・ま・す」
わたくしは恥辱を与える道具に対する行為なのに・・・思わず御礼の言葉を口にしてしまいました。
パリ。ずっとご連絡もしないまま3月の初旬ごろにいらした場所のはずなのに、まだわたくしを思っていて下さったことが嬉しかったのです。
「随分と素直だな。」
高梨さんは目の前のカップの冷たいコーヒーを飲み干しました。
「本当だったんですね。」
わたくしからの連絡を待っていた事・・・そして少なくともわたくしのことを考えていて下さった事は。
「嘘なんか吐かないさ。」
ほんの短い言葉なのに・・・深く響く高梨さんの声。
彼を見つめてこくん・・と一つ頷くわたくしに、首輪の鈴がり・・りん・・と音色を添えるのです。
「さ ここの桜は飽きたから、桜並木でも散歩しようか。」
「はい」
日が翳りはじめたテラス席はほんの少し寒くなってきていたのです。
「コートの下に何を着てきたんだ? 見せてごらん」
「これですわ」
わたくしはコーヒーの最後の一口をいただくと、膝掛けを畳み・・・コートの釦を外して、黒でまとめたニットとデニムスカートの装いをお見せしたのです。
「そうか。じゃぁ、散歩の前に一軒買い物に付き合ってくれ。」
伝票を掴むと先に立って、ショップの並ぶ建物の中へと歩いて行かれたのです。
桜陰 3
「日本に戻られてもう随分になるのですか?」「帰国したっていう言葉の意味ならそうだね。」
「ん?」
「戻って間もなく東京コレクションがあったから、自分の時間が持てる様になってからというなら、まだ3日も経ってないよ。」
3日前、わたくしに久方ぶりのメールをいただいた日です。
「そうだったんですか。」
「相変わらず祥子さんは僕に連絡してくれないからね。」
少し拗ねたようなおっしゃり様です。
「そんなこと、お忙しいと思っていたからですわ。それに、いつこちらに戻られるかもわかりませんし。ご迷惑になってはいけないと思ったものですから。」
「言い訳だね。 僕と話したいと思わなかった?」
「・・・時折は」
年が改まってから・・・高梨さんのことは思い出しておりました。
わたくしが、4人の男性から年越しに受けた仕打ちは、もとに戻ろうとする経過でさえもわたくしのことを酷く苛みました。このような事・・・とても口に出来ることではありません。秘して・・・独りで耐えるしかなかったからです。
万が一この仕打ちのことを知っても、単なる事実としてなんということなく受け止めることが出来る男性は、わたくしが知る中でもそうはいらっしゃらないと思えました。
あの4人以外の方に・・・そう考えた時浮かんだのは高梨さんの顔だったのです。
堪え難いとさえ思われる責めが24時間つづく日々に、わたくしは高梨さんの救いの手を幾度となく求めそうになってしまいました。
日本にいらっしゃらない方。
電話でもメールでも、少し話しをさせていただくだけで、翳りを失ったはしたない身体のことを忘れさせて下さる方。
わたくしからの連絡を待ってらっしゃる・・・方。
でも結局わたくしは、電話もメールもできませんでした。
どんなに秘密にしておきたいと思っても、きっとこの方ならわたくしの変化を気づいてしまいそうだったからです。
「素っ気ない言い方だね。」
「ふふふ そんな風におっしゃっても、決してわたくしの側に居て下さることなんてできないのに。」
「そういう問題じゃないさ。10年前とは時代が違うんだ。たとえ地球の反対側にいてもなんということなくメールのやり取りは出来るんだ。僕を求めているならそのくらいしてもバチは当たらないだろう。」
偶然に出逢った第九のコンサートホールから3日間。
高梨さんの部屋で過ごす間、幾度となく言われ続けていたのです、『どんな些細なことでも良いからメールをしておいで。電話でもいい。旅の空の1人のベッドで楽しみにしているからね。』
「ごめんなさい。ご連絡をしないで。でも、いつものように過ごしてこられたのでしょう。NYでもミラノでも、パリでもロンドンでも。」
その土地々々に馴染みの女性が居ると、あの日も寝物語に聴かせてくださっていたのです。
「いや。今回は真面目に過ごしていたんだ。」
「・・・うそ」
「嘘なんか吐かないさ。祥子さんの面影を浮かべながら他の女を抱くのがどんなに虚しいかは、前回のコレクションで身にしみてるからね。たまに女と過ごしたのは、まぁ別れ話をした時だけだね。」
もう何年もお独りのままで、コレクションカメラマンとして世界を旅しているこの方が・・・いったい何人の女性と別れ話をなさっていらしたのでしょう。
「もう、ご冗談ばかり。」
もしおっしゃっていることが本当なら・・・とわたくしは一瞬本気にしてしまいました。でも、そんなことある訳がありません。子供のように無邪気に信じたわたくし自身を笑う様に、そうお答えしたのです。
「冗談じゃないんだよ。祥子さん。」
ゆったりともたれかかる様に腰掛けていた姿勢をすっと・・・戻されます。
「僕に淋しい想いをさせたお仕置きをしなくちゃね。」
「えっ・・・お仕置き?」
高梨さんのひと言が・・・麗らかな桜の午後の彩りを一転させたのです。
「ああ お仕置きだよ。まずはこれからだ。」
高梨さんが差し出されたのは、綺麗な桜色の・・・大型犬用の首輪でした。
「これからあなたのお部屋へ?」
ここは春の日差しが降り注ぐ桜の庭園を望むカフェのテラス席です。
それぞれのテーブルが離れているとはいえ・・・まさかここで<お仕置き>をはじめるとは思えませんでした。
「いや、今日は祥子さんと桜を見る約束だからね。部屋には行かない。さ、ここで着けなさい。」
「・・・だめ」
周囲に人がいないとはいえ、眼前の庭園からこのテーブルはすぐに見つけられるのです。
「自分ではできないのかい?」
犬の首輪・・・そのものの意味する内容を知っている人なら・・・一目でわたくしのプライベートな秘密を知られてしまうアクセサリー。
「パリのフォーブル・サントノーレで見つけた。あまりに優しく儚い薄紅があの時の祥子さんのうなじを思い出させてね、思わず買ってしまった。」
わたくしが逆らえなくなる深くて甘い声が・・・まるで桜の香りのようにわたくしを酔わせるのです。
「着けなさい。」
「・・・ぃやぁ」
二人きりの夜の帳の下なら素直に従っていたかもしれません。でも、今は・・・ここは・・・。
「祥子」
ふるふるとわたくしは弱々しく首を横に振り続けたのです。
桜陰 2
わたくしが桜の庭園に着いたのはメールでお約束していたお時間の10分前でした。瀟酒なしだれ桜が見事なそのお庭は、そこに至るまでの通りでさえも幾本もの桜が配され、わたくしを迎え入れてくれました。
繰り返し目に入る薄紅色の花に、わたくしはそれだけで・・・桜酔いをしてしまったようです。噎せるような桜の香りに取り込まれて、もう逃げ場がないような・・・そのまま囚われてしまうことが最上の幸せなのだと囁かれているような・・・不思議な心地になっていたのです。
桜には、実は<匂い>などほとんどありません。
ごく一部に駿河台匂や有明のように香りを持つ品種もあるようですが、この庭園には見当たらないようでした。なのに爛漫と咲き誇るその艶やかな姿は、まるで圧倒的な香りを放っているかのような錯覚さえ覚えさせたのです。
高梨さんの姿を庭園を見渡すことの出来るカフェのオープンテラスに見つけた時には・・・わたくしは既に花に惑わされた後だったのです。
「お待たせしましたか?」
「おっ・・・ああ 祥子さん 久しぶり。」
テーブルにはブラックコーヒーを置いて、小説でしょうか、少し厚めの文庫本を膝に読みふけっていらしたようでした。わたくしに気づくと本を閉じて・・・目が優しく微笑まれるのです。
「お変わりないようですね」
最後にお逢いした時と変わらないお髭を蓄えた高梨さんの穏やかな風貌に、わたくしはほっといたしました。
「ま、座ってください。」
わたくしが椅子を引くと、サービスの男性が膝掛けを手にオーダーを取りにいらっしゃいました。
「ありがとう。この方と同じものをお願いします。」
日差しは暖かくても、空気の芯にはまだピンと張りつめた冷たいものが漂っておりました。
場の雰囲気を壊さないシックなタータンチェックの膝掛けを広げ、海外でのお仕事を終えていらした高梨さんと日本の桜の見事さを話すうちにコーヒーがサーブされたのです。
「祥子さんは時間には正確なんだね。ほら。」
高梨さんの腕に飾り気も無く巻かれているGショックは<14:02>と数字の羅列を刻んでいました。
「ここに着いたのは2時前だったんだろう。」
「かもしれませんね。」
お約束が出来ている限り、わたくしはお相手が遅れていらしても時間の都合がつく限りはお待ちすることにしてます。
だからといって、待たされるのが好きなわけではないのです。自らが不快に思うことは、他の方にはしない・・・その為に、どれほどアバウトなお約束であっても、約束したお時間にはその場に居る様に心がけていました。
「女性の5分の遅刻は当たり前だとずっと思っていたからね。ちょっとびっくりしたよ。」
「ふふふ 高梨さんは、女性が遅刻しても優しく待って差し上げるのね。」
「ああ そうだな。10分まではご愛嬌だと思っているしね。ヨーロッパのご夫人方もたいがいそんなものさ。」
わたくしがこの庭園に足を踏み入れたころからこちらにいらしたのなら、もう冷たくなりかけているに違いないコーヒーに手を伸ばします。
「約束は違えませんわ。」
「その言葉、この前も聞いた。祥子さんが約束を守る女性だっていうのは今日良くわかったよ。よく考えたら、待ち合わせをするのは初めてだったね。」
そう言われればそうでした。一度目も、二度目も・・・ほとんど偶然同じ場所に居合わせただけの関係だったのですから。
桜陰 1
from 高梨祥子さん お元気ですか
コレクションシーズンが終わって日本に戻って来ました。
祥子さんが好きだという桜を
いま部屋から眺めつつメールしてます。
どうですか。
この週末一緒に桜を楽しみませんか?
from 祥子
高梨様 おかえりなさいませ。
長い間お疲れさまでした。
久しぶりの日本で、桜に迎えられて
ほっとなさっているのではありませんか?
わたくしがお邪魔してもよろしいのでしょうか。
土曜日の午後2時ごろ。
雨が降っていなければ高梨様のお近くの
桜の庭園に伺うことにいたしますわ。
from 高梨
わかった。
あなたが来るまで桜でも見て
のんびりと待っているよ。
P.S.まだ外は寒いから、風邪を引く前に出来れば来てくれ。
ひんやりとした日が続いた3月。
なのにたった数日の暖かな空気が、例年よりも早く桜を開花させたようでした。
儚く切ない初恋の想い出に重なるからなのでしょうか。
わたくしは桜の季節にはほんの少し切ない想いにとらわれて、気持ちが不安定になってしまうのです。染井吉野から八重桜・しだれ桜が終わるまでの約一ヶ月の間は、そう・・・夢とうつつを行き来しているような・・・そんな心持ちになってしまうのが常でした。
桜の蕾が綻びはじめたその日、思わぬ方からのメールが届きました。
フォトグラファーの高梨さんでした。
年末に第九を聴きに行ったコンサートホールで再会し、その後の数日を彼の部屋でご一緒に過ごして以来です。
年が明けたらNYだと、あの時もお別れのシャンパンを空けながらそうおっしゃっていました。その後は、ミラノ・パリそして東京。
「SSコレクションならともかく、AWの時は寒くて敵わないよ。」
防寒機能の高いアウトドアウェアをご愛用なさっている方なのに、とわたくしが申しますと・・・寒いものは寒いのさ、そんな風に笑っていらっしゃったのです。
ファッションカメラマンとしてのお仕事を終えて、漸くお戻りになったのでしょう。
はじめてお逢いした美術館にも、わたくしはしばらく伺っておりませんでした。
高梨さんとご一緒してもいいし、お逢いしたあと立ち寄ってもいいわね・・・そんな風に思って、わたくしは土曜の午後にお約束をしたのでした。
その日はほんのりと日差しがあたたかく、薄紅の花びらがくっきりと青い空に浮かぶ麗らかな春の午後になりました。
珍しく前日までにお仕事が一段落したのです。
仕事を意識することのない少しカジュアルなスタイルで、自宅から待ち合わせの場所に向かいました。
襟元がVに開いたシルクニットのセーターとブラックデニムのフレアスカートの上に桜色のスプリングコートを羽織ました。足元はミドルヒールのバックストラップパンプスを、バッグは桜をジャガードで織り出した素材を使ったトートを組み合わせたのです。
インナーは桜色のオーガンジーが幾重にも重ねられたハーフカップブラと揃いのスリップとパンティ。同じ素材のガーターベルトにナチュラルストッキングを選びました。
年末の数日間・・・濃厚な二人きりの時間を過ごしたせいでしょうか。
高梨さんの何気ないお誘いからは、セクシュアルなニュアンスがあまりに感じられなかったのです。かえって親友を久しぶりにお茶に誘うような気軽ささえが漂っているようでした。
わたくしは、ふんわりと咲く桜を高梨さんと楽しむ為だけの気軽な装いを選んでいたのです。
閑話休題(インター・ミッション) 8
夏休みを前の連休の締めくくりは、素敵な連絡事項がございます。昨日からひっそりと、リンクには加えさせていただいたのですが、シフォンな手触り Rosegarden of Shouko という名のHPをmasterblue様が創ってくださいました。
masterblue様の中に展開されるもう一つの<淑やかな彩>だそうです。
その中ではもう1人の祥子さんが、masterblue様の描かれる男性の方達と様々な時間を過ごす事になるようです。
お気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、<淑やかな彩>の祥子はSyoukoですが、<シフォンな手触り>の祥子はShoukoなのです。
パラレルワールドのような・・・masterblue様が紡ぎ出す新しい世界を、どうぞお楽しみください。
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女性運転手 結城 7
「結城さんには、はしたないところばかりお見せしたみたいで、申し訳なくて。」
「いえ、それは祥子さんのせいじゃないです。気にしないでください。」
「もう、お逢い出来ないわね。」
お聞きした年齢は想像通りでした。
彼女の態度、彼女の表情・・・山崎さんを好きだと言っていたあの潔癖な視線はわたくしを許してはくれないかもしれません。
「結城くんもプロの運転手のはしくれです。帰り道に美貴や石塚さんとした話もきちんと聞いてましたから、誤解なんてしてません。」
別荘からの帰り道・・・この方達は彼女を前にどんなことをお話になったのでしょう。
「そんなに、結城くんのことを気にするなんて、祥子さんは女性にも興味があるんですか?」
悪戯めいた表情で山崎さんがわたくしを茶化すんです。
「そんなこと。」
「望月くんの例もありますからね。僕と石塚さんが知らないうちにいつの間にか仲よくなっていて妬けましたよ。」
「もう、そんなんじゃないです。いやだわ、山崎さんたら。」
わたくしは・・・思わず頬を染めてしまったのです。
あの帰り道、望月さんと二人きりで過ごした時間のことを思い出して。
「あんな素直で潔癖そうなお嬢さんだったから、どんな方なのか知りたかっただけです。可愛そうなことをしたわ。」
「祥子さんはやさしいですね。」
カウンターの上のテキーラはもう終わっていました。
思わぬ雨宿り・・・わたくしは、今夜は少し飲み過ぎているようです。
「お送りしますよ。それまで、なにか軽いものを。」
手を上げた山崎さんにマスターが応えられます。
「そうですね、ミントジュレップなどいかがですか。今夜は蒸す様ですから、さっぱりといたしますよ。」
「ええ、それを2つ。それからタクシーを呼んでください。」
「承知いたしました。」
「あの・・・。」
結城さんのお話をうかがったこんな夜。わたくしは山崎さんが望まれても肌を交わす気にはなれませんでした。
「心配しなくてもいいですよ、祥子さん。今夜はまっすぐにお送りします。僕もちょっと飲み過ぎたみたいです。せっかく逢えたのに、残念ですけれど。」
山崎さんは、紳士的な表情のままでそう仰って下さったのです。
「ありがとうございます。」
「いえ、祥子さんとお逢い出来ただけでうれしいですよ。そのかわり、今度は僕だけに祥子さんを招待する機会を作って下さい。ふたりきりで、どこか・・・のんびりしたところで過ごしましょう。」
「ええ、お時間が許せば。」
カウンターの上に置かれたわたくしの左手に重ねられた山崎さんの手のひらは、いつものように・・・すべらかでした。
社員の・・・とは言っても全員ではないが、秘書や運転手といった日頃心を砕いてくれるスタッフの誕生日には、ほんのわずかだがお祝いをすることにしている。
花を贈る事もあれば、好みのバッグやアクセサリーをプレゼントすることも、家族で夕食ができるようにレストランを予約しておくこともある。
去年の誕生日には、フォーミュラー日本の開幕戦のチケットをプレゼントした。
今年の結城くんの誕生日。正月のこともあったので少し奮発しようと、自宅へ帰る車の中で本人に聞いてみたのだ。
「今年の誕生日は、結城くんの好きなものをプレゼントしてあげるよ。何が欲しい?」
「何でもいいですか?」
深夜の都内の幹線道路をスムーズに大型車をパスしながら、彼女が言った。
「君には随分無理も言ってるからね。なんでもいいよ。」
何かを・・・考えているように彼女からは返事がない。
「よく、考えたらいい、決めたら教えてくれ。」
「あの・・・」
自宅マンションの車寄せに着いた。いつもなら、そのままドアを開けて見送ってくれる彼女が、フロントガラスを見つめたままで想い定めたように口を開いた。
「ん?決めたのかい。」
「わたしを抱いてくれませんか。・・・女に・・・してください。」
いつも小気味良く話す彼女の声とは思えないほど、小さく震えた声だった。
「だいて・・・ください。」
「結城くん。このことは聞かなかったことにするよ。君は大事な社員で優秀な運転手だ。わかるね。プレゼントは私が選んで届けよう。」
リアシートのドアを開けた。
「明日の朝もいつもの時間だ。よろしく頼む。」
「失礼します。」
振り返ることなく、車を降りドアを閉めた。
結城くんが私をこんな風に思っているとは、想像もできなかった。
これ以上彼女の気持ちを動揺させるわけにはいかない、明日からは今まで以上に上司として結城くんに接することにしよう。
いつか、彼女に相応しい優しい恋人が現れればすぐに忘れてしまうだろうからな。
恥ずかしかった。あんなこと言わなきゃよかった。
でも、あの「祥子さん」に負けたくなかった。
専務があの人に本気なのは、お正月の帰りの車の会話でも、あの後何度もお送りした美貴様や石塚様とのお話でもわかっていた。
あんなこと・・・少なくとも石塚様ともいやらしいことを平気でするような女なのに。
それでも、専務は「祥子さん」しか見えてないんだ。
前はときどき銀座のママを一緒に送ったこともあるけど、ある時からぱったりそういうことをしなくなった。あれも、きっと「祥子さん」が原因なんだ。
どうしよう。明日・・・。
でも、大事な社員だって・・・優秀な運転手だって言ってくれた。入社してからずっと困った時に助けてくれた専務の期待には応えなきゃ。
朝、私を迎えにきた結城くんは赤い目をしていた。
昨夜は眠れなかったのかもしれない。
今日は幸い終日本社で業務の予定だった。帰りは美貴と約束をしているから、望月くんが来てくれることになっている。彼女のことは早く帰してやろう。
私は昼に、結城くんへのプレゼントを買うとカードをつけて秘書に託した。
TOD'sのネイビーのドライビングシューズは彼女にきっと似合うだろう。
「お誕生日おめでとう。この一年、元気でがんばってください。 山崎」
女性運転手 結城 6
結城くんはショップではなかなか上手くやっていたようだ。本社勤務の時は私服のままだったから、化粧っ気もなくいつもジーンズとシャツばかりだった。ショップで制服がわりに稼ぎ頭のブランドの服を着て、先輩の女子社員に言われて口紅くらいは引く様になって少しは女の子らしくなってた。
だが、百貨店部の懇親会で箱根へ社員旅行に行った時、プライベートの結城くんは少し元気がないように見えた。
入社して間もなくのころに先輩とのことで苦労したせいもあって、表面上は卒なく回りの人間と会話をこなしている。が、1人になったときふぅぅっ・・っとため息を吐いた背中が小さく見えて可愛そうになった。
本社に居た時、CADに向かった彼女は何時間でも疲れ知らずにパターン・メイクに取り組んでいたという。それが、一転して人との接触の多いショップ勤務だ。人と付き合うことがあまり得意でないタイプなら、それなりに大変なこともあるのだろう。
彼女に話しかけようと思っても、夜のパーティではあちこちの店舗のショップマスターに囲まれてチャンスを逸していた。
翌日は、百貨店部の有志でゴルフをする予定だった。3台の車に分乗していくうちの1台を結城くんが運転するとわかったのは、幹事が回してくれた翌日のメンバー表からだった。
翌朝、私は彼女の運転する車に乗った。百貨店部長とメンズのショップマスターが同乗した。
履歴書を見た時、結城くんが運転が好きなのだろうということぐらいはわかっていたつもりだった。が、彼女の運転技術は予想を超えていた。静かで穏やかで・・・早い。的確な操作技術を見せつけられたのだ。
結城くんはゴルフはしないらしい。車雑誌を手に、クラブハウスで待っているという彼女に昼食の前にようやく声を掛ける事ができた。申し訳ないね、退屈だろう・・・と。
「いいえ、思い切り運転出来て楽しいです。なんだか、わたし人付き合いがへたみたいで・・・。今日は景色のいいところでのんびりできてほっとしてます。」
それが結城くんの答えだった。
「そう、それで結城さんは山崎さんの専属ドライバーになってくださったのね。」
オレンジ色の香り高いマンゴーはイメージしていた以上にテキーラにぴったりでした。山崎さんも気に入ったのでしょう。次のひとかけらをフォークに刺していたのです。
「ええ、転属して1年半。ドライバーとしてよくやってくれますよ。」
「お正月休みまで付き合わせてしまって。」
あの石塚さんの雪の別荘までのドライブ。どれほど素敵なホテルだとはいえ、予定よりも1日多く一人きりで過ごさなければいけなかったお正月休み。
なのに、何も言わないで・・・山崎さんに従ったのだもの。
わたくしと彼女が顔を合わせたのは、別荘に着く前の道の駅の駐車場が最後でした。
別荘に着くなり望月さんに抱えられ・・・帰りは皆さんに見送られて望月さんの運転するセルシオで一足先に別荘を出たのですから。
はしたない声を・・・山崎さんと石塚さんとの行為を・・・年若い彼女に知られて、わたくしは結城さんの眼を直視することなど出来なくなっていました。
あの潔癖さなら、わたくしのことをなんて淫らな女なのだと思っていたことでしょう。
専務から元旦に休日出勤をしてくれないかって頼まれたとき、お休みまで一緒に過ごせると思ってとってもうれしかった。
どなたがご一緒なのですか?って聞いたときも、いつもの仲間だよ、って仰って。美貴様と石塚様のことは以前に何度か社用車でお送りしたこともあったから、あの方たちならきっと楽しいドライブができるとわくわくした。
なのに、指定されたホテルで出てきたのは、背の高い毛皮の似合うきれいな大人の女の人だった。「祥子さん」と、専務が会社の誰も聞いた事がないような甘い声で呼ぶ人。石塚様とも親しいみたい。
とっても感じのいい笑顔で「よろしくお願いします。」って挨拶されたけど、隣によりそっている専務を見るとぶっきらぼうにしか返事ができなかった。
車はレンジローバー。お金をかけた改造がしてあった。内装もだったけど、タイヤも足回りも、エンジン出力もなかなかだった。寒冷地仕様だったし、よっぽどじゃなければチェーンなんてなくても、あの別荘まで走り抜けそう。ETCも設定済みだった。
専務は当然のような顔をして、「祥子さん」と二人でリアシートに座る。
石塚様もリアに行きたそうにされていた。
その理由は、嵐山のパーキングエリアで石塚様から言われた言葉でなんとなくわかった。
「結城さん、道は大丈夫だね。途中、甘楽でもう一回休憩して碓氷軽井沢で降りてくれ。それから、ここのカーテンを閉めたらリアシートで起きていることは気にするんじゃない。その場で忘れてくれ。一切口外無用だ。いいね。」
石塚様は運転席の後にあるカーテンを指差す。本来は絶対に運転中に閉めちゃいけないカーテン。それを、閉めて走れということらしい。
こんな風に念を押す以上・・・専務もご存知だということだろう。
専務がおっしゃることなら、従うだけ。
でも、あんまりだった。
わたしはまだバージンだったから、後で起きていることがどんなことかなんてわからない事もあった。ただ・・・凄く淫らでいやらしいことが、専務と石塚様と「祥子さん」の3人でされていることくらいはわかる。
3人とも声を顰めてはいるけど、その分時折上がる喘ぎや、石塚様の命令口調、専務の愛語が・・・。耳を塞ぎたくて、でも運転しなくちゃいけないからJAZZのCDを大きく掛けて聞こえないようにした。
別荘にいくにつれて、いやらしくなってゆく様子になんど「やめて!!」と声を上げたくなっただろう。
「結城くん、疲れていてわるいが君は万座プリンスに部屋をとってあるからそちらに行っていてくれないか。明日帰る予定だけど、時間はまだ決まってないからホテルに電話をするよ。スキーをしてもいいし、どのレストランで食事をしてもいい。贅沢できままなお正月を過ごしておいで。これは、お年玉だよ。気持ちだけだけどね。」
別荘でエンジンを止めて車を降りようとしたら、専務はわたしの膝に小さな包みを置いてそう言った。
皆さんが過ごすための別荘に、わたしは一歩も入る事さえゆるされないのだ。
「わかりました。ご連絡お待ちしています。」
それだけ言って、レンジローバーを出した。
ホテルの部屋は贅沢なダブルルームだった。
1人部屋で専務のくださった包みを開けたら、ガラスの犬の親子の人形が出てきた。
専務・・・わたしのことはあなたには一人前の女に見えてないんですか。
女性運転手 結城 5
「たまには、店長のところにも顔を出さないとね。このショップは稼ぎ頭だから、営業的にもプッシュするからがんばってください。」「ありがとうございます。ショップマスターは今日は遅番なので、専務がいらしたと伝えておきます。」
「よろしく伝えてください。ところで、結城くんは売場は初めてだろう。どうですか?」
いつも会釈するばかりだった。挨拶して、がんばってるねって声を書けられるだけで嬉しかった。イケメンの専務が、わたしの名前を覚えていてくれたなんて。
「あの・・まだなにもわからないんです。先輩にご迷惑かけないようにがんばります。」
声が震えてたかもしれない。ちゃんと話さなきゃって思うだけあがってしまう。
「いつもエレベーターホールで挨拶してくれた、あの爽やかさでがんばればいいと思うよ。もっと肩の力を抜いてごらん。」
こんなに優しい声だったかしら、専務って。
「はい、ありがとうございます。」
「それじゃ、行くね。今日も一日がんばってください。」
「はい。ありがとうございました。」「ありがとうございました。」
先輩と並んで、店長室のある7階に向かう山崎専務に頭を下げた。
「専務がもう少し若かったら、ばっちりタイプなんだけどなぁ。」
今日入荷したばかりのカットソーをたたみながら、先輩がぽつりと言う。
「えっ、タイプって。」
「山崎一族の出身で次のうちの社長候補でしょう。優しいし、センスがいいし、イケメンで独身でお金持ち。背も高いし。40代前半だっていったかなぁ。さすがに恋愛対象にはならないしね。」
まぁ、良く出てくるなぁと思うくらい山崎専務のことをいろいろと並べ立てる。
えっ・・・独身。
「それって、玉の輿狙いですか?先輩。」
「だからぁ、年が離れすぎてるからだめだけど、結構憧れてる独身の先輩社員って多いのよ、山崎専務。百貨店部にファンクラブもあるんだから。」
「え・えぇっ・・・」
「結城さんからみたら、ただのおじさんかもねぇ。今年21だっけ?」
「そうです。」
「20歳以上年上だもんね。ん・・・世代の差をかんじるなぁ。」
今年26歳だっていう先輩が、愚痴る。
「あんまり先輩たちの前で、専務のことおじさんとか言っちゃだめだよ。怒られちゃうからね。」
「気をつけます。」
おじさんなんて思わない。本社ですれ違うときも、山崎専務だけはいつもドキドキしてた。挨拶の声がうわずったら恥ずかしいっていつも思ってた。
売場に移りなさいって言われて、ちょっとだけ躊躇ったのはもう専務の姿を見れないかもしれなかったから。偶然かもしれないけど、こんな風に店舗に来る事もあるんだ。
名前も憶えていてくれたし、沢山話せたし・・・・独身だってことも初めてわかった。左手の薬指に指輪をしてないけど、いまは結婚してる男の人でもそういう人は多いし。
わたしみたいな女の子のことなんて本気になってくれないだろうけど、好きになっても・・・いいよね。
「しばらくはそうして売場で頑張ってたんですよ、結城くんは。」
カラン・・・ 山崎さんのグラスも空いたようです。わたくしもゆっくり溶け出した氷で丸くなったボウモアを、とろとろと舌の上で楽しんでいました。
「次はなにに致しましょうか?」
話し込んでいるわたくしたちに遠慮をしてでしょうか。カウンターの少し離れたところに居たマスターがわたくしのグラスが空いたのを合図にでもしたように近づいてらっしゃいました。
「祥子さんは何にしますか?」
まだしばらくお話は続きそうです。
結城さんという女性のことは、わたくしの興味を引き続けていたのです。
「なにか、おすすめはありますか?」
「そうですね。テキーラはお召し上がりになりますか?ゆっくりお楽しみいただくのなら、よろしければカサノブレ レポサードが手に入りましたのでお出しいたしますが。」
コバルトブルーの手作りの味がある美しいボトルをカウンターに置かれたのです。
「口切りですか?」
山崎さんもこのお酒ははじめてなのでしょうか。まだ一度も開けられてはいないボトルの丸い蓋に興味をそそられたようでした。
「はい、昨日手に入れたばかりなんです。宮崎産のアップルマンゴーがご用意できますから、ご一緒に召し上がられてはいかがですか。」
「美味しそうですね。僕はそれで。祥子さんはどうしますか?」
「わたくしも山崎さんと同じものを。」
承知いたしました、マスターはソムリエナイフでボトルの蓋を開けると2つのショットグラスに薄く色づいたテキーラを注いだのです。
「専務、申し訳ありません。実は人選が遅れておりまして、後任の運転手がまだ決まっておりません。」
秘書課長がそう言って私のデスクに来たのは一昨日のことだった。
常務以上の取締役には、専用の社用車と専任の運転手がつく。運転手は秘書課の所属だった。
私の社用車を運転してくれていたのは、子供時代から気心の知れた父の元部下だというドライバーだっ。その彼もあと二ヶ月で定年する。落ち着いた運転技術が信頼できたし、口も堅い、老練なタイプの運転手だった。
「佐藤さんはいつから有休消化にはいる予定なんですか?」
「はい、来月の20日からと言ってましたが、後任が決まってないならぎりぎりまで出勤するとは言ってくれています。」
「そうですか。佐藤さんはずっと頑張ってくれましたから、できれば有休くらいきちんと消化させてあげたいですね。」
「私もそうは思っているのですが。」
「心当たりがないわけじゃ、ないんだけどね。」
「専務にお心当たりがあるのですか。誰でしょうか。」
「百貨店部の結城くんという入社2年目の女性なんだ。」
「結城さんですか。」
秘書課長はまったくわからないらしい。まぁ、社員が5000人からいれば無理はないだろう。
「入社2年目というと、24歳ですか? そんな若い女性に勤まりますか?」
「いや、22かな。この間、百貨店部の懇親会でゴルフ場まで運転してもらったんだが、なかなかの腕だったよ。真面目そうだし、口も堅そうだしね。」
「はぁ。専務がよろしいのでしたら、人事部長に話してみますが。」
「打診してみてもらえないか。だめなら、また別の人を探さないといけないけどね。」
「はい、わかりました。失礼いたします。」
女性運転手 結城 4
「せめて、わたしに直に文句でも付けてくれたら良かったんだけど、とにかくわたしの前ではみんな結城さんには優しいのよ。でも、いなくなると随分な意地悪をしているらしいわ。」目の前の白ワインを一気に明けた。
「仕事を任せた最初のころは、ただの緊張と責任感からいっぱいいっぱいになっていただけだと思う。でも、いまは違う。結城さんもああいうコだから、わたしにも言ってこないのよ。精一杯耐えて、なんとか認めてもらおうと努力してる。でも、あのコを見るとそろそろ限界かもって気がするわ。わたしのやり方が間違っていたのかもしれない。」
「そんなに、自分を責めることはない。こう言うときはチーフが間に入ったってこじれるだけだからね。」
感情に走った女性を理詰めで追いつめても、そのしわ寄せが余計に弱いものへ響くだけだ。
「来シーズン、結城くんが欠けてもなんとかなるか?」
「正直、手放すのは惜しいわ。でも、このままだと辞めるって言い出しそうな気がする。専務、どこか転属先に心当たりがありますか?」
「販売だがね、ショップで一人他社に引き抜かれて手薄になっている店がある。そこなら、1週間以内なら押し込めるだろう。君のブランドのショップだ。販売の現場を勉強してもらうという名目で、どうだろう。」
「ありがとうございます。早速明日話してみます。」
苦労人らしいチーフ・デザイナーの表情が和む。
幾多の女性同士のバトルを勝ち抜いて来た彼女だからこそ、心を痛めていたのだろう。
「百貨店部長に明日朝一で指示しておくから、午前中に連絡が行くと思う。よろしく頼みます。」
「そんなふうに、新入社員の自分を気に留めてくれるトップがいるって、結城さんは幸せですわね。」
「いえ、本当は全員にそう気配りできればいいんですけどね。たまたま、担当している部門のそれも技術系の新人だったから記憶に残っていただけです。いまは、デザイナー志望は多いですが、最初からパタンナーを志望してくる子は少ないですからね。」
目の前のグラスのウイスキーは半分ほどに減っていました。
「少し、いかがですか?」
マスターが差し出したのは、フィッシュ&チップスでした。ディルの入ったタルタルソースまで添えられていたのです。
「ありがとうございます。」
「このお時間ですから、お食事はまだでしょう。身体のためにもぜひ召し上がってください。ドーバー・ソールといきたいところですが、舌平目のフライです。」
二人の手元には、フォークとおしぼりと・・・それからチェイサーを用意してくださいました。
「海の香りのお酒に、フィッシュ&チップス。美味しそうですね。」
山崎さんはさっそく揚げたてのフライに手を出されたのです。
「はふ・はふ・・ん、いい塩味です。祥子さんもいかがですか?」
「ええ、いただきます。」
どうぞ、ごゆっくり マスターの言葉と同時にわたくしの口の中には磯の香りが広がりました。
「ふふ、おいしい。」
「祥子さんは本当に美味しそうに召し上がりますね。お酒もお料理も、祥子さんに味わってもらえるなら本望でしょう。」
「いやですわ、山崎さん。まるでわたくしがくいしんぼうみたいじゃないですか。」
ははは、失敬 ソフトな声はわたくしの気持ちをほんわりと暖かくしてくださるのです。
結城さんも・・・同じだったのかしら。
チーフ・デザイナーからショップへの転属を言われた時は、ちょっとショックだった。
でも、針の筵みたいな毎日を思うと、おなじくらいほっとしたのも事実。
せっかく身につけたCADを生かせないのは残念だけど、所詮ここに居ても快くCADを触らせてはもらえないんだから、それなら一緒だと思ったから。
よく考えたら<売場>のことなんて、あまり意識したことがなかった。学校でもパターンを引く事にしか興味がなかったし。どちらかといえば、パターンを引くのって、エンジンのレストアみたいな感覚で楽しめたからだけど。
「これも勉強だと思って、がんばってね。あなたとはまた一緒に仕事がしたいわ。」
はじめて転属の話を聞かされて3日目。そう言って握手をしてくださったデザイナーに挨拶をして、午後から売場に顔を出した。
あんまり、婦人服を買いに行った事もなかったから、ショップの中のいろんなことや、百貨店の入退店のルールや、5大用語とか、シフトとか・・・もう頭はごちゃごちゃ。
明日からは開店前の9:30から6:00までの早出をしてね、と穏やかな雰囲気のショップマスターから言われて、明日からこれが制服だからと店頭にある洋服から一揃いをわたされたり。(もう一セットは本社に申請して手に入れるから、しばらくはこれでねと、マスターは言ってくれた。)
ゆっくりとショップにいらして商品を見るお客様に、いらっしゃいませ、と声をかけるだけでどきどきした。
峠を100キロで下って来てもぜんぜん平気なのに・・・。
翌日の開店時間。ショップのスタッフは通路に出て入店されるお客様全てに、いらっしゃいませ と挨拶をすることになっていると朝になって言われた。
先輩の隣で、慣れないブランドのスーツを着て頭を下げるわたしの頭の上から聞き覚えのある声がした。
「がんばってるね。なかなか様になってるじゃないか。」
「専務、おはようございます。珍しいですね、こんなお時間に。」
「おはようございます。」
先輩は明るく答えている。わたしも慌てて挨拶をした。
女性運転手 結城 3
「お先に失礼します。」
ぴょこん、といった感じに頭を下げて私の前を歩いていったのは今年の新入社員の・・・なんといったかな・・あぁ、結城くんだ。
アパレルに入社する専門学校出の女の子にしては飾り気はないが、彼女の清々しい態度には好感が持てた。
たしか、いま百貨店部で一番力を入れているブランドに配属したと人事部長が言っていた。なかなかセンスがいい、いち早く戦力として活用するにはあそこが一番でしょう、そうブランドデザイナーも太鼓判を押したらしい。
アパレルに就職する。
一見華やかに見えるが、実は地味で濃やかな神経と、根気とセンスが必要な、神経の参る職場でもある。数ミリのパターン上のラインの違いが、売れ行きを左右することさえある。
私自身にはものづくりのセンスはなかったから、父の意向もあってずっと営業畑でやってきた。が、優秀なデザイナーと同じくらい、優秀なパタンナーはなによりも代え難い会社の宝だということは、経営陣に加わったいま何よりも実感していた。
彼女があの素直さのままに育ってくれたら、とすっと伸びた細い脚をまっすぐに出して歩いてゆく後姿を見送った。
その彼女の表情が、少しずつ堅くなってきたのは、入社3ヶ月を過ぎたころだろうか。SSシーズンのマスター・パターンをどのブランドでも起こしはじめる時期だった。
エレベーターや、彼女のブランドのあるフロアですれ違うと必ず微笑んで挨拶をしてくれていた子だったのに、全く笑顔を見せなくなってきた。俯いたまま、気付かずに私の前を通り過ぎたこともある。
生産部門の新入社員のことだ。越権行為であることを承知で、私はとうとうブランドのチーフ・デザイナーをランチに誘ったのだ。
「山崎専務がお昼に誘ってくださるなんて、珍しいですね。どうした風の吹き回しですか?」
ストイックな黒の装いが、チーフ・デザイナーの彼女にはぴったり似合っていた。胸のペンダントは・・・翡翠らしい。
「そんな風に言われるとは心外だなぁ。そんなに久しぶりでしたか、お食事をご一緒するのは。」
「ええ。専務になられて間がないのですから、お忙しいのはわかってますがたまにはこうしてご一緒してくださいな。」
「ははは、心がけておきましょう。」
私はどちらかといえば現場派だったから、百貨店部長をしているときはときどきブランドのデザイナーやパタンナーたちと飲みにも行っていた。いいものを彼女たちに創ってもらうのが、成績を上げる最短距離だったからだ。
目の前の彼女は、うちの叩き上げだ。私が平の営業マン、彼女がアシスタント・デザイナーの時代から気さくに声を掛け合ってきた仲だった。
「それで、何が聞きたいの?」
ずばっと切り込むのも、彼女らしい。私も率直に聞く事にした。
「新入社員の結城くん。なにかあったのか?」
彼女の表情が一瞬引き締まった。やはり・・・なにかあったらしい。
「山崎さんの眼にもわかりましたか。」
「いや、ちょっと気になってね。」
「実は・・・・」
チーフ・デザイナーが話してくれたのは、うちの職場ではありがちなことだった。
結城くんが配属されたブランドのパターンルームも、5名いる先輩パタンナーは全て女性だった。なにせ一番売れているブランドだから、展開アイテム数も多い。当然全員が忙しく、猫の手も借りたいほどだった。
そんな部門にきた新人は仕事の勘も良く、先輩たちに可愛がられていたらしい。
「でもね、そんなことばかりさせるにはもったいなかったのよ、結城さんのセンスはね。」
うちは実力主義だ。どの部門もどの職種も能力があるとわかれば、入社年次に関係なく仕事はさせる。猫の手でも借りたいと思ったチーフ・デザイナーは、異例とは承知の上で来春の新商品のうち、5アイテムのマスター・パターンを彼女に引かせることにしたという。
「よかったわよ、彼女の仕事。天性のセンスを感じたわ。それに新人だから、指摘したことも素直に直すでしょう。幾度かだめだしをするうちには、自分の実績を信じてなかなか出来上がったパターンに手を加えないベテラン・パタンナーのものより格段に完成度の高いパターンを引ける様になったのよ。」
そのブランドでは入社して半年はまずCADに触る事もできない、のが普通だった。
結城くんも最初の1月はほとんどそんな状態だったらしい。
たまたま、先輩社員の一人がインフルエンザと酷い花粉症でダウンし、どうしても急いで直さなければならないパターンが出たのがきっかけだった。今日中に出荷しなくては工場のラインにのせられない。先輩パタンナーが全員帰ってしまったあとで、彼女はチーフデザイナーの目の前で、その能力を披瀝することになった。
ただ、一度の偶然の出来事が結城くんにチャンスを与え、彼女はモノにしたわけだ。
「そのうえね、彼女の引いたパターンのアイテムの発注数が図抜けていたのよ。デザインをし、サンプルを作った商品が全部店頭に並ぶ訳じゃないのは、山崎専務ならよくご存知でしょう。」
「ああ、各百貨店のショップマスターやバイヤーの意向もあるからね。」
「スーツみたいな定番のものは、もうラインの説明なんかする必要も無いベテランがいるから彼女にはさせなかったの。引かせたのは、ワンピースばかり5点。いつものシーズンなら2・3点が残ればいいところなんだけど、なんと5点とも発注が付いてしまったわけ。」
「そうか・・・。」
チーフ・デザイナーとしても、百貨店部を統括する私の身にしてもそれは褒められこそすれ、何の問題もないことだった。それほどのセンスがあるのなら、来期はもっと沢山結城くんに仕事を任せたいと考えるのが普通だろう。
「でもね、それが先輩のパタンナー達には面白くなかったのでしょうね。ただでさえ、普通なら使い走りしかさせない時期にCADは与えるは、マスター・パターンを引かせるわ。あげくの果ては、いつも自分たちが手掛けても半分も残らないワンピースが全アイテム発注されるわ。で、なんで・・・と彼女を問いつめたそうよ。」
結城くんは素直に初めてCADを触った経緯から、全て問いつめるままに話したらしい。それを聞いた先輩達は、チーフ・デザイナーの依怙贔屓と、先輩デザイナーの仕事を横取りした新人だと・・・結城くんのことを決めつけたそうだ。
女性運転手 結城 2
わたくしが、結城さんという、どちらかと言えば小柄でボーイッシュな女性に出逢ったのは、元旦の朝、ホテルのエクゼクティブ・ルームの扉の前でした。
山崎さんの社用車のベンツを運転する方だと聞かされていましたから、てっきり望月さんのような男性だと思っていたのです。なのに、そこに立っていたのは20代前半の仔鹿のようなお嬢さんでした。
意外だと思ったのは、わたくしだけではなかったようです。
「おはようございます。結城と申します、よろしくお願いいたします。」
彼女はわたくしを一瞥すると、ピクリと右の眉を上げて堅い声で挨拶をされたのです。
「時間通りだね。休日出勤で申し訳ないがよろしく頼みます。」
山崎さんが優しく声を掛ける時だけ、彼女の表情が年相応の女の子らしい可愛さに和みます。
あら、結城さんは山崎さんが好きなのね、とわたくしはピンと来たのです。その<好き>がどんな種類のものなのか、わたくしは計りかねておりました。
少なくとも上司として、信頼しどんなことをしても着いてゆくことを厭わない・・・そんな尊敬だけはストレートに感じ取れたのです。
わたくしは、そんな彼女を運転手に指名した石塚さんと山崎さんに安心していたのです。まさか、うぶな彼女の前で・・・わたくしとの淫らな遊戯に耽るようなことはしないだろう・・・と。
でもその希望は、関越自動車道に乗ると間もなく打ち砕かれてしまったのです。
「結城くんは、25歳になったところです。」
あの方はおいくつなんですか?そう聞いたわたくしに、山崎さんはそう教えてくださったのです。
「そうなのですか。もっとお若いのかと最初は思いました。でも運転の技術を見る限りではそんなに・・・とも思いましたし、ましてや山崎さんのドライバーをなさっているのですから。」
「たしかに、社用車の専属ドライバーで、女性の25歳というのは珍しいでしょうね。」
「ええ。」
「彼女は変わった経歴の持ち主なんですよ。」
雇用主として・・・社用車の中で時折二人きりの時間を持つ上司と部下として、知りうることを・・・少しずつですが山崎さんは話しはじめてくれました。
結城くんは、長野県茅野市の出身なんです。
お父様がアルピコハイランドバスで観光バスの運転手をしていたことから、女の子でしたが車や運転に小さい頃から興味があったそうです。
実家が山を持っていたらしくて、父親の手ほどきで私有地では14・5歳のころから随分車を乗り回していたと言ってましたね。
4月生まれだったからと、高校3年の時には免許を取得し早速手に入れたワゴンRをチューンナップしては、夜は門限があるからと苦手な早起きをしてまで毎日乗り回していたそうです。茅野は長野でも南の方になりますから、雪も重いですし根雪にもなりやすい。そんな土地で、実質4年以上運転をしていたのですから腕も磨かれたのでしょう。
うちにはドライバーで入社したのかって?
いいえ、彼女はパタンナーとして最初は採用されたんですよ。
結城くんは長女でしたが、実家には年の離れた弟がいるそうです。田舎のことですから、家は長男が継ぐ。女の子は早くに結婚をするか、いずれ独立して生活できるようにと手に職をつけるようにと両親からは常々言われていたそうです。
アーティスティックなことが好きで、感覚に優れていて、メカに強い。
不況だから普通のOLになっても将来が見えないし、だったらCADオペレーターなんかどうだと高校の担任に勧められたと言っていました。
CADと一口に言ってもいろいろあります。
結城くんはその中でも、女性としては一番取り組みやすいパタンナーへの道を選んで、高校卒業後、文化服装学院のファッション工科専門課程へ進んだそうです。
履歴書を見ても、学校の成績の優秀さは群を抜いていましたね。
人事担当者によれば、CADとパターンメイキングのセンスはキラリと光るものがあると、文化の先生も褒めていたようです。
そうそう、履歴書を見ていて印象的だったのはアルバイトの経歴について書いてあった部分です。
普通は、ファッション系の専門学校生の子はショップの販売員とか飲食サービスなどのこうお洒落なアルバイトをしたがるものです。もちろん、そういった場所で感覚を磨くことも大事な勉強の一つなんです。
なのに、彼女が文化に通っていた3年の間にしていたアルバイトは「宅配便」だったんですよ。実家に帰ったときは当然のように車を乗り回していたのでしょうが、よっぽど車好きだったのでしょうね。あれには、驚きました。
「本当に運転がお上手でしたもの。」
わたくしも、彼女ほどではありませんが運転はします。車のことも、乗っている人のこともきちんと考えて、なお走る事を楽しめる・・・彼女のドライビング・テクニックには卓越したものがあったのです。
「次のお酒はいかがなさいますか?」
雨が小降りになったのでしょうか。店内のボックス席は2組のお客様で埋まっていました。カウンターのバーテンも、はじめてここに伺った時の男性の方・・・この店のマスターに変わっておりました。
「今夜はオンザロックのウイスキーをいただこうかしら。なにかおすすめはありますか?」
「そうですね。シングルモルトがよろしければ、ボウモアなどいかがでしょう。」
そう言ってカウンターに出されたのは18年ものの限定ボトルでした。
「こんな雨の夜にはいいかもしれないですね。お願いします。」
「それじゃ、僕も同じのを。」
山崎さんのグラスもとうに空いていたのです。
「かしこまりました。」
二人の前に、まぁるい氷を浮かべたバカラのロックグラスが並ぶまでさほどの時間は掛かりませんでした。
その間、仲の良い3人が揃ってマッカラン好きになったことをマスターにからかわれて、山崎さんは照れ笑いをその頬に浮かべていたのです。
「学生とはいえ、そんなに優秀だったのに結城さんはどうしてパタンナーを辞めてしまったのかしら?」
カラン・・・ わたくしの疑問に山崎さんはグラスを回しながらゆっくり答えてくださったのです。
女性運転手 結城 1
突然の雷雨がオフィス街を襲った夕刻、わたくしはクライアントのオフィスを出たばかりでした。美貴さんがオーナーをなさっているバーまではほんの少し。傘も持たず、A3のブリーフケースとバッグを手にした白のワンピース姿だったのです。ほんの少し雨宿りをさせていただこう・・・と、心を決めて地下へのドアへ向かったのです。
激しく上がる雨の跳ね返りは華奢なパンプスの足首に幾つもの雨痕をつけました。
「いらっしゃいませ。あら、酷い降りなのですね。」
急な階段を降りて行ったわたくしを見て、小柄な女性のバーテンダーが真っ白なタオルを差し出してくださったのです。
「ごめんなさい、まだ準備中のお時間だったかしら。」
髪に・・ワンピースのスカートにそっと寄り添うような水滴を、お言葉に甘えて拭わせていただいたのです。
「いいえ。こちらにどうぞ。」
大振りな書類ケースとタオルを受け取ると、バーテンダーさんはカウンターの一番奥の席の椅子を引いてくださったのです。
「いつものシャンパンでよろしいですか?」
「ええ。」
このバーテンダーさんとお逢いしたのは、昨年の秋以来のことです。
なのに、昨日伺ったばかりのような接客をしてくださるのは、オーナーとそのご友人のせいなのでしょう。
「いかがですか?」
差し出されたシャンパンは、いつものフルートではなくカクテルグラスに注がれていました。そしてその中央には、美しく色づいた佐藤錦が添えられていたのです。
「あら、すてきね」
「春の苺と違って香りを添えるというわけではないのですが、初夏のこの時期ならではの彩りですからどうぞ眼でお楽しみください。」
「いただきます。」
わたくしの好きなドライなマムが、湿度の高い雷雨の前の空気の気配をすっきりと拭ってくれたのです。
「失礼いたします。」
ドライフルーツをいくつか盛り合わせた小皿をカウンターに出すと、バーテンダーの女性はバックヤードに下がって行ったのです。
キュートなショートヘア、きびきびとした身のこなし、小柄な身体、きりっとしたパンツルック。少年のような透明感のある声。
彼女の姿は、やはり一度だけお逢いしたことがある女性のことを思い起こさせたのです。
クラシックの流れる店内は、はじめて訪れた時と同じ重厚で居心地のよい大人の空間のままでした。雨に濡れたわたくしを気遣ってでしょうか、あまり冷やしすぎないエアコンの空調も心地よかったのです。
雷雨が、このバーを別の空間に運んでいったかのように、わたくしがシャンパンを飲み干すころになってもどなたもお客様はお越しになりませんでした。
ぱたっ・・・ 階段の上の厚いドアが優しく閉じられる音と、革靴の音が聞こえてきました。
「おひさしぶりです。祥子さん。」
優しく穏やかな声は、山崎さんだったのです。
「同じものを。」
店内に戻ってきた女性バーテンダーに、空になっているカウンターの上のグラスを目で示してオーダーをすると、わたくしの左隣にお掛けになったのです。
「ご無沙汰しております。お元気でしたか?」
1月に石塚さんの別荘でお別れして以来でした。春先には、ウエディング・コレクションのブランドも大きな成功をおさめたと、経済誌には書き立てられていらっしゃいました。
「ええ、相変わらずです。祥子さんもお変わりなく。雨に濡れた姿も、いつになく素敵ですね。」
最後の一言は、軽く腰を浮かせてわたくしの耳元で囁くのです。
山崎さんのすべすべとした手のひらの感触を・・・ふいに思い出してしまいました。
「おなじものでよろしかったでしょうか。」
バーテンダーの女性は、わたくしの前には先ほどと同じさくらんぼ入りのシャンパンを、山崎さんにはフルートグラス入りのものを並べました。
「夕立に、乾杯」
軽く目の高さにグラスを上げて、わたくしは2杯目のシャンパンを口にしたのです。
今度のグラスは・・・マムではなく、ドンペリニヨンのようでした。
「他の方達は?」
このバーにわたくしが伺った事は、美貴さんや石塚さんにもとうに連絡がついていることでしょう。
「今日は美貴と石塚さんは京都にいるそうです。祥子さんがいらしたと聞いて、ふたりとも悔しがっていましたよ。上七軒の名妓を侍らせているところだったようですけどね。」
「ふふふ、相変わらずですのね。」
「そんなわけで、今夜は僕が祥子さんを独り占めする栄誉を手に入れたわけです。」
芝居がかった口調すら、おっとりと上品な山崎さんにはお似合いでした。
「お忙しいのに、駆けつけてくださったのでしょう。申し訳ありませんでした。」
「いえいえ、今日は夜の予定もありませんでしたからね。たまには、結城くんのことも早く帰してやりたかったので、好都合でしたよ。」
そう・・・たしか、結城さんというお名前だったわ。
「今夜は山崎さんがわたくしの雨宿りに付き合ってくださるの?」
「祥子さんが許してくださるなら、ね。」
「ふふふ、あのね・・・聞かせていただきたいことがあるの。教えていただけますか?」
「僕にわかることなら、なんなりと。」
こうして、わたくしはあの羞恥に満ちた元旦のドライブの間、ずっとハンドルを握っていてくださった女性ドライバーについて、山崎さんからうかがうことができたのです。
閑話休題(インター・ミッション) 7
こんばんわ、祥子です。<ジューン・ブライド>いかがでしたでしょうか。次回作は、アンケートの結果後回しになった<桜陰 hanakage>をお送りする予定です。
が、その前にお約束の<閑話休題 7>をお送りします。
今回の閑話休題はいままでと少し趣きがちがいます。
最初にお断りしておきますが、セクシュアルなお話でもありません。(がっかりなさった方は、この時期新作<蛍火>をアップしているshinobi淑やかな彩で、しばしお待ちくださいませ。)
主人公は、初雪で登場し多くのお客様から応援の言葉をいただいていた「結城さん」です。
黙々と・・・卓越したドライビングテクニックで、雪の別荘までわたくしたちを連れて行ってくださった、彼女のお話を・・・どうぞお楽しみください。
一旦アップさせていただいた<閑話休題 7> 結城さんの物語ですが、新しいカテゴリを立てましたので、そちらに移させていただきました。<淑やかな彩 外伝>です。
魅力的な登場人物の皆様のちょっとしたお話はこの新しいカテゴリで紹介させていただこうと思っております。
淑やかな彩には、実は別ブログでの外伝もございます。
<S>Funclubです。
こちらは、わたくしに叶わぬ恋をなさった男性の方達のお話です。
いまは少しお休みをしておりますので新作はアップされておりませんが・・・。よろしければご覧になってみてください。
と、いうことで・・・このままでは<閑話休題 7>は申し訳がないのですが、とはいえ彼女のプロフィールは次のアンケートの時にまとめてご紹介したいので
ここでは一つだけ。
結城さんのフルネームは「結城 真澄」です。
それでは、<女性運転手 結城さん>お楽しみください。
ジューン・ブライド 33
「全部飲み込んだよ。ねえさんの身体・・すごい。」「あぁぁっ・・・」
森本さんは塊を確かめるように一旦身を引くと、また奥まで・・・一気に全てを飲み込ませたのです。
「最高だよ、ねえさん。全部包み込んで、こんなにしめつけて。」
森本さんはゆっくりと大きな動きでわたくしの内部を抉りはじめたのです。
「すごいのぉぉ・・・・」
「僕のは大きすぎるって女の子に嫌われることもあったんだ。全部収められないコも何人もいた。」
パァン・・・ 森本さんの手のひらが、立ったままで貫かれるわたくしの白いヒップに赤い痕を付けたのです。
「はぁうっ・・・」
突然の痛みに・・わたくしはきゅぅっと・・・塊への締め付けを強めてしまいます。
「はは 痛みにこんなに反応するなんて、ねえさん良すぎるよ。」
わたくしの頬は日差しでわずかに温められた窓ガラスに押し付けられていました。
「あぁぁん・・・やぁ」
「ん・・いやらしい声だね、ねえさんの喘ぎ声。脳味噌が沸騰しそうになる。もっと聞かせて。」
彼の腰が突然抽送のスピードを上げたのです。
「ぁぁぁ・・・ぁあああん・・だめぇぇ・・・ゆるしぃ・・てぇぇぇぇ」
「奥がひくひくしてるよ。ねえさん。」
「やぁぁぁ・・・いぃぃぃ・・・いいのぉぉぉ・・・まぁくぅぅん・・・」
「ねえさん ああ ねえさん締め付けてるよ いい」
ねえさんと繰り返す森本さんの声は・・・わたくしに血のつながった弟の名前を口にさせたのです。森本さんと同じ・・・実の弟の名前。
日頃交わされる姉弟の呼び名が・・・本当に実の弟と交わってでもいるような・・・禁忌のエクスタシーを呼び起したのです。
「そんなにしたら逝っちゃいそうだよ、ねえさん」
言葉ではそう言いながらも・・・わたくしへの責めの手を緩めてはくれません。
「あぁぁぁ・・・いってぇぇぇ・・まぁ・くん・・んん・・いっちゃぅぅぅ」
森本さんの声に蕩けていたわたくしの・・・堅く閉じた瞼の内に・・淫楽がたえまなく閃いておりました。視覚を除いた全ての感覚がわたくしを思う様に翻弄していたのです。
「ねえさん サーファーが僕たちをみてるよ」
「あああああぁぁぁっ・・だめぇぇ・・・いくぅぅ・・・ぅぅ・・・」
忘れかけていた・・・窓外の視線を感じた時・・・わたくしは一気に絶頂を極めてしまったのです。白く霞む視界の中で、たしかに物陰からこちらをみるいくつかの眼からは、絡み付くような視線が・・・わたくしへと注がれていたのですから。
「うっ・・・いくっ」
淫らすぎる行為に収縮を止める事のないわたくしの胎内に・・・森本さんは熱い迸りを容赦なく浴びせかけたのです。
「はぁぁぁっ・・・」
塊を抜き去られたわたくしは・・・窓ガラスに火照った乳房をおしつけるようにして・・・その場に崩れ落ちてしまったのです。
「大丈夫? ねえさん」
森本さんが、わたくしの手をとると優しく抱き起こしてくれたのです。
それから彼が落としたスリップの肩紐を・・・その場から動けなくなっているサーファー達に見せつける様に・・・直してくれたのです。
「シャワー浴びてくる?」
わたくしは、力なく・・・無言で頷きました。
「ごめん。ねえさんのTバック台無しにしちゃったよ。」
ランジェリーを身に着けたままの行為は・・・わたくしの下着を・・・彼の白液にまみれさせていたのです。
「いいわ・・・だいじょうぶ よ」
「あとで僕がねえさんに似合うパンティをプレゼントしてあげるね。」
窓辺に立ったまま熱い吐息と共に耳元で恥ずかしい言葉を囁くと、ソファーに残されていたわたくしのバスローブを取り上げて、バルスームまでついてきてくれました。
「お昼寝はなにも身につけないねえさんを抱きしめたいから、そのスリップは脱いできてね。それにお買い物は夕食が終わってからだよ。ディナーは僕が一緒だから、パンティなしでいくんだよ。いいね、ねえさん。」
「だめよ・・・そんなこと・・・」
森本さんはわたくしの言葉を全て聞くことなしに浴室のドアを閉めたのです。
今夜は・・・淫らな禁忌を犯す姉弟として・・・これからの時間を森本さんと過ごさねばならないようです。
祥子からの手紙ー12
トモくんと鴬谷のラブホテルを出たのは、まだ夜も明けきらぬ午前5時でした。
1月の早朝の冷気は、ミンクのコートを通しても肌を粟立てるほどに凍てついておりました。
駅前のタクシー乗り場には数台のタクシーが、窓ガラスを白く曇らせて停まっていたのです。
「それじゃね。楽しかったわ。」
わたくしはトモくんの冷たい頬に最後のキスをしたのです。
「祥子さん、送って行くよ。」
「いいわ。ここで失礼します。トモくん・・・幸せになってね。」
彼の頬に左手の揃えた指先だけで触れると・・・わたくしは1人、タクシーに乗り込んだのです。
「おねがいします。」
走り出したタクシーに、トモくんはいつまでも手を振っていてくれました。
明日の朝。
森本さんが目覚める前に、トモくんのNo.とアドレスを着信拒否に・・・携帯のメモリーからも削除しようと思います。
トモくんの幸せを願って。
ジューン・ブライド 32
「欲しいの?」いまだけ・・・このひと時だけ・・・姉弟で身体の関係を結ぶ・・・禁断の近親相姦のような関係。
森本さんとならそうなってもいいと・・わたくしは心に決めたのです。
「欲しい。この真っ白で柔らかな胸も・・むっちりした太ももも・・おおきなヒップも全部。」
わたくしのスリップの右肩を落とすと・・・右側のGカップの乳房だけをむき出しにしたのです。
「ああ、ねえさんの胸だ。ブラウスの胸元から覗く白い肌がいつも気になってたんだ。それに こんなにくっきり乳首を堅くして。」
森本さんは1人掛けのソファーの前に立ちふさがって・・・わたくしの乳房と乳首を嬲りはじめました。
「はぁぁ・・ん」
感じやすい乳房は・・・朝からずっとわたくしを悩ませ続けたトモくんとの最後の夜の記憶に重なるように・・・淫らに・・・森本さんの手に・・・陥ちていったのです。
「その声。何度、あの店の隣の席で聞きたいと思った事か。ねえさんの声・・・悩ましすぎるよ。」
窓辺のソファー・・・カーテンを引いたままの窓は・・海を見せるのと同じだけわたくしたちの姿を・・・海岸をゆくサーファーたちに露に見せていたにちがいないのです。
「おねがい・・カーテンを閉じて。ベッドに行きましょう。」
ソファーに座ったままのわたくしの、スリップの左の肩紐をも落とそうとする森本さんの手を押さえました。
「恥ずかしいわ。こんなに明るいところで、おねがい。」
「だめだよ。部屋を暗くしたら白い肌が見えなくなっちゃうからね。サーファー達に見せつけてやる。」
脚元から天井までの1枚ガラスの前に・・・右胸を露にしたままのわたくしを立たせたのです。
「やぁ・・っ・・・」
あまりに恥ずかしい姿に・・・わたくしは森本さんの方へと向き直りました。
「その顔。写真にとっておきたいくらいだよ、ねえさん。こんなに僕を惑わす大人の女なのに、まるでバージンを奪われる前の主人公みたいな表情をする。」
左の肩先に伏せられた森本さんの舌は、もう・・・あきらかに愛撫をはじめていました。
「あぁっ・・ゃぁぁん・・・」
左手はわたくしの乳房を・・・右手はスリップの裾をたくし上げ・・・わたくしのヒップを外の景色に向かって露にしたのです。
「だめぇぇっ・・・」
明るく差し込む午後の日差しが・・・アイリスブルーに縁取られた、わたくしの真っ白な腰のふくらみを際立たせているに違いないのです。
「ねえさんも、Tバックなんて履くんだ。」
「や・・ん・・・」
わたくしの手は森本さんの腕に沿ったまま、スリップを引き下ろす事もできなくなっていたのです。
「その声・・ずきずきするよ。ほら、僕に見せて、ねえさんのいやらしいお尻。」
ぐるり・・と身体を回されてしまいました。
「もっと腰を突き出して。そう。」
先ほどまでの夢想の中のトモくんと同じ言葉を、森本さんの口が紡ぎ出すのです。
上体を少しづつ倒し込み、腰を突き出す姿になっても・・・森本さんのもっとは・・つづきました。
「だめ。ねえさん、直しちゃだめだよ。そのままガラスに手を突いて。」
まろびでたままの乳房が・・・羞恥に立ち上がったままの乳首が恥ずかしくて、わたくしはそっとスリップの肩紐を直そうとしたのです。
「ゃあん・・・ゆるして・・・・」
倒された身体は、左の乳房もなめらかな腹部もまるい腰もアイリスブルーのスリップにきっちりと包まれているのに・・・露にされた右のGカップの乳房だけが・・はしたなく垂れ下がっていたのです。
「ははは こんな姿を見せたら、サーファー達が海から上がれなくなりそうだよ。ねえさん。」
ぎゅっ・・と掴んだ森本さんの左手の指の間からは、白い乳房の肌が溢れ出していたのです。くいこむほどに力を込められた胸への愛撫は・・・わたくしの腰まで・・・淫楽に震わせてしまいました。
「みない・・で・・・」
後に廻った森本さんに、わたくしは弱々しく声をかるしかなかったのです。
フロントを釦で止める前明きのワンピースは、裾から膝上の部分までは釦もなく開いていたのです。ワンピースから見えない様に・・少し丈の短めな丈のスリップを選んでいたのです。こんな姿を晒すことになるのなら、ロングスリップを選んだのですのに・・・。
まくり上げたスリップから現れた・・・白い丸みを・・・陶器を愛でるように森本さんは撫でまわしてゆきました。
「今日はガーター?」
「えっ・・・」
「ねえさんのヒップ、ガーターストッキングがとっても似合いそうだから。違うの?」
今日はオールスルーのパンティストッキングでした。いまは、丸められてハンドバッグに納められているその薄い重なりのことが脳裏をよぎります。
身から離したそのものを・・・男性には見せたくない・・・もう一枚の肌。
「今日は・・ちが・う・・わ・・・」
Tバックの縁を辿るような森本さんの指遣いにわたくしの声は上ずってしまいます。
「今日はってことは、ガーターのこともあるんだね。いつも上品なねえさんの洋服の下がTバックにガーターだなんて、珈琲を飲みながら想像しちゃいそうだよ。」
「ゃぁ・・・」
いつもの珈琲専門店で必ず隣に座る彼の視線が・・・わたくしのウエストからヒップを探ることを・・・これからは意識しなくてはならないのでしょうか。
「はぁぁ・・ん・・・」
くちゅ・・・ 森本さんの指が・・太ももの狭間へと・・差し入れられたのです。
「もうこんなに濡れてるよ、ねえさん。ああ、我慢できない。」
「ああぁっ・・・」
Tバックをずらして、唐突に・・・森本さんの塊がわたくしの中に突き入れられたのです。
ぬちゅぅぅ・・・ あっあぁぁ・・いっぱぁぁいぃぃ・・・・。
「あっ・・あぅぅ・・ゆる・し・てぇぇぇ・・」
まだ見た事もない森本さんの塊は・・・太く・・大きかったのです。
トモくんの記憶と森本さんの愛撫ですっかり潤っているわたくしの中を・・それでも・・みしぃ・・みしぃぃと広げてゆくのです。
ジューン・ブライド 31
かたっ・・・ 浴室のドアの開く音が背後でいたしました。森本さんがシャワーを出られたのでしょう。BGMはホルストのジュピターになっていました。
1人でいた間、わたくしは海の景色を瞳に映したままで、脳裏にはトモくんとの最後の時間を思い返していました。
17歳年下。あんなに若い男性と親しいお付き合いをすることは、もうないかもしれません。素直で優しいコ。幸せに・・・ほんとうに幸せになってほしいと、彼の面影に最後の言葉をかけたのです。
膝の上の文庫本はほんの数ページを繰っただけでした。その数ページの内容など、はずかしいことですが・・・わたくしの頭の中にはほんの少しも入ってなかったのです。
「ねえさん。」
森本さんの声がすぐそばで聞こえました。
「さっぱりした? ん・・ぁっ」
振り返ったわたくしの唇は・・・森本さんに塞がれてしまったのです。
「・・んん・・っく」
先ほどまでの戯れのキスでは・・・もうありませんでした。
わたくしの舌も・・唾液も・・・喘ぐ声さえも全て奪い尽くすような・・淫らな口づけだったのです。
ねえさんと呼ばれ、ほんとうの姉弟のように接していても、ふたりは・・・血のつながりなどない・・・ただの男と女なのだと・・森本さんの唇が告げていました。
「・・っ・・ぇぇ・・」
右手でわたくしの肩を抱き・・・左手はバスローブの紐を・・解こうとしていました。
「あん・・だめよ・・もりもと・・さ・ん・・ぁぁ・・」
彼の暖かな唇は、顎のラインを通って反らせた喉を・・・バスローブを開かれた胸元へ向かって這ってゆくのです。
「まだこんなものを着てたんですね。」
彼の視線は喉からGカップの乳房に続く白い肌が、ゆるやかな隆起の途中で途切れている部分で止まっていたのです。
シャワーのあと、ネグリジェのかわりにと・・・アイリスブルーのスリップとTバックだけは身に着けていました。カーテンを閉じて明かりを決してお昼寝するとはいっても・・・一人きりの時のように何も身に付けない姿でいるわけにはまいりません。ミニドレスを纏ったようなこの姿なら、森本さんをセクシュアルには刺激しないかと思ったからでした。
わたくしの前に立つ森本さんは・・・黒のバクサーパンツだけの姿でした。
いつ・・・心変わりをしたのでしょうか・・・優しくてジェントルな弟だったのに。
彼の手はわたくしの肩からバスローブを引き下ろそうとしたのです。
「あぁっ・・・だめっ・・・」
「ねえさん、今日はずっと欲情してたでしょう。」
無理強いはせず・・・椅子に腰をかけたままのわたくしの首筋から肩先に向けて・・・バスローブを引きはがした分だけ唇を這わせるのです。
「ちがう・・わ・・」
森本さんといて・・・欲情するなんて。こんな可愛い・・・弟なのに・・・
「違わないさ。鶴岡八幡宮の源氏池のほとりで僕の腕に当たったねえさんの乳首は、くっきり堅くなっていたよ。」
あの一瞬のわたくしの喘ぎの混じった声を・・・森本さんのプロの耳は聞き分けていたのです。
「ずっと・・・何か考えていたよね、ねえさんは。」
右の肩先まで露にした彼の手は今度は左の肩先へと・・・。
「ミルクを溶かしたようなあの瞳が僕のせいだって、そこまでは自惚れちゃいないよ。でも、欲情しているねえさんから漂ってくるフェロモンを我慢するのは、もう限界なんだ。」
あぁ・・・何もかも、知られていたのです。映像監督としての森本さんのプロの目を欺くことなんてできなかったようです。
「フェロモンなんて、ばかなこと言わないで。」
わたくしは、まだ森本さんとの関係を決めかねていました。わたくしをねえさんと呼ぶ彼との、友人以上恋人未満の関係が最も心地よかったからです。
「ねえさんは、僕が嫌い?」
森本さんはとうとうわたくしの両手から・・・バスローブを抜き取ったのです。
「嫌いじゃないわ。あなたは・・・だって・・・弟でしょ。」
ただの・・同じ店の常連同士から、少しだけプライベートな場所へ近づくことを許した・・・たった1人の男性。
「いまだけでいいから。ねえさんのフェロモンで昂った身体を癒してほしい。」
くちゅ・・・三度、森本さんの唇が重ねられたのです。今度は少し優しく・・普通の恋人同士のような甘さが含まれていました。
「いまだけ? 明日からお逢いしても、今朝までと同じ様に可愛い弟でいられる?」
「ん。約束するよ、ねえさん。いまだけ。ちゃんと昼寝ができるように、僕をなだめてほしい。」
ボクサーパンツに覆われた森本さんの熱い昂りが・・・アイリスブルーのスリップの胸に触れました。
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